Each determination




「…落ち着いたか」


「…ちょ、っとは…」


「なら離れろ。暑苦しい」


「嫌だ」


「はぁ…ガキかお前は…こうしていたら話すにも話せねぇだろうが。いいから離れろ阿呆」


「ぐえ、」




いつまでそうしていたのか分からない。
分からないが、どうにか泣きじゃくっていたロアの呼吸が落ち着いた頃を見計らったアルベルが声を掛ければ、返事はするものの、駄々を捏ねて一向に離れようとしないロアをとうとうアルベルはため息をつきながら無理やり右手でロアの額をガシ、と掴んで引き離した。
「ぐえ、」という何とも女らしくない声が聞こえたが、こうでもしないと話をするどころか顔さえ見られないのだから仕方がない。





「…っ…ぐす、」


「お前…急に顔を見せなくなったかと思えば急に現れやがって…今すぐ俺が納得する説明をしろ」


「……待って…どう説明していいか、考える…」


「お前の場合、考える暇をやったらろくな事を喋らねぇのは知ってる。だから待ってやらん、今すぐ話せ」


「う…っ!」




ロアを無理やり引き離して起き上がり、胡座をかいて座っているアルベルの目の前で、へたり込むようにして座って鼻を啜りながらも何とか時間をくれるように頼んだロアだったが、そんなことはさせないとアルベルに言葉で詰め寄られてしまう。

確かにアルベルの言う通りで、どう説明しようか考えれば考える程上手く言葉を選べる気がしないロアが言葉を詰まらせれば、更にアルベルはトドメかのように無言の圧力を与える。
そんなアルベルに降参だとでも言うように、何でもいいから話さなきゃと焦ったロアは急いで口を開いた。





「あ、アルベルの世界を暫く見ちゃダメって言われた!」


「だから俺の寝ているタイミングが分からなかったってことか」


「う、うん…!」


「ならそれは誰に言われた」


「ル……お、お兄ちゃんみたいな人!前に言ったお兄ちゃんみたいな人!」


「チッ…それは俺がいるこの世界を創ったとか言っていた奴だったか」


「そ、そう!」





慌てて一度口を開いたロアは、アルベルの思惑通りにペラペラと直球の言葉を答えていく。
途中でルシファーの名前を口に出しかけたが、それだけはどうにかグッと飲み込むことに成功する。
流石にその名前を教えてしまえば、アルベルがもしどこかでその名前を口にした時に何かあったら遅いからだ。

ルシファーがフェイト達を「バグ」だと言っている以上、そのフェイト達と関係があるアルベルがその名前を口にしたのがもしルシファーにバレた時、もしかしたら真っ先にアルベルが狙われてしまうのかもしれないのだから。

しかしそんなロアの考えを知るはずのないアルベルはその名前を聞けそうで聞けなかったことにイラついて軽く舌打ちをする。




「…なら何でそんなことを言われた」


「か、か、簡単に言うと強敵を送り込むから!あの!それで人が沢山死ぬから、そんな場面を見せたらお前に悪影響だからとかそんなこと言われた!いや、正確には直接じゃなくて人伝に言われたんだけど!!」


「強敵とは前にお前が言っていた奴のことか」


「そ、そうです!もう送ったそうです!だからアルベルの夢に来れなかったの!あ、あの…!寝てるタイミングも分からにゃ…分からな!かったし!おに、お兄ちゃんめ…み!みたいな人にしょれ、そ!それがバレたらもう二度ちょ、とぉ!!二度と!会えなくなるかもしれないからってねぇアルベル近いっ!近いっ!!」




最早半強制的になっている受け答えをしているロアはその度に段々と顔を真っ赤に染めていき、言葉まで早口になりながら見事に噛み始める。
どうしてそんな事になっているのかと言えば、それは受け答えをする度にアルベルがロアへと言葉ではなく行動で詰め寄ってきていたからだった。

そのお陰でいつもは長い前髪でチラチラと覗くようにしか見えない彼の赤い瞳も、この距離では前髪が透け、その向こうの瞳が良く見える程だ。
カッコイイなぁと思いながらいつも見ている彼の顔だって理不尽級のカッコ良さだと再確認するくらいには近いし、何なら彼の匂いどころか彼の呼吸で吐かれる息が自分の頬を掠める程には近い。





「こうでもしねぇとお前はすぐ口を止めるだろう」


「んんん…!これ拷問か何かだよある意味っ!」


「そのお陰で鬱陶しい涙は引っ込んでるがな」


「そりゃ引っ込むよっ!!だ、だってこんな…!きっ…キス出来るくらい近っ、近い…んだもん…っ!」


「してやろうか?」


「へえっ?!!ちょ、…えっ、ま、待っ…!」




アルベルに言われたことでやっとあれだけぽろぽろと零れていた涙が引っ込んでいることに気づいたロアだったが、それよりも今は目の前…いや、目の前というよりも最早これは距離が0に近い状態だ。
そんな彼がかっこよすぎてパニックとなっているが、そのせいで「キス出来そう」だなんてしなくてもいい例えをしてしまう。

