Let's meet again




「アンインストーラー…?」


「そうよ。実は貴女に使い捨ての端末を作った時に一緒に作った物でね。これをエターナルスフィアで起動すれば、エクスキューショナーは消滅する筈よ」


「えっ、そうなの?!ブレア凄いっ!!」




結局、あの後暫くしてアルベルからゆっくりと離れたロアはアルベルに連れられてすぐ近くにあった部屋に移動した。
そこで待機してくれていたフェイト達に改めて自己紹介をして深く頭を下げたロアだったが、「自分達はほぼ何もしていない」とフェイト達に頭を上げるように促され、いい人達で良かったと安心したその後にブレアから「アンインストーラー」という物の説明を受けていた所だった。

どうやらエターナルスフィア内でそれを起動すれば、放たれている無数のエクスキューショナーを消去する事が出来るらしく、それを聞いたロアは素直に目を輝かせてブレアを褒め称える。




「ふふ。私やここに居る皆は、兄さんの考えには賛同出来ないもの…これで無事に解決すると良いのだけれど…」


「その事については僕達に任せて下さい。エターナルスフィアに戻ったらこれを起動させれば良いんですよね?」


「ええ、そうよ。貴方達には迷惑を掛けて…ごめんなさいね」


「いえ、良いんです!私達こそ助けてもらっちゃって…本当にありがとうございます…!ロアさんも無事で良かったです!アルベルさんとのお話、沢山聞かせて下さいね!」


「それは確かに興味深いわね」


「あたしもあたしもー!ロアちゃんとアルベルちゃんのお話聞きたい!」


「勿論!聞いてくれるならいくらでも話すよ!!」


「やめろ」




話の流れで改めてお礼を言い合った面々は、正直あまりゆっくり等していられないのだが、大事が一つ片付きそうな状況の前ではつい和やかなムードになってしまう。
ソフィアが恋愛話が好きなこともあり、いつの間にかすっかり波長が合ったロアがソフィアやその近くにいたマリア、スフレと少しばかり世間話をしている様子を眺めたブレアはこっそり微笑むと、ロアに向かって「やめろ」と言いながらため息をついていたアルベルが立っている男性陣の元まで歩いてきた。




「…アルベルくん、ありがとう」


「あん?何がだ」


「ここまで、ちゃんとあの子を迎えに来てくれて」


「……勘違いするな。俺は迎えに来たわけじゃねぇ、あいつを攫いに来ただけの事だ」


「ふふ。だからよ、だから余計にお礼を言わなくちゃと思って」


「?ブレアさん…それはどういう意味ですか…?」




ロアがソフィア達と話に夢中になっている今がチャンスとばかりに。
アルベルに頭を下げてお礼を言いに来たブレアは、「攫いに来た」からこそお礼を言いたいのだとアルベルに笑って答えた。
それを聞いたアルベルがその意味がイマイチよく分からないと言った顔をしてしまえば、それを代弁するかのように意味を聞いてきたフェイトにブレアは軽く微笑むと、一度ロアの方を向き、静かに呟くように…それこそ何処か絞り出すような声でこう答える。




「……攫いに来てくれでもしなきゃ、…私はあの子を送り出せなかったかもしれない」


「………ブレアさん……」


「…まぁ、そりゃそうだろ。詳しくは分かんねぇが…長い付き合いだったんだろ?」


「…長い付き合い………そうね……あの子との思い出は沢山あって、確かに長いのだろうけど…今考えたらあっという間の時間だった気もするわ」


「………」


「…それにきっと、あの子の記憶が逆流したのは…多分私の予想だと、兄さんが初めてロアの記憶を消した時に使ったものを再利用したから起きたバグだと思うの。…でも、それでもやっぱり私はそんな科学的な物よりも、貴方とロアの想いの強さの結果だと思ってる」




ブレアのロアを見る目は、本当に慈愛の篭った暖かい瞳だった。
しかしそれ故にただならぬ寂しさもその華奢な背中から感じたフェイト達がその後に上手く言葉を返せないでいれば、それまでブレアのロアについての話を黙って真剣に聞いていたアルベルがその沈黙を破って静かに声を発する。




