Farewell approaching
あれから…元々この世界のシュミレーションルームでも上手く制御出来なかった筈の紋章術を何度も連発して疲労しきっていたロアをソフィアが回復してくれたのだが、完全に回復するのには少し時間が必要だった事もあり、今はブレアが厳重にセキュリティを掛けた部屋でロアはアルベルに傍にいてもらいながら休んでいる所だった。
その間にブレアはフェイト達に渡したい物があるからとやっと直接会えた2人に時間を作る目的を含めて別室にて「アンインストーラー」という物について説明をしているという。
しかしそれはアルベルからしたらどうでもいい事で、そんな事よりも今は目の前のベッドに横になっているロアがいればそれで良かった。
「おい。体調はどうだ」
「ん。ソフィアさんのお陰でかなり楽になったよ。もう少し休ませてもらえれば動けそう」
「痛むところは」
「それもない」
「…そうか、なら少し寝ていろ」
「やだ」
「「やだ」じゃねぇ、寝ろ」
「やだ」
ベッドの横に置いてある簡易的な椅子に座り、ロアの手を握ったままのアルベルは寝ろと言っても頑なに拒否をするロアに思わずため息をつく。
しかしロアはアルベルのそんな態度を見てもやはりそこは譲らず、自分の手をずっと握ってくれているアルベルの手を強く握ると、縋るような視線を向けた。
「現実のアルベルと沢山話したい」
「これから幾らでも話せるだろうが」
「!えへへ…そうだよね、迎えに来てくれたんだもんね。……これから幾らでもかぁ…そっかぁ…!ふふ。アルベル大好き!」
「っそんな事は言われなくても分かってる。お前は夢でも現実でも俺の話を聞かねぇな。…はぁ、なら聞きたいことが幾つかあるから出来るだけ答えろ」
「あ、うん!何?」
夢ではなく現実で、ちゃんと目の前でアルベルが話している事が未だに信じられなくて。
それを実感したくてもっともっと話したいと言えば、これから幾らでも話せると答えたアルベルのその言葉にロアは満面の笑みを浮かべて幸せそうにそれを噛み締める。
そしてそのまま夢の中でも何度も言われた「大好き」を言われたアルベルは決して口では言わないが正直照れてしまい、半ば折れるようにロアのお願いを聞き入れ、質問という形で口を開いた。
「お前、原理は分からんが記憶を消された筈だろう?何故消えていなかった」
「強がって「俺の名を言え」とか言ってた癖にそういうこと聞、」
「あいつらの部屋に行ってくる」
「ごめんなさいっ!!えっと、あのね、ちょっとヤケになってたのもあるんだけど…自分に治癒術かけたら耐えられるんじゃないかなーとか思って必死に唱えてたからかな?」
「治癒術にしてはそこら辺の物が壊れて焼け焦げていたが」
「自分にヒーリングとかフェアリーライト唱えてた筈なんだけど、何回かファイアボルトとかレイが出ちゃって…あはは…」
「……………………」
「………制御頑張ります」
「そうしてくれ」
何故ロアの記憶が消えていなかったのか。
それをアルベルがロアに問えば、なんとロアは自分自身にずっと治癒術をかけ続けていたという。
どうりでここまで疲弊しているわけだ…とアルベルはその事に納得したが、それにしたってファイアボルトやレイと言われれば、戦闘中にソフィアが唱えていたその術の光景を思い出して思わず身構えてしまう。
そんな術をあんな個室で何度もぶちまけていたのか、と若干引いてしまったが、それがあったにせよロアの記憶から自分が消えなくて心底良かったと安心したアルベルはそのまま次の質問へと移った。
「ちなみに元の記憶はどうだ」
「それは……」
「…いや、いい。元々消された物のようだからな、試しに聞いてみただけだ」
「私のおじいちゃん元気?」
「あぁ、まだボケてはいな……………………は?」
「アルベル、ぎゅってして」
「おい、人の話を…!」
駄目元で聞くだけ聞こうとは思っていたロアの元の記憶について聞いたアルベルだったが、最後までその回答を聞く前に「思い出している訳がない」と自己完結してその回答を遮ってしまった。
