Negative and positive





「…あれは、私がこのエターナルスフィアを開発してそれ程経っていない時のことだ…あぁ、今思い出しても、あれは心躍る出来事だったなぁ」



あぁ、心が踊る。
目の前に居るはずなのに、ずっと一緒に過ごしてきたはずなのに。
ルシファーのその表情が「知らない誰か」にしか見えないロアが戸惑ってしまっていても、そんなロアに気づくことすらしないルシファーは完全に彼の言うその時の出来事に対して思いを馳せていた。



それは、ルシファーがエターナルスフィアを開発して間もない頃の事…











「っ…何故だ…っ!何故こんなにも上手くいかない?!私の造り上げたものは誰もが賞賛するべきものだぞ?!」


「兄さん、そう焦らないで…!今はまだその時ではないのよ。きっと何か切っ掛けがあれば必ずエターナルスフィアは世間から注目を集めるわ」


「切っ掛け…?!あぁそうだな!ただでさえこのエターナルスフィアを造り上げる為に掛かったコスト、維持費、会社を立ち上げたコスト、社員への給料諸々、金だけは掛かっている中でその切っ掛けとやらを待っていられればの話だっ!」


「兄さん…」


「っブレア、少し1人にしてくれ。…私は次のパフォーマンスを考えるから」


「…分かったわ、あまり思い詰めないで頂戴ね…」





当時、まだエターナルスフィアは世間からあまり注目をされていなかった。
というよりも、中々興味を持ってもらえなかった、という方が正しいか。

何故だ、何故こんなにも素晴らしいものに世間は見向きもしない?
自分は創造主となったのだ、言ってしまえば世界を統べる者。
なのに何故自分は民衆という能無しから呆れられ、評論家という名ばかりの馬鹿共に鼻で笑われる?


どれだけプレゼンしても、返ってくる言葉は「それが何かの役に立つのか」「作り物の世界が一つあった所で特別なものでも何でもない」
そんな下らない意見だけが飛び交って、このエターナルスフィアがどれだけの可能性を秘めているのか考えもしない。




「能無し共が…っ!」




このままでは資金が底をついて会社は倒産。
何の意味もないデータと多額の借金を背負って生きていく未来しか自分には残されていない。
自分はこんなにも素晴らしい物を作って、創造主にまでなって、言わば神と崇められても何も可笑しくない程の偉業を成し遂げたと言っても過言ではないのに。
それなのに自分は今後後ろ指を指されて笑われ続けるのか。

そんな最悪の恥晒しのような未来しか見えず、ブレアが出ていった部屋で1人頭を抱え…思わず壁を勢いよく殴ってしまったルシファーは、その拳の痛みに「ぐっ」と声を上げてしまった自分が余計に惨めに感じてか細く笑ってしまう。




「?……子供か…」




すると…楽しそうな誰かの笑い声が突然耳に入ってきたルシファーが顔を上げると、そこにはどうやらつけっぱなしにしていたらしいエターナルスフィアを鑑賞出来るモニターに偶然少女が映し出されていた光景だった。

今のところバグも何も見当たらないからと、ランダムに色々な星の風景が映し出されるように設定していたのだったか…と、こんな危機的状況の中でそんな冷静な事を考えられるくらいに自分は諦めてしまっているのか、と再度笑いそうになって瞳に生気を失いそうになってしまったルシファーだったのだが、それは次の瞬間に驚く程に光を宿すことになる。




「お空、今日もキレイだなぁ!何でこの世界ってこんなに楽しいんだろう!」


「………」


「花も、木も、空も海も、雪も!みんなみんなキレイ!うーん…おじいちゃんが言ってたけど、神様って本当にいるのかなぁ?会えたら「ありがとう」って言いたいなぁ…」


「…ありが、とう…?」


「神様ってこんなキレイな世界を作って、何を考えてるんだろう?何か見たいのかな?私たちにどうしてほしいのかな?神様って友達とかいるのかなぁ?…あれ?でも神様って1人なのかなぁ?…あっ!1人じゃなかったら、他にもたっくさんいろんな世界があるのかな?!世界があるってことはいろんな人たちもいるのかな?!うわぁ…!会ってみたいなぁ!どんな世界なんだろう!!カルサアみたいに寒いのかな?それとも砂漠みたいに暑いのかな?!」


「……こんな小さな子供のデータでも、そんな考えは浮かぶものなのか…」


「…?あれ?雨だ……?さっきまで晴れてたのに…神様、やっぱり1人なの?寂しいの?何かいやなことあったのかな?…よしよししてあげたら、また晴れるかなぁ?…かみさまー、私がいるよー!私が「笑って」って言ったら、笑ってくれるー?」


「…!!」




自分でも、不思議で滑稽だった。
無駄に歳をとっただけの民衆も、評論家も、この私が成し遂げた偉業を鼻で笑う中…作り物の世界を映すモニター越しにいる幼い少女が、自分に対して「ありがとう」という素直な気持ちを呟いて。

