Butterflies flying




目を閉じてから思いのほか簡単に何かの夢を見たのは、それ程までに疲れていたのだろうか。
少し前まではこんな夢を毎度見ていた筈なのに、それが今ではある女がそこに居ないと眠った気にすらならなくなった。
あいつが、ロアが出てこない夢なんて、別に見たって何も面白くない。
これなら真っ暗な暗闇の中でただ目を瞑り、戦いで疲れた体を休めるだけで充分だ。





「お前達は中々良くやったよ。敵ながら褒めてやる。だがこれで終わりだ。大人しくその小僧をこっちに引き渡せ。」


「……ん?…なんだ…?」





つまらない…もうそれが夢とすら思わないような感覚からアルベルを現実へと引っ張り出したのは、聞き覚えのない男の声だった。
初めは団員達が揉め事でも起こしているのかと思って、またそのまま眠りにつこうとしたアルベルだったが、その後に聞こえた誰かの声が今度は確実に聞き覚えのある声で、尚且つ自分が望んでいた男だと分かった途端に身を起こしたアルベルは下にいる連中に気づかれないようにそっと物陰から様子を伺った。





「あらかじめ言っておくが、抵抗しても無駄だぞ。いくら倒そうが、こっちはいくらでも補充が利くんだ。お前達は逃げることが出来ないんだからな。グハッハッハー!」


「……ほう…どうやら俺はツイているらしいな」





アルベルが物陰からそっと気配を殺して周囲を確認すれば、そこには白い仮面のような物を付けている見知らぬ連中と、アルベルが捜していたフェイト達の姿だった。
ロアに会う為には何かしらありそうな彼等に着いて行くのが一番良いと思っていたが、まさかまたそのチャンスが訪れるとは…と、アルベルは様子を伺いながらも自分でも気付かぬ内にニヤリと笑う。

何故、一度空の彼方へと行ってしまったフェイト達がこのカルサア修練場に居るのかということはこの際気にするのは後にして、取り敢えず今はあの何やら敵の後ろで変な音を立てている物体を壊してフェイト達の手助けをした方が確実に良いだろう、と判断したアルベルは誰にも気づかれないように素早い動きでフェイトからビウィグと呼ばれた男の背後に回り込んで精神を統一してゆっくりと刀を抜くと、何も知らずに高笑いをしているビウィグを嘲笑うかのように声を上げた。







「…それはこれがあるからだろう?阿呆が!」








刀を抜いた瞬間。
アルベルは上から飛び上がってビウィグの後ろにある装置に向かって自らの体重と重力を重ねた渾身の一撃を食らわせる。
まるでそれは、蝶が舞うかのようにとてもしなやかなものだった。
その余りの速さにその場にいた誰もが気付こともなく、目の前にいたフェイトが気づいた時にはその装置は中で何度も爆発音を繰り返し始めていた。

その音でやっと敵の連中は大切な装置に何かあったのだと気づいたのだろう、後ろを振り向いた途端に勢いよく装置が爆発したことで、周りにいた何人かの敵は爆風によって四方八方に吹き飛んでいく。

何故自分達を困らせていた装置が爆発したのか?
それは爆発音がする前に聞こえた、少し前まで共闘していた元仲間の声とその姿で理由が分かったフェイト達は驚きの声をあげていつの間にかその場に立っているアルベルを見る。





「…ふん。これでも強気でいけるのか?お前」


「アルベルッ!!」





フェイト達は知っている。
今、自分達の目の前にいるこの男は、元は自分達の敵だった男で、そのあまりの実力に何度も苦しい思いをさせられたことを。
そして、その男は本人の意思でないにしろ、いつの間にか共闘する仲になり、それがどれだけ頼もしかったのかということを。

そんなアルベルが目の前に現れ、先程まで万事休すという状態だった筈のフェイトは目に輝きを取り戻してその名前を呼ぶ。





「アルベル!お前、何で…!」


「うるせえ、阿呆。取り敢えず話は後だ。丁度お前達に用があったところだからな。それよりも今はあの鼻の折れた間抜けな輩を殺す方が先だろうが」


「…っ!!貴様…よくもっ!!」




まさか、他にも仲間が待機していたとは思っていなかったのだろうビウィグは、突然現れたアルベルの登場と形勢逆転されかけていることに対して怒りに震えて声を張り上げると、アルベルに向かって光線銃を構えた。

