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バンデーンからの攻撃があった後。
暫くして、アーリグリフとシーハーツの両国はことの事態を把握し、フェイト達を仲介にして話し合いの場を設けていたようだった。

そんなことは勿論、投獄されているアルベルとアルベルに付きっきりのロアは知りようがなかったのだが。
そんな事よりもアルベルは毎日のように自分に拷問をしに来ていたあの拷問官が数日前から来なくなっていた事を気にしているようだった。




「小僧、迎えじゃぞ」


「…何?」




拷問官が来ない事もあって、これと言って新しい傷は増えることもなく、寧ろロアの治癒術のお陰で傷の治りの方がそれを上回ったアルベルの体は、この頃には目立たない程に回復していた。

突然入ってきたウォルターはその事に「タフじゃな…」と不思議がるものの、フェイト達が後ろにいることもあって平常心を保ちながらアルベルの前に立つ。





「お主にはあやつらと共にウルザ溶岩洞へ行く任務が与えられたのじゃ。それさえ終われば無罪放免ということじゃな。」


「あやつら…だと!?…あいつらはシーハーツの…!何であんな奴らと!ボケたかジジイ!あいつらは敵だぞっ!」


「それがのう、お主が投獄されている間に少々事情が変わったんじゃ。我が国とシーハーツは現在、停戦中じゃ。」




停戦中。
そうウォルターにハッキリと言われたアルベルは一瞬目を見開く。
自分が投獄されている間にどうしてそんな事になったのか。
あれだけお互い奮起して戦っていたというのに、それを覆す何かがあったという事なのか、と。
そう考えてみるものの、全く持って停戦にまで発展するその出来事が想像すらつかなかったが、それよりももっと不可解だと思うことがふとアルベルの脳内に浮かぶ。




「…ハッ!あの戦好きが良く納得したものだな」


「…ヴォックスは死んだわい」




アルベルの脳内に浮かんだもの。それは自分をこの状況に陥れた張本人でもある、このアーリグリフ国の三軍一つ、「疾風」の団長であったヴォックスの事だった。
彼はかなり血の気が多く、戦を好む性分。
そんなヴォックスが停戦に納得するとは到底思えなかった。





「死んだ…!?…あいつらか」


「あやつらと戦っていたのは確かじゃがの。実際に手を下したのは別のモノじゃ。」


「誰だ?あいつらと俺以外にヴォックスを倒せる者が、この界隈にいるのか?」





ヴォックスが死んだことに、正直一ミリとも負の感情を持たなかったアルベルは、一体誰があの戦好きを倒したのかどうかの方が気になっていた。
自分とフェイト達意外に倒せるものがいるのか、と。
つまりそれは、アルベルがフェイト達を「認めている」という風に受け取ったウォルターは心の中で少し微笑むものの、それよりも今はずっと投獄されていて全く外の状況を把握出来ていないアルベルに説明する方が優先的だった。


まぁ、今から言うその言葉は、普通ならば到底信じない事実なのだが。






「異世界の人間じゃ」






……………続く沈黙。
当然だろう、誰だってこんな事を言われれば言葉を無くすのも何ら不思議ではない。
現に自分だって、未だにこの事は半信半疑なのだから。





「ハッ…本当にボケたようだなジジイ。言うに事欠いて異世界の人間だと?もう少しマシな嘘をつけ」


「…ま。それが真っ当な人間の反応じゃろうな。ワシも半信半疑なんじゃからな。……しかしな小僧、今ワシらの前に強大な力を持った新たな敵が現れたのは確かなんじゃ。その為にシーハーツとも手を組まねばならんのじゃよ。」


「…マジなのか?その…異世界の人間と言うのは」


「そんな嘘をついてどうする」





こんな状況でもボケたかといつも通りに減らず口を叩くのは相変わらずだが、それでもやはり動揺しているのが見て取れるアルベルに、ウォルターは淡々と「事実」を述べていく。

そんなウォルターの話に、アルベルもそれが真実なのだと実感し始めたのだろう。
皺が寄っていた眉間が今ではすっかりその皺が消え、代わりかのように長い前髪から覗く赤い瞳が大きく見開かれている。




「兎に角じゃ。その敵に対抗する為にはシーハーツの新兵器を使うしかないのじゃよ。その為にウルザ溶岩洞で侯爵級を従えなければならん」


「侯爵級だと?!冗談じゃねぇ!あんな化け物を相手にしろってのか!?」


「そうじゃ。…ま、いつも大口を叩いておるんじゃ。侯爵級ぐらいなんてことはないじゃろう?…のう?




歪みのアルベルよ。」






見開かれていた赤い瞳は、ウォルターが言い放った言葉で更にその大きさを増す。
強さに執着し、この世は弱肉強食だと自ら強い物に挑戦しようとし続けるアルベルでさえ「冗談じゃない」と言う程に、この侯爵級という言葉は恐ろしいものらしかった。

後ろでアルベルとウォルターのそんなやり取りを見ていたフェイトは、アルベルの反応を見て侯爵級というものがどれだけの力を持った存在なのか嫌でも分かったのだろう。
思わずごくり、と喉を鳴らし、無意識でぎゅっと拳を握りしめてしまっている。




「…クソジジイ…」


「それにお主の親父ならば喜び勇んでいったと思うがの」


「…黙れジジイ」




「歪みのアルベル」とわざとその通り名を言い放ち、後ろを向いたウォルターの行動が合図だったかのように彼の部下が数日間アルベルを拘束していた鎖を外した音がガシャン、と牢獄の中で響き渡る。

