Drop down
アーリグリフ領内にあるカルサアという街。
そこは現在、戦争中であるシーハーツとの決戦真っ最中である戦場のすぐ近くである為、兵士達や火薬班、医療班といった人達でごった返していた。
そんな中で、首都であるアーリグリフから持って来た荷台から大量の火薬を担当の場所まで運んでいたとあるアーリグリフ兵は隣で同じくため息を着きながら同じ仕事をしている同僚に声を掛けた。
「なぁ…あの話…お前聞いたか?」
「はぁ?何だこの忙しい時に…」
「忙しい時だからこそ誰かと話して気力を回復したいんだろうが。…いくら敵とはいえ、こんな人を殺す為のもんを一心不乱に運んでるなんてよ…」
「……まぁ、気持ちは分かるが…手は動かせよ。」
「…おう。……アルベル様の話だよ…」
「…アルベル様の?…アルベル様は今地下牢にいる筈だろう…?もうあれから数日は経つが…」
同僚に言われた通りに手を動かしながら。
木箱に大量の火薬を詰めていく兵士は今現在アーリグリフ城の地下牢で拷問を受けているだろう、自分達の遥か上の上司でもあるアルベルの名前を口にした。
その名前にピクリと反応をして、一瞬手を止めてしまったもう1人の兵士はいけないいけないと自分に言い聞かせるように小さく首を横に振ると、アルベルの今の状況を想像して眉間に皺を寄せながら話の続きを求めた。
「それなんだよそれ!…実はな…さっき医者から聞いた話なんだが…」
「っ…なんだよ、勿体ぶってないで早く話せよ…」
「いや、それがさ…アルベル様、異常じゃないくらいに回復が早いらしい。」
「…異常じゃない……って?」
「うーん。なんでも、いくら拷問官の奴が殺さない程度にやっているにしても、その傷の治りが早すぎるらしいんだ。まるで治癒術を定期的に受けてるかのようだって言っててさ…」
「…それ、誰かが監視に隠れて治しに来てるとかじゃないのか?」
「俺もそう言ったんだけど…なんか、「それだと今度は逆に治らなすぎてる」みたいなこと言ってたんだよ。中途半端に治癒術を掛けられてるみたいだって。」
「中途半端……ねぇ………」
どうやら話を聞く限り、地下牢にて今現在もあの趣味の悪い拷問官から鞭で叩かれたり蹴られたりされているだろうアルベルの傷が、普通では考えられないレベルの回復速度で、しかも中途半端に治っているのだという。
誰かが治しているだなんて話も聞いていないし、やはりそんなことは有り得ない。
それならば、一体何故なのだろう?
話を聞いていた方の兵士はそう考えるが、どう考えてみても全く検討もつかない。
第一自分はこうしてまだ下っ端と言えども入隊したのは随分昔の話で、それまで一度だって「アルベル様は傷の治りが早い」だなんて話を聞いた事がないのだから。
「皆の者!聞けっ!!今入った情報だが、どうやらもうシーハーツの奴らはこのカルサア近くまで迫って来ているようだ!!十分に警戒しろっ!ここの待機組も今すぐ武器を持てっ!!」
「っ………マジかよ……」
「……戦争なんて………早く終わりゃいいのにな…」
「………っ…そうだな………もう、沢山だ…」
待機組であった自分達も武器を持つという事は、こちら側の形勢が不利というのは悔しくなる程に明らかだった。
火薬班の班長に情報を届けに来た疾風の兵士も、忙しなくすぐにまた飛龍に乗って戦場へと戻って行くのをその目に映して、悲しそうに目を細めた2人は思っても仕方の無いことを頭にチラつかせながら震える手で武器を持つのだった。
せめて、アルベル様が前線に居てくれれば良かったのに、と。
一部のアーリグリフ兵がそんな葛藤をしていた中。
今まさにその国へと先陣を切って進軍していたシーハーツ側であるフェイト、クリフ、ネルの3人は抜群の連携で要領良く戦場の中心部分である場所へと辿り着いていた。
