Ambition





ロアがルシファーの元へと転送されてしまってから数十分程が経過した頃。
アルベル達は事情を説明されて直ぐに動いてくれたウォルターのお陰で急いで飛んできてくれたロータスとジェットという2人の疾風兵の力を借り、飛龍に乗って素早くアーリグリフからシーハーツへと国を跨いだ後、シランド城の地下にある封印洞を抜け、聖殿カナンの最奥へと到着していた。




「にしてもまさかお前が疾風の奴らを頼るとはな。お前、自分の部下からの信頼もあまりねぇのに、良くもまぁあのおっさんが従えてた兵士を動かせたな?」


「フン。背に腹はかえられないだろう。それに、あいつらは元々俺に何かと構って来ていたからな。何故かは知らん」


「へぇ…?上があれだと下もそうだろうと思ってたが、良い意味で見当違いだったらしいな。全く物好きもいたもんだぜ」




どうしてこうも素早く疾風騎士団の力を借りることが出来たのかというと、それは以前アルベルがフェイトと初めて対面した時に彼をカルサア修練場へと送ってくれたのがロータスとジェットだったからだ。
2人は今は亡きヴォックスが従える疾風騎士団でありながらも漆黒騎士団の団長であるアルベルを慕ってくれているらしい。

その理由までは本人達に聞く他ないが、大方は何だかんだアルベルが「心底悪い上司ではない」等と思ってくれているのだろう。
しかしそんなアルベルから今の今さっきまで名前を覚えられていなかったというのは……シランドの門前で待機してくれている彼等には言わない方が良さそうだ、と自分の隣にいるアルベルの「そんな事などどうでもいい」と言った表情で足で小刻みに地面をタンタンと叩いている姿を見たクリフは心の中で思う。



「っ……」


「…まぁそう焦んなって。確実に助けたいなら今は少しでも冷静に行こうぜ」


「事情はそこまで詳しくはないけどさ、ロアさんはルシファーに気に入られているんだろう?それなら怪我をしているって事は無さそうだし、身の安全は保証されていると思うよ」


「…そんなことは言われなくても分かってんだよ。ただ俺は自分自身にイラついてるだけだ」




自分はまだロアと知り合ってそうも経っていないが、それでもあの無邪気な人の良い彼女には既に好印象を抱いている。
そんな彼女が自分達の本来の的である男に攫われたのだから勿論心配だし、それがあれだけ探し求めてやっと見つけた自分の恋人なのだから、アルベルからしたらそれ以上に切羽詰まった状況なのだろう。
おまけに攫った筈のその彼女を攫い返されたのだから彼の機嫌が良い筈など到底有り得ない。
そう思ったクリフとフェイトはお互い顔を見合わせてから心の中で「まぁ1人で突っ走らないだけマシか」と考えていれば、自分達の目の前にあるセフィラを手に取ってブレアと交信しているソフィアから声が聞こえてきた。





「ブレアさん、聞こえますか?ブレアさん!……!良かった!!あの、大変なんです!ロアさんがっ!!はい、はいそうなんです…!…はいっ!分かりました!」


「おい、あの女は何を言っていた?ロアは何処にいる?!」


「あっ、はい!ブレアさんもおそらくロアさんはルシファーの元にいるだろうって。それで、今ブレアさんが断罪者達の行動パターンから場所を割り出してくれているみたいなので、少しだけ時間が欲しいらしいです」


「…そう。なら、ここで待っているよりは少しでも動いた方が良いわね。もうセフィラがあるのだからいつでも交信は出来るのだし、その間私達はシランド城に戻って待機していましょう」


「うん、そうだな。物資も調達しておいた方が良いだろうし。…アルベルも、それでいいな?」


「そうだよぉアルベルちゃん!準備はし過ぎっ!!ってくらいやっとかなきゃだよ!ブルーベリーとかブラックベリーとか!」


「チッ、仕方ねぇか…」


「…それと、ブレアさんからアルベルさんに伝言で、「ロアが悲しむから無茶はしないで欲しい」って。ブレアさんも事情を話したらかなり焦っていたようなので、なるべく早く場所を特定するって…」


