Tears spilling



「ぐ、ごほ…っ!ば、馬鹿な…!!創造主たる、…このっ、私が…!どうして…?!!」


「…兄さん…もうこれで終わりにしましょう?」


「そうだよルシファー…!私、もうルシファーのそんな姿見たくないよ…分かってよ…!」


「…っ…ロア……ブレア……私は……」


「……さぁみんな。エターナルスフィアのバックアップを取り出して!私が、出来る限りの補完を行うから」




鳴り響く、時を知らせる音と共に。
ドシャリ…と地面に伏したルシファーをその瞳に映したフェイト達は一旦戦闘態勢を崩し、ブレアとロアの2人と少し話した末に何も言わなくなったルシファーを確認すると、ブレアの指示通りに事を運ぼうとしたフェイトが前へと歩いてくる。

そしてゆっくりと近づいた後、フェイトが隣にいるブレアの指示通りに先程までルシファーが操作していたスクリーンに指先が触れた、その時だった。




「こんな事が…ある筈がない…この私がこのような事に…創造物が、私を超えるなどと言う事が…っ!」


「あっ、…ルシファー…?!」


「!!…そうか…問題となるデータの消去などという生易しい事を考えていたからこうなったのだ。ウイルス同士による該当データの補完があるというのなら、展開全てを無にしてしまえばいい!」


「ぐっ?!」


「!フェイト?!大丈夫?!」




ロアがルシファーに駆け寄ろうとするよりも先に、よろけながらも立ち上がってフェイトを横から押し退けたルシファーは誰に向かって言うでもなく、まるで自分で自分に言い聞かせるかのように言葉を吐き…その間にもその手は驚く程早いスピードでカタカタとタイピングを繰り返している。

そんなルシファーに突然横から押し退けられたフェイトが尻もちをついたまま駆け寄ってきてくれたソフィアと共にその様子を伺う後ろで…ルシファーが何をやっているのかハッキリと分からない以上、下手に動けないクリフ達もまた、神妙な表情で自分達の武器に手を掛けた。




「!?る…ルシファー…兄さん…?」


「ハハハハハ!!そうだ!!銀河系などとは言わず、エターナルスフィアに連結している全てのデータを完全に消去してしまえばいいんだ。そうすれば、コイツらも完全に消滅させられる!!クククッ、こんな簡単な事に何故気づかなかったのか…!!」


「!?やめて、やめてルシファー!!そんな、そんなのってないよ!!なんで?!ねぇなんで!!」


「っ、この阿呆!!何してやがる!」


「だって、だって!!」



ルシファーのタイピングに呼応するように鳴り響く機械音の高い音がする度に、ひしひしと感じる「嫌な予感」
それはルシファーの放った残酷な言葉と、彼を巻き込むようにして突然発生した光の柱の眩しさによって最悪なことに的中してしまった事が分かったロアは思わず今からでもルシファーを止めようとその光の中へ足を踏み出すが、その足はいつの間にか近くに来ていたアルベルに腕を掴まれたことで止まってしまう。

そんなアルベルの行動と言葉に反論しようとしたロアだが、そこはアルベルも譲れないのだろう。
力強く握られた手と、ロアに対してはあまりしない彼の大きな声で、ロアは冷静さを取り戻してアルベルの言うことを素直に聞く他なかった。




「あぁそうだ。もう遅い…!!色々と小細工をしてくれたようだが…それももう…これで終わりだ。何もかも…何もかも消え去るがいい!!ハァッハハハハハ!!!」





そんなに嫌なのか?
そんなに、そんなに自分達が自我を持つことが、手を離れていく事が気に入らないのか?
そんなに…そんなにもして自分の思い通りにいかないことが許せないのか?

どれだけ想いを伝えても、どれだけ体力を奪っても、それでも…
這いつくばってでも、いつも綺麗に整えていた身なりの乱れも気にせずに、品性を失ってでも。

あんなにも得意気にしていた、自分がこの世界を創ったのだと豪語していた、自慢の世界事壊すほどに。

それ程までにルシファーは、自分達を認めてくれないのか、そんなにも自分の思うままにしたいのか。

高く高く、視界を通して頭が痛くなる程に眩しく光る柱が立ち昇る空間の中心で高笑いをしているルシファーを見て、そんな考えが浮かんだロアだったのだが、それは一瞬…本当に一瞬だけ見せた彼の表情によって疑問の物に変わってしまった。




「!…ルシ、ファー…………?」




もしかしたら、見間違えかもしれない。
目の前にある眩しすぎる光の中で見えたものが、自分が望んでいた願望を錯覚のように見せてくれただけだったのかもしれない。

でも、そうだとしても…ロアはその「錯覚」を信じてみたかった。
まだ、まだ遅くはないと思いたかった。

こんな状況なのにも関わらず、どうしてそう思えたのか?

