Want to see your smile




無機質な音を立てて自動で開いた自室の扉を通り、まるで自分を支えていた糸がぱつん、と切れてしまったかのようにベッドへと腰を下ろしたブレアは心底参った様子で長く息を吐いた。





「兄さん、ロアにあげたあの鑑賞モニターを止めたわね?どうしてそんなことを…!あれは、あの子の楽しみなのよ?」


「前にも言っただろう、バグが発生していると。その対処をするから止めただけのことだ」


「…っ…エクスキューショナーのことよね?でも、他の端末は稼働しているわ」


「ロアには刺激が強すぎると判断したからだ。あれは些か強引な方法だからな」


「…そうね、兄さんのやり方が強引なのは否定しないわ。でもだからって急に止めなくても…!」


「さっきも言った通りだ。エクスキューショナーは対象のものを「破壊」することだけを考えるようにプログラムしている。容赦などない。そんな場面をもしロアが見てしまったらどんな影響を与えるか分からないだろう。だから止めた」


「…そう…なら、それは分かったけれど…エクスキューショナーはまだエターナルスフィアに転送していないわよね?それなら転送するまで見せてあげたって…」


「あぁ、そういうことか。それならもう転送済みだ。今頃はバグの対象データをサーチしている頃だろう」


「っ、?!」





数十分前に向かった社長室での兄との会話を思い出し、そのお陰で頭痛まで感じてしまったブレアは苛立ちを抑えるように頭を抱える。
もう少し、もう少しでロアにとって一番良い方法まで手が届きそうだというのに、毎度毎度どうしてこうも絶妙のタイミングで兄に邪魔をされてしまうのか。

そして何より、妹であるはずの自分に何の相談も無しにエクスキューショナーを転送するだなんて、やはり兄はよっぽど何かに焦っているに違いない。





「っ…せめて…アルベルくんの方でもロアに対して何かアクションがあれば…っ」





本当なら、エクスキューショナーの簡単な説明を兄から聞いた時に、兄にバレないようにタイミングを見計らって細工をしようと思っていたのに。
まるでそんな暇をこちらに与えないかのような行動の早さを考えると、もしかしたら兄は自分のこの考えを見抜いていたのかもしれない。
それなら状況はこちらの方がかなり不利だ。

ロアの記憶を取り戻す為にはエターナルスフィアの出来事はかなり重要だ。
それなのにそのエターナルスフィアをロアが鑑賞出来なくなってしまったら、その記憶を取り戻す為の切っ掛けすら作れない。
自分が持っている端末で見せてあげることも可能だが、自分の端末は社員用の物で履歴が残ってしまう。

だから、アルベルの方でも…つまり、きっとロアが存在していた筈のエリクール二号星でのロアに関する確かな情報が判明すれば、それを通じてロアの消された記憶の断片が浮き上がるかもしれない。
もう、こちらはそうなることを願って待つことしか出来ないのか…





「…あぁもう…!こちらから伝える事が出来れば話は早いのに……っ、!私の端末を使ってアルベルくんと夢でリンクしても履歴が残ってしまう…そうしたら兄さんに気づかれて余計にアルベルくんがエクスキューショナーに狙われる確率が高くなる…っ!」





どうすればいい。
どうすればエクスキューショナーを止められる?
これではロアとアルベルを会わせる以前に、アルベルの命の危険も、それこそロアの帰るべき世界であるエターナルスフィアですら消滅してしまうことだって有り得る。
いや、もしかしたらあの兄の事だ、バグの消去とは方弁で今エターナルスフィアで存在している生命体を残らず消すという方法を取るのが目的なのだと言うことも考えられる。
…駄目だ、考えれば考えるだけ予想の行き着く先が絶望のものになっていく。





「アルベルくんと、この騒動の関係者…その人達と私が話をすることが出来れば…!いえ、それが可能だとしても…!その前にエクスキューショナーによってエターナルスフィアが壊滅してしまったら…ロアの帰る場所は…!!」





もう、分からない。
考えたいのに、考えなくてはいけないのに。
本当はロアを手放したくない、それは自分だって兄であるルシファーと同じだ。
でも、でもだからと言ってそんなことをすれば幸せなのは自分達だけで、それはロアの幸せなんかじゃない。

ロアにはロアの帰るべき場所が、きちんとある。
そしてそれを奪ってしまったのは紛れもない兄なのだから。





「これ以上…これ以上ロアから身勝手に奪っていいものなんて…ないはずよ…っ、ねぇ兄さん…っ!」





悔しい、悔しい。
今だってロアはアルベルに会いたくてたまらないだろうに、自分はそれすらも叶えてあげることが出来なくなってしまった。

どんな理由があって兄がロアをこの世界に召喚して、記憶まで操作して傍におくようになったのか、そんなことは自分には分からない。
分からない、分からないが、それでも…例えその世界を創ったのが兄と、それを補佐してきた自分達だったとしても。

