Have a bad feeling about




「………という報告が先日届いてな。…どう思う?」


「ほう、ベクレル鉱山とな。それはまた随分分かりやすい場所を…あの鉱山は我がアーリグリフ所有の地。その報告が事実ならば容赦なく迎え撃ってやれば良いのです。」


「あの場所にシーハーツの者が本当に現れるとすれば、やはり銅が目当てなのでしょうな。しかし何の為に…」


「…フン。理由なんざどうでもいいだろうが。何かしてくれば殺す。して来なくても出くわしたら殺す。やる事は変わらん。」




しんしんと舞い落ちる雪。
その白い世界の中で一番の存在感を放っているアーリグリフ城ではまたしても緊急の会議が開かれていた。

議題はシーハーツの動きに変化があったことついてのよう。
この国の王であるアルゼイは昨晩、敵国であるシーハーツに送っていた密告者から「シーハーツの連中がベクレル鉱山へと向かった」との情報を得たらしい。

ベクレル鉱山。
それはアーリグリフが所有している鉱山で上質な銅が採れることで有名な場所。
それを聞いた団長達は各々の意見を口にし、それを聞いたアルゼイは顎に手を添えてどうするべきか考え始めた。





「何を迷う必要があるのです!どちらにせよ、あの場所の銅は上質で、我が国にとっても重宝するもの。憎きシーハーツなんぞにくれてやる銅は欠片とてありはしませんぞ!」


「それはそうじゃが…罠ということも有り得る。もう少し様子を見てみるのも…」


「毎度ながら老は甘いのだ!もしや怖気付いておる訳ではありますまい?奴らなど、我が疾風の騎士にかかれば造作もないこと!」


「…やれやれ。相も変わらずお主は主戦派じゃのう。…アルベル、お主も何か言わんか。」


「実にくだらん。殺すも放置するも俺は構わんぞ。目の前に現れたら殺す。それだけだ。」


「……お主も相変わらずじゃな…」





自分率いる疾風に絶対の自信があるのだろうヴォックスの言葉にウォルターはやれやれと少し項垂れながらアルベルに意見を求めるが、そのアルベルもいつもの彼と何ら変わらない意見を出したのでとうとうウォルターは溜息をついて黙ってしまった。

別に怖気付いているわけでも甘くしているわけでも何でもないのだが、もしその情報が確かなもので無かった場合、そしてシーハーツからの罠だとした場合の事を考えると迂闊に大事な兵を送るわけにもいかないとウォルターは考えていたのだ。

そしてどうやらそれはアルゼイも同じだったのだろう、煮え切らない表情をしながら顔を上げるとヴォックスに向かって口を開いた。





「好戦的な意見が多いようだが、私もウォルターの意見に傾いている。」


「!何故なのです?!」


「待て。…情報によると、どうやらベクレル鉱山に向かったのはあの時の連中らしくてな…」


「…あの時…?…もしやそれは、あの妙な鉄の塊から出てきた技術者達のことですかな?」


「…!…」


「情報によると、そうらしい。」





アルゼイからの情報を聞いたヴォックスは前に自分が拷問官を使って情報を聞き出そうとしたフェイト達のことかと直ぐに分かったようだった。
そしてあの時逃げられてしまったことを思い出したのだろう、眉間に皺を寄せて明らかにイラつきを見せている。

あの様な未知の物から出てきた彼らのことだ、それが動き出したということは何か特別なことがあるのかもしれない。





「あの乗り物だが、我が国をもってしても未だに解明が出来ていない代物だ。それを作った彼らが何を考えているのか…検討もつかん。」


「成程…相手の策が見えませんな…しかし恐らく銅を使って何かをしようとしているのは確実。」


「……」


「……どうした、アルベル?」





一体どう対応するべきか。
アルゼイ、ヴォックス、ウォルター達が策を練る為に静かになった室内の中。
チラリとアルベルを見たウォルターはその様子を疑問に持ち、声をかける。

声をかけた理由。
それは珍しくアルベルの機嫌が良かったからだ。
何故この状況で楽しそうに口元に弧を描いているのだろうか?





