Promise




ルシファーからエクスキューショナーの話を聞いた後のロアは、兎に角今すぐにあの場を去らなければと何とか理由をつけて自室へと戻っていた。
きっと、あのままあの場にいたら完全に口を滑らせるか必死に抵抗しようとしてルシファーに怪しまれていただろう。

ブレアに相談しようと自室に戻る道の中彼女を探したが、どうやら生憎会議中とのことで会う事が出来ず、藁にもすがる思いでエターナルスフィアを覗けばアルベルがペター二の宿屋で目を閉じているところだった為、今はこうして彼の夢の中にいる。


いる、のだが…




「………フン。またお前か。」


「……っ…アルベル………あ、えっと、…良かったね、その……無事に解放されて……調子は、どう?」


「…別に問題ない。」


「…そっ、か。それなら、本当に良かった……」


「…………何かあったのか」


「…………。」




あの時、あの場であの話を聞かされたあの時。
一番に思い浮かべたのはアルベルのことだった。
エクスキューショナーというバグ消去システムを投入する。そしてその標的はフェイト達。
つまり、それは今フェイト達と行動を共にするようになったアルベルも巻き添えを食らってしまう可能性がかなり高いということ。

そして何よりきっと…今目の前にいるこの彼は、そんなシステムでさえも戦いの標的として認識して、挑むに決まっている。
そんなことを考えながらも何とか彼と会話をしたが、まともに顔を見ることも出来ずにアルベルに心配を掛けてしまったようだ。
…まぁまず、心配をしてくれるようになっただなんて今でも少し信じられないことだが。





「……っ…ううん。何でもない。」


「いいから話せ。」


「……ううん…」


「……。」





横にいるアルベルから理由を聞かれるが、ロアは答えない。
いや、正確には答えることが出来なかった。
それはそうだ、貴方の元にバグ消去システムというものが送られますだなんて誰が言えるのだろう。

もう、自分は何をやっているんだろう。
まともに顔も見れないのに、まともに話せないのに。
それでも会いたいという気持ちが溢れてこうしてまた今回も彼に会いに来てしまって、案の定今こんな状態で。
このままではアルベルに呆れられてしまう、イラつかせてしまう。
でも今きっと顔を見たら、感情が止まらなくなって訳の分からないことを言ってしまうかもしれない。




「…お前はいつもそうだな」


「…何が…?」


「何故かは知らねぇが、俺のことは殆ど知っている癖に、自分のことは話したがらねぇ。」


「…ごめん…」


「一々謝るな阿呆。別に怒ってやしねぇ。ただな…」


「…っ…?」


「俺は、お前にとって何なんだ」





お前にとって、自分は何なんだ。
未だにこちらと目を合わせてこないロアに、腕を組んでそう問うたアルベルは黙ってその答えを待つ。

ロアにとってのアルベル。
それは簡単に言えば「好きな人」だ。

そう、好きな「人」

データでも、キャラクターでもない。
完全に存在する「人」として心から好きな…好きになった「人」
だから自分が干渉出来なくても、現実で触れられなくても、このままずっと見守っていたいし、生きていて欲しい人。
叶わぬ恋だということも分かっているし、そんな彼とこうして夢の中で会話を出来ることは何よりも感謝すべきこと。




「…それ、は……」


「言え」


「っ………大好きな、人…だよ。…生きてて欲しい。笑ってて欲しい。幸せでいて欲しい。……だからアルベルは私の、私の…生きがい、かな。…えへへ、何度か口走っちゃってたけど…答えは聞きたくない、かな。」


「…フン。別にその感情のことに関しては答えるつもりはねぇ。…今はな。」


「…?…」



今まで何度か口走って、その度に誤魔化したり、アルベルからも特に何も返事を言われたりはしなかったが、今のアルベルからは逃れそうになかったこともあって素直に「好き」だと伝えたロアは彼の顔を見ないまま、俯いたままそう言った。

最後に答えは聞きたくないと言ったが、それはアルベルも今は言うつもりはないと言う。
「今は」ということに引っかかって思わず目を見開いたロアだが、それは段々と更にその大きさを増すことになった。




