Innocent




「あら。起きたのねロア。アルベルくんは…その…大丈夫だった…?」


「………………」


「……ロア……?」


「………」


「…ロアー…?」





ブレアから渡された使い捨てのモニターでアルベルが撃たれてしまう光景を見てしまったロアが急いで夢へと飛んだ後。
いつもよりも長めに眠るロアを心配していたブレアだったが、突然の来客が来たこともあって外側からロアの部屋に鍵を掛けてそちらに向かい、帰ってきた時にはロアは言葉を無くしたように呆けた顔でぼーっとしているだけだった。

そんなロアの表情に、どうやらアルベルは大丈夫だったのだろうと察したブレアは一気に肩の力を抜くと、ロアの隣に腰掛けてその顔の前で何度か手をひらひらとさせる。
しかし一向に何の反応もしないロアにくすりと笑うと、それなら…と耳元で小さく声を掛けた。






「…アルベルくんと何かあったのかしら?」


「ああああああああぁぁぁアルベルと?!え!あ!う、ううん何も?!何も無いよ!!意地悪されてその後に期待していいよとか言われたくらいだし!」


「へぇーーー?」


「べべべ、べつ、別に!!そ、それだけだか…ら、らぁ!!?えええ私今何言った?!」


「アルベルくんに意地悪されて「期待していい」って言われたのね?ふふ。取り敢えずアルベルくんが無事で良かったわ。ロアも随分元気になったようだし?」


「っ……!!!あ…あははは!うん!アルベルはもう大丈夫だよ!フェイトくん達のお陰で現実の治療も済んだみたいだし!えっと…うん!だから大丈夫!そ、それ!それよりもブレアは何処か行ってたのかな?!」





「アルベル」という名前を聞かせた事で現実に戻ってきたロアがあたふたと早口で手も口も動かす光景を安心した様子でくすくすと笑いながら相槌を打っていたブレアは、恥ずかしくて話題を変えたかったらしいロアに何処に行っていたのかと聞かれると、どうにか笑いを抑えてその質問に答える。





「フラッドが遊びに来てくれたのよ。だから少しお話をね。ロアもぐっすり寝ていたから…」


「あ、フラッドくんが来てたんだ?あの子って確か…エターナルスフィアの事はブレアと同じ考えなんだっけ?」


「そうね。まぁでも正確には私の話を聞いて、その影響を受けたと言った方が正しいかしら。だからかしらね…あの子の母親は私の事を良く思ってはいないみたいだけれど」


「そっか…私も久しぶりに会いたかったな…」


「ふふ。フラッドがロアの正体を知ったら相当喜ぶでしょうね。良くも悪くも、あの子は物事に対して素直で純粋だから」





どうやら…ロアが眠っている間にブレアが会っていたのはフラッドという人物だったようだ。
フラッドとはロアよりも年下の少年なのだが、ブレアとは良い友人で、こうして良くブレアに会いに来るのだ。
ロアも何度か彼には会った事があるのだが、確かにブレの言う通りで彼は良くも悪くも自分の感情に正直で純粋な少年だ。

しかし彼の母親がブレアの事をあまり良く思っていないこともあり、中々ブレアに会わせるのを許してくれないのだと膨れっ面で話していたフラッドを思い出したロアは思わずくすりと笑ってしまう。
そしてブレアの言う通り、自分がエターナルスフィアの住人なのだという真実を知ったら、彼は目をキラキラと輝かせて色々と聞いてくるのだろう。
それこそ、「どんな気分?」「自分が別の世界の住人だって気持ちってどんなの?」「今の感想は?」などなど。こちらの事を考えずに、良くも悪くも純粋な気持ちで。
まぁしかしそれがフラッドの良い所でもあるので、ロアからしたらマイナスな感情は感じないのだが。





「…あ、それでね…ロア。実はフラッドが来るまでモニターを見ていた私の勘なのだけれど…」


「うん?」


「どうやらフェイトくん達はムーンベースに行くらしいの。あそこは確か…私の記憶だと兄さんがエターナルスフィアの住人を危険視するようになった原因があった筈なの」


「危険視する原因…?」


「そう、実はあそこにはね……」


















一方、無事にムーンベースへと着いたフェイト達はロキシ博士のラボに行く途中でスフレという少女と再会を果たした後、事情を説明すると共に「危ないから」と同行したがっていたスフレの願いを拒否して先へと進んでいた所だった。