「その任、俺が受けてやる。」


「アルベル?…いや、しかしだな…!」


「何を考えいるかなどどうでもいい。要は叩き潰せばいいだけの話だろう。俺がやる。」


「アルベル、罠という線もあるのだぞ?お主に何かあればこちらの戦力は大幅に、」


「ははは!良いではないか。一度逃した責任を負うということだろう、好きにやらせれば良い。」


「…フン。俺の機嫌が良くて助かったな。」





アルベルを良く思っていないヴォックスがふんだんに嫌味を含めて突っかかるも、今のアルベルには効果は無かったのだろう。
まぁ元々あれはアルベルが逃がしたというよりもヴォックスに誑かされたシェルビーが勝手にやって失敗したのだが。

アルベルはアルゼイやウォルターの静止も聞かず、話は終わりだと機嫌良さげに出ていってしまった。






「…何も無ければいいのじゃが…」















「それでね、ブレアったら夢の中でちゃんと使えたって言ったら人が変わったみたいに凄い勢いでじゃんじゃんスキルブック持ってきてさ、もう頭の中文字でいっぱいで溢れそうだよ〜…あ、ブレアっていうのは私に色々良くしてくれる人でね、お姉ちゃんみたいな人なんだ!」


「……………そうか。」


「でもお陰で知識はバッチリです!これでアルベルが怪我しても治せるよ!夢の中だから気休めにしかなんないけど!それでもアルベルの力になれるなら、私これからも頑張るから!」


「……………そうか。」


「でも出来れば怪我して欲しくないから気をつけてね!無茶だけはしないでよ?」


「……………そうか。」





………………………………。





「………ねぇアルベル聞いてる?」


「……………そうか。」


「ねぇ聞いてないよね?!」






あれから。
ベクレル鉱山へと向かう馬車の中で休憩をとっていたアルベルはいつの間にか自分の隣でマシンガントークをしているロアの話を聞………いているのかは分からないが、取り敢えずロアがいるということはここは彼の夢の中ということになる。

もうお馴染みになってきたのだろう、ロアが居ても全く動じる様子を見せないアルベルは腕組みをしながら考え事をしている。
完全に上の空というやつだった。





「…何だ騒がしい、」


「あ!やっとこっち見てくれた!…考え事?」


「お前には関係ないだろう」


「そりゃそうかもだけど…何か良いことでもあったの?」


「………は?」


「だってアルベル、何か嬉しそうに見えるから…何か良いことでもあったのかなって。」


「…そう見えるか」


「え?うん、見える。なんか楽しそう。」


「……フ、そうか。」





ずっと上の空だったアルベルだが、ロアが出した大きな声でやっとそちらを向いたアルベルの少し柔らかな表情を見たロアは突然きょとん…と数秒その顔を見つめると、首を傾げながら質問を投げる。

すると何故かアルベルは質問を質問で返してきた。
それに再度今度はロアが答えると、なんとアルベルは笑ったのだ。微かにだが、確実に。





「……っ、」


「?何だ。」


「……どうしよう、今凄く心臓が痛くなった。きゅんってなった。アルベルのせいだ…ねぇなんでそんなにカッコイイの…」


「頭の病気でも患ってるのか。」


「頭っていうか…恋の病かな。」


「………はぁ、」




瞳を閉じて、少しだけ柔らかく口角を上げて見せたアルベルの笑顔……という程でもないが、その機嫌良さげな表情を見たロアは心臓を弓矢で射抜かれたような痛みを感じ、身悶えるように体を縮こませると、馬鹿にしてきたのだろうアルベルに対して素で良く分からない返事をする。