しかしその返答は遮ったつもりなのに返ってきて、尚且つ「おじいちゃん元気?」という如何にも当たり前かのように首を傾げて聞いて来たロアに驚いたアルベルは目を丸くする。
そして内心取り乱しながらもその事を追求しようとしたのだが、それよりも先にロアは横になっていた体を起こして両腕を伸ばすと、「ぎゅってして」と言いつつ自分から抱き着いてくる始末で、アルベルは咄嗟に抱き締め返したものの、困惑した様子で腕の中に入ってきたロアを見下ろす。
「完全じゃない。ないけど、記憶を消されそうになった時に治癒術をかけたらね、なんかこう…頭の中で砂嵐みたいなのが流れて…そしたら目の前で色々な記憶が逆流してきたの」
「…逆流…?何故だ?」
「んー…それは分かんない…分かんないんだけど、それも断片的な物だったからどれがいつのものかまだ整理がついてなくて……でも、ウォルターさんが私のおじいちゃんってことは、思い出した。…ううん、ちゃんと取り戻した」
「……フン…お前にとってもあのジジイにとっても…それだけ取り戻したなら充分か…上出来だ」
「!…うん!ふふっ」
記憶の一部が断片的ではあれど逆流してきたというロアの回答に、イマイチ理解が出来なかったアルベルだが、それはどうやらロア本人も分からないようだった。
しかし、そうだとしてもロアやウォルターにとって何よりも大切なその「情報」が2人に戻った事を確認したアルベルは、自分に抱き着いたまま見上げてくるロアに満足そうに笑うと、そっとその唇にキスを落とす。
そんな突然の想い人からのキスに思わず瞬きを一つしたロアだったが、驚きよりも幸せの感覚の方が何倍も強く襲いかかってきて照れたように笑うと、お返しかと言うように自分からもアルベルにキスを贈った。
「ねぇアルベル、」
「今度は何だ」
「泣いてもいい?」
「この状況で泣く必要が何処にある」
「だってさっきから幸せ過ぎて、今でもまだ信じられないから泣きでもしないと頭が可笑しくなりそうなんだもん」
「そんな事か。元から可笑しいから安心しろ」
「それは夢よりも現実の方がもっとカッコよくて結局いつでもカッコよすぎる理不尽なアルベルの所為であって、私は元々可笑しくなんかない!」
「…お前、実はもう回復したな?ならさっさとあいつらの所に行くぞ」
「うわーくらくらするー視界が揺れるー」
夢でも現実でも結局こいつは何も変わらないな…と。
もうかなり疲労が回復しているのだろう、いつも通りのロアの大好きアピールにすっかり気を抜いたアルベルが釣られるようにいつもの返しをすれば、ロアはまるで行きたくないとでも言いたいかのようにアルベルの腰に回している両腕に力を込める。
その行動を見ていれば確かに「いつも通り」のロアなのだが、何処か心の隅で違和感を覚えたアルベルはロアに気づかれないように一瞬だけ目を細めると、いつもよりも一層静かに落ち着いた声で言葉を発した。
「…お前、迷いがあるだろう」
「……………」
「悪いが、俺はそれでもお前を連れて帰るぞ」
「……うん、分かってる。分かってるし、私もアルベルと帰りたい。…………けど、あとちょっとだけ…ちょっとだけでいいから時間を頂戴。ちゃんと「さよなら」出来るように言葉を考えるから」
アルベルから鋭いその言葉を受けたロアは、その瞬間にアルベルの胸板に顔を埋めてしまい、またアルベルもより一層距離がなくなったロアを強く抱き締めた。
その光景が…離さないで、離さない、といったお互いの気持ちを体現しているが、それとは裏腹にロアが何に対して不安になっているのか、迷っているのかを聞かずとも察したアルベルは、この後ロアが自分から離れるまで黙ってずっとそのままでいるのだった。
いつもの笑顔で、いつもの声で。
「さよなら」と、大好きな姉に言える勇気をロアが持てるまで。
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