「俺はお前が分からねぇ。何がしたいのかも、どうして欲しいのかもな。」


「…特にないよ。ただ私は、アルベルが無事でいてくれれば…アルベルが生きたいように生きててくれれば、それで」


「そんなことはお前に言われなくたってそうするつもりだ。現に俺は今まで自分が望む通りに生きてきた。そしてそれはこれからもだ。」


「…うん…」


「今までは何かと戦ってりゃそれで満足だったがな、これからはそうはいかねぇようだ。どっかの阿呆のせいでな。」


「……。」


「お前が何処にいて、何処で俺を見てやがるのか。お前が何を抱えてんのか。……お前が……いや、もう俺はお前に直接会わねぇと気が済まねぇんだよ。」


「っ…それは…」


「お前が何を抱えてんのかなんて、そんなこと知ったこっちゃねぇんだよ。今も昔も俺は俺が望む通りに生きる。だから言え。お前は何処にいる?何を隠してる。お前が吐くまで俺は起きねぇし、帰らせねぇからな。」





段々と自分に近づいてくる度に、言葉を発する度に。
自分から距離も心も近くなっていくアルベルに。
正直ものすごく嬉しくて、いつもなら飛びついて喜んでいた筈なのに。
今は、今だけはそれを拒否してこの夢の中から出ていきたいとさえ思ってしまった。

好きで、好きで、大好きで。
この思いは自分にとって辛いだけだと思っていたのに、叶わないと最初から分かっていたのに。
ただ見守っていられればそれでいいと、そう自分に言い聞かせていたのに。

こんなことを言われるなんて、言われてしまうなんて。
もうどうしていいか分からない。
嬉しいのに、こんなの…余計に辛くなるだけだ。




「っ、ごめん…アルベル…私、も、う…帰る…っ!」


「吐くまで帰らせねぇと言ったろう。チッ…世話の掛かる。」


「っ…!?!」


「…やっとこの阿呆面が見れたな」





嬉しいと辛いという感情の板挟みにあって、一刻もこの場から、この感情から逃げ出したいと思っていたロアの思考を真っ白でクリアなものと変えてしまったアルベルがした行動。
それが自分を乱暴ではあるが抱き締めてくれているのだと気づいたロアは驚いて俯いていたその顔を上げてしまう。

顔を上げた目の前にあったアルベルの顔を見て、思わず顔を真っ赤に染めたロアに対して「阿呆面」と言い放ったアルベルは言葉を失っているロアに更に追い打ちをかけた。





「御託はいい、言え。今すぐお前のことを俺に話せ」


「…っ………言ったとしても…っ、アルベルにどうにか出来る問題じゃ…!」


「お前は俺を舐めてんのか」


「そういうわけじゃ…!た、ただ、言っても信じないと思っ」


「信じる信じないは俺が決めることだ。お前じゃねぇ」


「っ……………生き、てる…世界が…違う…。空間が、違うの……だか、ら…会えない…こっちからはそっちの世界が見えるけど、そっちからは…無理なの…」


「…それは何故だ」


「……………っ、」


「早く言え」


「…………アルベルの………世界を、創った、のが………こっちの世界の…………、っ…私の………お兄ちゃんみたいな、人………だから…」





あぁ、言ってしまった。
とうとう、言ってしまった。
きっとこれでもう、アルベルとこうして夢の中で干渉することも出来なくなるだろう。
それならもう開き直ってこの暖かい感覚を噛み締めてさよならをしよう。
そう思って、涙を堪えて抱き締めてくれているアルベルの腕に両手を添えたロアはぎゅっと目を閉じる。

当然の如く発生した沈黙が流れる中、もう少し、もう少しだけ待って、もう少し噛み締めさせて…と願っていたロアだったが、その沈黙はロアを抱き締めたままのアルベルから破られてしまった。






「分かった」






分かった。
分かったって……………それだけ?
あれだけの支離滅裂な、それこそこちら側がまるで創造神だとでも言っているようなことに対して、それだけなのか。
そう思ったロアが驚きでまた顔を上げてアルベルを見れば、なんと彼は笑っていたのだ。

そう、しかもそれも、面白そうに。




「分かっ…た、って…………!それだけ?……って、いうか…何でそんな顔…」


「正直話がぶっ飛んでるとは思ったがな。まずお前が俺の夢にこうして毎度現れてくる時点で今更驚きやしねぇ。やっとお前が俺に自分の話をしたがらない理由が分かった。それだけだ。」


