I fell in love with you




(このキャラクターがロアはお気に入りということなのかしら?)



あの時ブレアが言った言葉。
それは普通に考えれば、いや、普通に考えなくても当たり前のことだったのかもしれない。

アルベルという人物は画面の中で動く、キャラクター。
決してその画面を見ている自分とは交わることのない存在。
まるであの場が、それを否定させないと言っているようで…




「ロア?どうかした?」


「…え?あ、…ううん!なんでも…ない!」


「そう…?なら良いのだけど…」




あの時自分は、否定することが出来なかった。
その後は何とか気持ちを切り替えてブレアが持って来てくれたケーキを2人で食べて、他愛もない話をして…

それからのことは、良く覚えていない。
寝てしまったのか、それともまたエターナルスフィアのモニターを起動したのか。
覚えていることと言えば、気づいたらいつも通りの時間に目覚ましが鳴ったことくらいか。





「んく、…確かに…そうなんだけど……うーん…」





そんな考え事をしながらゴクリと喉を鳴らし、必要な分の栄養素が入ったサプリを水で流し込んだロアは物足りなさそうに溜め息をつく。

毎回思う事なのだが、やはりこの食事方法はまるで人間とは思えないからだった。
味が欲しいと思うし、図書館にあるファンタジー小説のように美味しそうな朝ご飯を食べてみたい。

前にそれをルシファーに言ったら、きょとんとした表情をされたことを良く覚えている。
あの表情を見たら何だか馬鹿らしくなって、結局強請ることを止めたのだが。





「…そういえばあの世界の住民って、普段はどんな物を食べてるのかな…?」





焼きたてのパンとかベーコンとか食べてみたいな。
あと綺麗な緑色の野菜、それから真っ赤なトマト。
そんな理想の朝食を想像してみて、ふと気になってしまったエターナルスフィア…と言うよりも昨日見ていたエリクール二号星での朝食風景。

そして欲を言えば、あの人…アルベルはどんな物を普段食しているのだろうと何気なく思いついてしまったロアは昨日と同じようにルシファーからもらったモニターを手に取る。





「…あれ?!もう食べ終わっちゃったのかな?…うん?」



「アルベル様…如何なさいますか…?カルサアまで信頼出来る疾風の同僚がいるので、向かうなら飛龍を用意しますが…」


「…チッ…面倒だが、後であのクソジジイに文句を言われるのは癪だからな。…すぐに用意しておけ。」


「はっ!」




モニターで「アルベル」と検索をかけ…もうこの時点で自分はストーカーなのではないだろうかとの考えが一瞬過ぎったのだが、それは今は気にしないでおこうと自分にとって都合の良い解釈をして、検索が修了したモニターを見ればそこには部下らしい人物と城の外で話をしているアルベルの姿があった。

途中からの話なので全てを理解することは叶わなかったが、どうやらアルベル直属の部下であり、副長でもあるらしいシェルビーという人物が何やら悪さをしているらしい。





「それにしても…シェルビー様はどうしてこうもアルベル様を目の敵にするのでしょうか…ヴォックス様に何かを吹き込まれていたようですが…」


「大方、この間脱走した連中を捕まえれば漆黒の団長になれるように取り次いでやるとでもうちの団長に言われたんじゃないっすかね!全く…簡単に信じて…困ったもんだ。」


「フン、誰が何を企んでようが俺の知ったことじゃねぇ。文句を言ってる暇があるなら今後少しでも死なないようにお前らは訓練でもしていろ。」





飛龍の上でそんなやり取りをしているアルベル達の会話を聞きながら行く先を見守っていたロアは何度かぱちくりと瞬きをすると、誰に言うわけでもなく勝手に口が動いてしまった。




「……やっぱり、この人って……」





本当は優しい人なのではないか、と。
鋭い赤い瞳は長い前髪で隠れているし、言葉も悪く嫌味を含んでいるようにも感じる。
でも、それは見た目だけの話であって、決してそうではないのかもしれない。

自分を庇ってくれている部下に向かって厳しい言葉を投げているようで、その意味は「俺の心配をしている暇があるならその分強くなって生き残れ」ということなのだとロアは解釈したのだ。






「…っ…カッコイイ…なぁ…」





風を受ける度に靡く髪が揺れて、彼の赤い瞳が良く見える。
すっとした彼の鼻筋を更に良く見せる横顔に、何処か落ち着きを感じてしまう、少し低い声。

いつの間にか、ただ朝食を調べに開いただけのモニターはすっかりアルベルだけを映していた。
そしてまた、そんな彼を見つめる自分の頬が桃色に染まっていることにも気づかないロアは時間も忘れてその青紫の瞳に彼の姿を焼き付け続けた。

















暫くして。
そんなアルベルが降り立ったのは自分で所有しているらしい漆黒騎士団の修練場だった。
その屋上に静かに足を着け、「面倒だからとっとと帰れ」と協力してくれた部下を速やかに帰させたのもやはり彼の優しさなんだと思ったロアはふふ、と笑みを零してしまう。