しかしあろう事かアルベルはそんなロアの言葉にニヤリと笑うと、ゆっくりとロアの後頭部を右手で抑えて目を閉じる。
後頭部を抑えられている事で後ろに下がることも出来ず、まるで体全体…脳全体が石化しているかのようにカチカチに動けなくなったロアは、とうとう彼の息が唇を掠め、それがスイッチだったかのようにぎゅっ!と目を閉じた。





「冗談だ阿呆」


「………」


「生きてるか?」


「………な、何とか…!!っ…も、もう…!こんな事されたら期待しちゃうじゃん……っ、でも好き…大好き…っ!そんな所も大好き過ぎて頭可笑しくなりそう…!」


「最後に一つ聞きたいことがあるんだが」


「あっ、無視だね!何?」





しかし。
ぎゅっ!と目を閉じて覚悟を決めたロアの唇は彼の唇に触れることはなく、寸での所で後頭部を引き寄せられて再度彼の胸板へとダイブする。
冗談にしては些か過激な気もするが、彼が大好きなロアからしたら寧ろそんな彼の行動が余程心臓を射抜いたのだろう。
もう気持ちがバレている事もあって最終的に告白をしてしまうが、アルベルはまるでそれが聞こえていなかったかのように話し出す。完全に無視である。





「お前、記憶喪失だと言っていた事があるな」


「う、うん…言った…」


「身内の事も覚えていないか」


「覚えてない…本当、過去の事は自分の名前しか覚えてないんだ…それからの記憶は今いる世界で育った記憶だし…」


「…そうか。ならウォルターという名前に心当たりは」


「ウォルター…?ウォルターって、確かアルベルと同じ国の団長さんだよね?」


「お前はそれも知ってるのか……まぁいい。何かないか」


「……え、っと……ウォルターさん…ウォルターさん……うーーん…………あ。」





アルベルに片手で押さえつけられているように抱き締められている中。
彼からウォルターの事を聞かれたロアは未だに頬を真っ赤に染めながらも必死に何かないか思い出そうとする。
アルベルがどうしてそんな事を聞いてくるのかは分からないが、わざわざ聞いてくるということは何かしらの理由があるのだろう。

それを察して…何か、何かなかったかと彼を初めて見た時の記憶。
つまりアルベルを知ってから直ぐの出来事を思い出していたロアはふと何かに気づいて「あ。」と声を上げた。





「!…何かあるのか」


「…違和感があった気がする…」


「…違和感…?」


「うん。何か…何て言ったらいいのかな…?こう…初めて声を聞いた時に変な感覚がしたの…初めての筈なのに初めてじゃないような…?」


「…懐かしいという事か?」


「そう、なのかな…?何かね、声を聞いて安心した時もあるの。…………!……あぁ!!そうだ!!私もこれはアルベルに言わなきゃと思った事があったんだ!!そうだ良かった!!お陰で思い出した!!!」


「っ…!うるせえ!何だ急にっ!!」




ロアがウォルターに対して感じたという違和感というのはつまり、それは懐かしいという事なのかとアルベルに聞かれたロアは、自分のことながらどうなんだろう…?と更に考え始めるが、それが何かの切っ掛けになったのか急に大声を上げてアルベルから離れるとそれはもう気持ちの良い音を立てて両手をパァン!と鳴らす。

そんな突然のロアに驚きながらも素直にうるさいと怒鳴ったアルベルだが、その後ロアが放った言葉でそんな彼の怒りは一瞬にして吹っ飛んでいってしまうことになる。





「あのね!!私…私!アルベルと同じ世界の人間なんだと思うっ!!」


「………は?」


「ほら!前にお姉ちゃんみたいな人がいるって言ったでしょ?!ブレアって人!それでね!ブレアは私とアルベルが会えるようにって、私のことを応援して色々手助けしてくれるんだけど…ブレアの話だと多分私はアルベルの世界の人間なんだって!記憶がないのは、その世界にいた時の記憶…えっと、元の記憶が消されてるんだろうって!そう言ってた!」


「………」


「これ聞いた時に私、涙が出るくらい本当に嬉しくて!今こうしてまた夢の中に来れたけど、また暫く会えなくなると思うから…!だからアルベルに会えた時は絶対にこれは言わなきゃと…………思っ……あれ?アルベル?」




