Missing piece of a puzzle





「……ロア…!!」




目の前で。
昔から馴染みのある老人の口から出たその言葉を聞いたアルベルは驚きでいつもは鋭くさせているその瞳を丸くさせる。

何故、どうして今この瞬間にその名前を口にしたのか。
長いことアルベルはウォルターの近くにいて、父親が死んでからも正直色々世話になってきた。
しかしだからこそその口からその名前が出たことが信じられない。
それはそうだ、今までこの男に孫がいたなんて事実すらアルベルは知らなかったのだから。





「アルベル…お主…お主も知っておろう…?!ロアじゃ…!!ロアじゃよ…!!小さい頃、一度だけお前とも会っているはずじゃ!!」


「っ…?俺にそんな記憶は…」


「何故…何故じゃ…!何故今になって思い出した…?!こんな、こんな大切なことを…何故ワシは…!!?」


「本当にボケたかジジイ!仮にその孫が本当にいたところで今までそれを忘れてるなんざ、あまりにも可笑し過ぎるだろうが!」


「だからじゃ!だから可笑しいんじゃ…!!何故…何故…?!っ…!ぐ、うぅ…!折角名前を思い出したのに…!肝心の顔が浮かんで来んとは…っ、!アルベル…アルベルよ…!頼む…頼むから何か思い出してはくれまいか…!」


「っ、お…おい…!」




かなり頭が痛いのだろうにそれでもどうにかして他の情報も思い出したいのか、ウォルターは自身の頭を抑えながら懸命に、藁にもすがるような瞳をアルベルに向ける。
どうやらウォルターが言うには、その孫にアルベルも会ったことがあるのだと言う。
しかし、幼い頃に一度だけだと言うこともあって残念ながらアルベルにはそんな記憶はなかった。

名前しか思い出せないのが余程堪えているのだろう、涙を滲ませて悔しそうにしているウォルターを見ていられなかったのか、アルベルは一瞬悩みはしたものの、自分の中で浮かんでいる仮説を元にとある情報をウォルターに問うてみた。





「……亜麻色の髪。青紫の瞳…」


「……っ、亜麻色……青、紫……?…アルベル…お主…?!そうじゃ…そうじゃ…!!あぁ…あぁ…!ロア、ロア…!どこにいるんじゃ…!!ロア…!!」


「っ……そうかよ…」





普通に考えれば同姓同名のただの他人かもしれない。
でも、でももしかしたら同一人物かもしれない。

そして…どちらかと言うと願っていたのは後者の方だったアルベルは知っている、願っている人物の特徴をウォルターに教えた瞬間にその瞳に輝きが見えたことで、思わず拳を強く握ってしまった。

折角、折角やっとあいつのことが分かってきたところだというのに、また新たな謎が出来てしまった。
しかし、まだ偶然にも特徴が同じだけの同姓同名の可能性だって捨てきれた訳では無い。
今すぐ本人に確認したいのは山々だが、如何せん今は現実で、唯一コンタクトのとれる夢の中ではないし、第一ロアは以前「記憶喪失」だと言っていた為、本人から確認が出来るのは正直かなり望みが薄い。





「アルゼイ、その御老人は大丈夫なのですか?」


「!…あ、あぁすまない…早急に帰って休ませる。心配は要らない。アルベル、すまないが道中ウォルターに着いてやり、彼の屋敷まで送ってくれるか。俺は城へと戻るから、その後を報告して欲しい」


「…チッ…仕方ねぇ…」


「うむ。すまないな」





一体全体、本当にどうなっているんだとアルベルが眉間に皺を寄せて1人で考え込んでいれば、終始その光景を見守っていたシーハーツ女王がアーリグリフ王に声を掛けた事で、その場の展開が変わり、アーリグリフの者達は早々に飛龍に乗って国へと帰っていく。

その、敵国だった強敵の戦士であるアルベルの遠くなっていく背中を見たネルは「あいつも人間らしい顔をするんだね」とぽつりと呟いた。











「っ…う……!んん…っ、」


「ロア…!頑張ってロア…!」


「っ……し……」


「!し…?何、何か思い出したの?!」


「…し、……白い………シーツ………」


「…………………………ほ、他に何か…」


「…………高そうな………絨、毯………?」


「……………………。」


「………駄目……思い出そうとすると、頭が痛くて…ぐるぐるして…それどころじゃ…っ、」


「…今はそれ以上は無理そうね……」






一方、必死に自分とエリクール二号星との関係を何でも良いから思い出そうとしていたロアは、激しく頭痛のする中で一瞬だけ脳内に過ぎ去った光景を口にする。
しかしその光景が何処にでもありそうなものであった為に、これと言って有力な手掛かりは掴めないまま、ブレアがロアの体調を気遣って止めさせたことで終わってしまった。

だが、一瞬とは言っても何かの光景が浮かんだことは事実なのだし、少なくともやはりロアには失われた記憶…いや、正確に言えば「消し去られた」記憶があるのは確かなようだった。
これだけでも充分収穫があったと前向きに考えるべきだろう。





「…ロア、今日はもう横になりなさい。いきなりの事で色々と思うところもあるだろうし…」


「…っうん…分かった…ごめんブレア…折角教えてくれたのに…私思い出せなくて…」


「…ふふ。いいのよ。ゆっくりでいいから…何か切っ掛けがあった時に思い出すかもしれないし。だから取り敢えず、今は休みなさい」


「…はーい…」





思い出すことを止めた今でも、無理矢理何かを思い出そうとしたのが原因か、未だにする頭痛に青紫色の瞳を細めているロアをベッドに寝かせたブレアはその亜麻色の髪を優しく撫でる。

正直、兄のルシファーの行動を見るからに本当はあまりゆっくりしている余裕がないのが事実なのだが、それでロアに無理をさせる訳にもいかない。
何よりこんなに悔しそうにしているのだ、何よりも一番辛いのは本人であるロアなのだから。





「ロア、少しアルベルくんの様子を見てみる?もしかしたら彼も休んでいるかもしれないし、会いたいでしょう?」


「…うん…会いたい…」


「ふふ。分かったわ。待ってて、今確認してみるから。………あら?」


「?どうしたのブレア…?」


「!………いえ。残念ながらアルベルくんはまだ起きているみたい。これはゆっくり休めって事なのかしらね?」


「んー…そっか。起きてるなら会えないし…仕方ないか…分かった。大人しく休む」


「いい子ね。…それじゃ、私は仕事に戻るわ。…お休みなさいロア」


「ん。お休みブレア。ありがとう」






アルベルに会えないことに残念そうにしながらも、自分にお礼を言ってゆっくりと瞳を閉じ、相当疲れていたのだろうロアがすぐに規則正しい呼吸をし始めたのを見届けたブレアは柔らかく笑って布団を掛け直すと、そっとその部屋を出ていく。

出て来たロアの自室の扉から遠くなる度に、いつもお淑やかなブレアがカツカツと鳴るヒールの音を大きくしてしまったのは、それ程までに焦りと苛立ちが大きいからだった。





「っ……ロアの鑑賞モニターが起動しなかった……どういう事なの…っ!」





兄さん…っ!!





そう、誰に言うわけでもなく、拳を強く握って。
自室を通り過ぎたブレアの乗ったエレベーターは高く高く、静かに登っていく。

自分でロアにプレゼントした、エターナルスフィアを見る為の鑑賞モニターの機能を…自分で止めたであろう兄のいる最上階に向かって。




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