Let's meet again




身体が…地面に張り付いてしまったように上手く動かない。
見えるのは自分がプログラムしたこの空間に広がる上空の星空と、自分に剣を突き付けたままこちらを見下ろしているアルベル・ノックスの姿…そして、自分を今も尚包んでいる光の蝶達が舞う光景。

何も出来ない状態で刃を突き付けられているのに恐怖を感じないのは、先程まで殺気を剥き出しにして戦っていた相手である目の前のアルベル・ノックスからそれが感じられないことか…或いは…
コツコツと…ゆっくりとしたリズムで徐々に近づいてきた靴音が目の前で止まったタイミングで、その刃が同じようにゆっくりと離れていったからか。




「…ルシファー…」


「…ロア…か……どう、した……?何故、泣いている…」




刃が離れてすぐ。
アルベルの隣に来たロアもまた同じようにルシファーを見下ろす。
しかしそれは隣にいるアルベルとは違い、その青紫色の瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうな程にゆらゆらと揺らいでいた。

何故泣いているのだろう。
自分は頑なにこのエターナルスフィアに対しての考えをここまでしても改めなかったのに。
何度も何度も目の前にいるロアの言葉を否定してきたのに。

そしてそれはもう…こうして完全に負けを認めた今となってはそれも出来なくなった。
勝ったのだ、ロアは…いや、ロア「達」は。
それなのに何故彼女は泣く必要があるのか。
絶対的な存在の筈の自分が、「敗北」という物を味わっている筈なのに、こんなにも冷静に物を考えられるのは、どうしてだろう。

そんな事を考え、更にそんな自分に対して嘲笑うかのように瞳を伏せて静かに笑ってしまったルシファーだったが、それは次の瞬間に感じた、蝶とはまた違う暖かさによって大きく、丸く見開かれてしまった。




「…っ…たぁ…」


「…?」


「…無事で…っ、良かっ…た…、良かったぁ…っ!」


「!…ロア……お前……」




暖かい。
そう感じて瞳を開けて直ぐに見えたのは、ずっと…ずっと見てきた栗色の髪と、その向こうで呆れたように、それでも満足気にも見える様子で腕組みをしているアルベル・ノックスの姿だった。

そんな光景の中で…
しっかりと聞こえてきたのは、「良かった」と泣くロアの震えた声。
じわりと肩に染みるのは、雨のように零れるロアの涙。
身体全体に感じるのは、連れ去って直ぐの時とは比べられないくらいに成長した、ロア自身の重み。

そのどれもが暖かくて、そのどれもが愛おしくて。

あぁ…そうか。そうだったのか。





「……初めから…我儘を言っていた、のは……私の方…だったか」


「!…ルシ、ファー…?」


「……お前が、あの時…その男にフェアリーライトを掛け続けていた、のは……何も…動き続けられるように、する為だけでは、無かったのだな…」


「……うん……っ、」





仰向けになっている身体に覆い被さるように抱きついているロアに向かって、ルシファーは優しく笑いながらゆっくりと手をロアの背中に置く。
そしてそのままゆっくりと…まるで子供をあやすかのように優しくリズミカルに叩いていけば、その脳内では目の前の蝶達のようにぶわりと記憶が舞い踊る。

ロアが眠れない時は夜遅くまで絵本を読んだ。
ロアに分からない問題があれば、なるべく分かりやすいように教えた。
我儘を言えば叱ったし、簡単な事でも初めて出来た事は頭を撫でてしっかりと褒めた。

そうだ、そうしていたじゃないか。
自分が「データ」だと言っていたエターナルスフィアから文字通りの「データ」を連れ出して、初めはその「データ」を完全な存在に出来れば…それを宣伝に使って会社に利益を出そうと目論んでいた筈なのに…利用しようとしていた筈だったのに。
気付かぬ内に…いつの間にか自分はロアをブレアと同じく本当の妹として見ていた。その空間が幸せだった。