この星の文明レベルでは当然の如く光線銃という武器など存在しない。
故にこの星で生まれて育ったアルベルからすればそれがどんな物なのかも分からない為にかなり不利な状況なのだろう。
しかしそれは、フェイト達に出会っていなかった、ロアに出会っていなかったアルベルならば、の話だった。

いつの間にか、強さ弱さ関係無しに、真っ直ぐにありのままの自分を見つめて、鬱陶しいくらいの気持ちをぶつけてくるロアに出会ったことで、アルベルは戦闘以外のことでそれこそ自分が拘っている強さ弱さだけでなく、認めた人間には少しばかり興味を示すようになって、ほんの少しだがそれで周りを気にするようになっていたのだ。


お陰で、あの手の武器は共に戦ったマリアを見ていた為にどんな物なのか把握出来ている。






「一瞬で始末してくれるっ!!」


「………」





カチャリ、と金具が擦れる音が聞こえたと同時に、こちらに放たれるであろう攻撃を見極めるためにその赤い瞳を鋭く光らせ、つま先に力を込めたアルベルは再び戦闘態勢に入る。
こちらに銃口を向けているビウィグの指の動きに集中して息を殺せば、後はそれを避けて相手の懐に入ってやればいい。

自分は、こんな所でやられるわけにはいかない。
ただでさえ一度機会を逃してしまった頼みの綱であったフェイト達に会えたのだ、このチャンスを逃すつもりなど毛頭ない。
自分はロアを攫いに行くと約束したのだから。

そう改めて決心をして刀を握ったアルベルは相手の動きに合わせて呼吸を整える。
その後に僅かに動いたビウィグの指の動きに合わせて体の重点を前へと置いたその時だった。





「……?!…っ、は………?」


「アルベルッ?!」





何故か、構えていた筈のアルベルは突然何かに驚いたように目を見開くと、僅かに体勢を崩してしまった。
その途端に容赦なく放たれたビウィグからの連続攻撃は、体勢を崩してしまった中でも何とか避けていたアルベルの体を最後の一発が直撃してしまう。





「ぐわぁあぁあァアッ!!!?!!?!」


「!!アルベル?!…っ…ビウィグ!!貴様ぁっ!!」


「グッハッハー!!転送妨害装置を破壊したくらいで、いい気になるなよ!我が軍の戦闘艦にかかれば、貴様らの母艦を撃沈させることなど容易いこと。何も変わりはしないっ!」




ビウィグからの攻撃が体を貫通し、そのあまりの痛みに苦しみながら叫び声を上げたアルベルは、ガシャン!と大きな音を立てて倒れる。

その瞬間を見たフェイト達が怒りに震えていれば、余裕綽々といった様子で更に援軍を指示したビウィグは高らかに笑う。どうやら一気に畳み掛けるつもりのようだ。

しかし、何故か指示した筈の援軍は現れなかった。





「どうした?なぜ部隊を送ってこない?!…っ何?!アクアエリーだと?!…くっ、一旦退く!!ダスヴァヌ!収容しろ!」




通信で報告された内容が、ビウィグにとっては分が悪いものだったのだろう。
悔しそうに拳を握るものの、フェイト達を残して自分達の母艦へと引き返していく。

その後にクォークのメンバーが駆け付けたことにより、それはどうやらアルベルが転送妨害装置を破壊した後すぐに援軍を呼んでくれたことが分かったマリアは安心したような表情をしているリーベルというメンバーに礼を述べると、ビウィグが引き返して直ぐにアルベルの元へと走っていったフェイト達の方へと早足で向かった。





「ひどい…っ!…うっ、」


「お前…どうしてこんなところに?!」


「…どうしても…クソもねぇ…ここは俺の家じゃ…ねぇか……久しぶりに、戻ってみりゃ…っ、こんな事に…」





クリフに抱えられ、ゼェゼェと苦しそうに顔を歪ませているアルベルの傷はかなり酷いもので、それは今まで後ろで隠れていたソフィアが見た瞬間に思わず手で口を覆ってしまう程のものだった。

どうしてここにいるんだ、というフェイトの問いに、自分の家なんだから居て当たり前だろう、と苦しそうにしながらも言うアルベルは今にもまた痛みで叫びそうになってしまう口を止めるように一度強く歯を食いしばると、目の前にいるフェイトの腕をまるで縋るように掴んだ。