あろう事か、偶然にもその少女はモニターの映している方向に向かって「笑って」と、明るく声を掛けたのだ。

そう、偶然だ。
ただのデータがたまたまその方向を向いて、ただのデータが偶然…まるで自分を慰めるかのように声を上げただけ。




そして、偶然…その汚れも何も知らない、純粋な笑顔が本当に自分に向けられたものだと…錯覚しただけ。





けど、それでも。
今の自分には、それが何よりの「事実」だったのだ。











「私は笑ってしまったよ!偶然だとしてもこの私に向かって声をかける、笑顔を向けるデータが存在したのだと!それがロア!お前だった…!!」


「わた、し…?」


「あぁそうだ!お前のあの笑顔を見た時にな、私は面白いくらいに色々な案が浮かんで来たんだ!そうだ、この少女の言うようにエターナルスフィアには様々な世界がある。それを利用しない手は無いと!いつの時代も人は「金」の為なら何でも興味を示すだろう?だったら、その世界の様々なものや風習を利用して賭け事をさせてみるのはどうだろう?とも思いついた!」


「…賭け、事…?」


「さて!ここに1人の騎士がいます!この騎士はどうやらドラゴンの討伐に向かうようだ!さて!誰も分からない誰も予想出来ないこの勝負、勝つのはどちらだろう?!」


「…っ…」


「倒し方はどんなものだ?死に方はどんな死に方かな?どんな紋章術を使うかな?トドメは何かな?全て正解した貴方には素晴らしい景品が与えられます!そんなことを少し公表しただけで、愚かな奴らはここぞとばかりにエターナルスフィアに興味を示した!見れば見るほど、詳しくなる。そうすれば賭け事だって強くなる!ループだよループ!こうしてエターナルスフィアは世間から圧倒的にその知名度を上げた!」


「……1人の、命を…見せ物にしたってこと…?!」


「命?何を言っている?「データ」だと言っているだろう!生身の人間での賭け事や見せ物なら問題はあるが、「作り物」の世界で「作り物」の人間が死ぬことに誰が悲しむ?!」


「っ、ルシファー…!!」





自分が有名になったこと、会社が軌道に乗ったこと、全てが今のように上手くいくようになった当時のことを思い出して気分が高揚しているのだろうルシファーは、両手を広げて声高らかに笑い声を上げると、目の前で「軽蔑」するかのような…悲しそうな視線を送るロアを見る。

すると…ルシファーはそんなロアを真っ直ぐに見つめ返し、悲しそうに眉を下げてゆっくりとロアの前へと移動する。
そしてそのまま、紋章術を使いすぎてへたりこんでしまっているロアと目線を合わせるようにしゃがむと、まるで「哀れな者」を見るような微笑みをロアへと向けて優しく声をかけた。




「そんな瞳を向けてくれるな、ロア。私はあの時のお前にとてつもなく感謝をしているんだ。だからこそ私はお前を気に入って、お前だけは「特別な存在」にしてやろうとしているんだぞ?」


「っ…!そんなこと!私は頼んでないよ…っ!ねぇ、ルシファー、昔みたいに笑ってよ!ルシファーこそそんな瞳で私を見ないでよ!」


「あぁ…可哀想な私のロア…でも大丈夫だ。お前に変な感情を芽生えさせたあいつらへの記憶も、その存在さえも。そして何よりこの銀河ごと今度はしっかりと消去してやる。そうすればお前は完全にこのエターナルスフィアから隔離された、「完璧な存在」になれる」


「完璧な存在…?!何それ…私はそんなこと頼んでないっ!!望んでないっ!!私は私だよ…!私はアルベルやおじいちゃんとこの世界で生きていくの!そうしたいのっ!!」




優しい笑顔のはずなのに、優しい声のはずなのに。
自分に対して向けるルシファーの表情と言葉が全て「救済してやる」と言わんばかりの、疎かな者に対しての物に対する態度にしか感じなかったロアは涙を溜めて必死に自分の気持ちを訴える。

どうしてだ、どうしてルシファーは本来の自分を見てくれない?どうして本来の自分を認めてくれない?

大好きな人なのに…大切な人なのに。
それはここまで彼の思惑を聞かされても変わることはない唯一の事実なのに。

それなのにルシファーは本来の自分である、エターナルスフィアに存在する、このエリクール二号星の住人である自分では駄目だと言うのか。




「ルシ、ファー…!分かってよ、分かってよぉ…っ!私を「否定」しないでよぉ!!」




分かって欲しい、認めて欲しい。否定しないで欲しい。
それなのに、ありのままに叫んでも目の前のルシファーからの哀れんだ視線は変わることがない。
それが辛くて苦しくて、溜めに溜めた涙ですっかり見えなくなった視界の先に…めいいっぱい揺らいで見えていたルシファーの「金色」の世界に、いつの間にか少しの黒と紫が映っていたことに気づいた、その時。





「下らねぇことをうだうだと話してんじゃねぇ、阿呆。俺ならどんなお前でも「肯定」してやる」





大好きな人の声で放たれたその言葉を聞いて、ぼろぼろと涙が零れ落ちたことでぐらぐらに揺らいでいた視界はクリアになる。

そして…そんなクリアになった視界の先にいたのは、ロアが大好きで大好きで仕方がない…
赤い瞳を鋭く光らせたアルベルが刀を構えて立っている姿だった。


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