その時点で…やはり自分にとってロアは特別だった。
そこに「データ」などという問題なんて、些細なことだったんだ。




「……お前の…この蝶達が私を癒してくれなければ……私は……お前のこの温もりを感じることは、出来なかった………こうして肌を寄せ合ったのは、はて…いつぶりだろうな…?」


「…っ、う……ふ、う…!ぐす、」


「……いつの間にか、こんなにも大きくなっていたんだな……そして、いつの間にか、こんなにも暖かな術を使えるように、なっていたのか……確かに、これは「お前らしい」……ははは、そうか。これが…「あるべき世界」で…お前が使えるものか…」




エターナルスフィアは世に知れ渡ってからは業績は鰻登りだった。
その度に仕事量は驚く程に増えていき、その度にロアとの時間も減っていった。
そんな中でもロアは無邪気に笑って、時間が見つかれば「構って欲しい」と素直に言ってきた。それが素直に嬉しかった…
そんな生活をしていれば、いつの間にか何を目的にしていたのかなんてことも忘れて…ただ、ただ自分はロアを手放したくなかった。その一心だったんだ。

そんな大切な存在の…家族のロアをブレアに任せっきりにして、自分は何をやっていたのだろう?
そして何より、そんな身勝手な想いを胸に勝手に連れ去って、勝手に家族として歪んだ愛情を注いできた分際で…こんな時に何を思っているのだろう?

こんなにも暖かな光を…こんなにも優しい光を。
ロアが生み出せるのは、「この世界」だけなのに。




それが何よりのロアという1人の存在としての証なのに。




「……ロア……すまなかったな……こんな一言で、許してくれとは言わない、恨んでくれても構わない……それでも、私は……正直、お前を連れ去って、後悔はしていない…」


「…え…?」


「…お前に会えて……良かった…お前を見つけて、良かった……ロアという1人の「存在」と共に過ごした日々を……私は一生、誇りに思うよ…身勝手な事をしていたのは、否定しないがな」


「!ルシファー…!!…ううん、ううん…!いいよ、いいんだよ…!私だってルシファーとブレアと過ごした時間は大切なものなんだから…っ!だって、だって私、ルシファーもブレアも大好きだもん!…ぅっ、どんな…っ、どんな理由でも、どんなやり方でも…!それでも私は怒ってないよ、全然、怒ってないよぉ…っ!ありがとうルシファー、ありがとう…ありがとう…っ!私を育ててくれて…っ、愛情をくれて…ありがとう…!!」




アルベルが言った、「あいつらしい術」
それを肌で感じて、やっと固く固く結んでいた糸をルシファーが解いてくれたのだと分かったロアは更に泣きじゃくりながらルシファーの頬に自らの頬を擦り寄せる。
そんな感覚に擽ったそうに目を細めて笑ってくれるルシファーの反応がまた嬉しくて、更に涙が止まらないロアが何度もお礼を繰り返していれば、それを涙を滲ませながら黙って見守っていたブレアがアルベルに声をかけ、2人でロアごとルシファーの身体を起こしてくれた。




「全く…頑固ね兄さん…こうまでしないと分かってくれないんだから…」


「…すまん、ブレア…」


「チッ…何で俺がお前を助けなきゃならん。…まぁいい。…おいロア、いい加減に泣き止め。もう充分だろうが」


「あと1時間このままでいたいぃいい…」


「無理に決まってんだろうがこの阿呆。そういうのは周りをよく見てから言え」


「…ぐす、周りってな、に………」



抱きついているルシファーが起き上がった事で、同じく身体が起き上がったロアはそれでもルシファーから離れることはなく、そんなロアに呆れつつも優しくその背中を擦るルシファーと…その隣に座り込んだブレアも混ざって3人で話をすれば、それはロアが昔から大好きな光景に変わっていた。

目の前で立ったままのアルベルに声を掛けられてもロアは離れたくないときつくルシファーに抱き着いたままでいるため、アルベルはそんなロアに内心は「良かった」と思いながらも…正直に状況の悪さを考えてため息をつきながら「周りを見てみろ」という一言を言う。