「…あいつと夢で話していた時」


「…え?」


「…お前の話も多かった。その度に「大好きな姉」だと話していた。……さっきも、お前と同じような事をあいつは話してたぜ」


「!……ふふ、そうなのね…もう、あの子ったら…」


「?ブレアー!そっちで何話してるの?」


「あら、ふふ。もう、この子ったら…何でもないわよ」



暖かく、それでいて寂しそうに。
少し離れた所で楽しそうに話しているロアを見つめていたブレアにアルベルが投げたその言葉は、きっと彼なりの今までの礼なのだろう。
それを言わずとも何となく理解したフェイトが目を細めるが、何故かその隣にいたクリフは複雑そうな顔をして眉間に皺を寄せてしまう。

それに気づいたフェイトが何かを言おうとしたのだが、それよりも先にロアがブレアの元へと駆け寄ってきて、半ば飛びつくように抱きついてしまえば、ブレアは驚きつつも嬉しそうにその体を抱き締め返した。
そしてそのまま仲良しの姉妹の会話が始まるかと思ったのだが、今度はクリフがアルベルの方へと向き直ると、突然頭を下げて大きな声を張り上げる。




「悪かった!!!」


「っ……?………なんだ、突然」


「俺、お前から話を聞いた時、マジで頭が可笑しいのかと思って馬鹿にしちまっただろ?だから…悪かった!!すまん!!」


「…クリフ…お前…」


「お前がロアに近づいていく度によ…俺、ずっとその事でモヤモヤしちまって…お前もブレアも必死こいてやってきてたのに、俺はフェイトみたいに素直に信じてやれなかった…!」




突然の大声で、その場にいた誰もが驚く中。
その中で誰よりも一番驚いたのは勿論、名指しで謝られたアルベルだった。
クリフはそんなアルベルに頭を下げた姿勢のまま、勢いもつけて「本当に悪かった」と何度も謝り、それを聞いた面々が各々顔を見合わせてしまう中で…ブレアの腕の中にロアは複雑そうな顔で思わず目を逸らしてしまった。

仲間に信じてもらえなくてもこうして自分を見つけてくれた彼の事が本当に大好きだが、今こうして自分を抱き締めたままでいてくれているブレアも大好きだ。
だから、ちゃんとさよならを言わなければということは分かっているのに、いざとなればやはり自分は勇気がまだ完全に出てこない。
だからこうやって、真正面から相手に気持ちをぶつけられるクリフが、少し羨ましい。

ロアがそんな事を考えて自分をつい責めてしまいそうになっていれば、まるでその思考を遮るかのように今まで黙っていたアルベルが突然口を開いた。




「阿呆かお前」


「「「え」」」


「…………………はぁ?!お前なぁ!俺が素直に謝…」


「端から信じるとも思っていない話を「信じなくて悪かった」と謝られて、それで俺がお前にどう返せと?本当に阿呆だな…」


「なっ…っ?!!だぁー!!お前のそういう所がムカつくんだよ俺は!!」


「フン、俺は他人が何と思おうと、何と言おうと、こうしてこいつを攫いに来れれば良かったんだ。現に出来たしな…そこは感謝してやる。それが分かったらさっさといつもの調子に戻れ阿呆。気色悪い」


「一言どころか山程言葉が多いなお前は!!ったく!わーったよ!!はいはいこの話はこれで終いだ終い!」





アルベルの突然の容赦ない答えに唖然としてしまった面々は、言葉を失ってしまったり呆れてしまったり苦笑いをしてしまったり怒ったりと様々だが、そんな中でその言葉の中に自分を想っての言葉が隠れていた事に気づいたロアはほんのりと頬を染めて痛む心臓を抑えてしまった。

そしてその中で、アルベルがどんな思いでここまで来てくれたか…ブレアがどんな思いでここまで協力してくれたのかを改めて実感したロアは、アルベルに呆れられてた事に苛立って「はいはい」と手を叩いて会話を終了させたクリフが鳴らしたその音を合図にするかのように、グッと一度目を瞑ると、決心した様にブレアを見上げて声をかけた。





