Real world
「くっ、どこまでも邪魔な奴らだぜ!」
「っ、う、わ…これが…エクスキューショナー…?…怖…」
「お前はそのまま下がっていろ」
「う、うん…!」
ブレアに見送られ、FD空間とエターナルスフィアを繋ぐ場所でもあるタイムゲート前へと転送されたフェイト達は、その瞬間に視界の先にわらわらといたエクスキューショナーに即座に反応して身構えるが、フェイト達と違い、それを初めて見たロアは思わず眉間に皺を寄せて後退りをしてしまった。
そんなロアの隣にいたアルベルは、特に特別フォローするような何かを言うでもなく、ただ「下がっていろ」という言葉を言うとロアの前へと出てその刀を抜いた。
そのタイミングで、それを見ていたフェイトは敵をその視界から外すことなく、後ろにいるソフィアとロアに向かって声をかける。
「うん。まずロアさんは戦う以前に敵を見るのも初めてだろうし、まだ危ないことはさせられない。君のことはアルベルが守ってくれるだろうから心配しないで。僕達はこいつらを食い止めるから、その間にソフィアはアンインストーラーを頼む!」
「う、うん!やってみる!」
「ご、ごめんね…!」
「行くわよ。皆、油断しないで」
まだあやふやだとしてもそこそこ紋章術を使えるロアだが、フェイトの言う通りまず敵をその目に映すことすら初めてのロアにいきなり共に戦えというのはあまりにも酷だ。
いつもの調子なら「足を引っ張らないで欲しい」と言いそうなマリアでさえもそれを理解してくれているのだろう、フェイトに続く形で全員に合図を出せば、その途端にフェイト達は目の前のエクスキューショナーに向かって各々技を放っていく。
「……っ……」
すぐ隣で、ソフィアがブレアから渡されたアンインストーラーを開いてカタカタとタイピングしている音が聞こえながらも、それよりも少し離れた所で聞こえる生々しい音の方が良く耳に入ってきてしまうロアは思わず唇を固く結んでしまう。
それくらいに、その音がロアにとっては何よりも衝撃的なものだった。
いくら今まで何度アルベルを見てきても、何度戦っているアルベルを見てきても、それは結局の所は映像であって、こうして今足を踏み出せば直ぐに届いてしまいそうなものではなかったから。
刀が擦れる金属音、生々しい敵の肉が斬れる音、人間には出せそうにない、けたたましく、地割れのように響く雄叫び。
ざりざりと地面を蹴る音、スライディングする音。
敵に斬りかかる時に発せられる、息遣いのような掛け声…そのどれもが映像ではなく、今まさに目の前で起きていること。
「……すごい、な……」
それを実感して、そしてこの光景も、目の前にいるアルベルやフェイト達はずっと経験してきたのだと肌で感じたロアは小さく声を漏らしてしまった。
今まで固く結んでしまっていた唇が緩んでそんな声が漏れたのは、こんな状況でも自分の想い人が楽しそうにはにかんで笑いながら自分よりも何倍も大きい敵を切り刻んでるからなのだが…
そんなアルベルの楽しそうな表情を見ても…どうか皆が怪我をしないようにと祈るくらいしか出来ない自分が歯がゆくなったロアはつい拳を握ってしまう。
話を聞く限りソフィアが皆の回復役を任されているらしいのだが、生憎ソフィアはアンインストーラーを起動させている為に身動きが取れない。
それならロアがやれば良いのかもしれないが、今までFD空間で生活していた癖に笑ってしまう程の機械音痴なロアには勿論そんな事も出来ず…つまり、本当に今の自分は「お荷物」状態なのだと分かっているが故にロアは複雑な心境で、しかしそれよりも目の前の光景が想像よりも生々しくて、文字通り何も出来ずに地面に置かれた荷物のように動かず立ち尽くしてしまっている。
「まだかソフィア?!」