それは、一瞬だけこちらを見たルシファーの表情が、瞳が。





「なんてことを…!エターナルスフィアに精神を統一したままでそんな事をすれば、兄さんだって無事では済まないのに…っ!やめて、やめて兄さんっ!!」


「ハハハハハ!!!滅べ!滅べ!滅べ、滅べ、滅べ、滅べッ!!!何もかも無くなってしまえぇっ!!!」






いつもの…優しい「兄」としての彼の表情で、とても…とても寂しそうな色をしていたから。






「正義は…絶対に勝つのだからなぁっ!!!」





怒り狂って、まるで泣き叫ぶように。
いつの間にかその背に現れた…毒々しく黒く淀んだ色を帯びた、翼を模した装備を宿したルシファーは、戦闘態勢を崩さずに力強く地に足をつけていたフェイト達に両手を広げ伸ばす。

その途端にじわじわと…まるで猛毒が世界を侵食するかのような印象を与える不穏な空気が周りを包んだと同時にフェイト達が感じたのは、上から見えない何か…そう、まるで重力に押し潰されるかのような、立つのもやっとな程の息苦しさだった。





「ぐ…っ、何だ…っ!!?この半端ねぇ威圧感は…!」


「やだ、何コレ…!何だかあたし、体がすっごく重いよぉ…!」


「これは…っ!一気にこちらが…っ不利になりましたね…!体力が、吸い取られるよう、です…!力が…抜ける…!」


「でも…!でもそれでも…!僕達は負けるわけにはいかないんだ…!だって、だって僕達は…!!」





あまりの空気の圧力に、女性陣は悔しくも膝をついてしまい、目の前で威圧的な高笑いをしているルシファーを見るのがやっとの状態で、男性陣は膝をつくことはなくても、正直立っているのがやっとの状況だった。
そんな状況でも気持ちはまだ負けているわけではなかったのだが、それに反して身体は言うことを聞かず、その場から一歩でも動きたいのに、それすらも満足に出来そうにない。

どうすればこの状況を打開出来るのかの考えている間にも、ルシファーはここぞとばかりに容赦なく…まるで赤子の手をひねるかのように何度も同じ技を連発してくる。

悔しいが、どう考えても状況はミラージュが言ったようにこちらが不利の状況だった。
しかし、そんな中でもフェイト達とは少し離れた場所で、同じく立つのがやっとの筈のアルベルは1人、口元に弧を描く。




「っ…!面白ぇ…じゃねぇか…!そうでなきゃ、…!張合いが、ないんでな…!」


「っ…え?……アル…ベル…?」


「……おい。自分で、動けねぇんなら……、!「誰か」を、無理矢理動かせ…!この阿呆共…!」


「!……はは、無茶、言うね…!まぁ…お前らしい…けどさ…!」


「指示されんのは癪だが…!そういうのは嫌いじゃねぇぜ…!」



こんな状況でも楽しめるのか、それとも何かあるのか。
フェイト達に意味深な事を言ったアルベルの横で、完全に膝をついてしまっているロアとブレアが疑問の声視線をアルベルに向けていれば、その間にもフェイト達はアルベルがどうして欲しいのか理解したのだろう。

カタカタと笑ってしまっている膝に無理矢理力を込めると、クリフはその場で渾身の一撃を拳に乗せ…何と数歩前にいるフェイトへとぶつけてみせた。



「…ブレア…、お前は…あいつらに治癒術をかけてやれ、立てなくともそれぐらいは出来るだろう」


「!え、えぇ…!」


「…ロア、お前は俺に「あれ」をかけ続けろ」


「…「あれ」っ…て…」


「……阿呆。…お前の…一番「お前らしい」術があるだろうが」




そんなクリフの行動に訳が分からないと言った表情を素直にアルベルへと向けたロアとブレアだったが、それはアルベルが小さく言った言葉でやっとその狙いを理解する。
だが、いくらなんでもそんな力技が無事に決まるのかどうか…この地面一帯に敷かれた禍々しい紋章の上にいるアルベルの体力が持つのかどうか。