「っ………なら…分かった、でしょ…会えることはないんだって…」


「誰がいつそんなことを決めた」


「…え…?」


「言っただろう。俺は俺が望む通りに生きる。それは昔も、今も…そしてこれからもだ。それをお前に決める権利はねぇ。」


「アルベル…?」


「俺はお前を攫いに行く。その下らなそうなつまんねぇ世界から連れ出してやる。…それまで、いつもみてぇな阿呆面で…」






大人しく待っていろ





「っ…………」





我慢していたのに。
覚悟していたのに。
初めからずっと、それを望んでいたのに。
それでも絶対に叶わないからとその願いをしまって、自分に言い聞かせて来たのに。

それをあろう事か、アルベルから言われてしまうなんて。
アルベルからそう言われてしまうなんて。
そんなこと…そんなこと言われたら、期待してしまうじゃないか。望んでしまうじゃないか。





「っ…アル…ベル………、」


「何だクソ虫」


「…………っ、わた、わた…し…っ!!」


「…」


「……アルベル………に、………会いたい…っ、本当は…、本当は会いたく、て…直接、会いたく、て……!でも、無理だと思って、た…から…我慢して、たの…!つまらな、くて…毎日同じ景色の、繰り返しで…生きてる感覚もない世界で………見つけたのが、アルベルだった、から…!だか、だから…っ、私…!!本当は…っ!!ずっと…!!」


「ずっと、何だ」





ずっと、ずっと。
ずっと、思っていた、こと。

ずっと、無理矢理蓋をして閉じ込めていた、その一言。





「アルベ…ル…っ、お願…い」




お願い、この記憶が、何かで消えてしまう前に。
何かに消されてしまう、その前に。

私を…ここから、






「…連れ出してやる。」


「っ……う、ん…うん…っ!!待って…る、から…!」


「…あぁ。だからそれまで、お前への答えはお預けだ。分かったらとっとと泣きやめ阿呆」


「そんな、の…いきなり言われても、無理に決まってんじゃん、馬鹿…!」




アルベルの話を聞きながら、どう考えても今は無理難題な「泣き止む」ということを一生懸命に実行しようと深呼吸を始めたロアの耳に届く、アルベルの言葉。

そこに出てきた「お預け」という言葉が、何だかまるで約束のように感じてしまったロアはゆっくりと体を反転させるとアルベルに向かい合ってその約束を確かめるかのように彼の首に腕を回す。





「…誰が馬鹿だ。ふざけんじゃねぇぞクソ虫が。……まぁ正直、宛はあるからな。何もマジで策がないわけじゃねぇ。」


「…へ…?」


「不本意だが、今行動を共にしている奴らが暇潰しにはもってこいの奴らでな。連中と居れば何かしら起きそうなのは確かだ。…お前も知っているだろうがな。」


「それ…って………フェイトくん達のこと…?」


「やはり知っていたか。」


「…う、うん………あ!そ、そうだ…それなら…!あ、あの、ね…アルベル!あの…!フェイトくん達が危ないの!その、さっき言った私のお兄ちゃんみたいな人……あの、アルベル達の世界を創った人が、フェイトくん達を消そうとしてて!もしかしたら、近いうちに何か…何か強い敵とかが狙ってくるかも、しれない!」


「…消す…?」


「ごめん…ごめんなさい、止められなくて…!でも、でもきっと、わざわざそこまでするってことは、確かにアルベルの言う通り、フェイトくん達には何かがあるのかもしれない!…消そうとまでする、何かが、きっと…!」


「…まぁ、頭には入れておく。正直良く分からねぇが…要は強い奴が来るってことだろ。なら、倒せばいいだけだ。…フン。面白くなってきやがったな」


「そんな楽観的な…!」


「うるせぇ阿呆。…そろそろ俺は起きるぞ。」


「え?まだそんなに時間経ってないけど…?」


「野暮用が出来た。…さっきも言ったが、お前はいつも通りその阿呆面で大人しくしていろ。…っ…じゃぁな。」


「え?!アルベル?!ちょ……何今、の………え…ええ…?」





ロアから色々なことを聞き出し、今後起きるであろうことを教えてもらったアルベルはそれだけ聞ければ充分過ぎるくらいだと抱き締めているロアを離し、野暮用が出来たとロアを置き去りにして勝手に夢から覚めてしまう。