ここを抜ければ後は一直線、一気に敵の本拠地に殴り込める。
そうすれば長く続いたこの争いも終わり、尚且つこちらの勝利というずっと願っていた事が叶うのだ。
剣を持ち、戦場を一気に駆けながらフェイトはこのエリクールに来る前のこと、そして来てからの事を思い出していた。
フェイトはこの惑星、エリクールに来る前…いや、正確には来ると言うよりも墜落した、と言った方が正しい。
事の始まりは…両親と、そして幼馴染であるソフィアと共にハイダというリゾート惑星に旅行へ来ていただけだったのだ。
それがまさかこんな事になるなんて、きっとあの時の自分は想像さえもしないだろう。
いきなりハイダがバンデーンという組織に襲われて避難を余儀なくされ、家族とも、ソフィアともバラバラに避難する事になったフェイトはとある惑星に着陸し、そこで今こうして自分の隣を走っているクリフと出会ったのだ。
フェイトを「探していた」というクリフは、どうやら彼を自分が在籍している組織のリーダーに会わせたかったらしい。しかしその理由も何故か勿体ぶって何度もはぐらかされて来た。
「まぁ会えば分かる!」
と、ただそれだけを笑いながら言って。
まぁ…そのリーダーとやらに会う前に再度広い宇宙の中でバンデーンに襲われて自分が乗っていた艇は大部分が破損。そして逃げるように「偶然」その時近くにあったこの惑星に墜落して、地下牢に捕えられていた所をネルに助けられ、最初は半場脅しのような条件で「このまま死にたくなければシーハーツ側につけ」と助けてくれ、今に至り、敵国の兵士達と戦ったり、人質を助けに行ったり、かなり強敵な団長と死闘を繰り広げたりととてつもなく、それこそ死んでも可笑しくない苦労を何度もしたが……………
…まぁ今はこうして良い関係なのだから良しとしよう。
「………っ?!2人共!止まりな!」
「「ん?」」
そんな出来事も、この戦争が終わればきっと一区切りつく。
そうしたら自分はクリフ達と共にこの惑星から出て行って、はぐれてしまったソフィア達を探せるのだとフェイトが決意を固めたその時だった。
先頭を走っていたネルが立ち止まり、瞬時に戦闘態勢に入って上を見上げているのを確認したフェイト達は、自分達も構えながら同じく上を見上げる。
そこには今まで見たどの疾風の兵士達よりも一回りは大きいだろう飛龍に乗って降下してくる初老の男性の姿があった。
その初老の男性の名は「ヴォックス」フェイト達は知らないが、今この瞬間もアルベルを地下牢に閉じ込め、直属の部下である拷問官を使って痛ぶらせている張本人だ。
「貴様達は………そうか、貴様達が例の奴らだな。アルベルのヤツをやったという…」
「だったらどうだってんだ?!」
「っ……ヴォックス!ここがお前の死に場所だよ!覚悟しなっ!!」
「威勢の良いことだ。その度胸に免じて、貴様等はこの私自ら葬ってやろう…お前等、邪魔するなよ!」
ヴォックスはアーリグリフ三軍の一つである疾風の団長。
つまりその実力は今はまでの疾風兵とは格が違うことなど明らかだ。
しかしそれでも、シーハーツを勝利に導くと約束したフェイト達は考える間もなくすぐ様ヴォックスとの戦闘に入る。
ヴォックスと共にやってきた彼の部下達にも注意を払うが、どうやら彼らは上司の言う通りにこちらに手出しをするつもりはないようだ。
「丁度良い。アルベルを負かせたその実力、試させてもらおう!元々ヤツの事は気に食わなかったのでな。お前達には感謝してやっているのだ!有難く私の手によって死ぬが良い!!」
「…はっ!調子乗ってんのも今の内だぜ!テメェなんかよりまだアイツの方が飛龍なんて小細工使わずに自分の「実力」だけでぶつかって来ただけマシだわな!!……それにな、大事な部下を邪魔扱いするような上司程…クソなもんはねぇんだよっ!」
