Waymark




「駄目だ、ここも開かない…!」



一方、去り際にフラッドから受け取ったディスクのお陰でジェミティ市に辿り着き、「B」という謎の人物からの助けを借りてスフィア社に乗り込むことに成功したフェイト達は、待ち伏せをしていたアザゼルという保安官を倒すことに成功していた。
待ち伏せをされていた事もあって、「B」という人物の罠かとも疑ったのだが、どうやらアザゼルの様子だとそれは勘違いのようだった。

しかし…その後は倒れざまに警報を鳴らしたアザゼルのせいで、退けても退けてもいくらでも増えるセキュリティサービスに追われる羽目になったフェイト達の体力は怪我さえないもの、精神的にも疲れが見え始めてしまっている。

そんな中で、奥へと進んできたフェイト達の前にやっと現れた重要そうな扉は一向に開かず…その場の全員はどうしたものかと立ち往生してしまっていた。




「しかしゴキブリみてぇな奴らだ。次から次へと…全くキリがねぇ!」


「でも、もう研究セクションに入ったんだ。後はエターナルスフィアの開発室を見つけさえすれば…」


「でも…部屋に入れないんだよ?」


「鍵か何か必要なのかな…それを探し出せば…」




ゴキブリという表現はどうかと思うが、正直誰もがクリフのその例えに頷いてしまうものの、それよりも先に進めないことの方が何倍も厄介だった。
まず第一にここは敵の本拠地のようなもの。いつ何が起こるか全く予想がつかない中で立ち往生するのは分が悪い…と判断したフェイトが扉の鍵を探そうと提案するが、まず鍵が必要なのかも分からない中でそれを探すのは酷な話でもあった。

すると、それならと今まで黙って着いてきていたアルベルがフェイト達に向けて声をかける。




「…なら、悪いが俺はここら辺で一旦好きにさせてもらう。どうせここで待っててもその扉は開かないんだろう?お前らはお前らで好きにすればいいさ」


「うーん…お前の気持ちも分かるけど…単独行動は危ないんじゃないか?それに、もしかしたらお前の探しているロアさんだってこの奥にいるかもしれないだろ?」


「その奥にいるという保証もないだろうが、阿呆。こっちは黙ってしらみ潰しに探すしかねぇんだ。闇雲にそこら辺の奴に聞いて、それであいつが怪しまれて捕まりでもしたらそれこそ面倒だ」


「あーっと…なら、この際二手に分かれるか?俺はこいつに着いてくぜ」


「ならあたしもアルベルちゃんに着いていくよ!まっかせといて!」


「勝手に決めるんじゃねぇ。別に頼んでいない」


「まぁまぁいいじゃねぇか、人の好意は素直に受け取っとけよ」


「……」




立ち往生するくらいなら、自分はロアを探してくる。
そう言ったアルベルはそっと刀に手を添えると、周囲を確認し始めた。
元々、アルベルの目的がエターナルスフィアを救うことよりも、この場所の何処かにいると判明したロアなのだと分かっているフェイトは、その提案を頭ごなしに否定はしないものの、危ないという理由で素直に首を振れなかった。
しかし、それなら二手に分かれるかと自ら進んで提案してアルベル側についたクリフと、それに続いたスフレがアルベルの近くに移動すれば、アルベルは「頼んでいない」と若干複雑そうな顔をする。

複雑そうな顔をしてしまったのは、ただ単にアルベルがクリフの行動に違和感を覚えたからだろう。
アルベルからすれば、スフレはさておき、どちらかといえばクリフはフェイト側につくのが自然だと思っていたからだ。




「個人的に、お前にはちっと罪悪感があるからな」


「何の話だ」


「こっちの話だ。……おいなんだその「心底気持ち悪い」みてぇな顔」


「あはは……でも、そうだな…確かにここで足止めを食らってるよりは、二手に分かれる方がいいのかも。こっちの目的は二つある訳だし…それなら、集合場所をこの扉の前にしようか」




