Beyond the screen
なんだ、今のは。
なんだ、あの光景は。
ずっと気にはなっていた、あのガントレットは何の意味があるんだろうって。
画面越しからでも、今こうして夢の中で会っている時も、アルベルの左腕は自然に動いていたことから義手というわけでもなさそうだったから。
しかしまさかそれがあんな理由だったなんて、誰が想像つく?いや、つくわけが無い。絶対にそんなこと有り得ない。
「…っ、」
何て声を掛ければいいだろう、何て言ってあげれば正解なんだろう。
考えても考えても、出てくる言葉はそんなことなど絶対に有り得ない「大丈夫?」という今この時に一番下らない言葉だけだった。
こんなことならもっとしっかり勉強しておけば良かった。
そうしたらこんな時にきっと、自分は大好きなアルベルに元気を与えられる言葉をプレゼントする事が出来たんだろう。
目の前の景色が暗い洞窟から元の白しかない空間に戻ってからもその思考はそのままで、ただ一つ変わったとすれば、それはロアの瞳から止めどなく涙が溢れたことのみだった。
「…これで理解しただろう、もう俺に構うんじゃねぇ。…お前は目障りだ。」
「…っ」
どちらからともなく振り返り、お互い目が合った途端にアルベルは静かに泣いているロアに突き放すような言葉を吐く。
目障り、と言われた。
最初は画面越しでしか見られなくて、全てが圧倒的にこちらからの一方通行。
存在を認識してもらえることもなく、ただ見ていることしか出来なかったはずの自分がアルベルからそんなことを言われるだなんて、…なんて、皮肉なんだろう。
本当にこれでは今までと同じで、見ていることしか自分はしていないじゃないか。
でも、かと言ってここで何を言えばいいのか、どうすればいいのか。どうしてもその答えが出てこない。
考えても考えても、出てくるのは涙だけ。
「俺が無意識でお前に助けを求めたとでも言うのか…っ、」
「……へ?」
「っ、お前は何なんだ。俺は別にお前なんか望んでねぇ…っ!」
「…アル、ベル?」
「自分で作りあげた存在なんぞに助けを求めるほど俺は弱くねぇぞ!…っなぁ、お前は何なんだよ…っ?!」
「………アルベル、もしかし、て…あの、」
「っ何だ?!」
「…私が、アルベルが作った存在…だと思ってる…?その、夢の中で…」
もしかして、もしかしなくても。
聞いているうちにアルベルの言っていることが可笑しいことに気づいたロアはきょとん、とした様子でアルベルへと確認も兼ねて質問を投げつける。
そして、やはりそれはロアの思い描いた通りの結果だった。
「自分でも分かってんなら、とっとと俺の中から消えろ!」
お陰でぽろぽろと零れていた涙はぴたりと止まってしまった。
つまりあれだ、アルベルはロアのことを「自分が夢の中で作りあげた架空の人物」だと思っているのだ。
そんなことをいつから思っていたのかは定かではないが、確実なのは現に今そう思っているということ。
何を、と言ってしまいそうになったロアだが、確かに普通に考えて自分の夢の中に他の誰がが入り込むだなんて誰も思わないだろうと考え直し、落ち着く為に一度息を大きく吸い込んだ。
「私はっ!アルベルが作ったわけでも、アルベルの夢でもないよ!」
「……どういうことだ」
「…私は、アルベルの夢の中に入ってるだけ。ずっと、アルベルに会いたかったから…っ私がアルベルの傷を治したかったのは、アルベルを助けたかったから!」
「……」
「ずっと、初めて見た時からっ!私は…っ!アルベルに惹かれてた!だから会いたかったの!話してみたかったし、触れてみたかった!」
「…お前は…」
「頑張ってるアルベルを見るのが好きだった!努力してるアルベルを見るのが好きだった!歪みのアルベルなんて呼ばれてるけど、本当は優しいってことも、見ているうちに全部、全部好きになって!私、そんなアルベルの力になりたかった!私の存在を、手が届かないアルベルに認識して欲しかったっ!」
分かってる、今このタイミングでそんなことを言うだなんて馬鹿げていると。
過去の映像を見て、アルベルがどうして強さにこだわるのか分かって、今は少しでもアルベルの心を癒すことを言わなければならないのに。
分かってるのに、自分の言葉が止まらない。
ごめんねアルベル、ごめん、ごめんなさい。
「画面から見てるだけじゃ足りなくて、もっとアルベルに近づきたくて…ごめ、ごめんなさい!本当はこんな事じゃなくて、アルベルを元気づけてあげたいんだけど、私馬鹿だからなんて言ったらいいか考えても考えても上手い言葉が出てこなくて…!アルベルがどうして強さにこだわるのか、自分に厳しいのか、分かったのに…っ」
「………」
「でも私、アルベルが好きだよ!全部、全部引っ括めて大好きだよやっぱり!私は、1人の人間としてアルベルが好きだよ!だから傍にいさせてください…っ!叶わなくてもいいから、夢の中で充分だから…っ、アルベルの力にならせてください…っ!」
自分に向かって訳の分からないことを言ってのけたロアはその後勢いよく頭を下げて、お願いアルベル…と先程とは打って変わって絞り出すような声を出した。
好きだ好きだ毎度のように言われていた気がするが、正直夢の中の女に何を言われようが知ったことじゃない。
それが夢の中の女ならばだ。
ずっと思っていた、この女は何なんだと。
毎度のように夢の中に現れては高いテンションで話し掛けてくるし、人の話は聞かないし、まるで自分がこういう話し相手が欲しかったんだとばかりに無邪気に近寄ってきて。
