Carry your thoughts




アルベルから聞かされた話は、驚くくらいに耳にすんなりと入ってきた。
初めてその話を軽く聞いた時は寝ぼけてるのか、戦闘狂を拗らせて頭が可笑しくなったか、或いは元々可笑しい奴だったのか…なんて今考えれば失礼な事を思っていたのを覚えている。

初めて会ったのはネルの部下を助ける為にフェイトと乗り込んだカルサア修練場の屋上だった。
いけ好かない奴だと心底腹が立って、それでもその覇気はあの時の自分達よりも何倍も鋭く強烈で…正直言ってしまえば、あの時あいつが見逃してくれていなかったら…悔しいが、自分は今こうしてここに…アクアエリーの艦長が手配してくれたシャトルの席に座っていることはないのだと思う。

正直、かなり気まずい。
本人からしたら…アルベルからしたらずっと真剣で、本気で想い人である、FD空間にいる…ちゃんと「存在している人」を探していたのだろうに。
それなのにあの時の自分は「何言ってんだ」と本心から馬鹿にしてしまったのだから。
だから、正直言って謝りたい気持ちはあれど、それを本人に言った所で鼻で笑われる気がしてならない。




「アルベルちゃん!惑星ストリームってどんな所なんだろうね!ロアちゃんに会えるといいよね!」


「……」


「あたし、頑張ってサポートするね!ずばばばーん!ってやってくる敵をみーんな倒しちゃうんだから!」


「…フン。ガキに世話をかけるつもりはない。お前はお前で自分の身の心配だけをしているんだな。…ったく、こんなガキまで拾いやがって…」


「ガキじゃなくて!スフレだよぉ!ス!フ!レ!………?フェイトちゃん?どうしたの?お腹痛い?」


「…何でもない、何でもないよ」





ムーンベースから帰ってきて、艦長にことの説明をした時のことは今でもはっきり覚えている。
彼はこちらの話を聞き、疑うこともせずに全力でサポートしてくれることを誓ってくれた。
エクスキューショナーの脅威を目の当たりにしても、それでもどうにか自分達だけは惑星ストリームに送るのだと力強く頷いて。

それがどういう意味か、どんな結末になるのか。
この場にいる誰もがまるで予知夢を見たとでも言うように想像がついていたというのに、誰もが何も言えなかった。
ロキシ博士達が託したフェイト達を惑星ストリームに無事に送るのが今出来る最善の策。
人類の滅びに抗うには、もうそれしかなかったから。
例えそれでどれだけの犠牲が出ても、その先の未来が沢山の犠牲の上に成り立つ未来なのだとしても。




「…本当に?ねぇ、大丈夫?フェイトちゃん…」


「…うん、ごめん。大丈夫」




それが分かっているから、分かっているからこそ自分を含む仲間達は艦長の手配してくれたこのシャトルに乗り込んだ。
フェイトは最後に挨拶をしてくると1人で引き返して数分して戻って来たが、何を話したのかは聞かされていない。

それは、暗い暗い雰囲気をどうにか明るくしようと話してくれている、ムーンベースから結局着いてきてしまったスフレが心配そうに覗き込んできたその顔から目を逸らしてしまうような話だったのかもしれない。

一体どんな話をしたと言うのか…それはフェイトにしか分からないが、きっと今頃あの艦長は人類を滅ぼそうとしているエクスキューショナーと本気で向かい合っているのだろう。










「全艦のクルーに告ぐ。…諸君、これから行う戦闘は人類の命運を賭けた戦闘だ。このアクアエリーのクルーは連邦一、いや銀河一のクルーであることをここで証明しよう。例え滅びが神の意志であろうとも、我々はそれに逆らい生き延びることを選択しようではないか!…行くぞ!我が盟友達よ!」







この世界の未来を守るために。
この世界の、命運を自分達に賭けて…その沢山のクルーの命とを背負った自分の命をも捧げて。







「……生き延びろよ………………っ、スフレ…」










「…っ…アクアエリーの反応が消滅したわ…」


「………俺達には悲しむ前にやる事があんだろ!?っ…タイムゲートから1kmの地点に着立する。…行くぞ」




予想通り…予想したくなかった通りに。
アクアエリーの反応が消えたことを告げたマリアの声が狭いシャトルの中に響く。
その確かな言葉を聞いてしまえば、あの明るくしようとしてくれていたスフレでさえも言葉を失って下を向いてしまった。

そんな雰囲気に耐えきれず、半ば八つ当たりかのように声を荒らげてしまったが、そんな自分の指示で全員は強く頷いて各々着陸の準備をすると、着陸と同時に転送装置を使って惑星ストリームへと降りていく。
しかし、いくら待てども転送装置に近づかないフェイトが気になって後ろを振り向けば、そこには黙って腕組みをしてその様子を伺っているアルベルと、握り拳を強く震わせて下を向いてしまっているフェイトの姿があった。




