I will never forget that memory



真っ暗な、真っ暗な暗闇。
何も見えない、何も話せない。
そんな空間に響くのは無機質な音を立てる電子音と感情の篭っていない言葉だけを発するアナウンス。


『データ、現在、20%ノ消去ヲ確認シマシタ。』


外したい、外れない。
もがきたい、もがきたいのに、自身の体は繋がれたいくつものコードと拘束具で指先を動かす事すら叶わない。


『27%……31%…』


やめろ。やめろ。
これ以上、勝手に自分の脳を掻き乱すな。




(安心しろ。この俺が必ずお前を…)




勝手に、大切な記憶を、時間を…




(その下らん世界とやらから…)



何よりも、大切な人を…



「忘れる…なんて…っ、絶対…っ、に…っ!」



思い出せ。
全部、全部全部思い出せ。
大切な人との、大切な思い出を。
大切な人との、出会いを、会話を。

忘れるな、一つだって忘れるな、消させるな。
消されてたまるものか。




そう。
大切で、大好きな、大好きな…





「アルベ…ル…っ、お願…い」




お願い、この記憶が消えてしまう前に。

私を…ここから、






(…連れ出してやる。)







【 TAKE ME AWAY 】





























前、左右、後ろ。
何処を見ても、景色が同じ。
つまらない、そう思った事はもうわざわざ口に出す事すらなくなってしまった。
それはこの空間が高く聳え立つビルの中だからかと言われれば、決してそんな事が原因ではない。

何故か。
それはここがFD空間だからだ。
そう、だから今、こうして何処を見ても何一つとして景色が変わらないのはとても簡単な話。
このビルから出た所で、外の世界も機械に溢れているのだ。



「おい聞いたか?この間の話。」


「ん?…あぁ、魚類が一つ残らず全て絶滅したって話か?確かに耳に残る話だが、別に対した事でもないだろう?」


「そうだけどさ…なんかそれを聞いた時にふと思ったことがあって…」


「何だよ?思ったことって?」



進みすぎた世界、それはつまりその世界にいる生命体が自然を必要としなくなった世界。
そしてそれは、自然が必要だった生命体が生きていけなくなった世界。

植物が、緑が、色が。
温度すらも無くなった、哀れな世界。



「やっぱさ?古い記述に書いてあったけど、結局生きている物に必要なものは進化なんだなって。」


「はぁ?そんな古臭い書物、逆にまだ残ってたのか?」


「もう廃棄になったよ。興味本意で軽く読んだんだけど、やれ自然を壊すのは人間だとか、やれ人間は世界に感謝をするべきだとか書いてあってさ、いやぁ笑っちまったよ!」



人はいつしか世界に感謝を忘れ、ただ己の欲に塗れて無駄に進んでいく技術と共に生きてきた。
食べるものは何も無い。あるとするなら、それは飲み込むことさえ億劫になった結果生まれた、1センチにも満たない小さなカプセル。

食の感謝も忘れ、自分と同じ種族にしか慈悲を与えない。
一体何年、何百…いや、何千年経てば人はこのように変わり果ててしまうのか。

…いや、それすらも愚問だ。
もうその記録が残っているかも怪しい遥か昔の人間達は自分達の為に家畜を育て、身勝手に殺し、その命を当然かのように食らっていたのだから。




「…あれ?ロアちゃん。お散歩ですか?」




一つの種族が消滅したというのに、何の感情も抱かないらしい1人の男性は、ふと前から近づいてくる人物に気づいて声を掛ける。

亜麻色の髪と、この世界では随分と変わった服に装飾しているリボンを揺らしながら歩くその姿はまるで作り話に出てくるキャラクターのようだ。
まぁしかしそんな彼女…ロアへのその感想はとうの昔に消え去ってしまったのだが。



「ううん。ルシファーさんに呼ばれてるの。「話があるから私の部屋に来なさい」って。」


「社長に?あはは。相変わらず社長はロアちゃんが可愛くて仕方ないんですねー?」


「ほら!人の邪魔をしてる暇があったら仕事に戻るぞ。…ではロアちゃん、俺達は失礼しますね。」



通り過ぎ際に声を掛けられ、返事をすれば相手はへらへらと軽い笑みを零しながら去っていく。
そんな平和な笑みを零しながらも、その手に持っている護身用の黒く光る銃は彼らが歩く度に無慈悲な音を立て続ける。