「ごめん!もう少し耐えて!今やってるから!…っ、よし!出来た!!っ、きゃぁ!?」
「!ソフィアちゃん!大丈夫?!」
「う、うん…!ありがとうロアさん…!」
倒しても倒しても、何体も向かってくるエクスキューショナーに流石に痺れを切らせたフェイトがソフィアに進捗を問えば、謝って焦りながらもずっと奮闘していたソフィアは見事にアンインストーラーを起動させることに成功して笑みを見せた。
しかし、起動して直ぐにタイムゲートが動き出したことによって起きた地響きに彼女はバランスを崩して倒れそうになるが、それはすぐ隣にいたロアが咄嗟に支えたことで事なきを得る。
そんなロアに素直にお礼を言って笑いかけてくれるソフィアだったが、ロアからすればこんな事くらいしか出来ない自分が情けなく、困ったように笑みを返すことで精一杯だった。
すると、剣をしまってソフィアの元へと早足で戻ってきたフェイトを確認したロアがソフィアから離れれば、いつの間にか隣に来てくれていたらしいアルベルに気づいたロアは思わずその腰に抱きついてしまう。
「お前、怪我はしていないか」
「全然、全く、これっぽちも。守ってくれたアルベルのお陰」
「ならいいが…それよりも何だその不屈そうな面は」
「怖くて何も出来なかったからちょっと落ち込んでる」
「阿呆。俺はお前に「戦え」とは一言も言ってねぇだろうが。今は大人しく俺に着いてくれば良いんだよ。その後はカルサアに居るジジイと感動の再会とやらをしていろ」
「…うーん…それは、勿論したい、けど……」
咄嗟に抱きついてしまっても、よろけずに抱きとめてくれたアルベルに素直に甘えつつ。
そんなロアと違って素直ではないものの、彼なりに元気づけてくれている事は理解出来たロアだったが、やはり何処か腑に落ちないと言った様子で言葉を濁してしまい、上手い言葉が出てこないロアがその続きを言わずに黙ってしまえば、アルベルはそれ以上は何も言わずにロアに抱きつかれた状態のままフェイト達の話に耳を傾けた。
「これで、終わったのかな…?」
「…多分…」
「オーナーって人はどうしたのかな…?」
「っ…ルシファー…は、ごめん…今何処で何してるのかは私も分かんなくて…」
「あっ、ごめんねロアさん…!私、そんなつもりじゃ…!」
「え?あ、ううん!大丈夫大丈夫!」
エクスキューショナーが消えた事で、その脅威は去ったと言うことで良いのだろうか。
そうフェイトに問うたソフィアの言葉に言い切りはしないものの、「多分」と頷いて見せたフェイトやマリア達は各々エクスキューショナーが居なくなった世界をその目に映す。
すると、つい先程まで自分達…いや、この世界までも消そうとしていた存在が見えない、本当に今までの世界が広がっているその光景に安心してしまったのだろうソフィアがつい元凶と言っても過言ではないルシファーの事を口にしてしまい、それにピクリと反応して申し訳なさそうに言ったロアの言葉を聞いたソフィアは慌てて両手をブンブンと振って謝ってしまう。
「…まぁなんだ。気にする事はねぇさ。現にクソ忌々しい天使どもは消えたんだ…終わったのさ」
「そうそう!終わった終わった!怖いモンスターもいなくなって、これで一件落着だね!早くロアちゃんを本当のお家に帰してあげよ!」
「…フン」
気にしているだろうからと言わないようにしていたのに、つい安心して言ってしまった…とソフィアが落ち込んでしまったのをフォローするような形で言い放ったクリフの台詞を切っ掛けにスフレもそれを後押しする形で今後の話をするが、それに静かに頷きつつも心から納得出来ていない様子のロアの表情を上から見下ろす形で見たアルベルは何も言わないものの、その瞳は細められており、まるでロアが心の内に秘めている事を分かっているかのような表情だった。