自分が作り出した都合の良い奴なんだと思っていた。
傷の治りが早くなったのもきっとただの気の持ちようなんだと思っていた。そう信じていた。
「…お前、実在すんのか、」
今回の件で親父のことを思い出して、弱い自分に価値なんかないのだということを否定して欲しかったのかもしれないと自分自身に苛立って、つい消えろと口に出してしまった。
別にこいつは何も悪くない、全ては自分が弱かっただけのこと。
苛立っていたが、めちゃくちゃなことを言われてそんな気持ちなどすっ飛んでいってしまい、変わりかのように疑問に思ったことを目の前で未だに頭を下げたままのロアに聞く。
「…す、する…実際に生きてる…」
「どうやって俺を知った。画面とは何だ。」
「…え、と…」
「まずお前は何処にいる。」
「…それ…は…」
ごにょごにょ…と最初の質問以外全て口篭るロアに痺れを切らしたのか、アルベルはズカズカと大きな歩幅で近づくとロアの両頬を無理矢理掴んで上を向かせる。
そんなアルベルの突然の行動にひえ、と裏返った声を出してしまったロアは物凄く近くにあるアルベルの整い過ぎた顔に驚き、今度はぎゃぁ、と変な奇声を上げる。
その様子に、こいつは本当に俺が好きなんだなと呆れながらもその好意を認識してしまったアルベルはため息をつきながらその両頬から手を離し、口をきゅ、と結んでしまっているロアへと口を開いた。
「お前、俺が好きだと言ったな」
「……言いました…」
「なら何故居場所を言わん。幽閉でもされてんのか。」
「幽閉…とは、また違くて…えっと…なんて言ったらいいのか…」
「夢の中でしか会えない理由があるのか」
「…それは…うん、ある。というか、夢の中でもなきゃこうして会えなくて…」
「………。」
アルベルから言われたことで、自分が目の前の彼に何を言ったのかやっと理解したロアは顔を真っ赤に染めて視線を逸らす。
無我夢中だったとはいえ、あんな勢いよく告白をするだなんて自分はどれだけ馬鹿なんだろう、アルベルからしたら阿呆なのかもしれない。
今更自分の言ったことに気づいて、穴があったら入りたいくらいに恥ずかしいのに、アルベルからの鋭い視線は一向にこちらを逸らす様子がない。
彼の綺麗な赤い瞳は大好きだけれど、見つめてくれるのも物凄く嬉しいけれど、今だけは止めてくれはしないだろうか。とんでもなくワガママかもしれないけど。
「俺からの質問に素直に答えられねぇのか」
「……それは、あの、私がそれを上手に説明する言葉を持ち合わせてないんだよ…」
「……はぁ、」
その後聞かれる質問も的確にこちらの素性を突いてくるもので上手く答えられず、まるでぬるま湯のような返答しか出来ないロアにとうとうアルベルは呆れたようなため息をこれでもかと勢いよく吐く。
どうしよう、今回ばかりは流石に嫌われてしまったのだろうか、それはそうだ、あのアルベルが自分にこうして興味を示して質問をしてくれているのに、下手にはぐらかすことしかしないのだから。
「…取り敢えず俺は起きる。」
「っ、ごめ…」
「怒って起きるわけじゃねぇ、一々勘違いするな阿呆。体の痛みが増してるから起きるだけだ。」
「?!え、回復足りなかった?!なら今からでもまた…!」
「そうじゃねぇ、感覚的に…俺の現実で傷が増えているらしい。現在進行形でな。」
「ど、どういうこと…!?ま、待ってアルベル!ねぇ!待ってってば!!」
「その画面とやらから俺を見ていろ。嫌でも状況が分かるだろう。」
アルベルが現実に戻ることで、ロア自身もロアの現実へと戻される感覚に包まれてしまったロアは必死にアルベルへと手を伸ばす。
その手は彼に触れることなく空を切り、その代わりかのように聞こえてきた声は、ロアに対して発するには珍しく優しい声だった。
「俺が意識を失ったら直ぐに来い。」
意識を失う、それがどういう意味か、どんな状況なのか。
アルベルが今どうなっているのか心配でたまらなくなったロアはベッドに仰向けになっていた体を無理矢理起こし、急いでエターナルスフィアが映し出されるモニターを起動する。
すぐさま「アルベル」と検索を掛けて、出てきたその映像を見たロアは絶望という感情をその瞳に映して両手で口を塞ぐ。
「アルベル様〜やっと起きてくれましたねぇ?気絶されてるから反応がなくてつまらなかったんですよぉ、」
「…ヴォックスんとこの拷問官、か」
「ええそうですよぉ!大切な人質を逃がした罪と、銅をみすみす奪われた罪で…アルベル様は投獄され、こうして拷問の刑になったんですよ、いやぁ…まさか漆黒騎士団の団長殿を痛ぶれるなんて、生きてて良かったなぁ!」
「っ…んの、クソ虫風情が…」
アルベルのだらりと垂れ下がる前髪の隙間から覗く赤い光は、目の前でゲラゲラと気持ち悪く笑う拷問官を睨みつける。
普段なら恐ろしくてヘコヘコと頭を下げていたこの男も、こうして両手両足を拘束され、身動きが一切取れないアルベルになら調子に乗っていられるのだろう。
手に持っている鞭を何度も振り上げ、その度にアルベルの口から発せられる小さな呻き声が死ぬ程気持ちがいいのだと言い放った拷問官は舌舐めずりをして幸せそうに頬を染めて目を細める。
「これから、たぁくさん可愛がってあげますねぇ。アルベル様ぁ…!」
「っ…上等だ…」
素直に心から気持ち悪いと、ここまで誰かを軽蔑したのは生まれて初めてだったかもしれない。
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