アルベルの隣に移動し、その肩に肘を乗せてそう言ったクリフだったが、それを退かすことはなくとも思いっきり顔に「気持ち悪い」との感情が出ているアルベルに思わずツッコミを入れてしまう。
こちらの気も知らないで…とクリフは思ってしまうが、実際に自分でもアルベルに対してこの態度は少々気持ち悪いと思ってしまうのだから何も言えない。

そんなアルベル達に乾いた笑みを浮かべてしまったフェイトだが、クリフの提案に一理あると考えると集合場所をこの扉の前にしようと声をかけた。
しかし、その途端にそれに賛同しようと頷きかけたマリアの表情が突如鋭いものに変わる。




「ええ。私もそれが良いと思ったけれど……どうやらその前に、もう一働きする必要があるみたいね」


「きゃ?!後ろにもいるよ?!」


「…流石にこの人数は厳しいわね…」


「やんなっちゃうよぉ…!もう!こっちはロアちゃんのことも探さないといけないのにぃ!」




目の前の開かない扉の両端から…ぞろぞろとセキュリティサービスの連中が出てきた事に軽く舌打ちをした面々は「いい加減にしてくれ」とそれぞれ武器を構える。
別に、こんな所で負けるつもりもないが、挟み撃ちでさえ厄介なのに、数が数だけに正直気が滅入ってしまう。

こちらはこんな所で時間を潰す訳にも、ましてや倒れる訳にもいかないのだ。
エターナルスフィアの滅びを防ぐ為にも…アルベルがずっと探しているロアを見つける為にも。




「チッ…このクソ虫共が…!」




早く、早く見つけてやらなきゃいけないのに。
あいつに待っていろと言ったのに。
こんな所で足止めを食うわけにはいかないのに、早く見つけて、抱き締めてやりたいのに。

焦っている自覚はある、敵の本拠地だからと冷静でいようとしているが、それでも。
想いの方が何倍にもそれを押し退けて、早く早くと手を震わせてしまう。

アルベルがそう思って苦しそうに目を細めていれば、突然開かなかった筈の扉が開き、知らない女性の声が響いた。




「こっちよ!!」




知らない筈なのに、顔も見たことがない女なのに。
目の前で手を振ってこちらに来るように誘導してきたその人物が、何処か安心感を抱かせて、素直に足を向けてしまったのは…何故だろうか。













「危ないところだったわね」


「えっと…助けていただいて、ありがとうございました」


「…貴女は?」


「まずは自分から名乗るものではなくて?フェイト・ラインゴッドくん」


「、え…?」


「私はブレア。ブレア・ランドベルドよ。ここでエターナルスフィアの開発を行っている研究者の1人」






何故か安心感を抱いていたのもそうだが、咄嗟に開いた扉を抜けたフェイト達が全員入ったと同時にガッチリと閉められた扉を確認したその女性は、優しい表情をフェイト達に向けて、安心したように声をかける。
そんな女性に、全員分のお礼を言ったソフィアに続いたフェイトが名を聞けば、その女性は何と逆にフェイトのフルネームを言い当てたのだ。

そして、もっと驚いたことに、その女性の名前が「ブレア」という…ここに来る間に何度か聞いた名前である事が判明する。
何より、その人物が自分が探しているロアから何度も聞いていた人物の名前だと直ぐに反応したアルベルは目を見開いて口を開いた。





「っ、?!お前…!!」


「待って、アルベル。……ブレア…そう…。もしかして、ジェミティ市で私達をこの場所に招いてくれたのも貴女なのかしら」


「ええそうよ。察しがいいのね、助かるわ。…私はレコダで貴方達が会ったフラッドの友達。あの子も貴方達のことを随分と気にしてたわよ。…まぁ、あの子の場合面白半分なんだけど。…あぁ、ここで話し込むのも何よね。着いてきて」