そう思っても、苦しさの中でそれを上手く言葉に出来なかったロアがアルベルに心配の支線を向ければ、アルベルは前を向いたまま、視線だけロアの方を向いて口を開いた。




「俺が…一度でも、お前関係の事で出来なかった事があるか?」


「!……っ、ない…!!」


「…フン、分かってるなら初めからそうしろ、この阿呆」




その途端、不安で押し潰されそうだった気持ちは面白いくらいに晴れ、再度真っ直ぐにルシファーをその赤い瞳に映したアルベルの横顔を見たロアは、強く強く気持ちを込め、ただひたすらにアルベルへと「ある術」をかけ続ける。

何度でも、何度でも。
それがかき消されようと、効力を失おうと。
それをまた更に上から掛け直して…ただ、ただアルベルに対して思っている、「信じている」という…絶対的な信頼の気持ちだけで精神を集中し続けて。





「ハァッハハハ!!これは傑作だ!!何の悪あがきかは知らんが、そんな離れた場所から攻撃したとしても私に届くことはない!何だ?それとも、消えるならせめて仲間の手で消えたいか?!哀れなデータ達だ!!!」


「…っ、悪あがきか、どうかは…!!お前がその身を持って確かめればいいだろう?!っ、ブレード…!!リアクターッ!!!!」


「?!何…っ?!っ、この…!!小癪なァ!!」




ロアがアルベルに言われた通りに、意識を集中し続けて…彼に言われるがままに信じたその術を唱え続けている間。

クリフの渾身の一撃を背中に受けたフェイトは、自分の足ではなく、クリフのその技の威力で無理矢理にその強烈な痛みに耐えながらルシファーの目の前へと飛んできていた。
そしてその勢いを借り、彼なりの最大限に込めた技をその剣に込めて放つが、ルシファーはそれすらも防いでしまい、無情にもフェイトが力を振り絞って握っていたその剣は弾かれ、まるでスローモーションかのように宙を舞う。



そんな光景を視界に入れ…「勝った」と目を見開いて歯を剥き出しにして笑って見せたルシファーが、笑い声を上げようと大きく口から空気を取り込もうとした、その時…




「残念だったな、気持ち良く笑わせやしねぇぞ」


「?!貴…様…!!何故動ける…!?っ、だが!それでも私の方が上だ!!っ、」


「あぁ?…いいや?その節穴の目でよく見て見るんだなぁ…?俺の方が、上だ」


「?!もう一つ…?!」


「とっとと…!くたばりやがれっ!!」


「ぐううぅ!!!?」





自力で動いていたアルベルが、吹き飛ばされたフェイトの影から急に現れて左手で刀を振るう。
しかし…フェイトの技を受けたその翼を再度咄嗟に前へと動かしたルシファーによってそれはまたも防がれ、バキバキと割れている翼の破片が舞い散る中で、今度こそ自分の勝ちを確信したルシファーが持っていた槍で目の前のアルベルを貫こうとする。

だが、ルシファーのその動きよりも早く、何故かずっとニヤリと笑っていたアルベルの右手…ガントレットで持っていたもう一つの剣。
それが先程フェイトが手放してしまった物で、アルベルが瞬時にキャッチしていたのだとルシファーが気づいた頃には、その一撃を真正面に全身で食らった後だった。





「なん…だ…?この、結末は…!!データなんだ…相手は、ただのデータなんだぞ…?!何故、私が、消され…潰される…?!何故…っ?!ぐうあぁぁあ…!!」





長く、長く続いた…世界を救う星の海の物語。
色々な人の想いを見た、色々な人のその気持ちを背負った、絶対に負けられない、その戦いは…

クリフの放った技で勢いを付けたフェイトからの攻撃をギリギリで防ぎ、後の攻撃で完璧にひび割れたその黒い翼はビキビキと砕け。
まるで砂時計かのようにサラサラと消えていき…アルベルからの斬撃を真正面から受けた筈なのに、何故か死ぬことはなくとも、そのボロボロの身体から完全に覇気が無くなって地面へと膝をついたルシファーの首元に刃を向けたアルベルの…




「…お前の「妹」の術を舐めるなよ……それは…その光の蝶はな、あいつが……ロアが、「あるべき世界」で使える「あいつらしい」術なんだよ」




その言葉と共に…本来なら即死していた筈のルシファーの至る所で羽を休め、淡く…暖かく光を宿しているフェアリーライトの蝶を見て流した、ルシファーとロア…そしてブレアの大粒の涙が地面にぽとりと落ちた瞬間に、終わったのだった。


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