Light of hope





「下らねぇことをうだうだと話してんじゃねぇ、阿呆。俺ならどんなお前でも「肯定」してやる」


「ロアさん!大丈夫ですか?!」


「どうやら無事ではあるようね。まぁ閉じ込められてはいるようだけど」


「アルベル…!皆…!」


「ほう…もうここまで来たか。データの分際にしてはまぁ頑張った方ではないか?褒めてやろう」


「お前に褒められても嬉しかねぇな、創造主さんよ」




何を言っても受け入れてくれないルシファーに対して。
心からの必死の願いを込めて泣き叫んだロアのその言葉に返事をしてくれたのは、怒りの視線をルシファーに向けたまま立っているアルベルだった。

その姿を見た瞬間にぽろぽろと零れていた涙はぴたりと止まり、クリアになった視界の先に遅れて走ってきたフェイト達の姿も映したロアは、何処も怪我をしていなさそうないつも通りの皆の様子に安堵の表情を浮かべる。
しかしその表情は、クリフからの嫌味を込めた「創造主」だという呼び方に対して高らかに笑ったルシファーの声を皮切りに不穏な物へと変わってしまった。




「ふふふふ、ふはははは!そうだ!分かっているではないかっ?!そうだ!「私」が「創造主」!貴様達にとって私は「神」なのだよ!私がいなければ貴様達は誰1人して存在しない!しないどころかこの世界ですら存在などしていないのだ!」


「っ、ルシファー!!」


「あぁあぁいい、いいんだよロア。お前は優しい子だからな。短い間でもお前の我儘を聞いてくれたこいつらに情でも湧いたのだろう?そんな奴らが今から消去されるんだ、見たくないのも無理はない。消去が終わるまで耳を塞いで目を閉じていてもいいんだぞ?」


「っ…情とか、そんなんじゃない…!私は…っ!!」


「あぁもういい。埒が明かない。大体見る必要も無いだろう?どうせこの記憶も私が綺麗に消してやるんだ。何も不必要な辛い思いをわざわざする必要はない。帰って平和な「真実」の世界で、また私とブレアと過ごせばいい。私がもしも仮に情けを掛けて消去を思いとどまったとして、こんな薄汚れた偽物のデータの世界でデータとして生きることに何の意味がある?」


「…何の、意味……?」


「あぁそうだ。だってそうだろう?所詮お前が言っている「思い出」とやらもデータ上に存在する「設定」に過ぎないんだ。お前だって良く読んでいただろう?あの本の中の世界と何ら変わらない。いくら足掻こうがいくら生き様があろうが、所詮は偽物。「玩具」なんだよ。お前は私に、その「玩具」になりたいと言っているような物なんだぞ?」



自分を否定しないで欲しい、ありのままの自分を見て欲しい。
ルシファーにそう訴えても、結局その感情ですらも「今」はデータに過ぎないのだと言われてしまえば、ロアはそれ以上の言葉を返すことは出来なかった。

ただそれでも…ルシファーに好きに作り替えられるよりも、ありのままの自分で…いるべき自分の場所で過ごしていきたい気持ちが消えることはなく。
あの時ブレアが言った「説得」という方法でなるべくなら痛い思いもせずに穏便に済ませたらと思っていた。




でも。




「……おも、ちゃ…?」


「あぁ、そうだ」


「…ルシファーにとっては…ここは作り物の世界で、ここにいる皆も、私も。「データ」って言葉だけで片付けられるんだと思う…だから「玩具」だとも、言えるんだと思うよ…」


「……」


「でも、それでも私は…ルシファーがずっとそう思っているなら、そうなんだよ。私は「まだデータ」だから…だから、私はいくら何かをされたとしても…ルシファーの求める完全な存在とやらにはなれないよ」


「…それはどういう意味だ?」


「だって…だって私は…っ!」




膝をついていた地面からゆっくりと離れて、ボロボロになった精神力の中で言葉を紡いでふらふらと立ち上がる。

それを黙って見守ってくれている面々の視線を感じながら。
先程までカタカタと震えていた全身が妙にスッと言う事を聞いてくれる感覚を感じながら。

目を開いて、前を向いて。
こちらへと振り返っているルシファーの邪険そうな表情と、その向こう側にいるアルベルやフェイト達の…



背中を押してくれるような強くて優しい表情を見た瞬間に…うじうじとしていた今までの気持ちは一瞬にして晴れてしまった。




「いくら説得してもへそ曲がりなルシファーを、ここにいる皆と力づくで分からせて、「皆で本物」になるからっ!」


「っ…ロア…!!お前…っ!!この…っ、この私を裏切るのかぁっ?!」


「裏切ってんのは端からお前の方だろうが、このクソ虫ッ!」




ロアの宣言のような大きく凛々しい、一切の迷いも感じないその言葉を聞いて、可愛がっていたのにと今までの事を思い出して怒りに震えたルシファーが怒鳴り声を上げたその時だった。

