I felt uneasy with those words
エリクール二号星。
大きく別れて三つの国が存在するこの星は、グリーテンという技術者達が密かに集まる国を外した残り二つの勢力によって度重なる戦を繰り返し、人々は平和とは程遠い生活をしていた。
何時までも終わらない戦争。
いつ自分が死ぬのかも分からない毎日。
緑を求め、土地を求め、争い合う二つの国。
人々はもう限界に近かった。
敵対する国に対して思うのは、そんな限界から来る「憎悪」
早く滅べば良いのに、早く負けてくれれば良いのに。
暗く淀んでしまったその心を浄化出来るのは、果たして誰なのだろう?
果たして本当に、長年続いてきたこの生活が、日常が、報われる日など来るのだろうか?
しかしそれは、人々のそんな疑問は。
1人の少年が星の海から降り立ったことによって変わり始める。
広い広い、何処までも終わりの見えない星の海にぽつんと浮かぶ、このエリクール二号星の小さくも確かに存在する物語が。
「あれは一体何だったのだ?」
「シーハーツの新兵器かと思われますが、詳細は不明です。乗務員2人は現在地下牢に捕らえております。」
「そうか…引き続き調査を進めよ。それと並行して前線のアリアス攻略を急ぐのだ。あやつらが新兵器を導入してきたとするなら……事態は急を要するぞ。」
「「はっ!」」
エリクール二号星で行われている戦争。
その戦争を起こさせている勢力の一つであるこのアーリグリフは現在、城で緊急会議を行っている最中だった。
雪が降りしきるこの国は一面銀世界に包まれ、寒さを凌ぐ為に利用している炎の煙が空へと登っていく様は、何処か寂しさを感じさせてしまう光景だった。
「…そっか…エターナルスフィアって、ただキャラクターが存在するだけじゃないんだなぁ…」
そしてあれから。
一面雪に包まれた白黒の景色の中で見つけた彼に惹かれて、モニターを使って眺めていたロアは感心したかのようにベッドで寝転がっていた体を起こし、ソファへと移動する。
そのままテーブルに置いてあった果実味の飲み物に手を伸ばしつつも視線はモニターから外さずに眺めていれば、丁度この国の王であるらしい人物が声をあげた所だった。
「どう思う?ウォルター」
「街中に堕ちたのが本当にシーハーツの新兵器だとするならば、面倒なことになりそうですな。ここ最近の奴らの戦力は侮れないものがあります故…」
「……?」
国の主である人物に意見を求められ、ふむ…と数秒考える素振りを見せたとある老人。
その老人が話した途端、何故かロアは飲もうと傾けていたグラスをそのままにして手を止めてしまう。
何故手が止まってしまったのか、自分でも良く分からないのだが、何か…違和感があるような、やはりないような、不思議な感覚に陥ってしまったのは間違えなかった。
「ウォルター殿とあろうお方が何を弱気なことを。
我らがアーリグリフには、そなたの騎馬兵団「風雷」
アルベルの重騎士団「漆黒」
そして何より我が飛龍騎士団「疾風」という強力な騎士部隊があるのだ。奴らの兵器など恐るるに足らぬ。何が来ようと今まで通り、返り討ちにしてやればいい。」
「…む。この人感じ悪いなぁ…」
ただ、確かに言える事があるとすれば。
それは今自分が感じの悪いと思った男性から呼ばれたことで名前が分かった、ウォルターという老人の話た「台詞」ではなく、「声」に違和感のような物を感じた、という事だった。
「しかし油断は禁物じゃろう。気をつけておくに越したことはない。……のう?アルベル。」
「…!アルベル…さっきの人!」
どうしてだろうか、ルシファーの創った世界に存在するこの老人の声に違和感を覚えるだなんて、普通に考えたらおかしい筈。
何かのモデルでもいるのだろうかと考えてみたロアだが、それよりもその老人から呼ばれた名前に即座に反応してしまい、ガタン、と身を乗り出すようにモニターに顔を近づけたロアは先程の疑問など無かったかのように全神経をモニターへと集中させた。
