Clock works




「…ロア、貴女はね…エターナルスフィアの住人なのよ」




それはもう、唐突に。
なんの心の準備も無しに言われたブレアのその言葉はきちんと耳に入っていったはずなのに脳に届くまでの間が長すぎて、ようやく届いたとロアが思った時にはもう既にブレアに体全体を優しく抱き締められている状況だった。




「…今までの兄さんの行動、貴女に起きていた数個の異常。…それを見ていた時に、実はもう結構前からそんな予想はついていたの。もっと早く教えるべきだったかもしれないわ…ごめんなさいね、ロア」


「……ど、いう……?え…?わた、し…?」


「大丈夫、混乱するのも無理はないわ。今ゆっくりと説明するから…」




理解したいと思う気持ちの反面、頭の中ではその準備すらまだ出来ずに戸惑っているロアをまずは落ち着かせるように優しく「混乱するのも無理はない」とブレアは声を掛けながらロアの背中をゆっくりと擦る。
その優しいリズムで徐々にではあるが、何とか話を聞ける状態になったロアはそれを示すかのように黙って一つ頷いた。




「まずは貴女がどうして今までエターナルスフィアという世界の存在を知らなかったか。これについての兄さんの意見は、「教育の妨げになるから」…これは理解出来るわね?」


「う、ん…絶対に夢中になるから…でしょ?」


「そう。…でもね、そのやり方が明らかに極端過ぎるのよ。兄さんは貴女にエターナルスフィアを認識させない為に、私だけじゃなくてこの会社全体にまで口止めをしていたの。…正直そこまでして隠す必要はないと思わない?だって、要は勉強を疎かにしなければ良いのだもの。それなら勉強が終わった後にご褒美として見せる方法でも良かったはずよ。」


「……そ、っか……うん…確かに……」


「…それから…これは私がこの目でしっかりと見たことなのだけれど、エターナルスフィアを観賞し始めた貴女に、ある変化が起こった。まずは画面の中に体の一部…指が入り込んだこと。もう一つは治癒術の練習をしていた貴女の体にノイズが走ったこと。」


「…っ、ちょ、ちょっと待って…指が…画面に…?それに、ノイズって…?」


「貴女は気づいてなかったもの。驚くのも無理はないわ。……それに貴女は前に言ってたわよね?「術を唱えると自分が自分じゃないみたいな感覚になる」って」


「あっ、う…うん…!こう…頭の中がもやもやする感じで…」


「そう。つまりそれは、貴女がこの世界では上手く術を使えないということ。…ほらロア、でも良く考えてみて?そんな貴女が治癒術を使えるのは、何処?」


「………!アルベル…の、夢の中………!うん、私…アルベルの夢の中なら、確かにちゃんと治癒術使える!もやもやした変な感覚もしたことないよ!」


「そう、そうなのよ!…うん。良い調子ね。なら、このまま話を続けるわよ」





冷静な様子のブレアの話を聞いていくうちにロアもそれに釣られて冷静になってきたのだろう。
ブレアの問い掛けるような話し方のお陰もあり、きちんと自分で考えながら事を理解し始めたロアは一旦ブレアから離れるとしっかりと座り直して目の前のブレアに真剣な表情を向けた。
そんなロアに対してしっかりと頷いたブレアはまたゆっくりと話を続ける。




「アルベルくんの夢の中では治癒術が使える。初めは偶然かとも思ったわ。でもね、その理由が、アルベルくんの夢の中だとしたら?」


「…えっ…と、つまり…?」


「アルベルくんが存在するのは、一体何処?」


「……えっと…エリクール二号星……?……あっ、エターナルスフィアの、エリクール二号星…?!」


「ええ!その調子よロア。…それから、こればかりは仮説なんだけれど…もしかしたら貴女はエターナルスフィアの中でもエリクール二号星に暮らしていた存在なのかもしれない。それならアルベルくんの夢の中で完璧に貴女が治癒術を使えることも、毎回貴女とのことを覚えているのも説明がつくのよ」


「……わた、しが……アルベルと、同じ世界の…同じ星の……じゅう、にん…?」


「その可能性が高い。…だから私は貴女に黙って、エリクール二号星のロアと検索を掛けてみたことがあるの。……そうしたらまぁ…予想通り何もヒットしなかった。予想通りよ。…同姓同名は愚か、異性同名の存在さえ出てこなかったのよ。エリクール二号星にとって、「ロア」という存在が何一つありはしないの。まるで全てを残さず消したかのように」


「…そんなこと、って………つま、り……私は………エリクール二号星から………消され…たって、こと…?」


「そう!そうよロア!貴女がその記憶を持ってないのは…つまり、貴女が元はアルベルくんの世界にいたということは?……これまでの記憶が…エターナルスフィアでの貴女の記憶が一切ないのは?!その世界から貴女が居なくなったとして、その事を誰も不思議に思わないのは?!…思い出してロア…!何でもいいから、何か…何かない?!貴女の中で、エターナルスフィアに関する記憶…!」


