Burn marks




「なぁおいアルベルさんよ」


「…何か用か」


「かーっ!「何か用か」とか何とかスカしやがって。ったく…今は仲間なんだから連携くらい取れっての。それか、もっとこう…雰囲気をだなぁ」


「…フン、下らん。俺は別にお前らと仲良しごっこをするつもりはねぇ。俺は俺の目的の為にここにいるだけだ」


「お前…ブレねぇなぁ…いっそ清々しいわ」





ウルザ溶岩洞へと繋がるバール山脈。
その山脈を歩いていたアルベル達はいつ空を飛んでいるドラゴン達や魔物に襲われても良いように前衛と後衛に別れ、少し間を空かせて進んでいた。

フェイトとネルが歩く少し後ろを歩いていたクリフは、そのまた少し離れていたアルベルへと声を掛けた。
敵だった頃はかなり骨が折れる相手だったが、味方にするとこうも頼もしいのかと改めてアルベルの強さを肌で感じるものの、彼の性格が性格だけに連携を取るどころか、こうやって世間話をすることすら難しい。





「そんなつっけんどんしてると女の1人も寄ってこねぇぞー」


「…」


「……お?なんだぁ?……お前もしかして女いんのか?!」


「……っ…いるわけねぇだろうが阿呆。さっさと先へ進むぞ」





少し前を歩くネルと違い、あの時は戦争だったからだと割り切ることが出来ているクリフがアルベルへと話し掛けてみるものの。
やはりお前らに興味は無いと言ったように表情一つ変えなかったアルベルにいっそ清々しさまで感じてしまったクリフは呆れたように後頭部に両手をあてて一息つくと、ただ何となくで出ただけの言葉をひょい、と口にする。

しかし、そのひょんな言葉から一瞬だけアルベルの目元がぴくり、と動いたことに気づいたクリフは「お?」とすぐ様反応を示して、少し前のめりになりながらアルベルへとそんな存在がいるいないを問う。
そんなクリフの勢いに、思わず一歩後退りをして呆気に取られてしまったアルベルだが、すぐに気を取り戻すとクリフを抜かして歩いていってしまった。




「…あーあー…上手くいかねぇな」


「そう?私は良く事情を知らないけど…前まで敵だった相手にしては会話は出来ているんじゃない?」


「……ん?…そういやぁそうだな。…つか、あいつあんな奴だったか…?」


「違うの?」


「あー…なんて言えばいいか…近寄り難い雰囲気がちっとだけ和らいだ…ような…?前はもっとこう…マジで戦うことしか興味ねぇってタイプだったと思ったが」


「まぁそれは今もな気がするけれど…彼なりに何か心境の変化でもあったのかしらね?」


「どうだかな」




アルベルに置いていかれたクリフが上手くいかないとため息をつくが、一部始終を黙って横で見ていたマリアはくすりと笑う。
そしてマリアに言われたことで、確かに前までと何処が雰囲気が違うなと気づいたクリフが目の前のアルベルの後ろ姿を見るが、その背中が何も語らずにスタスタと遠ざかっていくのを見て、やはりスカした奴だと目を伏せるのだった。

ただ一つ、確実に分かることがあるとすれば。
一緒にいて嫌な気はしない、ということだ。















「…っ…ブレア…どうしよう…」


「…そうね…兄さんの行動は過激過ぎるわ……でもね、ロア。それでもこのままバレないように平然を装っていて頂戴ね。」


「…うん…それはやってみる。……ねぇブレア…ルシファーが言ってたエクスキューショナーって、どんなデータなの?」


「それが私もまだ良く知らないのよ。分かっていることとすれば、エターナルスフィアの住人を確実に超えるステータスを与えられているってことかしらね」


「……はぁ…アルベル…大丈夫かな…」


「……でもねロア、お陰で確信したことが一つあるのよ」


「確実したこと?」




アルベルがフェイト達とバール山脈を進んでいる一方で。
会議が終わって手が空いたらしいブレアを自室に呼び出すことに成功していたロアはルシファーから聞いたことをブレアに話していた所だった。
ルシファーの言っていたエクスキューショナー…つまりバグ消去システムというものが一体どんなものなのか。
その情報を少しでも知って、事前にアルベルに伝えることが出来ればと考えたロアだったのだが、それは残念ながらブレアにも詳しく説明されていないことらしい。

まだ殆どの情報を掴めていないエクスキューショナーという未知の存在に対し、ため息をついてしまったロアだったが、ブレアはそんなロアに真剣に向き合うと一つだけ確信したことがあるのと口を開いた。





「もうエターナルスフィアは、一つの世界なのよ」


「?ごめん…どういうこと?」


「データではないってこと。…だってそうでしょう?本当にデータだとするならば、そんなエクスキューショナーなんてものを使わなくても簡単に存在を消せるはずなのだから」


「!」


「きっと、もう兄さんの手でエターナルスフィアの住人を消去することが出来ないのよ。だからエクスキューショナーなんてものを使って、「死」という方法で消そうとしているんだわ…確かに絶望的な状況だけど、これが判明したのは喜ぶべきこと。……だから大丈夫よロア。きっとアルベルくん達は消されない。だって創ったはずの兄さんでさえ、もう簡単に手出しが出来なくなっているんだもの」





ブレアの仮説。
しかしそれはもう仮説というよりも事実に等しかった。
つまりルシファーはエターナルスフィアに存在する住民達に直接手を出せなくなっているということ。
エターナルスフィアが、創造主であるルシファーの手から離れ、一つの世界として出来上がりつつあるということだった。

