Clumsy magic




「ひひひひぃ…っ!たぁのしいですねぇアルベル様ぁ!ほらほら見えます?!俺が鞭で叩く度に貴方の体から血が吹き出るんですよぉ!」


「っ、てめぇ…」


「あっ、綺麗な顔ですもんねぇ?その顔は流石にまずいですかねぇ?でも他なら問題ないですよね?ほぉらっ!!」


「っ…?!ゴッホゴホッ、!ぐっ…ゴホッ!」


「ひひひひひひ…っ!!」





痛みを感じない。
いや、感じないというよりも感じられなくなっているのだろう。
流石に腹に蹴りを入れられればこうして噎せはするが。

もういつからそうだったのかも覚えていない。
あれからどれだけの時間が経ったのかさえも覚えていないが、目の前の拷問官の態度が一変したくらいには時間が経ったのだろう、お陰で体中の痛覚が全て麻痺している。

あんなに楽しそうに舌舐めずりをしながら鞭を振るっていたこの男は疲れてしまったのか時たまゼェゼェと息を切らして不服そうな表情をしているのだから。





「っ、アルベル様ぁ、反応も出来ないくらい弱っちまいましたか?困りますよ、呻き声の一つでもあげてくださいよ!」


「……」


「……っ、ひ…!!」





折角拷問出来ているのに何故反応しないのだとつまらなさそうに言う拷問官を睨みつけたつもりなのか、それともただ単に視界に入れただけなのか。

真相は分からないが、そのだらりと垂れ下がった長い前髪から覗く赤い光と目が合った瞬間、自分の方が遥かに優位な筈なのに、その光のあまりの恐ろしさに小さく悲鳴をあげた拷問官は振っていた鞭を手から落としてしまう。





「おい、今日はそろそろ止めろとの指示だ。」


「……」


「っ、ならまた明日可愛がってあげますか。…いい子で待っていてくださいね。ね?アルベル様ぁ…!」





ギィ…と錆び付いた重苦しい檻の音が煩い程耳に響き、拷問官の足音が遠く離れて行ったことを確認したアルベルはボタボタと自分の足元に落ちる赤い雫を暫く眺めると、怠そうに顔を上げ、自らの手足の状態を確認する。





「っ……」





醜い。一言で表せばそれだった。
赤黒く変色し、いくつかの場所の皮膚はべろりと剥がれて血が滲んでいる。

自分のことなのに、こうも他人事のように見ていられるのは何故だろうと考えたが、それよりも先に、ある昔の記憶が鮮明に蘇ったアルベルはまるで自分を嘲笑うかのように軽く笑う。





「……あいつ……何も言わなかった、…な…」





夢の中に現れるロアを思い出し、そういえばあの光景を見ても何も言わなかったな、とアルベルはふと口に出す。
あの光景というのは、以前夢の中で具現化してしまった父、グラオが死ぬ時の出来事。

それを思い出した原因は、今自分の状況があの時のドラゴンゾンビと似た状況だからだ。

再度自分の手足を見つめ、あの時の自分にも今の自分にも可笑しく感じてしまったアルベルはゆっくりと目を閉じた。






何故あいつは何も言わなかったのだろうか。

同情したのか、それともかける言葉が見つからなかったのか。

それともあの時の自分の愚かさに呆れたのだろうか。


別にその真相などどうでもいいと思ってしまうのは、見られてたことに対して怒りが沸かなかったのは、何故だろう。






「っ、アルベル!!傷見せて!早くっ!!!」






まぁ、やはりどうでもいいことかもしれない。
今こうして、いつの間にか夢の中に出てくることが当たり前になったこいつが泣きながら駆け寄って来ることに対して煩わしいと思わなくなっているのだから。















「ねぇアルベル、」


「…なんだ」


「………ごめんね、その…この間…。」


「主語を言え阿呆」





もう何度目か分からないフェアリーライトを唱えながら、その光から溢れる蝶達が自分の傷を癒しているのを黙って見つめていたアルベルの耳に届いたロアの声はか細く震えていた。