未だに行く気がしないのだろうアルベルの表情を確認して、ウォルターが彼に父の話題を口にすれば、その瞬間、少しだるそうに両腕を回して首を鳴らしたアルベルがイラついた様子をウォルターへと向けた。
余程父親の事を口に出されたくないのだろう。しかし、そのお陰か、アルベルは意を決したようだ。




「あのシーハーツの連中も只者ではないんじゃ。それはお主も知っておろう?連中と協力すれば何とかなるじゃろ。」


「簡単に言ってくれるな、ジジイ。」


「何ともならなければ、ワシら全てが滅ぶのみじゃ。シーハーツもアーリグリフも何もないわい。綺麗さっぱり全滅じゃよ。誰一人、例外なしじゃ。」


「…行きゃあいいんだろうが」


「その通りじゃ。…………ま、そういうことじゃ。仲良くやってくれ。」





ウォルターの説得もあって、無事にアルベルをフェイト達について行かせることに成功したウォルターは後ろで黙って見ていたフェイト達に笑顔を向ける。

アルベルに対して嫌味のような言い方をした彼だったが、彼からすればこうでもしないとアルベルをこの牢獄から出す事が出来なかったのだ。
反逆罪として捕らえた張本人が死んだとしても、一度下してしまったことは部下達の手前早々辞められない。
これで自分も、アルベルを気に入っているアーリグリフ王もやっと肩の荷が降りたというものだった。




「ま。しゃーねぇな。」


「よく事情は分からないんだけど、よろしく頼むわね。」


「よろしく…」


「本当ならあんたとなんか一緒にいたくはないんだけどさ。陛下の命令だからね…我慢するよ。精々足を引っ張らないようにするんだね。」


「…フン。」




新しく仲間に加わったマリアを混じえ、フェイト達が各々アルベルに挨拶を交わす中。
元々長年戦争中だったこともあったネルだけは彼にどうしても嫌味を言いたくて堪らなかったのだろう。
彼女からすれば、いくら今現在停戦中だと言っても、彼から受けた沢山の傷が消えた訳ではないのだから。

そして、それを理解しているのだろうアルベルは言い返す事もせずに先に牢獄の外へと出て行く。
慌てて追おうとするフェイトだったが、身支度を整えて来るのだろうとウォルターに説明され、大人しく彼と共に城の外でアルベルを待つ事になった。












「あぁ。悪いなロア、急に呼び出して。」


「ううん!大丈夫。どうしたのルシファー。」


「お前がすっかり気に入っているエターナルスフィアの話なんだがな…」





一方、アルベルが解放された所をしっかりと見届けていたロアが安心していたのも束の間。まるでタイミングを見計らっていたかのように社内放送でルシファーに呼ばれていたロアは内心かなり緊張しながらも何とか平常心を保ってルシファーの前に立っていた。

アルベルのことは決してバレてはいけない、ルシファーにだけは。

ブレアに何度も忠告されているその事を胸に秘め、ボロを出さないようにとロアは必死にいつも通りの自分を貫き通す。
例え目の前のルシファーにエターナルスフィアの話をされようが、それを聞いて口から心臓が飛び出そうになろうが。





「エターナルスフィアがどうかしたの?」


「うーん…どうも調子が可笑しいのだ。」


「え?調子が?何かあったの?不具合?」


「不具合か…まぁ、あながち間違ってはいないか…不具合というよりかは…そうだな…特定のデータにだけバグが生じているんだ。…この数個のキャラクターデータなんだが…ロア、お前…このキャラクターを鑑賞してはいないな?」





最初は調子が可笑しいのだと小首を傾げていたルシファーに、素直に何処が可笑しいのだろうかときょとんとしていたロアは、それを簡単に考えてしまっていた。

てっきりモニターの表示が可笑しいとか、そんな程度の物だと思っていたから。

だからまさか、その次に彼から放たれた言葉が「バグ」だとは想像もしなかった。
そして、そして何よりその「バグ」が生じているキャラクターというのが…




「フェイト・ラインゴッド、マリア・トレイター…まぁ他にも数人…このキャラクターの親である設定のキャラクターデータなんかも調子が可笑しくてな…自我を持ち過ぎている。」


「………そう、なんだ…?そのキャラクターは知らないな…初めて見た。」


「そうか。なら良い。…近々このキャラクター達付近にエクスキューショナーを投入しようと思っているんだ。だからお前も、その時になったら少しエターナルスフィアを見るのは我慢しなさい。」


「…エクスキューショナー…?って、何、それ?」


「あぁ、すまん。分かりづらかったな。エクスキューショナーというのは…そうだな…分かりやすく言えば…」





自分の目の前にある大きな巨大スクリーンに表示されたフェイト達を見せられたものの。
ロアは何とかバレないように初めて見たと嘘を通し、それはルシファーにバレることなくやり過ごすことに成功する。

その事に内心かなりホッとしたが、それよりも気になったのはエクスキューショナーという良く分からない単語だった。
フェイト達付近に「向ける」と言ったが、それを聞いてもデータやエターナルスフィアの根本的な構造を理解していないロアには全く分からなかった。

だから、まさかルシファーの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。






「バグ消去システム、と言ったところだよ。」






この界隈に無知なお前は可愛いな、とでも言うように…微笑みながら、言われた、その言葉が。
ロアにとってどれだけ残酷で残虐な言葉だったかなんて。
妹に対して優しく笑ってみせているルシファーには分からないのだろう。




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