Alone in the world




「…………タイムゲート…か…アルベル……もしかして来てくれたり、するのかな………っと、それよりもアルベルがいつ大怪我をしても大丈夫なように、もっと練習しなきゃ、だよね、うん!」



あれから少し時間が経ち、部屋で1人になっていたロアは読んでいたスキルブックを閉じると、随分前にブレアに作ってもらっていたとあるシステムを起動しようと部屋に置いてある転送装置の電源を入れた。

この転送装置は元はルシファーの案で、いつでも直ぐにルシファーのいる社長室へと転送出来るようにと作られたものなのだが、どういう訳かロアはこういった類いの物にかなり疎かったらしく、未だに上手く使いこなせず結局毎度自分の足で彼の部屋へと向かっていたロアにとっては完全に宝の持ち腐れとなっている物だった。




「…えっと…このボタンを押して…次はここを、こう。…よし!」




目の前で起動した転送装置が作動してくれている事に、小さく「よし」と口に出したロアはその中に入ると光と共に消えていく。
そのまま数秒もしないで着いたのは、何もない空間の「シュミレーションルーム」という部屋。
FD空間で使える筈のない紋章術を唯一使える場所であり、ロアがルシファーにバレないように治癒術の練習をしている場所だ。

まず、何故不器用なロアにこんな事が出来るのかと言えば、それは冒頭に繋がる話。
わざわざブレアがボタンに番号を振ってくれたから、という何とも簡単で単純な話だった。




「………集中して………集中………」




シュミレーションルームに辿り着いたロアはゆっくり息を吸って手を前に出すと、ブレアに言われたこととスキルブックに書いてある通りのイメージを想像して意識を集中させる。
しかし、それはやはり上手くいかず、初級のヒーリングを唱えた筈のその光は物凄い音を立てて暴走すると、上級魔法のレイとなって無機質な壁を見事に破壊してしまった。

破壊された壁は元々ホログラムなので直ぐに再生するのだが、その事に驚いていたのはもうかなり前の事のような気がする。
それ程までにロアにとってはこの光景は日常茶飯事となっているのだから。
………我ながらなんて間抜けな事だろうと分かってはいるのだが。




「………はぁ……やっぱり上手くいかないなぁ…アルベルの夢の中ならちゃんと使えるのに………ということはやっぱり私、ブレアの言う通り、エターナルスフィアの住人なんだろうなぁ…」




FD空間であるこの場所で魔法を唱えようとすると、どうにも頭の中で雑音のような物が混じる気がして、力んでしまう。
力まないようにと呼吸を整えてみても、それは何度繰り返しても変わることはなかった。
簡単に言えば、思い通りにイメージが浮かぶのに、何かに邪魔をされるような「やってはダメだ」と通せん坊されているような…そんな不思議な感覚。
それに対してアルベルの夢の中では、それが驚く程に何もないのだ。
邪魔をする雑音も、不思議な感覚も、何も無い。
スッと意識が自分の指先に集中するのが、まるで水が流れるくらいに当たり前のように感じるのだから。

初めはそれがどういうことか自分にも分からなかった。
どうして出来ないんだろう、どうして出来るんだろう。
分からなすぎて、そんな簡単な事しか浮かばなかったのに、ブレアに真実を告げられた時、すんなりとこの事に納得してしまったのだ。



存在しない筈の世界で、使えない筈の世界で、出来るわけがなかったのだと。



「……ルシファーも…私のこと、データって言うのかな…そう、思ってるのかな……何で、「生きてる」って認めてくれないのかな……何で、消そうとするのかな…」




怖い、怖い。
自分を拾ってくれた優しいルシファーが大好きなのは変わらない。
名前と年齢しか分からなかった自分を嫌な顔一つしないで妹のように接してくれて、生活に困らないようにと一般常識や勉強を教えてくれて。
部屋まで用意してくれて、可愛がってくれて。
笑って頭を優しく撫でてくれるあの手が大好きだ。

でも、でもその手で…あの大好きな手で、ルシファーは人間どころか、生命どころか、その世界丸ごとを消そうとしている。

そしてあの…「ロア」と名前を呼んでくれる、あの優しい声がする口で、いつか自分のことを「データ」と呼ぶのだろうか。

怖い、怖い。




「………っ…………でも……私、それでも………」




ごめん、ごめんねルシファー。
貴方が私をどう思っているのか、私の正体を分かっているのか、分かっていないのか。
分からない、ルシファーの考えが分からない。

ごめん、ごめんねルシファー。
ルシファーの事は大好きだ。
例え誰かを簡単に「バグ」だと消去しようとしても、世界を「物」と認識していても。
それでも私は、どうしてもルシファーが本当に心から悪い人間だとは思えない。
だからきっと、そんな貴方に、お兄ちゃんに「データ」と言われる日が来たその時は、私はきっと辛すぎて現実から目を背けたくなるんだと思う。