咄嗟に感じた、頬への柔らかい感触に顔を真っ赤にして惚けてしまったロアを残して。













「うわぁあ?!!………って、アルベル?!お前一体何やってるんだよ?!危ないじゃないか!」


「…フン、端っから当てるつもりなんてねぇ。ただ試しただけだ」


「当てる気はないって…お前なぁ!」


「いいから黙ってついてこい、阿呆」


「…何だよ…一体…?」




一方、ロアを置き去りにしたアルベルは目が覚めて一番に隣の部屋で寝ているフェイトの元へと来ていた。
まだ夜中なこともあってぐっすりと寝息を立てているフェイトに対し、その起こし方は体を揺するなどではなく、なんと刀を彼の真横ギリギリに突き刺すというなんとも物騒極まりないものだった。
まぁ彼らしいと言えばそうかもしれないが。

そんなアルベルにいきなりなんだ!!!と飛び起きて文句を言うフェイトだったが、ついこの前まで敵だったアルベルがわざわざ自分に用があるということが気になったらしく、素直に宿屋の外まで着いてきてくれたようだ。





「……おい、何なんだよ?こんな夜中に呼び出してさ…」


「お前、俺が憎いか」


「何だよ突然…」


「いいから答えろ、阿呆」





夜中にあんな物騒なやり方で起こされ、何を聞くかと思えばそれは彼からは想像が出来ないような内容だったフェイトは思わず目を見開いて言葉を失ってしまう。
しかし、アルベルは本気でそれを聞いているのだろう、背中を向けたままそれ以上何も言わない様子を見て、フェイトは顎に手を当てる素振りをすると、案外そのことに関しては元々考えがあるのか、特に考え込む様子もなく即答でこう答えた。




「そうだな……そうでもない。」


「何でだ?俺はお前の仲間を何人も傷つけてきた、憎むべき対象だろうが」


「でもそれはお前の意思じゃないだろ?戦争だったんだ」


「…」


「お前は確かに戦いに関して、恐ろしいまでに執着心を持っていると思う。戦うことを自らの存在証明にするような男だ。…ただ強さを求める。僕には出来ないし、共感も出来ないけど……だけど、そういう生き方があってもいいと思うんだ」


「…フン」




憎んでいない。
そうはっきりと答えたフェイトに対し、何故だとフェイトの方へ振り返って更に質問をしたアルベルに対し、フェイトは自分が彼に抱いている考えを述べる。

戦争だったから仕方ない。だから憎んではいない。
その生き方に共感は出来ないが、間違っているとも思わない。
そう言ったフェイトの言葉にアルベルも何か思うところがあったのだろう、それ以上は何も聞かずに先に部屋へと戻ろうと足を動かし始めるが、フェイトはそれをさり気なく止めると言葉を続けた。





「それにお前は、もう無意識に人を傷つけたりしないと思うしね。」


「今にもお前を襲うかもしれないぜ。さっきみたいにな」


「大丈夫、信じてる。…それにお前…何だか初めて会った時よりも雰囲気が変わったからさ。」


「…どういう意味だ」


「いや、何だろう…上手く言えないけど、纏っている空気が柔らかくなったっていうのかな…何かあったのか?」


「………。」




雰囲気が変わったとフェイトに言われ、足を止めて振り返ったアルベルに何かあったのか?と首を傾げて聞いてきたフェイトと目を合わせたアルベルは少し考えたような表情をすると、ゆっくりと目を閉じる。

その瞬間にさっきまで泣きじゃくっていた誰かの顔が浮かんで、思わず笑みを零してしまったアルベルを見て驚いたように目を丸くしてしまったフェイトは思わず「笑った…」と声を発してしまう。




「…笑った…」


「!……チッ。うるせぇ。…めでたい奴だ。勝手に夢見てろ、阿呆」


「え、あ!ちょ、アルベル?!……ったく、何なんだよ……まぁでも…」





悪いやつでは、ないんだよな。
乱暴に、照れ隠しかのようにカツカツと靴音を立てて宿屋へと戻ってしまったアルベルの後ろ姿を見て。

困ったように笑ってそう呟いたフェイトもまた、まだ日が昇らない街を抜けて宿屋へと戻るのだった。




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