「…おいフェイト、お前いい加減にしろよ。辛いのは分かるが、俺達にはそれよりもやる事があんだろ」


「…っ…分かってる。…分かってるけど、さ……どうしてこうも…僕の周りの親子は…家族は、別れることになるんだろうって…」


「あん?何の話だ?」





突然のフェイトの言葉に、その場に残っていたクリフとアルベルは一体何の事だと疑問を抱いてフェイトからの返事を待つ。
すると、フェイト自身もそれは言うつもりがなかったのだろう。自分で自分の言ってしまった言葉に困惑しながらも、ここまで言ってしまったのなら言うべきと判断したらしい。

数秒間を置いてからゆっくりと顔を上げ、目の前にいるアルベルとクリフの表情を確認すると、ぽつりぽつりとアクアエリーの艦長の秘密とやらを教えた。





「…マジなのか?その話は」


「…あぁ。…本人がそう言っていたし、その後確認したら、確かにあの耳に着いているイヤリングは2人共同じものだったよ…」


「…そういやぁ確かに…あの艦長もスフレも同じイヤリングをしてたな…成程、それでお前が心を痛めたわけか」


「だが、あのガキはそれを知らないんだろう。なら黙っていればいいだけの話だ。無駄に話してやる義理もない」




フェイトから聞かされた話は、予想外過ぎる話だった。
先程まで自分達に凛々しい姿を見せていたあの艦長が、実はスフレの父親だったと言うこと。
立場上、サーカス団の女性との子供を公表出来ずにいた彼は、ずっとその事を悔やんで…そして娘に贈ったイヤリングをいつでも肌身離さず着けていたのだと。

そして、引き返してきたフェイトにそれを伝えると同時にお礼も言われたのだそうだ。
一目でも娘をこの目で見れて良かった、と。
きっと、その事実を知ったフェイトはそれに対してやり場のない悲しみと、創造主に対しての怒りが込み上げていたのだろう。

話し終わった途端に再度眉間に皺を寄せてしまったフェイトに軽々と「なら言わなければいい」と言ってのけたアルベルはフェイトを通り過ぎてゆっくりと転送装置に向かって歩き出してしまう。




「…お前なぁ、もうちっとマシな言葉を選べねぇのかよ」


「選ぶ暇があるなら俺は先に進むだけだ。他人の事など一々気にしてられん」


「っ…あはは、お前らしいな。…ごめん、少し弱気になっただけだから、この事も糧にして僕も前に進むよ」


「…それに、そんなに家族とやらが別れる所を見てきたと言うなら、これから再会する家族を見せてやる。それまで精々死なない事だな」


「え?」


「?どういうこったよ?」


「一々言うか阿呆。これ以上俺に無駄な時間を取らせるな、さっさと来い」




もう少し言葉を選べないのかと呆れたようにため息をついたクリフと、でもそれがアルベルらしいのだと苦笑いをしてしまったフェイトの耳に届いたのは、それなら再会する家族を見せてやるとのアルベルからの言葉だった。

それがどういう意味なのかまるで分からない2人が首を傾げてしまうが、そんな事を説明している暇があるなら早く先に進むとばかりにアルベルは2人を置いて先に惑星ストリームへと降りていってしまう。
そんなアルベルの姿がワープと同時に一瞬にして見えなくなってしまった2人はどちらともなく顔を見合わせると、何処までも我が道を行くアルベルの行動に短く笑いを零してしまった。




「っ、あはは、正直アルベルがアルベルらしくて助かった」


「まぁあいつなりにミジンコくらいの気を使ったのかもしれねぇけどな。明日槍でも降ってくんじゃねぇか?」


「エクスキューショナーよりはマシだろう?」


「ははは!違ぇねぇな!」





他に誰もいない、狭くて寂しい空間の中で短く笑い合ったフェイトとクリフはすっかりいつもの調子を取り戻すと「これ以上時間を取ったらマリアにも怒られる」と急ぎ足で転送装置へと足を向けた。

これから何があっても、どんな事があっても。
自分達を信じて命を賭けて背中を押してくれた大勢の人達の勇気と気持ちを背負って。





「…見てろよ、親父」





そしてこちらも。
先程の話で、遠く遠く、何処までも遠くにいる自分の父親を思い出したアルベルもまた。
その左腕に背負っている大きな大きな火傷の痕と共に燃え上がる熱を実感するかのように。
ガントレット越しに強くその手を握り締めるのだった。



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