そんなこの気持ちを理解して、元の世界に帰そうとしてくれるブレアが居てくれていなかったら、自分はこの感情さえも感じることがなかったのかもしれない。

でも、でも………もしこれが本当に、叶う夢なのだとしたら…もうブレアと笑いあって、一緒にお風呂に入ることも、話すことも、出来なくなってしまう。

ごめん、ごめんねルシファー。
ごめんね、ブレア。
でも、でもそれでも私は………




「………アルベルに…会いたい……一緒にいたい…」




それでも、それでも。
自分の世界を変えてくれた、モノクロの世界を沢山の色で満たしてくれた…アルベルに会いたい。
怒りっぽいし、不器用だし、戦闘狂だし、口も悪いし。
乱暴だし、過去が重いし、何を考えてるか分からない時が良くあるけど。

そんな全部が大好きで大好きで、こうして思い浮かべるだけで涙が止まらなくなるくらいに、大好きだから。




「……っ、……アルベル…………どこ……?」




夢じゃない。夢なんかじゃなくて。
現実で、同じ世界で、君に触れられる日が、こんなにも遠く感じて、無性に寂しい。

立っていた脚を曲げて、それを抱え込むようにして小さな声で泣き出したロアがいるその空間は、世界は。
容赦なく、まるで「独りぼっち」なのだと言っているかのような光景だった。

ただ…そんなロアにとって救いだったのが、泣いている所を誰にも見られていないという事実と。
シュミレーションルームだとしても、紋章術が使えるという、何処か少しアルベルのいる世界に自分がいるかのような錯覚がしているということだった。

















「………!……また、この感覚か……」



一方その頃。
ロキシ博士の話を聞いたフェイト達はタイムゲートがある惑星ストリームに行ってFD空間に乗り込む事を決意したようだ。

それをどれだけ望んでいたか、どれだけ焦がれていたか。
フェイト達が出した今後の結論を少し離れていた場所で聞いていたアルベルは口元に弧を描く事を止められず、1人で先に研究所の外へと出てきていたところだった。
その瞬間、何か違和感のような、それでも心地の良いと思ってしまうような。

まるで、夢の中にいるかのような。

自分でも上手く説明出来そうにない、そんな感覚に陥ったアルベルは一瞬目を見開いてそう呟く。
「また」と言ってしまったのは、実は感覚を感じたのは二度目だったからだ。





「……確かあの時は…あいつらを助けた時だったな…」




あの時。
そう言ったアルベルのあの時というのは、以前フェイト達を攫おうとしていたビウィグの攻撃を受ける寸前の事。
あの時は、ただ目の前の敵の動きに集中していた筈なのに、戦闘態勢に入っていた筈なのに。
それなのに何故かアルベルは心地良さを感じて、安心感を抱いてしまったのだ。

それはまるで、夢の中にいる時のようで…
まるで、まるで…




「………待っていろ………」




まるで…ロアが今、自分の隣に立っているような、そんな気がして。





「……いた。…アルベル、アクアエリーに帰りながらの間でいいから、話をしてくれないか?」


「……何の話だ」


「…お前が探しているロアさんって人の話。「見つけた」んだろ?」


「……はぁ…地獄耳だな、お前」



自分を追ってきたのだろう、フェイトの声が後ろから聞こえたアルベルはいつもは赤く鋭い瞳を少し丸くさせると、その言葉にため息をついてゆっくりと振り返る。
すると、そこに立っていたフェイトの後ろから少し遅れて全員が揃い、なんだなんだとフェイトとアルベルの会話を聞こうと興味津々の様子だった。

そんな仲間の様子を見て心底面倒だといった顔をしたアルベルだったが、「話してやるが、信じろとは言わないからな」と前回話した時に感じた事を嫌味として含んだ前置きをしながらも。




「………夢の中の女……ロアがいる場所が、FD空間なんだと気づいただけだ」




話してやる義理はない。
ただ自分はこいつらを利用してロアを攫いに行きたかっただけ。
それなのに、阿呆正直に話してしまったのは、未だに感じているこの心地の良さが原因だったのかもしれない。




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