World of common sense



部屋に来たスフレとソフィアに、これまであったアルベルとの沢山の事を時間が許す限り話していたロアは、その後クルーの男性から「リーダー達が呼んでいる」と言われ、3人仲良く手を繋いだまま操縦室へと入る。

すると、入り口近くにいたらしいクリフと真っ先に目が合ったロアは、スフレに抱きつかれたままの状態でクリフから声を掛けられた。




「お。来たな?お守りご苦労さんだったな」


「えー!お守りじゃないよ!あたし子供じゃないもん!ソフィアちゃんと一緒にアルベルちゃんとのお話を聞いてただけだよ!」


「もう聞いてるだけで幸せな気分になっちゃいました!」


「私も話してたら色々思い出してアルベルのこともっと好きになっちゃった!」


「呆れた……まぁ、でも体調は良いみたいで何よりね。長く居たFD空間からこっちに来て、何かあったらと思ったけど…その心配もないみたいだし」


「あ、はい!体調は全然!もう何ともないです!ありがとうございます!」




クリフから子供扱いをされたスフレが可愛らしくぷくーっと頬を膨らませて否定し、その横でそんな彼女に笑いながらも満足気な様子でほんのりと頬を染めるソフィア。
そしてそんなソフィアと同じく頬を染めてさり気なく惚気けてみせたロアの3人の会話を聞いていたらしいマリアは思わずため息をついて呆れてしまうが、どうやら彼女なりにロアの事は心配してくれていたようだった。

すると…そんなマリアに返事をしてお礼を言ったロアの横にいつの間にか移動してきたらしいアルベルが大層不機嫌そうな様子で声をかけてくる。




「お前、何をどう言った」


「え?うーんとね、言えることほぼ全部!」


「…例えば」


「例えば?ええ…?うーん…初めてモニター越しから見た時に、雪の中のアルベルが凄い綺麗に見えたとか、実は凄い部下思いなんだよとか、口だけじゃなくて努力家なんだよとか、夢で初めてリンクした時は「何処の馬の骨とも知らん奴に近づく阿呆がいるか」って握手を断ったのに最終的には自分から手を差し伸べてくれたとか、初めは私のことを自分が作り上げた架空の人物だと勘違いしてたとか…」


「っ分かった、もうい」


「何してもカッコイイんだよとか、夢の中で会う度に話を少しずつしてくれるようになったとか、いつの間にか抱きついても文句言わなくなって、アルベルから抱き締めてくれるようになって、からかってくるようにもなって、その時の顔がまたカッコイイんだよとか…」


「分かったからもう黙」


「「攫ってやる」って約束してくれた時の声が凄い優しかったとか、キスする寸前で止めて意地悪してきた事とか、本当に攫いに来てくれた時は実はちょっとアルベルの体が震え」


「黙れと言っているのが聞こえねぇのかこの阿呆!!!!」


「わぁビックリした!!?あ、ごめんつい夢中になって我を忘れた!!」


「忘れんじゃねぇ!!」


「私の中のアルベルがカッコイイのが悪いし目の前のアルベルもカッコイイのが悪いんだよ!私悪くないもん!ただ心の底からアルベルが大好きなだけだもん!」


「黙れと言ってるのが分からねぇのかお前は!!お前から映った俺がそうなのは言われなくても知ってんだよ!!」




結局ミラージュに止められてロアの部屋に行けなかったからと、あまりに気になって例えばと聞いた自分も悪かった。
悪かったが、それにしたってあまりにも赤裸々過ぎて…当然ながら父親との過去の話は除かれているが、何もそこまでご丁寧に言う必要は何処にもないだろうと途中で止めたのにも関わらず、何と自分で話しているうちに我を忘れたらしいロアのその口は、ほぼ最後の最後まで止まらなかった。

挙句の果てにやれカッコイイだの大好きだのペラペラペラペラと全員がいる前で言われてしまえば、流石のアルベルも気持ち頬を赤らめて怒鳴ってしまう。
そんなアルベルとロアの会話を聞いていたスフレとソフィアはきゃーきゃーとはしゃぎ、ミラージュは優しい笑みを浮かべ、すぐ近くにいたクリフとフェイトは言葉を失い…マリアに至っては再度「呆れた」と口にする始末だ。