「何だってんだ?!」
「ただの地震じゃなさそうね…!」
それを確認しようとアルベルがロアに声を掛けようとするが、まるでそれを遮るかのように再度揺れた地面に驚いてバランスを崩すロアを咄嗟に支える形で、アルベルの唇が開かれることは叶わなかった。
そしてそのまま、アルベルとロアがフェイト達と同じ方向を向けば、そこにはいつの間にか空に何やら禍々しい色をした不気味な紋章が現れており、それが何か分からないながらも、お世辞でも「安心」を抱けるような代物ではない事だけは分かる面々は苛立ちを隠すことなく各々に確認を取る。
「どういう事なんだ?!終わったんじゃないのか?!」
「そう願いたいけれど…取り敢えず気をつけて皆。何だか今までとは違う力を感じる…!」
「ええー?!何これ?!黒くて気持ち悪い!!こんなの聞いてないよぉ!」
「…フン、新手か、面白い…ロア、下がっていろ」
「…っ…分かっ…た…」
空に浮かぶ禍々しい紋章から、まるで召喚されるかのように現れた黒い「何か」が気味の悪い笑い声を上げながら目の前へと着地したのを確認した面々は苦虫を噛み潰したような顔をしつつも揃ってしまったばかりの武器を取り、同じく再度鞘にしまっていた刀を抜いたアルベルが自分を離して前に出たその背中を見たロアはその言葉に頷く。
しかし…得体の知れない物体に怖気付く事無く…寧ろ更に楽しそうに向かっていったアルベルのその背中が小さくなって行く度に、彼との距離が遠くなっていく気がして思わず下を向いてしまったロアのその視界に見えたのは、可愛らしいソフィアの靴だった。
「…ロアさん、私も最初は怖かったの。…でも、勇気を出してやってみたら案外出来たんだよ」
「…ソフィアちゃん…?」
「…足手まといになりたくなくて、でも怖くて…それなのに皆が戦ってる姿を見てたら、自分だけ置いていかれちゃうような気がしちゃいますよね。私がそうだったから、もしかしたらロアさんもそうなのかもなって…違ったらごめんなさい」
「……」
「確かロアさんも私も同じ紋章術使いですよね?私のお古で申し訳ないけど、前に使ってた杖がありますから、私と一緒にやってみましょう?ふふ、少しでもアルベルさんの役に立ちたいって顔してますよ」
「っ……うん、やってみる…!ありがとうソフィアさん…!」
「ソフィアでいいですよ!…えっと…なら…これ!はいどうぞ!」
優しく背中を叩いて…思っていたことをそのまま言い当てられて。
こんなソフィアの言葉に勇気をもらえたのか、差し出してくれた彼女の杖をすんなりと手を伸ばして受け取ったロアは、離れた所でトリッキーな動きをする黒い敵に笑いながら切り込みつつも舌打ちをしているアルベルをその視界に入れると、いつの間にかソフィアが握ってくれていたその手を握り返すと、ソフィアと共に同じ詠唱を唱え始め、その手の暖かさのお陰か落ち着いて意識を前へと集中させる事ができた。
「「グロース!」」
揃って唱えられたその補助技は、掛けた味方の攻撃力を一時的にアップさせる事が出来る紋章術だった。
それをソフィアから受けたフェイトは慣れているのだろう、「ありがとう」と声を出してお礼を言うと、近くにいたクリフが敵を引き付けてくれている間に、懐に飛び込んでショットガンボルトを当てることに成功する。
そしてそんなフェイトの反対側で…何も言いはしないが、ご機嫌よろしくといった様子で全身から彼らしい色の闘気を練りだしたアルベルは、いつもよりも気持ち高めの声で自身の中で一番の大技を披露する。
「焼き尽くせっ!…吼竜破ッ!!」
フェイトのショットガンボルトによって、今まで全員を翻弄させる程のトリッキーな動きをしていた敵がよろけたその隙を逃さないとばかりに。