ブレアを前にして、今にも前に飛び出しそうになるアルベルの前に手を出して止めたマリアは、かなり冷静だった。
そんなマリアを思わず睨んでしまったアルベルだが、正直今この場は彼女の言う通りにした方がいいだろうと拳を握り締めて己の衝動に耐える。
すると、そんなアルベルを見て何故か優しく微笑んだブレアは気持ち早口で軽く自己紹介をすると、場所を変えたいと更に奥の部屋へとフェイト達を誘導する。
彼女の説明だと、どうやら扉を内側からロックを掛けたはいいものの、上層部が本気を出せば直ぐに開けられてしまう可能性があるらしく、募る話をするならこの先の更に厳重なセキュリティを施してある部屋の方が望ましいらしい。

それを聞いたフェイト達は一瞬悩んだものの、確かにすぐに追っ手が来るならばと全員がアイコンタクトをとって素直にブレアの提案に従う。
そしてそのまま奥へと辿り着いたかと思えば、ブレアはゆっくりと後ろにいるフェイト達に振り向き、優しい声色を発したのだった。





「ここよ。……それにしても…本当に来てくれたのね、アルベルくん」


「!」


「本当は貴女達に、この部屋にいる私の同士達で作った「ある物」を一番に渡さなきゃいけないのだけれど…ごめんなさいね、それよりも先に私情を優先してもいいかしら?」


「……えぇ、その「ある物」が何かとても気になるけど…これ以上私達の同行人を待たせるのも酷だもの。私は構わないわ」


「あぁ。僕もそれで大丈夫ですよ。アルベルがどれだけその件で奮闘して、待ち侘びていたのかは多少なりとも分かっているつもりなので」




部屋に入って直ぐに。
後ろにいるフェイト達…いや、どちらかといえばアルベルに向かって泣きそうになりながら微笑んだブレアの表情を見たアルベルは思わず握り締めていた拳を解いてしまった。
そしてブレアはそのまま流れるようにマリアやフェイトに私情の断りを入れると、アルベルの前に立ち、本当に嬉しそうに話し始めた。

その雰囲気が本当に「姉」のような感覚を覚えたアルベルは、ロアが以前言っていた「私のお姉ちゃんのような人」という言葉を思い出し、本当に自分はここまで辿り着いたのだと実感する。




「ありがとう。……さて、アルベルくん。知っているとは思うけど、私が、良く貴方の夢の中に出てくるロアの知り合いのブレアよ。まぁ姉のようなものね。…彼女、ずっと貴方を信じて待っていたのよ…だから私からもお礼を言わせてもらうわ」


「っ…悪いが、貴様の話は後でいい。それよりも、それなら早くロアに会わせろ。あの阿呆は何処にいる!」


「ふふ。それは申し訳なかったわ…ロアならオーナーに呼ばれて社長室にいるのだけれど…何事もなければそろそろ自室に戻る頃だと思うの。だから今から彼女の部屋に案内…」




ロアは本当にずっと貴方を待っていたのだと、そう言うブレアの言葉に心が擽られるような感覚に陥りながらも。
そのお陰で本当に自分がロアの間近にいるのだと実感したアルベルは「話は後でいい」からと、思わず縋るように目を細めて前のめりになってしまった。

早く、早く会いに行きたい、そればかりが頭の中でぐるぐる回って…あの泣きじゃくった顔で同じく「会いたい」と言ってきたロアの顔が浮かんで。

すると、彼の目の前に立っていたブレアにはそれが痛い程伝わってきたのだろう、彼を信じて良かったと心から思って思わず泣きそうになってしまったが、それなら早く案内して会わせてあげたいとブレアがアルベルをロアの部屋に案内しようとした、その時だった。




