I wanna see you




ここは漆黒騎士団が本拠地としているカルサア修練場。
その主であるアルベルは元々良い印象を持たれていない団員達が思わず心配してしまう程に機嫌が悪かった。
相当嫌なことでもあったのか、折角シーハーツとの和平が結ばれそうだというのに何が不満なのだろう。
いや、もしかしたらその事で機嫌が悪いのかもしれない、戦うことが己の生きる道としている男からしたら、その戦う場所がなくなってしまったのだから。

…等と団員達がコソコソと団長であるアルベルに聞こえないように論議しているものの、誰1人として本人に声を掛ける者はいなかった。
いない、というよりも、出来ないのだ。
ここで下手に「どうかしたんですか団長」等と声を掛けて彼の逆鱗に触れてしまったら最後、クビになる事だって充分有り得るのだから。





「どいつもこいつも…っ!!つかあの阿呆…っ!一体何してやがる…っ!」





そんな自分の部下達の心境等どうでもいいのだろう。
行く宛てもなく、苛立ちを抑えることも一切なく、カツカツと広く寂しい空間に荒々しい靴音を響かせながら歩いていたアルベルはふと目に止まった崩れた何かの瓦礫を見つけて思いっきり蹴りを入れる。

このカルサア修練場は元々管理状況が整っていない為に、こうして至る所に何かが崩れた跡があるのだが、アルベルはそんな瓦礫が気持ちの良い音でガラガラと割れて破片が散らばる光景を見ても全くスッキリ等しなかった。

何故こんなにも彼がイライラしているのか、それはここ数日間に渡るウォルターの弱々しい姿とそれを心配するアルゼイによって板挟みにあっていたから…だけではなく、あれから一度もロアを見掛けていないからだった。
見掛けていないというよりも、夢に出てこないと言った方が正しいが。





「気に入らねぇ…っ!こんな時に限って出てこねぇとは…!あいつ俺を舐めてんのか…っ!」





いつもなら呼んでいなくとも毎度自分の夢に現れるのに、こんな時に限って一向に会いに来ないことがアルベルにとっては一番のイラついている原因だった。
フェイト達がいなくなってしまった今、手掛かりがあるとすれば本人にもっと色々な事を聞き出さなければならないし、例え記憶がなかろうがなんだろうが、それならどうにかして思い出させる他ない。

何より、人が折角自覚をしてやったというのに、だ。
そんなこと、絶対に直接会う時以外言うつもりはないが。






「………あいつ…何かあったのか……?」






イライラとした気持ちが治まることがなかったアルベルだったが、それにしてもあれだけ毎度のように夢に現れていたロアがいきなりぱったりと現れなくなったのが可笑しいことに気づく。
そして何より、タイミングが明らかに合いすぎているのだ。
今もきっと屋敷で自室の収納という収納を漁って孫の手掛かりを探しているのだろうウォルターの言うその孫が、本当にロア本人なんだとしたら?

何故今になってその名前だけ思い出し、尚且つロアに会えなくなった?
明らかに…名前だけ思い出したこと、そしてロア自身も記憶がないと言っていたことから、どちらも中途半端なことが一致する。





「…チッ…!!」





余程考え込んでいたのだろう、自分でもでも気づかないうちに最上階まで登ってきてしまっていたアルベルはそんな自分に舌打ちをすると、いつも昼寝をする時に使っている場所へと移動する。
ドカッと荒々しく座り、壁に背中を預けて目を閉じる中で、ふとそういえば初めてロアが自分の夢に出てきたのもここで鍛錬終わりに昼寝をした時だったなと思い出す。

別にだからどうという訳では無いが、そんな事を一々覚えていた自分が我ながら少し以外だと、アルベルは呆れたように息を吐いてしまった。
もうどうせ、夢を見たところであの騒がしい存在が現れることはないのかもしれない。
前までは騒がしいと思っていただけの存在が、いつの間にか居なければ居ないでこうも調子が狂うようになるとは我ながら滑稽だ。

強さだけを求めて、それだけを信じて生きてきた自分が、あんなにも阿呆丸出しの女に興味を示しただけでなく心まで許すだなんて。





「……何処にいやがる……あの阿呆…」





もう何日も繰り返した。
悔しいが、無駄に昼寝も増やしたし、時間が空きさえすれば横になった。
その度に閉じた目の奥に浮かぶ…「大好き」だと全面に出してくるあの明るい笑顔は、具現化すること無く終わる。

それを痛いほど味わった。
もしかしたらもう二度と自分の夢に現れることなどないのかもしれない。

そんな事を思っていても、それでも夢を見ようとするのは…かっこ悪いが、どうにかしてあいつに会いたいという事なのだろう。




















「……はぁ…………」





アルベルがロアのことを考えていたその頃。
その本人と言えば、自室で社員から渡された何かの哲学本を読むつもりもなく、ただパラパラと捲っていた。
ルシファーからの贈り物らしいのだが、悪いがどう考えてもそんな気分にはなれそうにない。

そんな暇があるなら少しでも自分の記憶を取り戻したいし、何より端末を起動してアルベルを見ていたい。
それなのにそれをしないのは、あの日…自分がエターナルスフィアのデータなのだとブレアに聞いた後で目覚めたら、その端末が使えなくなっていたからだ。

最初は故障でもしてしまったのかと疑ったが、その後直ぐに駆けつけてくれたブレアから聞けば、どうやらそれは故障ではなくルシファーによって見られなくさせられていたことが分かったのだ。