「あーあーもういいわ…ご馳走様。話がかなり逸れたけど、エリクール二号星に着いたから全員集合してもらったのよ。今から全員、転送装置で降りるわよ」


「あはは…ほらほらアルベル、まずはロアさんを無事にウォルターさんの所に連れて行ってあげないと」


「言われなくてもそのつもりだこのクソ虫が」


「お前案外可愛い所もあるんだな」


「斬られてぇのか」




どうやらロア達を集合させたのはエリクール二号星に着いたからだったらしいマリアから指示された面々は、そんなマリアを先頭に転送装置がある部屋へと進んでいく。
その道中で案外可愛い所もあるんだなとクリフから茶化されたアルベルが感情をそのまま顔に出して青筋を浮かべるが、そんなアルベルの隣を歩いているロアの表情は…先程の幸せそうな物と違い、いつの間にか何処か少し曇り気味になってしまっていた。

その事に気づいたアルベルが何か言おうとしたのだが、タイミングが良いのか悪いのか目の前にはもう転送装置が見え、声をかけるのは故郷であるエリクールに着いてからでもいいだろうと判断したアルベルはその場にいた全員と共に転送装置へと足を踏み入れた。



ワープする寸前に、隣にいるロアが自分の腕に控えめにしがみついて来たことに気づきながら。













「………っ、…う、わぁ…!」


「どうですか、ロアさん。ここがエリクール二号星ですよ」


「……え、と…ここ、カルサア修練場の近く、だよね?…モニター越しから何度か見たから見覚えはあるけど…懐かしい…のかな、うーん…」


「まぁ記憶を消されてる上に元々はガキの頃のあやふやな記憶しかねぇんだもんな。懐かしいとはまた少し違うんだろうよ」


「うん…でも、カルサアに行けば何かまた違うのかもしれない。私ってそこの出身だし、おじいちゃんにも早く会いたい!……でも…」


「…何だ?」


「…惑星ストリームの時も少し思ってたけど、土も空も空気も…FD空間じゃ味わえなかったなって。普通に魔物も居るし……こんな感じ、なんだね…これが、この光景が…この世界の皆の当たり前で、元の私の当たり前でもあるんだなって…」





転送装置でワープした場所は、アルベルが率いている漆黒騎士団の本拠地であるカルサア修練場がすぐ傍にあるグラナ丘陵と呼ばれている地だった。
ワープの光の眩しさから目を瞑ってすぐにその光景を今まで見ていたモニター越しからではなく、自らの青紫色の瞳に直接映して見たロアは、感動と実感と…複雑に絡み合った思いとでごちゃ混ぜになった沢山の感情に自分で自分が溺れそうになってしまうが、ソフィアやクリフ、そしてアルベルから声を掛けてもらった事でどうにか自我を保つことが出来た。

そんな中で唯一言葉にして言えたことは、今自分の瞳に映っているこの光景こそが「当たり前」の物なんだなと実感した、ということ。
グラナ丘陵…いや、まずアーリグリフは緑が少ない寒い土地だ。
それ故に緑は少なく、作物も満足に育たない中で隣国の緑豊かなシーハーツの土地を手に入れる為に戦争をしてきた。
街に入ればそれこそ魔物の被害は滅多にないのかもしれないが、そんな戦争の中でもすぐ傍にはこうして魔物もいる、そんな世界。そんな国。

本来なら…理由は本人からまだ聞けていないが、ルシファーが自分の記憶を弄ってまでしてFD空間に連れて来ることがない未来だったのなら、そんな未来での今の自分なら…この状況をどう思っていたのだろう。




「…色々と整理することも多いでしょうけど、まず貴女をこれ以上一緒に連れて行けないわ。予定通り、セフィラの前にカルサアにあるウォルター老の所に行きましょう。…お爺様なんでしょう?」


「……そう、ですね…実は、その…血は繋がってないんだけど……戻ってきた記憶の通りなら、私はおじいちゃんの養子の娘だから…」


「え、そうだったんだ…?てっきり僕は血が繋がってるものだと……まぁでも、それでも家族なのは変わりないし、ウォルターさんも早く君に会いたいんじゃないかな?消去された筈の記憶が戻っているなら、同じく記憶を操作されたウォルターさんも思い出しているだろうし」


「…う、ん…」


「……お前、さっきから何を悩んでやがる。言っとくが、俺は連れていく気は無いからな。お前は大人しく俺がコイツらと帰ってくるのをジジイと待っていろ」




目の前にある光景をその瞳に映し続け、いつの間にかタラレバの話まで考え込んでしまったロアを現実に引き戻してくれたのは、少し離れた所にいたマリアの言葉だった。
それに続いてフェイトにも血の繋がり関係なしに家族は家族だと言ってくれ、流れは完全にロアわウォルターの元へ連れていくものになっていく。