「ブレアさん!!ど、どうしましょう!!大変ですっ!!」


「?どうしたの?」


「ロアさんが!!何か、口走っちゃったみたいで…!オーナーに拘束されて「実験室」にっ!!!」


「なんですって?!っ、もしかしてあの子…!監視カメラの映像をオーナーの前で見せられて…!それに、「実験室」って、まさか…!!」




奥の部屋から突然、焦ったように息を切らせて走ってきた研究員の女性の言葉を聞いたブレアは驚きを隠せずに大きな声を上げてしまう。
なんてタイミングでこんな事になってしまったのか…折角ここまで来たのに、不運が重なりに重なって、最悪の状況になってしまった。

どうすればいい、どうすればいい。
「実験室」という言葉を聞いて浮かぶのは、どう考えても最悪の事態しか想像がつかない。

どうしよう、どうしよう。
焦りと不安と、色々な負の感情が混ざりに混ざって上手く脳が働かずに体を震わせてしまったブレアだったが、それを一瞬で動かせたのは目の前のアルベルの声だった。




「何突っ立ってやがるっ!!早くその場所に案内しろ!!」


「!っ、え、えぇ!こっちよ!!」




戦闘など何も分からないブレアでも、ビリビリと痛い程に伝わってきたアルベルのその気迫は、凄まじい物だった。
それに動かされ、何とか我に帰る事が出来たブレアは駆け足でロアが連れていかれたという実験室へとアルベルと、それに着いてきたフェイト達を案内する。

「実験室」という言葉を聞いて浮かんだ…「記憶の消去」という最悪の予想を拭えないまま。

















「っ、ルシファー、ねっ、お願い!これを外してっ!!」


「ロア…私は悲しいよ。お前が大人しく私の傍にいてくれないことが」


「意味、分かんないよ!!ねぇやだ、何するの?!これ外してよ…!ねぇルシファー!!」


「大丈夫だ、安心しなさい。初めは苦しいかもしれないが、消去すればする程何も感じなくなる。少しの辛抱だ」


「しょう、きょ…?なに、何の…こと…っ、?」




一方…あの場でアルベルの名前を口走ってしまったロアは、両手を無数のコードのようなものに拘束されて動けずにいた。

最低限の光しかない、暗くて不気味な緑色の淡い光と無機質な機械音がする空間の中で、「悲しい」と言いつつも感情を一切感じないルシファーを前にしたロアは恐怖で視界が滲む。

知らない、こんな怖いルシファーなんて、知らない。

消去とは何のことか。何を消すつもりなのか。
聞いては見たが、それがどういう意味なのか…以前ブレアの仮説で聞いてしまった言葉が嫌でも脳内に響いてそれを察してしまう。

嫌だ、それだけは、嫌だ。
消去?忘れる?それはつまり、





「お前に与えてしまった余計な情報を全て消すよ」


「……ぇ………?」


「消すついでに教えてあげよう、ロア。お前は私の作った「データ」だよ。エターナルスフィアから連れてきた、「私のデータ」だ。それをデータではなく、完全な実体にする為にわざわざ全ての記憶を消して傍においていたのに…」


「…るし、ふぁ…?」


「記憶を消した状態を維持して、その後エターナルスフィアを見せても問題がないかどうか確認する過程で、まさかピンポイントでバグの影響を受けるだなんて…あぁ、可哀想だなぁ…お前は」


「っ…や、」


「あぁ…大丈夫だよ、私はお前が大好きだからな。また記憶を消して…今度こそ苦しい思いをさせずに「完璧な実体」にしてやろう。完全に記憶を消去した頃合いを見計らって迎えに来くから、それまで…」





おやすみ、ロア




響いたその言葉と共に、厳重なロックをかけられた扉がルシファーを通して閉じたのを見たロアは、誰も居なくなった部屋に1人…





『データノ消去ヲ開始シマス』




5%………12%……………無機質で、残虐で…
カウントをされる度に頭の中を勝手に弄られる気持ちの悪い感覚が増していく中で…
涙を流して、それでも必死に大好きな「アルベル」だけは忘れまいと、諦めずに抵抗をし始めた。





(…連れ出してやる。)





あの赤い瞳の力強い光を…言葉を。
道標かのようにして。



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