「…ふん。奴らが敵なら殺せばいい。そうでないなら捨て置けばいい。それだけの話だ。」
「…はぁ、お主は相変わらず簡単でいいのう…」
難しい意見を求められていたのだろう、彼…アルベルは声を掛けてきたウォルターをチラリと見ると、下らないと言った様子で淡々と自分の意見を口にする。
まるでもう彼の中での話は終わっているのだと言いたげなその言葉に、ウォルターは軽く溜め息をついてしまった。
「…カッコイイ…なぁ……」
それとは裏腹に。
それをモニター越しで見ていたロアは自分でも驚く程に無意識に彼への感想を漏らす。
素直に、本当に素直にカッコイイと思ったのだ。
良く見ればとても整っている容姿もそうだが、自分の意見を真っ直ぐに言えるその強さが何よりもカッコイイのだと思ってしまった。
自分はこうである、だからその他は関係ないのだと。
そう言ってるように感じて、色のない周りの世界にただ失望したかのようにもう何も求めなくなってしまっている自分とはまるで違う人種に感じられて…
「どちらにせよ、まだあれがシーハーツの新兵器と決まったわけではないのだ。まずは捕らえたという乗組員をじっくり調べればよい。既に我が直下が尋問を開始しております故…なに、すぐに口を割るでしょう。」
「あの尋問官か?三度の飯より尋問が大好きな…」
「如何にも。」
「口を割らす前に命を落とさせぬようにしてもらいたいものじゃな、ヴォックスよ。
…それに、我が国は蛮族の集まる国では無いのじゃ。捕虜にも人権があるのじゃぞ。」
「これは異なことを!捕虜に人権などありますまい?吐くまで徹底的に痛めつければよいのだ。その結果が招くものが死だとしても、何の問題があろうか…老は甘すぎる!」
「お主と比べればそうかもしれんがの。ワシとて必要とあらばやるじゃろ。じゃが、お主の部下は少々やり過ぎるキライがあるからのう…」
アルベルの真っ直ぐな姿勢に言葉を失っていたロアを置き去りに、モニターの中では何やら少し意見の食い違いが生じていた様だった。
その内容を、言葉を失っていながらも何とか拾っていたロアは先程からやはりずっと違和感を感じていたウォルターに呼ばれたヴォックスという男に対して嫌悪感を抱いてしまった。
「…っ、やっぱり私…この人嫌い…」
国の為に、尋問自体は否定しないながらも敵であるかもしれない捕虜の事を人間として扱うウォルターと、人間…いや、最早生命としてすら考えていないとでも言いたげなヴォックスの意見。
ウォルターの暖かみのある考えと、ヴォックスの冷たく刺さる考え。
まるで正反対な意見が飛び交う中、これはどう話がまとまるのだろうと、目を細めて黙って聞いていたロアだった。
しかしそれは、次の瞬間大きく開かれることになる。
「どっちでもいいだろうそんなこと。結局は敵かそうでないかのどちらかしかないんだ。面倒なら俺が即刻殺してやるぞ?」
「「……。」」
つまりは、自分の前で面倒な言い合いをするなと言いたいだけなのかもしれない。
しかし、それでもアルベルが言い放ったその言葉は言い争っていた2人を結果的に黙らせてしまったのだ。
自分が殺せばいいだけの話だと言っているように聞こえるが、それが実は違うのではないかと思わせる行動を、アルベルが一瞬だけしていたことにロアは気づいていた。
「…さっきからずっと…この王様…黙ってたよね…」
そう。今会議を行っているこのアーリグリフという国を従えている王がずっと言葉を掛けなかったことだった。
そしてその瞳が悲しげに揺れていたこともロアは見ていたから。
国の王として、本当に素直な自分の意見が言えなかったのかもしれない。
今初めて見ただけで何が分かるのかと言われればそれまでだが、何となく直感でロアはそう感じたのだ。
国を従える、人々を守るべき立場にいる王だからこそ、尋問等ということはしたくない筈なのだと。
「……優しい所も…あるんだなぁ…」
そして…そんな王の悲しげな表情を、チラリと見ていたのがこの部屋でアルベルだけだったという事も。
偶然のタイミングだったのかもしれない、もしかしたら本当に面倒なだけでそう言ったのかもしれない。