「っ……あ…………う…っ、!」


「頑張ってロア!何か残ってない?!一欠片でも良いのよ!そしたら私がその解れから貴女の消された記憶を引っ張り出してみせるから!」







ねぇロア、貴女は言ったわよね?エターナルスフィアの住人は、アルベルくんは、データなんかじゃないって。
命のある、確かな存在なんだって。

それなら…それならロア、貴女だって確かな存在なのよ。確かな存在の記憶を消去するなんてこと、誰も出来るはずがない。
それがどんなに神に近い存在で、創造主と言われる存在の仕業だとしても。
















奪い合い、憎み合い…殺し合い。
そんな言葉と感情が行き交っていたのが嘘かのような青い青い空の下。
シーハーツ国の首都であるシランド城の広い庭先に立っていたのはこの世界に突如現れたバンデーンと対峙する為に侯爵級のエアードラゴン…クロセルに協力を求めるために動いていたフェイト達と、この世界の最高権力者であるアルゼイやシーハート女王達だった。

ロアがブレアと話をしている間に全てが順調に進んでいたらしい面々は長い時間を掛けて苦しめていた「戦争」という負の状況から解放され、晴れ晴れとした表情をしている。
その中にはウォルターの姿もおり、無事に帰ってきたアルベルの隣で笑顔を見せている。





「…ありがとうクロセル。お陰で味方の援護が出来たし、この世界の脅威も一先ず落ち着いたし…これで僕も無事に帰れるよ」


「ナニ、約束ヲ違エルハ汚行。我カラモ礼ヲ言ワザルヲ得ン…小サキナレド強キ者ヨ」


「それは良かった。…お前も、お陰で助かったよ。お前がいなきゃクロセルに協力してもらう事も難しかったかもしれないし」


「…フン」


「お主はもう少し愛想を良くしたらどうじゃ」


「黙れジジイ」




どうやらフェイトの口振りからして、この侯爵級のエアードラゴン…クロセルの協力を得るためにアルベルは余程全力を注いだのだろう。
そうなるように仕向ける為にわざと彼の父親であるグラオの話を持ち出したウォルターだったが、それにしたってあまりにもいつもの彼と何処か違う様な気がして少々首を傾げてしまっていることは否定出来なかった。
元々昔から戦闘狂なところはあったが、それだけでまさか侯爵級を従えるとは。それが例えアルベル1人だけの力でないにしろ、だ。





「…じゃぁ僕達はこれで。」


「……おい待て。もう脅威は去ったんだろう。なら俺は…」


「ん?どうしたアルベル?」





ウォルターが一体何がアルベルをそこまで駆り立てたのかと考え始めていれば、帰る準備が整ったのだろうフェイト達が別れの挨拶と共に頭を下げようとしたのを何故かアルベルが止めた。
そんなアルベルの様子を不思議に思った面々が彼に視線を合わせてその言葉の続きを待ったが、それよりも早く行動したのは考え事をしていたはずのウォルターだった。




「っ………う…?!」


「?…おい、どうしたジジイ」


「…っ…ぐ…うぅ………?!」




急にウォルターが片手で頭を抑え、膝から崩れ落ちて呻き声を上げ始めたことに驚いたアルベルは一旦話を止めてウォルターの隣に膝を着いて様子を伺う。
しかし声を掛けても、どうにも頭が痛いのか聞いてきたアルベルに上手く受け答えが出来ないウォルターを見ていたフェイト達も焦っているが、タイミングが悪くもう自分達の体はディプロに転送される手筈を踏んでしまっているし、ここで下手に一旦転送処理を中止にして時間を掛けてしまえば、またいつバンデーンが現れるかも分からない為、手を貸すことが出来なかった。

そんなフェイト達の事を見て、何か用があったらしいアルベルが少し慌てた様子で舌打ちをすると、こうなったらと国王であるアルゼイに口を開こうとした、その時。






「っ…………そう…じゃ………!」


「っ、おい!さっきから何なんだジジイ!俺はコイツらに用が…っ、!」


「………っ、孫……!ワシ…の…!」


「こんな時に何の話を、」


「ワシの…っ!!行方不明の…っ!!孫じゃ…っ!何で、こんな大切な事を忘れて…?!」


「意味が分からねぇ!もういい。俺はコイツらに着いて行…」





今とても重要な時だと言うのに。
このままでは頼みの綱であるフェイト達は帰ってしまうのに。
それなのにタイミング悪く具合を悪くしたかと思えば全くもって自分には何の関係もないジジイの孫の話とは虫唾が走る!と立ち上がって自分が従っているアルゼイにこれからのことを言い捨てでもいいから伝えてフェイト達を追いかけようとしたアルベルだったが、その足と言葉はすぐ隣から聞こえたウォルターの絞り出すような声で止まってしまう。






「……ロア…!!」





カチリ、と。
まるで止まってしまったその足と言葉を…
止まっていた筈の時計が再度動き出すかのように、音を立てて。



BACK
- ナノ -