「ふふ。クリフにしては随分まともな事を言うじゃないか。」
「何か降って来るんじゃないか?」
「お前らな!!馬鹿なこと言ってねぇでそのままあのデケェ飛龍を攻撃し続けろよ!!まずはあのふんぞり返ってる奴を降ろすっ!」
「「やってる!!」」
「っ…この私を挑発するか…っ!本当に良い度胸をしているようだな!敵ながら恐れ入るっ!」
飛龍に乗ったまま、上から攻撃をし続けているヴォックスは自分が圧倒的に有利なこともあり、完全にフェイト達を見下していた。
しかし、自分が昔からずっと気に入らなかったアルベルの方が「マシ」だと言われた事を切っ掛けに、余裕を見せていたその態度はみるみるうちにイラつきを見せる。
ヴォックスからしてみれば、ずっと気に入らなかったアルベルを地下牢に閉じ込められ、痛ぶれていることが快感で気分が良かったのだろう、しかしそれが結果として仇となったのだ。
「っ…意外とやりおるわ!しかしこうでなくては面白くない!!」
イラつきを見せたその一瞬を逃さなかったネルは、その素早さを活かして一気に間合いを詰めた。
それに怯んだ飛龍が体勢を崩した所をすかさずフェイトが切り込めば、飛龍は大きく羽ばたいていた翼から血を流して今にもフェイト達がいる地上へと堕ちてしまいそうだ。
やっと、これで後は落ちて来たヴォックスと正面から戦える。
そう思って新たに勝利への決意を固めて各々武器を構え直したフェイト達だったが、その研ぎ澄まされた耳に、今までずっと置いてけぼりだったヴォックスの部下達の声が届いた。
「…ん?何だ?」
たった、たったその一言。
ふらふらと何とか空中に居ることを保っていたヴォックスとそのパートナーである飛龍よりも、もっと上。
その場にいた全員が雲の上を見上げ、瞬間に雲を突き抜けて何かの光がこちらへ向かって刺したと思ったその時。
「な………っ、なんだ……と……?」
その光は真っ直ぐに伸び、まるで一本の極大な光の槍が降ってきたと思えば、それは一瞬にしてこの場で唯一空中に居たヴォックスと飛龍を目も開けない程眩しい光と威力で貫いたのだ。
あまりにも大きすぎるその威力に、真下にいたフェイト達は風圧で飛ばされ、先程までいた場所寄りも少し離れた地に背をぶつけて目を覚ます。
未だに目に焼き付いたその光がチカチカと邪魔をしてくるが、それよりも襲ってくる危機感によって無理矢理目を凝らして上を見上げた3人は、その時既にもう空の上にあったある物をくっきりと視界に入れ、目を見開いて各々口を開く。
「疾風?…いや、あれは!?」
「こいつは…っ!」
「何だっていうんだい!もしや…グリーテンの?」
「いや……違う…っ!あれは…バンデーンだ。」
「バンデーン?……何だい、それは?」
フェイト達が遥か空の上で見たもの。
それはあと欠片も残っていないだろう、完全に塵とかしたヴォックスと戦う前にフェイトが思い出していた、あの時、あの場所にあったもの。
同じ惑星で旅行を楽しんでいた人達を、職員の人達を、自分の家族を、幼馴染を。
傷つけた根本的原因である、巨大なバンデーンの艇だった。
そう、見間違える筈がない。だってあの時、自分は避難用の艇の中にあるモニターで全く同じの艇が惑星を攻撃している光景を見ていたのだから。
「どうしてこんな辺境惑星に?!世界征服でも始めようってのか?!」
「っおい!ここから逃げるぞ!ヤツらの狙いは………っ!」
「…狙い?」
「実はな…っ!」
「2人共!話は後だ!一旦本部に戻るよ!…ここに残るのは…っ…得策じゃなさそうだ。」
「…っ、あ、あぁ!」
何故、何故こんな場所にまでバンデーンが現れる?
何が目的だ?世界征服でもしようというのか?