−…イントルーダーアラート、イントルーダーアラート。当施設内に侵入者を確認…−





しかし、先に進む道中。
いきなり警戒音がムーンベース全域に響き渡り、身の危険を感じて立ち止まったフェイト達は一瞬自分達の事かと疑うが、それはどうやら勘違いだったようだ。





「我は執行者の代弁者。貴様らを滅すべき存在なリ」





警報が鳴り響く中、突如にして何かの存在が殺意むき出しで目の前に現れたからだった。
白い翼を羽ばたかせ、その翼と同調させるかのようなその服装は…まるで天使のようだった。
しかし天使にしては言っていることがあまりにも非道そのもので、戦闘態勢に入ったフェイト達は姿勢を低くしながらも目の前の「代弁者」という存在について考えを巡らせる。





「あれが神の使い…エクスキューショナーってやつなの?」


「フン…仰々しい奴だ」


「お前達の目的は何なんだ?!」


「執行者は穢れた世界を浄化する存在。我等は穢れを粛清する存在なリ。滅せよ…世界を汚染する異物どもよ」





実はここ、ムーンベースに来るまでに協力してもらったアクアエリー内で教えてもらった「とある」事を思い出したフェイトとマリアが目の前の存在をエクスキューショナーと推測したが、それはどうやら間違いらしく、この存在はそれとはまた別の物らしい。
何故フェイト達がこの存在についてそこまで驚くこともなく冷静でいられるのかと言えば、それはここに来る前にアクアエリーの艦長に現在の銀河系での状況を教えてもらった時の内容が原因だった。






「今、地球を含む銀河系に未曾有の事態が起こっている」


「それはバンデーンやアールディオンとの戦争指しているわけではないんですね?」


「あぁその通りだ。君達も協力なエネルギーの流れを確認しているだろう?」


「クラス3を超えるエネルギーでしょ?」


「そうだ。あれは地球に向けられていた。何とか地球の惑星シールドで防ぐ事が出来たんだが、それでもかなりの被害が出た。…そのエネルギーだが、実は宣戦布告の意味を持つ物だったのだ」


「宣戦布告…?それほどの遠距離攻撃能力を持つ勢力とは一体何処なんです?」


「今まで確認されていなかった新興勢力だよ。彼は自らを神の執行者、「エクスキューショナー」と名乗っている。つまり彼らは自分達をその名の通り処刑執行人であり、神の使いだと言っているんだ」


「!………ほう………?」


「?…アルベル…?」


「兎に角彼らは通信で「人間の科学は禁断の領域に達してしまった為、神の意思で滅ぶことが決定した」と一方的に告げてきたのだ。…それで、バンデーンは連邦の最終兵器と呼ばれるものの奪取を試み、利用しようとしたのだろう。彼らにとって連邦と協力するなど屈辱以外の何物でもないからな」


「…それが…僕だったんですね…」






フェイトは戦闘態勢を崩さず、アクアエリーの艦長とのその会話を思い出し、そういえばあの時見せられた映像と共に艦長に説明を受けた時のアルベルの様子が何やらいつもと違ったな…とチラリとアルベルの方を見たフェイトだったが、その張本人であるアルベルはさぞ機嫌が良さそうに完全に獲物を捉えた獣のような視線を真っ直ぐに代弁者に向けている。

その様子が何処か「見つけた」と言わんばかりの表情に見えたフェイトは思わず目を丸くするが、直ぐに我に返ってそれよりも今は目の前の相手だと剣を握る力を更に強めて地を蹴った。

今までとは違い、後ろに控えているソフィアを守りながらも彼女の的確なタイミングでの支援紋章術のお陰もあり、全力で敵へ各々の攻撃を叩きつけることが出来たフェイト達は阿吽の呼吸で見事に連携を決める。
それはそうだ。あれだけエリクールで共に戦い続けてきたのだ。その感覚は少し戦闘をしていなかっただけでは到底薄れるものではなかった。






「我ハ執…こウ…者のダい弁シャ……ヲろカどモニ死を、消滅ヲ…永遠の地獄を…」


「言ったろ?俺に任せとけりゃ万事オッケーだってな!」


「貴方いつそんな事を言ってたのかしら?」


「まぁ細けぇことは気にすんなって!」


「…フン…こんなものか。身構えてた割には正直期待外れだ。……あの阿呆…このレベルの敵で心配しやがって…」


「…アルベル?それどういう意味だよ?」


「…いや、何でもねぇ。それよりも今の内にトドメを…」





容赦ないフェイト達の攻撃を何度も受けた代弁者は致命的なダメージを負ったのだろう。
その動きは止まり、まるで壊れたロボットのようにノイズ混じりの言葉を話している。
そんな代弁者にもしもの事を考えて距離を置きつつ様子を伺っていたフェイト達が各々話していれば、その中でまたもやアルベルが意味深な態度だった事を気にしたフェイトが質問をするが、アルベルはまだ特に教えるつもりは無いようで代弁者に向かってトドメの一撃を与えようとその刀を握る手に力を込めた。