「アルベル………今何してるんだろう………」






何をしても、何処を触っても真っ暗な画面のまま動いてくれない端末を見つめ、また深くため息をついたロアは耐えきれずに興味のない本をぱたりと閉じた。
ブレアに聞いた話によれば、どうやらもうルシファーはエクスキューショナーをエターナルスフィアに放ってしまったらしい。
その対処の方法が「死」という理由で、自分には刺激が強いから見せたくない…とルシファーは言っていたという。

本人に抗議しようにも彼は社長室に篭っているし、そんな抗議などすればそれこそ今度は二度とエターナルスフィアを見せてもらえなくなるかもしれないし、フェイト達と関係のあるアルベルに抱いているこの感情だってバレてしまうかもしれない。

そんな事になれば後はどうなるか、簡単に想像出来てしまう。





「ブレアも言ってたけど……今下手に行動したらルシファーに怪しまれちゃうし……アルベル…無理して怪我とかしてないといいけど…」





見たい。会いたい。
本当なら今すぐ夢干渉装置を使って、アルベルが寝ているタイミングを見て会いに行きたい。
あの、見ていると落ち着く赤い瞳を見ていたいし、黒と金色の長い髪に触れたい。
最初は会話さえしてくれなかったのに、今では声をかければ返答をしてくれるあの大好きな声も聞きたい。
答えが聞けなくても「貴方が大好き」だと何度でも言いたい。

それが今までは出来ていて、いつの間にか当たり前になっていたのに、それが出来なくなってからは毎日が抜け殻のように感じてしまう。
こんな感覚は、アルベルに出会う前の、あのモノクロの日々と全く同じだ。
まるで振り出しに戻ったような気がして、弱々しく笑いが出てしまう。
もうアルベルの顔を思い出すだけで会いたすぎて涙がじわじわと滲んでくる始末だ。





「ロア!」


「っ……ん?」





あの後、何故かブレアに「今は私を信じて待っていて」と言われたが、あれはどういう意味だったのだろうか?
そう思って首を傾げようとしたその時。
急に自室の扉が開いてその本人が入ってくる。
その顔はいつものように冷静なのに、何処かそわそわとしていて落ち着きを感じさせない。

いきなりの事に驚きつつも、そんなブレアに声を掛けようとしたロアだったが、それはブレアによって遮られてしまった。





「ど、どうしたのブ、」


「ロア!聞いて!出来たのよ!一度きりの使い切りではあるのだけど!ほらこれ!」


「??…え、あ…これって…?えっと、」


「私が作った特殊なエターナルスフィア鑑賞モニターよ!これなら今全ての端末を確認して履歴が見れるようにしてしまった兄さんにでもバレずにアルベルくんを見れるわ!といってもさっきも言った通りで、兄さんの作った監視プログラムが高度で複雑だから一度しか使えないの…!でもそれでも、一度会えるだけでもアルベルくんに大切な話とか出来るでしょう?!あ、後それからね!これは私と私の同志達で作ったプログラムなんだけれど、これはエクスキューショナーを消せるアンインス、」


「ま、待って待ってブレア!早口で良く分かんない!」





ツカツカと早足で目の前まで来たブレアは、完全に扉が閉まったタイミングでマシンガンのようにペラペラと言葉を発する。
途中でとても重要なワードがちらほらとあったのは分かったが、色々な事を一気に話そうとしてくるブレアを取り敢えず止めたロアはいつの間にか引っ込んでいた涙を改めて拭うとブレアに再度詳細を求める。
するとブレアは我に返ったようでハッ!とすると、一言ロアに謝って咳払いをし、まずロアに一番伝えたい事を言葉にする。





「アルベルくんに、また会えるわよ!」


「…………っ……アルベル………に…?」


「ええ!ただ、申し訳ないけど、一度しかこの端末は使えないの。一度なら兄さんの監視プログラムを回避出来るけど、きっと二度目は無理だわ。それでも、一度でも会えるなら大切な話だって出来るでしょう?エターナルスフィアの貴女の記憶のことだって、アルベルくんに聞けるかもしれないし、また暫く会えなくなるってことも事前にきちんと言える」


「……ブレア…もしかして、信じて待っててって……この端末を作ってくれてた…の…?」


「…ふふ。遅くなってごめんなさいね。まぁ他にも作っていたプログラムがあるのだけど…それはまた今度。…取り敢えず今その涙を拭えるのは私ではなくてアルベルくんだもの。端末を起動してみて?」


「っうん…!!」





ブレアに言われたことが、説明されたことが。
つまりはずっと彼女は自分の為に複雑なプログラムを作り上げて、アルベルにもう一度会う機会を作ってくれたということ。
それをロアが理解出来た途端に、彼女の瞳からは溢れてくる涙がとめどなくぽろぽろと零れ落ちる。

アルベルの顔が見れる、もしかしたら直ぐにでも会えるかもしれない。
伝えたいことが沢山ある、話したいことだって沢山ある。
夢の中だとしても、きっと受け止めてくれる彼の胸板に顔を埋めて、思いっきり甘えたい。



アルベルに会いたい。
その一心で端末を起動すれば、ブレアの機転なのだろう、検索画面に映ることなく瞬時にアルベルへと辿り着く。

後はそう、アルベルの顔を見て、彼が眠ったタイミングで会いに行けばいい。

そしたらまた、大好きな彼に会える。






はず、だったのに






「………え………?」






まるで、時が止まってしまったかのように感じた、目の前の出来事が、そんなロアとブレアの期待を握り潰すように簡単に無へと還してしまった。




画面に映ったアルベルが自分の家であるカルサア修練場の屋上に設置してある何かの機械を破壊して直ぐ、何かの光が彼の身体を容赦なく貫いたのだから。



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