話している間にも終始隙を見せていなかったルシファーが怒りを露わにした事で、一瞬だけ出来たその隙をずっと待っていたらしいアルベルが瞬時に間合いを詰めて低い姿勢から一気にルシファーへと斬り掛かる。
その一撃を咄嗟ながらも片手で何とかガードするルシファーだったのだが、物凄い金属音の耳が痛くなる嫌な音と共に地面へと零れ落ちた自身の防具の欠片が散らばる視界の中に見えたアルベルのニヒルな表情と目が合ったルシファーは更に怒りのボルテージを上げる。




「アルベル・ノックス…!!貴様…っ、貴様さえロアの前に現れなければ…っ!!」


「ははは!そいつは悪かったな。だが、文句があるなら俺に惚れたそこの女に言え。…ただ俺も…」


「っ、!」


「俺の所有物を好き勝手されるのは気に食わん。…まぁしかしな。あいつもあぁ言ったことだし、容赦なく目の前で「創造主」とやらを潰せるってもんだ。そこは礼を言ってやる」


「この…っ!データ風情がァァッ!!!」




アルベルの挑発にすっかりと乗ってしまったルシファーは怒りで目を血走らせ…まるで牙を向ける猛獣かのように怒声を響かせると、神々しく…それでいて機械的な印象を受ける大きく禍々しい白い翼をその背に生やして宙を舞う。
その姿は嫌味ながらもまさに「神」そのものだった。

そんなルシファーの姿にロアは思わずたじろいでしまうが、それよりもアルベル達への心配の方が勝って瞬時に我に返ると、ルシファーが生やした翼が羽ばたいた時に生じた暴風で受け身の体制を取っているアルベル達の姿をその青紫色の瞳に映した。

自分はこうしてルシファーがプログラムした頑丈な箱に閉じ込められてしまっているが、そうではないアルベル達には相当な風圧なのだろう。
翼で羽ばたいただけでこの威力なら、本格的に攻撃されたらどうなってしまうのか…とルシファーに対して啖呵を切っておきながら不安になってしまったロアだったのだが、そんな心配は直ぐに掻き消されてしまう。




「ははは!こりゃすげぇな!寧ろフィナーレに相応しいってもんだぜ!」


「ひゅーひゅー!ロアちゃん!アルベルちゃん!かっこよかったよー!あたしちょっとスカッとしちゃった!援護は任せてね!精一杯踊っちゃうよー!」


「アルベルさんとロアさん…!やっぱりお似合いのカップルですね!まだちょっと怖いけど、お陰で勇気が出てきました!それに援護なら私だって得意だもん!」


「うるせえ。こんな時まで茶化すな阿呆」


「全く…すっかり美味しいところを取られちゃったわね。私だってこれでも言いたいことはあったんだけど」


「それは戦いながら言えばいいのではないですか?マリア」


「あら、それもそうね」


「まぁでも…あんな事を言っても、やっぱりロアさんに危害を加える様子は無さそうだし…ここは遠慮なく行かせてもらおうか。皆、これが本当に最後だ。終わらせるぞ!」




身震いしてしまう程の…全ての始まりでもある…「創造主」ルシファーの怒りを前にして。
それでも、ずっとモニターで見てきた皆よりも、少しの間でも過ごした皆よりも。
ずっとずっと頼もしいくらいにいつも通りの様子で戦闘態勢に入った皆の姿を見て。

怒りと不安と…悲しさと悔しさでボロボロだった筈の心がぽかぽかと暖かくなるのを感じたロアは、閉じ込められている状況でも、今自分に出来ることを精一杯しようと、微かに口角を上げながらソフィアに譲ってもらった杖に意識を集中させる。


集中させる時に口角が微かに上がってしまったのは、きっと。

ずっとずっと一緒に過ごしてきたお陰で身に染みて分かっている…あの、いつでも冷静沈着で、頭脳明晰なルシファーが。
自分とアルベルの挑発に簡単に乗って怒り狂ってしまった理由が…


彼にとってまだ「データ」である筈の自分と過ごしてきた思い出や、想いや…きっと、家族としての愛情が…強く彼の中に存在してくれているのではないかと。
そう思った時に、絶望的なこの状況の中に小さな希望の光が見えた気がしたから。



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