元々訳が分からないが、バンデーンが何故今度はこの星を攻撃して来たのか全く検討もつかずに取り乱しそうになるフェイトに、クリフは慌てて声を掛けて落ち着かせようと口を開く。
しかしそれを遮ったのは2人とは違って状況を把握出来ていないネルだった。
上の状況が分からないなら、下の状況。
フェイト達が周りを見れていないのを察して、ネルはすぐ様自分達の状況を確認させる。
決して何がとは言わないが、その悔しそうに曇った表情を見てフェイト達は何とか我に返ったのだろう、足元に転がっている、知らない誰かがピクリとも動かないのを見て、急いで自分達の本部へと駆け出す。
「っ…にしたって無差別過ぎだろこんなのっ!!」
「下らない愚痴は後だよ!今は急いで本部に戻るんだっ!クレア達が心配だからねっ!」
「っ分かってる!」
空に浮かぶ禍々しい色をしたバンデーン艦は、フェイト達が戦場だった場所を駆け抜ける間にも無差別に攻撃を繰り返す。
的なんて一切ない、容赦のない無差別な光の弾が至る所に着弾すれば、それは訳が分からず、ただ逃げることで精一杯の人間達に被弾していく。
そこにはシーハーツも、アーリグリフも、一切関係ない。
戦争を理由に争っていただけの、戦争を理由に味方だった人も敵だった人も、無差別に倒れては息を引き取っていくだけの光景が広がっていた。
吹き飛ぶ地面の破片、舞う砂埃。
飛び散る…何かの肉のような物、血の、臭い。
それを目の前で目撃してしまったフェイトはすっかり足を止めてしまい、まるでその代わりかのように両手を動かしてもう見たくないと頭を抱える。
「っやめろ…もう、やめてくれ…っ!」
「?!馬鹿野郎!何してやがる!捕まりてぇのか!!」
「!……捕まる…?それ、どういうことだよ…っ?!さっきも、そんなこと…」
「……っ、」
「お前…まさかあいつらの……バンデーンの…!奴等の狙いは…この僕だって言うのか…?もしかして、ハイダが襲われたのも、僕のせいなのか?」
「っ、落ち着けフェイト!それには事情が…っ!」
「そうなんだな?!やっぱりそうか!!全部僕が原因なんだなっ?!ハイダが襲われたのも!ヘルアが襲われたのも!ここエリクールが襲われたのも!!全部…全部僕のせいっ!!」
「だから落ち着けって言ってんだろうが!!いいから話を聞…」
「僕に何の価値があるって言うんだ!?これだけの……っ!沢山の人を犠牲にしてまで欲しがる何が!!?」
バンデーンの攻撃が無差別に降り掛かる中で立ち止まり、完全に我を失ってパニックに陥ってしまったフェイトの肩を掴んで声を掛けたクリフは、彼を落ち着かせる為に、何より助ける為に後で説明すればいいのだと今まではぐらかしていた事を言いかける。
言いかけた瞬間、頭の回転が早いフェイトは今までの矛盾点や疑問点、全てが物凄い速さで繋がってしまったのだろう。
今まで自分が居た場所にバンデーンが現れた理由が、原因が、
全てが自分のせいだと気づいてしまったのだ。
「僕は一体………っ!何だって言うんだよっ!!?!」
誰に聞くでもなく、誰が答えるでもなく。
ただ、ただただ、自分が「何」なのかフェイトが叫んだ瞬間。
彼の心臓は大きく音を鳴らして脈打ち、その瞳は大きく見開かれた。
苦しそうに、もがくように叫び声を上げたその声は辺りに響き渡り、何事だと遠くの方で振り向いたネルが見たものは、今までずっと降り注いでいた赤い色の光とは違う、何処か彼を思い出させる青白い光がバンデーン艦に真っ直ぐに飛んでいく。
そして、その中心で叫んでいた彼の背中から、まるで天使のような眩い羽のような物が舞い散る光景だった。
「…………?」
「……どうした。」
「……え、あ…いや…ごめん!何でもない!…アルベル、傷はどう?まだ痛む場所ある?」
「別にない。」
「本当?!なら良かった…!」
アルベルとの夢の中で。
何だか嫌な予感がしたロアが夢から起きてブレアにとある話を聞かされるのは、もう少しだけ後の話。
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