こんなに嬉しい事があるか?いやないだろう!と目をキラキラと輝かせて本当に嬉しそうに話すロアは先程の噛みまくりの時とは打って変わってペラペラととても饒舌に伝える。
それくらい嬉しくてどうしようもなかったのだろうが、その話を聞いたアルベルはというと、珍しくきょとん……とした様子で目を見開いている。

一体どうかしたのだろうか?もしかして別に興味もないということか?とロアが拍子抜けしたかのように首を傾げて彼の反応を待っていれば、暫くしてアルベルの方からくつくつとした笑いが零れて来たことに気がつく。




「くっ、……!ふはははは!」


「え?あ、アルベル…?ど、どうかした…?もしかしてどうでも良かった…?!ご、ごめん!」


「………そうか、分かった。それだけ聞ければ充分だな。そうか、そうかよ…!ふははははは!」


「……アルベルさーん…?」


「…はぁ、笑った。…おいロア」


「は、はい…?」


「どうやらもう身体の調子が良くなったようでな。俺はもう起きるが…また暫く会えないついでに言っておいてやる」




突然声を上げて笑いだし、何やら1人で色々と納得がいったというようにこれでもかと満足そうなアルベルを初めて見たロアが今度は呆気に取られてきょとん…としてしまっているが、そんな事など知ったこっちゃないというアルベルは自分でその高揚した気分を落ち着かせると座っているロアを置いて立ち上がり、目の前にいるロアに向かって口に弧を描く。

そんなアルベルを下から見上げているロアを置いて、「もう起きる」と背を向けたアルベルは自分の後ろにいるロアにこう言った。




「…俺に期待しちまうと言ったな」


「聞いてたんじゃん…?!」


「期待なんざ好きなようにしていろ、阿呆。」


「…え?」


「それから、別に会いに来れないなら来なくていい。こっちから行けばいいだけの話だ。もうそのまま大人しく待ってろ」


「え?いやあの!!どういうこ…!!…え、ええ…?!」




どうやらフェイト達のお陰ですっかり怪我が治ったらしいアルベルの意識が段々と現実に向かっていく中。
一方的に言いたい事を言ったアルベルが一度だけ振り向いた視線の先にいたロアの顔が阿呆丸出しだった事に満足したアルベルはニヤリと笑って夢から覚めていく。

咄嗟の事で直ぐにその言葉の意味を理解出来ず、アルベルが夢から覚めたことで強制的に夢から追い出されてしまった、段々と顔が真っ赤になっていくロアを置いて。


















「君のお父さんは私達に何かを託したのよ!息子の…実の息子の君がそんなことでどうするのよ!」


「っ………」


「君がどうしようと構わない。私はムーンベースに行くわ…例え1人だったとしても」




一方、ロアが瀕死状態のアルベルを直接でなくても夢の中から治癒術を掛けて話をしていた時。
ビウィグが放った光線銃から自分を庇ったせいで助からなかった父の亡骸の前で…何も出来ずに虚しくただ拳を握っている事しか出来なかったフェイトに対し、マリアが声を掛けている所だった。

彼女にしては珍しくいつもよりも声が大きいことから、感情がそのまま言葉に出てしまっているのだろう。
そんな彼女を助かったソフィアが咎めるが、それでも態度を改めないマリアは君が行かないなら自分1人でも行くとフェイトに背中を向けてしまう。

フェイトの父であるロキシ博士が最後に言い残した、ムーンベースという場所へ。





「…ごめん…僕も行くよ、ムーンベースへ。そこで父さんが残したものを受け取るんだ」


「…よっしゃ!じゃぁすぐムーンベースに向かうんだな?」


「ええ。そのつもりよ。クルーには既にそのように伝えてあるわ」




そんなマリアの心からの叫びが届いたのだろう、フェイトは自分を心配するソフィアに、まるでもう大丈夫だと言うように優しく微笑んだ後、しっかりと立ち上がって永遠に眠ってしまった父にその凛とした背中を向けて決意を示す。

フェイトのその瞳に強さが戻ったことに安心したのか、今まで黙って見守っていたクリフがパン!と勢いよく拳で音を鳴らせば、まるでそれが合図だったかのようにその場にいた全員の覇気が戻り、流れるように今後の方針が決まった。

そしてその方針は、そんな皆の後ろにあった自動ドアが開いた先にいつの間にかいた…彼の方針も決まったらしい。






「ムーンベースか…面白い。異世界がどのような所か、じっくりと見せてもらおう」






その顔は、何に対してなのか。
すっかりと怪我が回復した事なのか、それとも、別の何かか。

まるで…憑き物が取れたかのようにスッキリとした、いつもの彼らしい自信あり気な表情をしてそう言った、アルベルも。



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