その一言でロアがやっと疑問を持ってアルベルの方を振り向けば、そこには驚くべき光景が広がっていた。




「……え………何で、皆……身体が透けて…?!アルベルも…?!え、!?」


「お前もだ、阿呆」


「へっ、うわ、え!?本当…だ…?!なんで?!だ、だって…!」


「分かり合えたのは良かったけれど…もう、世界が消滅しようとしているのよ……ねぇルシファー…一応聞いておくのだけど、もう止められないのよね?」


「…あぁ……消去プログラムは発動している…こうなってしまっては、もう私にも止められない…」


「そんな…!!」




ロアが見た驚くべき光景。
それは、目の前にいるアルベルは勿論のこと…少し離れた所にいるフェイト達も、自分も。
嫌になるほど眩しく波打っている光が身体を貫通してしまうくらいに透けてきているからだった。
痛みもなければ、感覚が無い訳でもない。
でも確実に自分の手を見つめれば、そこには自分の手ではなく、何度も地面を波打っている光の波が見えているだけ。

そんな状況にやっと気づいたロアが驚きと共に立ち上がれば、同じように立てるまで回復したのだろうルシファーも立ち上がってフェイト達に頭を下げる。
どうやら…あの時ルシファーが起動した消去プログラムは無惨にも発動したままで、発動したが最後、それはルシファー本人でも取り消す事が出来ないものらしい。

絶望。
まさにその言葉が似合う状況というのはこの事なのかもしれない。
折角分かってくれたのに、やっとまた昔のように笑いあえたのに。

ルシファーがロアの…アルベルの…フェイト達も、この世界の事も…きちんと「存在」するものだと認めてくれたのに。




「私達、間に合わなかったのかな…折角…ここまでやり遂げたのに…」


「さて…どうしたものかしらね…」


「…信じるさ。僕達が…現実にここに居るってことを」


「…そうね。私達は、ただの作られたデータなんかじゃない。……そうでしょう?」


「そりゃぁな!分からず屋のそこの創造主さんから認められたんだ。これで消えちまったら「阿呆のクソ虫」ってもんだ!」


「斬られてぇのか」




絶望。
そう感じていたのに、目の前の皆が本当にいつも通りで、尚且つ自分の透けている身体を眺めながら強く笑っているその姿を見てしまえば、ロアもいつの間にか皆と同じように心を強く持つことが出来た。

ゆっくりと瞳を閉じて、ゆっくりと開いて。
そのまま透けた手を前に出して…茶化してきたクリフに文句を言っていたアルベルの手をしっかりと掴んだロアは、凛とした声で後ろにいるルシファーとブレアに言葉を放つ。




「!…………ふふ、あはは!そうだよね!…うん、大丈夫…私達は「データ」じゃないもん…「データ」を消すプログラムなんかに負けない……そうだよね?ルシファー、ブレア…」


「…えぇ。その通りよ…きっと、大丈夫」


「…そうだな…私が言えることではないが…お前達を信じている」


「…フン、マジでどの口が言うんだか知らねぇが…数分後もこいつは俺の隣にいるだろうよ」


「…っうん!それで、アルベルと一緒におじいちゃんの所に帰るんだもんね!」


「分かりきったことを言うな、…阿呆」




大丈夫、きっと大丈夫。
自分達はもう作られた「データ」なんかじゃない。
それぞれが意志を持って、魂を持って、ちゃんとこの世界に「存在」しているのだから。

だから消えない…消えはしない。
そう強く思えるのは、透けてある筈なのにしっかりと温もりを感じる…大好きな人の手の感覚と。




「……ありがとう、貴女は私の大切で大好きな妹よ…ロア…」


「…うん!ありがとう…私の大好きなお姉ちゃん!」


「……ありがとう…私の…大切な家族…愛おしい妹よ…」


「…うん!ありがとう…私の…大好きなお兄ちゃん!」






「「「…またね」」」






「またね」と。
眩しく光る…白くなっていく世界の中で…心から笑って約束が出来たから。


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