本当なら今頃ロアは存在するべき世界で、きっとそこでもアルベルと出会って、幸せに笑っていたのかもしれないのに。




「う…っ、…ふ…ごめんなさい…ごめんなさいねロア…っ!」





今頃は疲れて眠っているのだろう。
いつもなら幸せそうに装着して居るはずの夢鑑賞装着のコードを着けることなく、アルベルの出てこない夢の中にいるのだろうロアを想像して。
ぽろぽろと零れる涙が、無力な自分の強く握られた拳の上に落ちていく光景を見つめながらそう口にしたブレアは。


もう、諦めかけてこんな後悔をし始める。


あんな物を作らなければ…夢鑑賞装着なんて物を作らなければ、もう少しロアの痛みは軽かったのかもしれない。
そう、兄のルシファーにバレないように独自で自分がプログラムした、あの装置さえ作らなければ。





「………っ、……?…私が…プログラム…した………?」





自分ではロアの幸せを取り戻す事が出来ないのか。
自分のやってきた事は結局、ロアに叶わぬ願いを抱かせてしまうことにしかならない、ただのエゴだったのだろうか。
そう思うと自分が情けなくて、こんな事をしなければと自分のやってしまったことを思い返したブレアは、その瞬間何かに気づいて零れていた涙をぱたりと止める。





「……そう、そうよ…!何でこんな簡単なことに気づかなかったの…?!あるじゃない!兄さんに気づかれずに済む方法!!」




その瞬間。
沈むように座っていたベッドから立ち上がり、自分専用の空中スクリーンを起動したブレアは物凄く早いリズムの良い機械音を自室に響かせる。
そしてその自室に響かせていた音が機械音だけでなく、駆け込んできた、自分が信頼している少人数の社員達の足音も混ざった時。

強気に口角を上げ、その紫の瞳にスクリーンに映し出される数字を映したブレアは前を向く。

まだ、勝機はある。
やはりここで諦める訳にはいかない。
だって自分にはまだ力があって、説明すれば必ずそれを補助してくれる、同じ道を望んでくれる筈の仲間がこちらに気づいてくれたのだから。





「負けない…っ!兄さん…そう簡単に私は折れないわよ…!」




だから、だからお願いよアルベルくん。
どうか、どうかそれまで…貴方がロアを迎えに来てくれるまで、絶対に死んだら駄目よ…!

















「…孫…か」



カラカラと寂しさを感じる風で転がるタンブルウィードが自分の目の前を通り過ぎて行くのを見たアルベルは誰に言うでもなくそう呟くと、ウォルター低の玄関の扉を閉めた。
思い出したいのにやはり思い出せないのだと、まずどうして妻子がいない自分に孫がいたのかということも分からないのだと。

悔しそうに顔を歪ませて椅子に座っていたウォルターのあの姿が焼き付いて離れない。
お陰で着いていきたかったフェイト達が鉄の塊に乗って遠い空の向こうへ飛んでいってしまったことを責める暇などなかった。
いや、元より責めるつもりはなく、どちらかと言えば八つ当たりしてしまいそうだっただけなのだが、それすらも出来ないほどに落ち込んでいるあの姿を見ればそんな気も失せてしまう。





「…チッ!まるで訳が分からねぇ…」




正直言って、ロアに会うための策がなくなってしまった。
異世界から来たというフェイト達を逃してしまった今、自分に出来ることと言えば……悔しいが何も思いつかない。
何かの拍子にフェイト達がこの世界にまた来るような事があれば、それを今度こそ逃さずに着いて行くという事しか考えが浮かばない自分が情けなくて仕方がない。

まず、大体何故未だにウォルターの口からロアの名前が出て、しかも妻子がいなかった筈なのにロアがウォルターの孫で、尚且つそれを誰も覚えていないだなんて…こんな謎がある時点で訳が分からないのに、そんなロアに会う方法を1人で見つけるだなんて想像もつかない。





「…こんな時にあいつは夢に出てこねぇし…次出てきた時に文句の一つでも言わねぇと気が済まねぇぞ…クソがっ」





そして、こうして今アルベルが青筋を浮かべながら言った言葉の通り、ロアに直接話を聞こうとアルベルがウォルター低で勝手に横になったのに、あろう事かロアはその夢に現れなかったのだ。
いつもなら呼ばなくても勝手に出てくるというのに、何もこんな時に出てこないだなんてあいつは一体何をしているんだか、と目を閉じたアルベルだったが、その脳裏に浮かんだのは幸せそうに自分の名前を呼んで笑うロアの顔。





「っ…!………クソ……絶対攫ってやる…!」





ロアの笑顔が浮かんでいた視界を閉じるようにゆっくりと目を開け、高い高い空を見上げたアルベルの頬が少しだけ赤く染まっていたことは、今はアルベル本人しか知らないのだろう。



お前が一体何者で、どんな存在で、どんな世界に居たとしても。

それでも俺はお前を諦めるつもりはない。
それが結果何日、何年、何十年掛かったとしても。

何故かって?そんな理由は聞くまでもないだろう。




「…俺は…一度決めたことは曲げねぇ主義なんでな」




お前を攫ってやると決めた。
お前にとある返事をすると決めた。
自分がそう決めたのなら、やる事は一つだけ。




「だから…待ってろよ」




その笑顔を現実で目の前で見て、馬鹿にしてやるから。



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