その呆れた返事に溜め息をついたアルベルだったが、そんなアルベルを見たロアはとても嬉しそうだ。






「…えへへ、ふふ。」


「…何笑ってやがる。」


「ふふ。だってアルベルがちゃんと相手してくれるからさ。初めて会った時は全然そんなことなかったのに。」


「起きるぞ。」


「わー!待って待って!もうちょっといて!もっと話したいっ!!…あ。というかそうだよ!何で今日は機嫌が良いの?」


「……退屈しのぎになりそうな事があった。それだけだ。」


「退屈しのぎ?」





自分が回復魔法の訓練をしている間、一体何があったのだろうか。
退屈しのぎとはどういうことなのだとロアが興味津々に聞けば、アルベルは少し間を置いてまた弧を描いていた口を開く。

やはり今日はそうとう機嫌が良いらしい。





「少し前に見逃してやった奴らが性懲りも無く何かを仕掛けてくるらしくてな。その相手をすることになった。」


「見逃してやった奴ら?………あ。」





見逃してやった、と言ったアルベルの言葉に対し、初めは何のことだろうかと思ったロアだったが、直ぐにそれが誰の事か分かってその時の光景を思い出す。







(勘違いするな。お前達程度、相手にするのも面倒なだけだ。元々人質等というセコい真似は性に合わん。)


(現にやってるじゃないか!)


(それはそこのクソ虫共が勝手にやったことだ。俺は知らん。大体お前らに逃げられたのはそいつのヘマだ。俺が尻拭いをしてやる義理もない。)


(お前の部下だろ?部下の尻拭いは上司の務めじゃないのか?)


(阿呆。そんなの俺の知ったことか。…さっさと行け。でないとマジで殺すぞ。)






そうだ、きっとアルベルが言っているのはあの時の連中のことだろう。
名を何といったか…確かフェイトという少年だった気がする。
あの時のアルベルはフェイト達に潜在能力は高そうだがまだまだ甘いと言っていた。

そのフェイト達がアルベルと勝負をするということなのだろうか。
確かにあの時はアルベルの方が格段に強かっただろうが、あれからかなり時間も経っているし、力もついている筈。





「っ…ねぇアルベル…!」


「…お前、まさか俺が負けると思ってるんじゃないだろうな?」


「…負ける、っていうか…!でも、もし何かあってアルベルが大怪我なんてしたら私嫌だよ…」


「俺が負けるわけねぇだろう、阿呆。……それに…」


「?それに?」





国の三大騎士団の団長を任されているアルベルが買う程の実力者であるフェイト達だ。
アルベル本人は楽しみだとでも言いたそうな様子だが、見ていることしか出来ないロアからすればかなり心配なことだった。

アルベルの強さは良く分かっているし、どれだけ毎日努力しているかも知っている。
でも、それでも。
もし何かあったら自分は駆け付けることも、その場で傷を治すことも出来ないのだ。

そんな事を考え、少し泣きそうになってしまったロアだったが、その後ぽつりと呟くように言ったアルベルの言葉でロアは目を丸くすることになる。







「俺の怪我はお前が治すんだろう。」







きちんと耳を傾けていなければ、聞こえなかったかもしれないくらい、小さな声。
でもその声は、言葉は、確かにロアの耳に届いた。

え、と思わず声を出して勢いよく顔を上げれば、そこには罰の悪そうな顔をしながらも少し頬を染めているアルベルと視線がぶつかる。





「だからそんな顔すんじゃねぇ。クソ虫が。」


「…っ……うんっ!」






自分と目が合った途端、ふいっと顔を逸らされてしまったが、それでもそれは、まるでアルベルの中に自分が存在しているようで、存在を認めてくれたようで嬉しくなったロアは零れそうだった涙を弾いてしまう程の勢いで嬉しそうに笑うと顔を逸らし続けているアルベルへと思い切り抱き着いた。





「離れろこの阿呆」


「えへへ。やだ!」


「………はぁ、」





嬉しくて、嬉しくて。
モノクロの世界が一気に色を帯びていくようなこの感覚を、アルベルは何度自分に感じさせてくれるのだろう。


でも、それでも。
これだけ嬉しくて幸せな気分なのに、







嫌な予感が消えてくれないのは、どうしてだ。



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