アルベルの闘気が何体もの龍となって具現化したその攻撃をモロに食らった敵は、そのあまりの攻撃力に耐えきれずに断末魔を上げてバタリと地に伏せた。
そしてそのままピクリとも動かなくなった事を確認した全員が武器を再びしまって一息つくが、生憎敵を倒したからと言って素直に喜べる状態でもなく、各々が戦闘中に思っていたことを代弁するかのようにクリフがそれを口にする。
「こいつは笑えねぇ冗談だ。取り敢えず勝てたから良いもんだが…サイズは縮んでる癖に力は半端じゃねぇ」
「ええ、少し参ったわね……まぁ、その分少し収穫はあったみたいだけど。正直助かったわ、ありがとうロアさん」
「!あ、えっと…!でも大した事はしてないよ?!出来たのはソフィアが勇気をくれたからだし…!」
「ふふ、でもちゃんと出来たのはロアさんが頑張ったからですよ。…ね?アルベルさん?」
「……ロア、」
「…は、はい…!」
クリフの言う通り、先程の敵の強さは「笑えない冗談」だが、そうだとしてもそれなりの収穫はあったようだと後ろにいるソフィアとロアの方を振り返って褒めてくれたマリアの表情が見直したと言いたげな様子だった事もあり、それに安心して嬉しそうに笑ったソフィアは無言で近づいてきていたアルベルへと質問を投げかけた。
すると、それに返事はしないものの、ロアの目の前で足を止めたアルベルはロアと目を合わせた後、名前を呼んでからゆっくりとその瞳を細める。
そんなアルベルの行動を目の前で見て、彼が大人しく着いてくれば良いだけだと言っていたことを思い出したロアは怒られるかもしれない…もしくはもうやらなくてもいいと言われるのかもしれない…と思わず目を瞑ってしまった。
「…上出来だ。良くやった」
「!…ほ、本当!?私、アルベルの役に立った…?!」
「まぁ、それなりにはな」
「嘘こけ、ご機嫌よろしく大技披露してた癖によ」
「吼竜…、」
「だぁー!!?何でもねぇ何でもねぇ!!」
「はいはーい、アルベル、やめやめ!もうグロースは切れてるよ〜」
「…チッ」
目を瞑ってしまったが、そんな真っ暗な世界の中で頭部に感じた優しくて少し乱暴な感覚に気づいて目を開いたロアの目の前に映ったのは、自分の頭に右手を乗せて少し笑っているアルベルの顔があり、素直に褒められた事を実感したロアは目を輝かやせて近くにいたソフィアに目を向けた。
すると、そんなロアに「良かったですね」と笑って答えてくれたソフィアに嬉しそうに笑い返したロアは、アルベルを茶化したクリフのフォローをする為に、再度大技を放とうとしたアルベルの手を握ると「はいはーい」とその手をブンブンと揺らしてそれを止める。
そんな状態にアルベルが舌打ちをするものの、敵の気配が治まった事から取り敢えずは体が休まるとその場の全員が姿勢を楽にした、その時だった。
「ロア!!アルベルくん!!みんな!!」
そんなやり取りをしていれば、ふと後ろにあるタイムゲートから優しい光が漏れ、聞き慣れた大好きな声が自分を呼ぶその声が聞こえたロアはアルベルの手を握ったままその方向を向き、同じように名前を呼ばれたアルベルもまたその方向へと目を向ければ、そこには先程まで一緒にいた筈のブレアの姿があった。
「…え、ブレア?!」
「あぁロア!アルベルくん、皆も…!よかった、無事だったのね!」
姿があると言っても、それが本人ではなく思念体だと言うことは、ずっとFD空間で暮らしていたロアは、説明されなくても嫌でも分かる。
でも、それでも…「またね」と約束したにしても、離れてそんなに時間が経っていない筈のその姿を見たロアにとっては、それを口では言わずとも…その感情をいつの間にか繋いでいた手を通してアルベルに伝えてしまうには充分過ぎる程の光景だった。
BACK