しかし、そのトドメは目の前にいるアルベルではなく、何故か代弁者の後ろから放たれる事になる。





「てぇええい!」


「あん?」


「フン!ざまあないよね!まぁ、このあたしにかかればこんな奴なんて…」


「ええ?!スフレちゃん?!」


「どうしてここに…!」





この状況とは裏腹に、明るく可愛らしい声がしたと共に完全に代弁者の機能が停止したのを唖然と見ていたフェイト達の視界に現れたのは、崩れ落ちた代弁者の後ろからひょこ、と顔を覗かせて見事なドヤ顔を披露した褐色肌の女の子だった。

それはここに来る前に一度再会を果たしていたスフレという少女で、フェイト達は彼女の同行を断っていたと記憶しているが、どうやら着いてきてしまっていたらしい。






「待ってろって言われたけどさ…何か我慢出来なくって…みんなや団長の言うこと聞かないで、飛び出して来ちゃった…てへっ!」


「呆れた…」


「てへっじゃねぇだろうが。全く無茶なガキだぜ…お前らの知り合いなだけのことはある」


「てめぇに言われたくはねぇと思うがな、そのセリフ」





危ないから大人しく待っていてくれと言ったのにも関わらず着いてきてしまったスフレが可愛らしく舌を出して「てへっ」っと小首を傾げたのをみた全員は呆れた…と頭を抱えたり首を振ったりと様々な反応をしたが、アルベルの台詞には思わず「いやそれをお前が言うのか」とクリフが突っ込んでしまう。
確かに無茶なのはアルベルも同じだろう。
先程の代弁者に対してご機嫌よろしく笑いながら楽しそうに戦っていたのは彼のみなのだから。





「…で?どうするよ」


「どうするって言われてもなぁ…」


「いいじゃん、いいじゃん!あたしも一緒に連れてってよぉ…役に立つよ、あ・た・し!」


「どうかしらね」


「でも、彼女をここから1人で帰すわけにもいかないんじゃ…」


「1人で来れたんだから、帰りも平気でしょ」


「それはそうかもしれないけど…」





そして、どうやらここまで着いてきてしまったスフレはやはりフェイト達と同行したいのだろう。
また再度自分は役に立つと言って聞かず、お願いお願いと両手を合わせてくる始末だ。
そんなスフレに対して少し機嫌が悪く当たりの強いマリアだと、でもこのまま帰す訳には…とスフレの心配をして控えめに意見を出すソフィアの様子を見ていたフェイトは意を決したのだろう。一つ溜め息を着くと腰に両手を添え、まるで言い聞かせるかのようにスフレに声を掛けた。




「仕方ない…大人しくしてるんだぞ?」


「いいの?!フェイトちゃん?!」


「今更、いいの?はないだろう?ここまで来ておいてさ…それに、ここからお前を1人で帰すのも気が引けるし…だったら少なくともここにいる間は一緒に行動した方が安全だろ」


「…ま、正論だけど」


「やったー!わーい!よろしくね!みんな!」


「言っておくけど、ここにいる間だけだからな?」


「みんなに迷惑かけちゃダメだよ?もう…」


「へーきへーき!まっかせといて!」





無事に同行を認められたスフレが早速「大人しくしている」ということを守らずにきゃっきゃっと可愛らしく飛び跳ねて踊っている様子を呆れているフェイト達の後ろで見ながら。
いつの間にか成り行きで隣同士に立っていたクリフとアルベルはそれぞれ言葉を発する。





「ったく…大人しくだなんて怪しいもんだな」


「さぁ!頑張っていこーっ!!」


「あのガキ、聞いてやしねぇな」





大人しくどころか寧ろ先頭を歩こうとするスフレの長いケープを引っ張るフェイトとソフィアを見ながら、はぁ…とその後ろでそんなやり取りをしていたクリフとアルベルは黙ってその後を追う。
追いながら…何処かその無邪気で明るい様子がロアと重なってしまったアルベルが一瞬だけ笑ったのは、本人しか知らない。



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