「あら。まるで家族公認の仲ですね?」


「茶化すんじゃねぇ」





セフィラを通してブレアと交信していたソフィアの説明を聞く限り、どうやらルシファーはこの世界でも自分が居る場所にセキュリティーを掛けているらしく、ブレアの力を持ってしても場所を特定するのには少し時間が必要のようだった。
ロアが攫われたというのもブレアが把握出来ていない事からして、やはりルシファーから巧妙に隠されているのだろう。

事情を把握したマリアとフェイトが今後の行動を全員に伝えたタイミングを見計らったソフィアがブレアからの伝言をアルベルに伝えれば、それを聞いたミラージュは余裕の笑みでアルベルを茶化してみせる。
本来ならこんな時に何を言っているのだと言われるところなのだろうが、彼女のお陰で場の空気が僅かでも緩やかになってくれた事にフェイトは心の中で安堵のため息をついた。
ここに来る間でとっくに刷り込まれたが、彼女は戦闘能力が高いのもそうだが、状況によって場の空気をまとめてくれる器量の良さも相当に高いらしい。
そんなミラージュに助けられつつ、フェイト達はブレアの連絡を待つ間に少しでもやれる事をやろうと早足で地上へと戻っていくのだった。






(アルベル…頼む…っ、頼むからお前も無事で、ロアと2人で今度こそ帰ってきてくれ…っ!ワシはあの子に言いたいことが、謝りたいことが…山程あるんじゃ…っ、頼む…頼むぞアルベル…っ!)






カルサアを出る時に見た、聞いた。
ウォルターのあの絞り出すようなか細い声と悲痛な表情を思い出して。
爪がくい込んで血が滲んでしまうのではないかと言うくらいに強く拳を握り…どうにか寸での所で冷静さを保ちながら敵を斬り捨てて走るアルベルを先頭にしながら。

















「…ロア、いい加減に諦めなさい。いくら紋章術を使ったとしてもそこから出られることはないぞ」


「っ、は…!は…っ、やだ…!」


「そんなに息をきらせて…私の作ったプログラムが絶対だと言うのがまだ分からないのか?お前に与えたステータスではそのバリアは破壊出来ないのだ。もう疲れただろう、大人しくしていなさい」


「っ…!!それ、でも…!」


「はぁ…どうして分かってくれないのだ。私は「あの時」からお前を気に入って自分の手元に置いていたのだぞ?」


「?…あの、時…?」





一方、アルベル達が着々とロアとルシファーがいる場所に近づいている中。
必死に自分を閉じ込めているバリアを破壊しようとがむしゃらに紋章術を放って息をきらせているロアは、そんな中でも自分がどの「空間」にいるのかということだけは何とか理解出来ていた所だった。
というのも、FD空間にいた時はあれ程までに脳内でノイズが走ったかのようにイメージ出来なかった紋章術がすんなりと唱えられるのだ。
つまりここは、場所はどこ分からずとも自分の出身地である…自分が存在しているべきエターナルスフィアの「どこか」だと言うこと。

それが分かっただけでも前進なのだと、いくらルシファーに自分も彼の作ったプログラムなのだと言い聞かせられても、諦めろと言われても心折れることなく強くいられたロアだったが、それは再度諦めずにソフィアから譲ってもらったロッドに意識を集中して紋章術を唱えようとしたその耳に突然入ってきた意味深な言葉で思わずその詠唱を止めてしまう。





「…私が初めてお前を認識した時の事だよ」


「…にん、しき…?」


「…あれは、私がこのエターナルスフィアを開発してそれ程経っていない時のことだ…あぁ、今思い出しても、あれは心躍る出来事だったなぁ」




お前を認識した時のこと。
先程までずっと止まることなくカタカタとまるでピアノでも弾いているかのように機械音を鳴らしながら空中スクリーンでタイピングしていた指を止め、後ろにいる自分の方へとゆっくり振り返ったルシファーの表情を見たロアは、思わず目を見開いて完全にロッドから手を離してしまう。



何故か。
それは、今まで自分が見てきたどんな彼でも当てはまらない、心がざわつくような…身震いするような…「滲み出る野心」のような物を連想させるルシファーの表情がそこにあったからだった。


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