「っ、ブレア!!」


「?何かしら…?」


「いつも…ごめんなさい…っ、」


「…え…?」


「いつも、いつも私…我儘言ったりして、忙しいブレアを困らせてたこと、沢山あったでしょ…?でもそれでもブレアは時間を作ってくれて、私と沢山色々な話をしてくれた…!」


「…!ロア…」


「初めてここに来た時に、名前以外何も分からなかった私に優しくしてくれて、お風呂だって一緒に入ったし、眠れない時は子守唄だって歌ってくれて…!こうしてアルベルに会えたのも、ブレアが私を理解してくれて、協力してくれたから…っ、!だ、だから…私…私…っ!!」





ブレアに抱き着いたまま、そんなブレアを見上げたまま。
じわじわと言葉を紡いでいく度にゆらゆらと揺れていく視界の中でも決してその視線は逸らさずに、真っ直ぐに思いを伝えるロアのその姿勢と言葉を真っ直ぐ投げられたブレアは、同じようにゆらゆらと視界が揺れてしまっても決してその視線はロアから逸らさなかった。





「わた、し…!!ブレアに…!ちゃん、と…「さよなら」って言わなきゃ、いけないのに…っ!ちゃんと言えなくて…っ、怖くて…!!言っちゃったら本当にもう、に、二度と会えなくなるって、思っちゃって…!!」


「……ふふ、私と同じね…?」


「…え…?」


「……ごめんなさいね、ロア…私も、貴女に「さよなら」って言わなければいけないのは、分かっていたのだけれど……っ、それでも言いたくなくて…言ったら本当に、二度と会えなくなりそうなんだもの…っ、」


「!ブレア…!っ、うっ、…ブレアぁぁ…!!」


「はいはい、それ以上泣かないの…私ももう限界なのに、そんな顔されたら我慢出来ないでしょう?」


「っ、ブレア、我慢出来てないじゃん…!!」





「さよなら」と言わなければいけないのは分かっている、分かっているけど、やっぱり言えなくて。
お互いがお互い同じことを思っていたのだと分かったロアとブレアの2人は泣きながら笑みを浮かべると、お互いの涙を優しく拭いあってから強く強く抱き締め合う。

そんな様子を黙って見守っていた面々だが、ふとそんな空間の中にフェイトの優しい声色で発せられた言葉が柔らかく響いた。





「…なら、言わなければ良いんじゃないかな?」


「「…え?」」


「別に、違う世界に行くからって無理に「さよなら」を言う必要はないってこと。…それなら「またね」って約束をすればいいんだ。…約束がどれだけ強いものか、ロアさんとブレアさんなら分かってると思うけど。…な?アルベル?」


「…フン、一々そんな分かりきったことを俺に振るな」




「さよなら」が嫌なら「またね」でいい。
そうすればそれは別れではなく、約束になるのだから。
そう言ったフェイトがその証明であるアルベルに意見を投げかければ、アルベルは態度こそいつも通りだが、その言葉は彼なりの肯定だった。

それを聞いたロアとブレアは暫く呆けてしまったのだが、やがて吹っ切れたように同時に笑い出すと、抱き締めあって笑いながらくすぐったそうに頬擦りし、ゆっくりと離れる。
そしてそのまま…セキュリティーが解除されない内にと転送装置の場所まで手を繋いだまま移動すれば、その手は今までの躊躇が嘘だったかのようにスルリと離れていった。





「…「またね」、ロア。…ありがとう」


「…うん!ブレア…ありがとう…「またね」!」





転送装置の中と、外と。
お互い近くにいても、これから進む道は別々の場所だとしても。
その約束さえあれば、「さよなら」をする必要はないからと、心から笑って、手を振って。



大好きな大好きなその笑顔が光で消えて見えなくなるまで見送ったブレアの耳に残ったのは、





「…世話になった」





そんな「約束」の強さを証明してくれる、アルベルの声だった。



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