「ぐは…っ、!くっ…!!…お前達は…俺の、獲物だ…他の奴に、やらせるわけには、いかねぇ…!…それ、に…」


「!…アルベル…?」


「お前達、には……用が、ある、と…言った…だろうが…っ!…俺は…こんな、所で死ぬわけには、いかねぇんだよ……っ!あいつを……はぁっ、…ロアを、見つ、け…」


「…ロア…?…おいアルベル、ロアって一体誰のことだよ?!…おい!おいアルベル!教えてくれなきゃ分からないじゃないかっ!」


「っ…………」


「…お、おい!!おい!!お前…っ!ふざけんなっ!目ぇ開けろっ!!」




自分は死ぬわけにはいかないのだと。
そう言いながらも徐々に力を無くしていったアルベルの手は、掴んでいたフェイトの腕を撫でるようにしてぱたりと落ちる。

それと同時にガクンと体全体の力が抜けて目を閉じてしまったアルベルを「ふざけるな」と掠れながらも大きな声を上げたクリフは急いでその体を持ち上げると、アルベルをディプロに収容して治療しよう!と意見を出したフェイトとマリアに大きく頷いて急いで足を動かした。

しかしその足は、もう今この場で聞きたくなどない声によって止められてしまう。
それは、いつの間にかしつこく再度現れたビウィグが、先導していたフェイトを排除しようと光線銃を撃ったからだった。






「利用出来ないなら、排除するまでだっ!!」


「駄目だっ!!フェイトッ!!」


「……?!父さんっ!!!」


「いやぁああああああぁぁぁっ!!!!!!」






咄嗟に大切な息子を庇い、先程のアルベルと同じようにその体に光線が貫通したフェイトの父、ロキシ博士が無惨に倒れる様と、悲痛な叫び声を上げるフェイトとソフィアを目の前にしたクリフは気を失っているアルベルを抱えている為に動けない。

元はと言えばロキシ博士とソフィアが今まで行方不明だったのはビウィグが誘拐していたせいだと言うのに、何処までも反吐が出る。
そう思い怒りに震えて目の前のビウィグに殺気を放とうとしたクリフだったのだが、急に感じた違和感に思わず殺気を消してしまう。





「…………あ?……なんだ…、こりゃ………?」





違和感に気づいたクリフが見たもの。
それは、戦いを一番に好み、「歪みのアルベル」と恐れられているはずの彼からは全く想像もつかないような、何故か心安らぐ感覚を覚える淡い光の蝶が…薄く、本当に薄くではあるが、そのアルベルの体を優しくその光で包んでいたからだった。





















ぽたり、ぽたり。

意識を手放して直ぐに、何故か自分の頬に何かが無数に零れてくる感触を感じたアルベルはゆっくりと目を開ける。







「ばか、馬鹿……………っ!アルベルの…馬鹿………!阿呆…!」






あぁ、自分はまさか死んでしまったのか。

だってそうだろう。
ある時を境に、いくら目を閉じても一向に現れることがなかった筈のロアが自分に馬乗りになって大量の涙を降らせているだなんて、可笑しい話なのだから。

それとも自分は、今こうして自分の真上で泣きじゃくっているこの女に会いたすぎて、自分でこの女が出てくる夢でも作り出したのだろうか?

……いや、それならばこんな夢など見ないだろう。

悔しいが、自分が求めているこの女の顔は、泣き顔ではなく笑顔だからだ。





「………お前……今まで、何処に…いやがった?」


「……っ、ごめ、ごめんなさ……!アルベル、アルベル…!!ごめんなさい…っ!死んじゃやだ、やだ…!」


「…フッ……相変わらず話を聞かねぇ阿呆だ」





毎度毎度、自分が怪我をする度に現れる、ロアの手から溢れ出す光の蝶が舞う世界で。

光の蝶が舞う度に痛みが消えるこの感覚は、さて、もう何度目になるのか。

自分の痛みはとうに消えたと言うのに、それでも尚治癒術を掛け続けるロアと、その涙を止めるようにゆっくりと優しく右手を伸ばしたアルベルは、その亜麻色の髪を撫でると、その後引き込むように自分の胸板にロアの顔を埋めさせる。




「暫くこうしてやる。…だから、とっとといつもの阿呆面を見せろ、このクソ虫」




もうとっくに傷が癒えている筈のアルベルの体に停まっていた止めどない数の蝶が、いつの間にか増えることなく全て上に昇って消えたその理由。

それは…アルベルの胸板に顔を埋めて泣きじゃくっているロアが、治癒術を止め、ぎゅっと強く、その存在を確かめるかのようにアルベルの首元に両腕を回していたからだった。




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