数時間前に見つけたばかりの、悪く言ってしまえばルシファーの「創った」世界に対してそう思うのは、可笑しいことなのかもしれない。
「まぁ、我とて目的は分かっておりますよ、老。心配には及びませぬ。殺すにしても、何か吐かせてからにするでしょうな。」
「そう願いたいものじゃな。」
「そこまでだ、皆の者。今は身内でそのようなことを言い争っている時ではあるまい」
「そうでありますな。」
「ヴォックスは引き続き捕虜の調査を進めろ。ウォルター、アルベルは各々の持ち場へ戻るが良い。頼りにしている…我が誇らしき騎士達よ。」
「「はっ…」」
「……ふん。」
でも、それでも。
結果的にアルベルが作ったタイミングを上手く利用して話を終わらせる事が出来た王の表情が安堵のものに変わったことは、やはり事実だ。
そして、そんな王の指示に返事を返した騎士団長達の中に1人だけ、微かに優しい笑みを浮かべた人物がいた事も、事実だったのだから。
「ロア、さっき兄さんからケーキをもらったのだけど、一緒にいかがかしら?」
「………。」
「…?ロア?聞いてる?」
「……ん?…え?…あ!ブレア!…?何その箱?」
「さっき言ったじゃない…」
あの一件を目にしてからというもの、すっかりエターナルスフィアに…というよりも、「アルベル」という存在に夢中になってしまっていたロアは暇さえあればそんな彼を眺める為にモニターを起動しては幸せそうな表情をしていたのだった。
我ながら、これではまるでストーカーではないかと思ってみたこともあるが、どうしても気になって惹かれてしまうのだから仕方ない…と、思うしかない。
しかもこうして、姉のように慕っているブレアが自室に入って来た事さえ気づかない程なのだから。
「ケーキを持ってきたのよ、ほら、折角だから一緒に食べましょう?」
「ケーキ!やったー!食べる食べるっ!」
「全く…あれから随分と夢中になってるのね?そんなに気に入ったの?」
「勿論っ!…ふふ…えへへー!あのね、実はね…」
テーブルに置かれたケーキの箱を嬉しそうに開き、ご機嫌でにこにこと笑みを浮かべるロアに溜め息をつきながらも優しい視線を向けるブレアは本当に嬉しそうな表情を浮かべる。
あれだけ毎日何に対してもつまらないと言っていたロアが本当に嬉しそうにしていて、尚且つ部屋に入ってきた自分に気づかない程に夢中になれるものを見つけてくれたのが、ブレアにとっては何よりも嬉しかったのだ。
そんなブレアに聞かれたことに対し、実は…と再度モニターを起動したロアは画面をブレアの方に向けると、華奢な指である人物を示して見せる。
「?…この…ええっと…個性的…な服装…の、人がどうしたの?」
「うん!カッコイイでしょ?!何かね、この人を見てるといつも時間を忘れちゃうんだよね!」
「…ふふ。そうなのね?…ええ。確かに整ったパーツをしたキャラクターだとは思うけれど…このキャラクターがロアはお気に入りということなのかしら?」
眺めている際に判明した、彼が仕切っている「漆黒」という騎士団の修練場。
その屋上で1人、昼寝をしているアルベルの事を頬を染めながら話すロアに、ブレアは素直な言葉を投げかける。
このキャラクターがお気に入りなのか?と。
勿論、本人は至って素直に思ったことを言っただけだ。
それも、誰もが思うだろう事を聞いただけ。
だから別にブレアは何も悪くない、そう…悪くはないし、正直に言って当たり前のことなのだが…
「……キャラ、クター…」
「?ロア?どうかしたの?」
キャラクター。
「アルベル」ではない、名前ではない。
それはもう、どれに対して言っているのか分かりもしない、キャラクターという一括りの呼び方。
それをモニター越しで未だに眠っているアルベルを見つめながら実感してしまったロアはブレアにその肩を優しく叩かれるまで言葉を上手く返す事が出来なかったのだった。
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