しかし…そんな流れになれば、普通ならずっとずっと離れ離れになっていた家族に「早く会いたい」となるのが自然な筈なのに、何故かロアの表情は何処か晴れずに迷いのような物を見せてしまう。
すると、それがどんな迷いなのか分かっていたのだろうアルベルから釘を刺されたロアは、図星かのように肩をビクッと跳ねさせた後、何とも言えない様子でアルベルの方へと顔を向ける。




「文句は言わせねぇぞ」


「…っ、文句は、ない…けど、…でも…でも私…やっぱりこのまま皆に任せて安全な所で大人しく待ってるのは…」


「ならハッキリ言ってやる。お前は足でまといだ」


「っ、」


「ちょっとアルベルちゃん!もう少し言い方があるでしょー?!」


「フン、こいつはこれぐらい言わなきゃ分からん奴なんだよ。外野は口出しするんじゃねぇ。……ロア、これ以上我儘を言うな」


「……ルシファーと、もう一回話をしたいって…言っても…?」


「駄目だ」


「………」





足でまといだとハッキリ言われ、どんな理由であろうと駄目だとまたハッキリと言われ…初めはそんなアルベルにいたたまれなくなったスフレが助け舟を出してくれたのだが、元の性格がそうであるにせよ、ロアの性格を理解しているからこそアルベルがこういう言い方をしているのをロア本人だけでなく、フェイト達も分かっているのだろう。
そんなアルベルから外野は口出しするなと言われてしまえば、その場にいる面々は何も口出しをする事が出来ず…正直に言ってしまえば確かに治癒術が使えると言っても戦闘経験の乏しいロアを連れていくのはかなり荷が重いのもまた事実だった。

それは本人であるロアも身に染みているのだろう。
その表情は未だに曇ったままだが、アルベルからそう言われてしまえばこれ以上我儘は言えないと判断したらしい。
悔しながらにもゆっくりとその首は縦に振られ、ロア本人の口からもアルベルやフェイト達に従うような言葉が吐かれた。




「…わか、った……大人しく、待ってる…」


「…それでいい」


「……よし。話は終わったみてぇだな。ならさっさと爺さんの所に行こうぜ」




ロアが頷いたことで、元々の予定通りにカルサアに向かうことになったのを見届けたクリフが手の平と拳を使ってパン!と音を鳴らせてみせれば、その音を合図に全員はカルサアがある方向へと足を進めていく。

その後ろ姿を複雑そうな表情で見つめていたロアもまた、アルベル達から数歩遅れてついて行こうと足を前に出した、その時だった。




−…ブォン…ッ!…−




「…えっ、?!」


「っ?!ロア?!」


「やだ、アルベ、…っ!」




嫌な音を立て、ロアの真下に禍々しい色の不気味な魔法陣のような物が現れたかと思えば、それはロアが慌ててそこから離れようとする前に無数の黒い手のような物がそんなロアの足を掴んで拘束してしまう。

そのあまりの恐怖に涙を浮かべたロアがアルベルから伸ばされた手を取ろうと必死に自分からも手を伸ばすが、それも虚しく…お互いの指を掠めた瞬間に身体ごと一気に魔法陣の下へと引き込まれてしまった。





「やだ、やだ…っ!!」





暗く、暗く。
まるで…一人ぼっちの世界かのような、そんな寂しさや孤独を感じるような、真っ暗な空間に閉じこまれる感覚から必死に逃げたくて、またアルベルから離れるのが怖くて。
恐怖で両目を瞑り、涙を押し殺し、ぞわぞわと体全体を虫が這うような気持ち悪い感覚に必死に耐え。

自分はどうなってしまうのか、目を開けたら何が待っているのか、それとも何も無いのか、自分は死んでしまったのだろうか。

気持ち悪いこの恐怖から逃げたいあまり、この感覚の先にあるのだろうそんな事を考え始めたロアが今度こそ押し殺していた涙を一粒流した、その時。
次に待っていたのは、あの時自分の真下に現れた魔法陣ではなく、自分の足を掴んだ無数の黒い手でもなく…





「いけない子だな、お前は」




ずっと見慣れた…大好きな金色の髪と、
ずっと聞き慣れた…凛としていながらもいつも兄のように優しく叱ったり褒めてくれたりしてくれていた、大好きな声をした…




「会いたかったよ、ロア」




フェイト達や、アルベルを。
バグだと言い張り、この世界を、銀河を丸ごと消し去ると言い出す前の…自分が心から信頼して、本気で「お兄ちゃん」だと思っていた…あの時のままの優しい笑顔をへたり込んでしまっている自分に向けている、




「…ルシ、ファー…?」




ルシファーの姿が、あった。





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