それを聞いたロアの瞳はみるみるうちに輝きを取り戻し、焦りから真っ白になりつつあった脳内にぶわりと色が広がっていく。
広がった世界の真ん中で立つアルベルの姿を思い出して、頬を染めて一度目を伏せたロアはゆっくりとその瞳を開くと、意を決したように目の前のブレアへと向き直した。





「っ…あのねブレア…事後報告になって申し訳ないんだけど…」


「うん?」


「……アルベルに、話した」


「……?!はな、話したって…貴女…!もしかしてエターナルスフィアのことを話したっていうの?!」


「そこまで詳しくは言ってない。…でも、私が創造主の元にいるって話はしたの。住む世界が違うんだって。あと、エクスキューショナーという風に言ってはないけど、近いうちに強い存在が現れるかもしれないってことは話した」


「……っ……アルベルくんは、何て?」








(大人しく待っていろ)








あの時の、あの強い瞳と。
あの時の、あの優しい声と。
真っ直ぐにこちらを射抜くような彼のことを思い出して微笑んでそう言ったロアの言葉を聞いたブレアは釣られるように少し頬を染めて目を見開く。





「…確証も何もないよ。…まず、アルベルがこの世界にどうやって来るつもりなのかも、それが可能なことなのかすらも分からない。…正直出来るわけないって思う。…でも、それでも何か…何だか本当に迎えに来てくれるんじゃないかって、そう思っちゃって……ううん、思ったというより…」


「……「信じた」のね」


「……うん」





そう…信じた。
ブレアの言った通り、ロアは信じたのだ。
アルベルの行動も、言葉も。
そして何よりアルベルという存在を信じることにしたのだと。

その気持ちが痛いほど伝わったブレアは目の前で何処か泣きそうに、そして嬉しそうに微笑んでいるロアの表情を見ると、ふう…と一つ息を吐く。

いつの間にこんなに強くなっていたのだろう。
いつの間にこんなに成長していたのだろう。

目の前の可愛い妹のそんな姿を目の当たりにして、一緒にお風呂に入ったり、絵本を読んで寝かしつけたり、勉強を教えていたり。
本当に、本当に沢山の出来事が走馬灯のように蘇ってくる。




「…ねぇロア」


「うん?」


「…本当はね、ずっと…もうずっと前から分かっていたことがあるの。…いつ話そうか、それとも黙っているべきか悩んでいたけど…今の貴女を見ていたらそんな迷いは消えてなくなってしまったわ」


「ブレア…?」





ねぇロア。
貴女が兄さんの、私の…私達の前に現れたあの時。
自分の名前以外何も分からなくて、小さな体全身が震えてしまっているんじゃないかって思ってしまう程にカタカタと怯えている貴女を見てた私はあの時、「可哀想な子」だと思ったの。

兄さんが気に入っているからと一緒に面倒を見ている内にいつの間にか愛情が芽生えて、今では心から貴女は本当の妹なんだって思ってる。

だから、本当は言いたくなかった。
もうずっと前から仮説から確信へと変わっていたこの事実を貴女に伝えたら、貴女とお別れをしなければならない気がして、貴女を手放さなければならない気がして、
ずっと、ずっと言えなかったの。


でもね、でもそれでも…貴女のそんな顔を見たら、言わなければいけないじゃない。






「…ロア、貴女はね…エターナルスフィアの住人なのよ」





あぁ、もう…馬鹿ね。
言わなければ、貴女は私から離れることがなかったかもしれないのに。
ずっと一緒にいられる保証があったのに。

ねぇアルベルくん、どうして君はロアの前に現れてしまったの?
現れてくれなければ、私はずっとこの、今自分の目の前で目を丸くして固まっている、可愛い可愛い妹と一緒にいられたかもしれないのに。


これで本当にこの子を迎えに来れなかったら、怒るわよ?














「………おい」


「っ……なん、だよ…」


「…お前、俺に「女がいるのか」と聞いたな」


「…んだよ、突然……聞いた、けどよ…」





暗い暗い、遥か遠くの入口からしか光が入ってこない暗闇の中。
地面に尻もちをついて呼吸を乱しているフェイト達の目の前にある何かの物体に片足を乗せ、肩で息をしながらもその場で唯一立っているアルベルは少し離れた所で大の字で仰向けになっているクリフへと声を掛けた。

この、今の目の前で呻き声を上げている禍々しい存在を相手にする前に、興味本位で聞いただけのあの質問を。






「…俺にはな…」






だから、俺は。
こんな所で立ち止まっているわけにはいかない。

前へ、前へ。

どれだけ離れているかも分からない程遠いあいつの所へ…






「迎えに行かねぇとならない女がいてな」






強く、強く。
その手に持つ刀に力を込めて。

強く、強く。
強く生きると決めた、決めさせられた、こいつに。

あの時に見た…あの鱗が剥がれて、全身がドロドロに溶け始めた醜い身体に成り果てた…このドラゴンを。


火傷の跡が残っている、この左腕で救ってやろう。


俺が俺であるように生き続ける原因になったお前を、
強く強く生きると誓わさせた、お前を、




(強く生きれよ!アルベル!)




憧れだった、ずっと追っていた、あの背中ごと全てを焼き尽くした、お前を。






「……はっ、お前……バケモン……かよ…っ、?」


「…フン。お前らが弱いだけだろうが、阿呆」





洞窟内に響く、まるで大きな岩が崩れた時のような、ゴロゴロとした悲鳴のような轟音が轟いて消えた瞬間。
ストンと地面へと降りてきたアルベルのその姿を見たクリフは、その涼しそうな表情を見ると最早驚きを通り越して笑ってしまう。




「本当…お前はスカした奴だよ、腹立つくらいにな」




適わねぇや、と。
そう頭の中で呟いて。




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