「…あれじゃ、まるでファッションか何かだよね。」



あぁ、なんて…つまらない世界なのか。
人の命を奪うもの、いや、生きている物の呼吸を簡単に止められるだろうそんなものを、当たり前かのように腰に着けて歩く連中の後ろ姿を眺め、溜め息をついたロアはそれを振り払うように前を向くと目的である人物の専用室へと足を向けて歩き出す。

顔馴染みのエレベーターを管理している従業員に会釈をして乗り込み、高く高く上がっていく自分を乗せた箱の窓に映る何も変わらない景色を退屈そうに眺めていれば、景色は打って変わって綺麗な星空へと変わっていく。



「…綺麗なのは、この空の上だけかぁ。」



好きではない、何の違いもない変わらぬ景色。
それに我慢が出来るのは、唯一昔から変わらないのだろうこの空の上だけなのではないだろうか。
空の上、と言っても、この高さはもう宇宙と言った方が正しいのかもしれないけれど。



「…遅かったじゃないか、ロア。」


「えー?特に寄り道とかしてないもん!」


「そうか?それなら私がお前に会いたくて素直に待てなかったのかもしれないな。」




いつの間にか着いた最上階。
エレベーターの扉が開き、そうして辿り着いたロアを迎え入れてくれたのはこの部屋の主でもあり、この会社を束ねる社長でもあるルシファーだ。
遅いと言われたことに少し拗ねてしまったロアに対し、ルシファーは優しく笑みを浮かべてその頭を撫でている。



「ふふ。ほら兄さん、久しぶりに会えたからって会って早々ロアをいじめないであげて?」


「あ!ブレア!やった!会いたかったーっ!」


「あら?貴女には今朝会ったばかりだと記憶していたけれど?」


「それでも会いたかったの!だって全然構ってくれないんだもん!ルシファーなんか構う所かまず会ってもくれないし!やる事ないから本当に毎日が退屈なんだよ私!」



ルシファーに頭を撫でられたままの状態でそんな彼の後ろから顔を出した大好きな女性の姿を発見したロアは嬉しそうにその表情に花を咲かせて見せる。
そのまま彼女の胸の中へとダイブをし、会いたいものは会いたいのだと子供のような事を言うロアをその視界に映したルシファーは申し訳なさそうに苦笑いをしてしまう。



「すまないなロア。中々お前の相手をしてやれなくて。」


「うーん…ごめんなさい。ちょっと我儘言った。仕事が忙しいのはちゃんと分かってるから大丈夫!それにこの間くれた本だってあるし!」


「あぁ、あの写真集の事か。気に入ってくれたなら何よりだが、今回はそれよりももっと良いものをお前に見せようと思ってな。」


「…え?!何?!何それ!凄い気になる!!」



ロアが言った本。それは少し前にルシファーが記念図書館から買い取ってくれた遥か昔の風景を集めた写真集の事だった。
この時代の風景に魅力を感じていないロアにとって、それはとても魅力的な物。

それを理解しているルシファーは聞いて驚け、見て驚けと言いたげな様子で部屋の奥にあるデスクの引き出しを開けると、そこから何かを取り出して自身の妹でもあるブレアに未だ抱き着いたままのロアにそれを手渡した。



「…?何?この小型モニターみたいな機械?」


「それは私が開発したエターナルスフィアというものを見るための物だ。」


「エターナル…スフィア?」



不意に手渡された物を受け取ったものの、まるで何が何だか分からないと言った様子でそれを持ち上げて見上げながら首を傾げて聞くロアに、ルシファーは一度目を伏せるとしっかりとした声でこう答える。




「私が創った「世界」だよ。」




次の瞬間。
ロアの青みを帯びた、鮮やかな紫色の瞳はゆっくりとその大きさを変え、発言源である人物をその視界に映した。


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