早く帰れだなんて…きっとそれはシェルビーに見つからない内にという意味で、この部下の2人を守るためなのだろうから。





「はっ!口程にもねぇ。」


「っ、シェルビー様!」




そんなアルベルを微笑ましく見ていれば、今度はそんな彼の後ろから聞こえた声にロアはアルベルと同じく耳を傾ける。

そこには例のシェルビーと呼ばれた男性が何やらガタイの良い金髪の男性の前で膝をついている所だった。

その間に青髪の青年と赤髪の女性が壁に貼り付けにされた女性2人を解放している様子からして、どうやらこのシェルビーという人物は人質を取っていたのだろう。
何とも卑怯な男だ…と素直にロアはその感情を表情にそのまま出している。




「え…この人ダサ…負けてるし…副長なんじゃないの…?」


「全くだ。」


「えっ!?」




副長ではないのか、と思わず言ってしまった言葉に反応したかのようなタイミングのアルベルの台詞に、思わずえっ?!と声を出してしまったロア。
だがそれは自分にではなく、モニターに映っているこのガタイの良い男性に言ったものだと分かって、何とも恥ずかしい気持ちになる。

良く考えれば、いや、考えなくても当たり前だ。
こちらの声などアルベルには聞こえる筈がないのだから。
それなのに自分の心臓はバクバクと物凄い勢いで暴れ回ってしまっている。





「裏で色々やっているかと思えば、こういうことか。フン、下らん。大体いつも意気がってるくせにお前達程度の輩を倒せんとはな。…所詮クソ虫はクソ虫か。」


「その左手のガントレットは…お前、まさかアルベル・ノックスかい?」


「ほう、俺を知っているのか。」






見ている限り、どうやらアルベルとこの連中は敵対関係にあるらしい。
フェイトと呼ばれた青年が、人質にされていた2人からネル様と呼ばれていた女性に問えば、彼女はアルベルを恨みを込めた視線を向けながらその問いに答えていた。





「スカしてんじゃねぇぞてめぇ。ぶっ飛ばすぞコラ!」


「フン、出来もしないことを口にするな。中々潜在能力は高そうだが、まだまだ甘い。」


「なんだと?!」


「…疲れ切ったお前ら等、俺の敵じゃないんだよ、阿呆が。俺は結果の見えた勝負はしない主義だ。ヴォックスと違って弱者を痛ぶる趣味も無い。」


「弱者だとぉ…っ?!」


「二度も言わすな阿呆。さっさと国へ帰れ。」


「こっんのヤロ…っ!!」





ネルがフェイトにアルベルの説明をし終わった後。
シェルビーを拘束していた金髪の男性は彼が気絶したことを確認すると自分達よりも高い位置で見下した態度を取ってくるアルベルに苛立ったのだろう。

気絶したシェルビーを放置して、アルベルに向かって足を向けたが、それはネルの声に寄って止められてしまう。






「…やめなクリフ。……見逃してくれると言うのかい?随分と余裕見せてくれるじゃないか。」


「勘違いするな。お前達程度、相手にするのも面倒なだけだ。元々人質等というセコい真似は性に合わん。」


「現にやってるじゃないか!」


「それはそこのクソ虫共が勝手にやったことだ。俺は知らん。大体お前らに逃げられたのはそいつのヘマだ。俺が尻拭いをしてやる義理もない。」


「お前の部下だろ?部下の尻拭いは上司の務めじゃないのか?」


「阿呆。そんなの俺の知ったことか。…さっさと行け。でないとマジで殺すぞ。」




そんな会話を繰り返しても尚、中々帰らないフェイト達に苛立ったのだろう。
アルベルが振り向き際にギロリと一睨みすると、フェイト達は戦闘態勢は崩さないものの、ゴクリと唾を飲んで黙ってしまう。

それを肯定と捉えたらしいアルベルが屋上から姿を消せば、フェイト達は戦闘態勢を解いて人質にされていた2人を背負って修練場を後にして行った。





「………。」




そんなフェイト達のすぐ近く。
実は屋上から離れてなどいなかったアルベルは壁に背を預けて怠そうに目を閉じていた。
特に気をつけて息を潜めていないにも関わらず、フェイト達がこのアルベルに気づかないということは、どうやら力の差はかなりあるよう。


人質にされていた2人が無事で良かったとの彼らの安心したような会話を聞きながら、未だに気絶しているシェルビーを放置して呑気に昼寝を始めたアルベルを見つめ…





「……っ……!」




涙を、ぽろりと流したロアは声にならない声をあげる。
鏡を見なくても分かるくらいに熱くなった頬、心拍数の上がった心臓。
その心臓はぎゅ、っと自分の胸を締め付けて、呼吸も満足に出来ていない。

何故そんな状態になってしまったのか。

考えなくても、わざわざ質問されなくても分かってしまうその答えは…







「…っ、…どうしよ…、好きに…なっちゃった…!」






彼に、エターナルスフィアという架空世界の住民である彼に。
決して触ることなど、増してや話すことも、認識してもらえることすらない彼に、




アルベルに、恋をしてしまったからだ。





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