傷を見せてと泣きながら言ってきたかと思えば、その後はずっと黙りこくっていた中でやっと話したと思えばそんなことか、とため息をついたアルベルは主語を求める。

まぁ求めたのは正直言って少しの意地悪だ。なんの事なのかは察しているのだから。





「…アルベルの過去、勝手に見ちゃった癖に何も言わなかったから…」


「…お前も見たくて見たわけじゃないだろう。」


「でも、アルベルだって見せたくて見せたわけじゃないでしょ?」


「…はぁ、もういい埒が明かん。…大体、あれは俺の失態であってお前には何の関係もない事だ。それを知ったお前が気を落とす必要なんぞないだろうが。」





夢の中だからこそであるが、全ての傷を治し終えた蝶が天高く飛んでいったのを見上げたアルベルは自身の腕をぐるりと回して動きを確認すると、心配そうに見つめているロアへと言葉を返す。

しかしロアからすれば、いくら本人が気にしていないと言っても自分自身に納得がいかなかったらしい。
埒が明かないと言われてもあの日あの時に何も言えなかった自分が嫌で仕方がないのだ。





「……でもやっぱり…あの時何も言えなかった私が嫌だ。」


「…っ…………はぁ、」






しゅん、と肩を落として明らかに落ち込んでいるそんなロアを見て、一瞬たじろいでしまったアルベルは間を置いて大きめなため息をつくと、すっかり元通りになった右手をロアへと振りかざした。






ぽん。






「気にするなと言っている。」


「………………へ?」


「…っだから気にするなと言っているだろうが。逆にあの場で取り繕った言葉を掛けられる方が腹が立つ。……っこの俺にこんな面倒なことを何度も言わせるな阿呆っ!」


「……っ…………。」


「…こっちが調子が狂うんだよ。大体、お前に過去を見られようが俺はどうも思っちゃいねぇ。分かったら精々いつものような阿呆面でもしていろ。」






わしゃわしゃ。





言葉は悪いけれど、言っていることはそんなに優しくはないけれど。
それでもアルベルからの不器用な優しさを感じられたロアはくしゃくしゃになってしまった自分の頭に手をやってそれを噛み締める。

わしゃわしゃとされた、あのアルベルに。
頭に手を置いてくれたことでさえ驚きなのに、それ以上だなんてこんなに幸せなことがあるのだろうか。

最初は「近づくなクソ虫」というような態度をされていたと記憶していたけれど、それがまさかこんなことをしてくれるようになるだなんて。

あの太った拷問官に鞭で打たれ続け、蹴りも殴りも食らっているアルベルの姿をずっと見て、正直気が狂いそうだった。
いつでも夢に入れるように装置を繋げた状況で、一秒でも早く駆け付けたくて、頭の中がぐちゃぐちゃだった筈なのに。





「……えへへ。…好きだなぁ…」


「……なっ、………」


「…………あれ?」





そんな気持ちを「気にするな」と言うように簡単に、アルベルは自分に魔法をかけてくれた。

彼にしか出来ない、優しくて不器用な魔法。

でもその魔法はいつも思っている事がぽろりと口から出てしまうくらいに自分には効きすぎてしまったらしい。


その気持ちが増えて、溢れて、漏れてしまった。


今自分は何を言ったんだろうか?何故アルベルは後退りをしたのか。良く見ると少し顔が赤く見えるのはどうしてか。
この感覚が初めてではない気がするのは何故だろうか。

そんな疑問が沢山浮かぶ中で、答えよりも先に体全体が熱を帯びて火照ってきたのが何よりの証拠だった。





「…………わ、わた、私…まっまた言っちゃった…?」


「…………っ、……どれだけ阿呆なんだお前は…」


「あぁあぁあうわぁあぁあぁあぁあうわぁわぁっ!!!」





この間言ってしまった時はそのままなぁなぁにしようと思ってたのに。
無かったことにしてしまおうと思ってたのに。

どうやらもう一度言ってしまったらしいその溢れてしまった大きな気持ちを隠すように、ロアは目の前で眉間に皺を寄せながらも顔が赤いアルベルをこれ以上見ていられずに断末魔を上げながら両手で顔を覆うのだった。



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