Make me feel better
アルベルと夢の中で対話することに成功し、お互いに記憶が残っていたという事実を知ったブレアはあの日以来、暇を見つけてはロアに稽古をつけていた。
そしてそれは今もブレアが作り出したこの異空間にて進行形である。
わざわざ異空間を作り出した理由は勿論、兄のルシファーに悟られないようにする為だと言う。
「違うわよロア!ほら、きちんとスキルブックは読んだのだから出来る筈よ!もう一度意識を集中してみて。」
「だってあの本難しいこと書いてあるから…っ!」
「無駄口を叩く暇があるなら何度でもやりなさい!」
「は、はいぃぃっ!えっと、意識を集中して…!」
「そう!その調子よロア!そのま、」
ズガァァアンッ!!!!
「「………。」」
「……どうしたら初級術のヒーリングが上級術のレイになるのかしら…」
「ごめんなさい…」
しかしどうしたことか。
今あったようにロアは基本中の基本であるヒーリングを唱えると何故かこうして大技を炸裂させてしまうのだ。
目の前でガラガラと崩れた壁が機械音を放ちながら再び再生されていく様を見ながら、額に手を添えて参ったと言わんばかりに首を横に振ったブレアは先程の術を放った張本人へと後ろを振り返った。
「ロア、少し…いえ、ごめんなさい。えっと、かなり力み過ぎなんじゃないかしら?」
「うーん…何か、こう…変なんだよね…」
「?変って、どう変なの?」
「うん?何かね、こう…術を唱えると頭の中がもやもやするっていうか…自分が自分じゃないみたいな感覚になるっていうか…?」
「…自分が自分じゃない?」
「…え、あ!ごめん変なこと言って!さっきのは気にしないで!」
どうしてそんなに力んでしまうのかと問うたブレアに対し、自分の両手を見つめながらふとそんな事を言ったロアはどういうことだと聞き返してきたブレアの言葉で我に返ると見つめていた両手をブンブンと前に振りながら気にしないで欲しいと笑って誤魔化す。
そのまま「よし、もう一度!」と自ら切り替えて再度意識を集中させるロアだったが、その術はやはりレイとなって遠くの壁を粉々に砕くのだった。
「…え?」
「あちゃー…やっぱりまた失敗しちゃ…ん?ブレア?」
「あ、ごめんなさい。何でもないわ。…ねぇロア、今日はこの辺にしておきましょう。貴女も早く休んでアルベルくんに会いに行きたいでしょう?シャワーを浴びて、もう寝てしまいなさい。」
「!うん!会いにいくっ!!ありがとうブレアっ!」
「ちゃんとシャワー浴びるのよー!」
「分かってるーっ!!」
ブレアが一瞬疑問を抱くような表情をしたことに引っかかったロアだったが、今日はもうアルベルに会いにいくといいと提案された途端に目をキラキラと輝かせて走って異空間の出口へと向かって行く。
それ程アルベルが大好きなのだろう、ロアの無邪気な姿に微笑みながらきちんとシャワーは浴びるようにと声をかけたブレアにロアは返事をしながら物凄い速さで元の空間へと消えていく。
「………それにしてもさっきの現象…あれは一体…?」
ロアがヒーリングを唱えた時に、一瞬。本当に一瞬だけロアの身体に映った光景を思い出したブレアの、
「まるで…ノイズのような…」
この一言を聞くこともないまま。
「…………またお前か。」
「急いで会いに来たよ!」
「頼んでねぇよ。」
「やっぱり覚えててくれたんだね私のことっ!!」
「話を聞け阿呆。」
あれから数時間後。
ブレアとの特訓の後に急いでシャワーを浴びて夜用の栄養カプセルを水で流し飲んだロアはアルベルが眠るタイミングを見計らって夢干渉装置を起動し、アルベルの夢の中でその本人の隣に座っていた。
夢干渉装置とは前にブレアが作り出した、あのアルベルの夢に入れるプログラムをコンピューター操作が苦手なロアでも簡単に扱えるようにとブレアが作り直してくれたもの。
ロアの精神ともリンクしており、ONのスイッチを起動すればたちまちロアは眠くなってアルベルの夢の中に入れるし、アルベルが夢から覚めれば自動的にロアも夢から覚めるという優れものだ。
「えへへ。だって、アルベルが私を覚えててくれたのが嬉しかったんだよ!それに私もアルベルのこと覚えてたんだよ!」
「偶然だろう。」
「もし偶然でも嬉しいものは嬉しいの!だから言わせて!」
「……はぁ、何だ。」
「覚えててくれてありがとうっ!」
「!…変な女。」
「えへへ…」
「ところで…」
「ん?何?」
「………俺から離れろ。」
ありがとうと満面の笑みで言われ、相変わらず変な女だと口に出したアルベルだが、そんなことはロアにはどうでも良かったらしい。
当たり前だ。ロアからすれば夢の中でもアルベルとこうして接触出来ること自体が奇跡であると言うのに、尚且つ夢でのことを覚えてくれて、そんな彼とこうして再度夢でリンク出来ているのだから。
だからアルベルから何と言われても嬉しさの方が勝って気になどしていない。
そう、嬉しさのあまりアルベルの腕にしがみついていても。
そして本人から心底嫌そうな顔で離れろと言われても。
「やだ!」
「ガキか!いいから離せ!」
「だってまた会えたんだもん!やだ!」
「暑苦しいんだよっ!!」
「本当に嫌なら振り払ってるくせに〜アルベルは本当に優しいんだね!」
「……。」
「あ!!本当に振り払うことないじゃん!!酷い!」
「うるせぇ酷いのはどっちだ!いい加減にしねぇと切り裂くぞこのクソ虫がっ!!」
自分の腕に嬉しそうに擦り寄っているロアを見て、正直面倒だしこのテンションについていけないと思っていたアルベルだが、彼にとっては煽っていると感じてしまうだろう言葉を言われてどうでも良いと思っていたのを通り越してフン!とその華奢な腕を振りほどく。
その行動に酷いと言われたが、いや意味が分からない。
きっとこの女は馬鹿なのだろう。これではこちらの調子が狂って仕方がない。
そう考えたアルベルは左腕に装着しているガントレットを目の前のロアに突き出し、少しばかり脅してみた。
このまま懐かれても面倒なことになりかねないからだ。
「………。」
「…フン。怖気づいたならさっさと俺の夢から出て行くんだな。」
「………。」
「……おい、さっさと…」
「ねぇアルベル、この傷どうしたの?痛そう…」
「あ?」
ガントレットを突き出して脅すアルベルだったが、ロアはそんな事など気にもせずに、それよりもアルベルの右腕に切り傷が出来ていたことに気づく。
しかしアルベルからしたらこんな傷など日常茶飯事なのだろう。
その傷は特に薬を塗るでもなくそのまま放置されてしまっている。
「…フン。知らんな。こんな傷直ぐに消えるだろうが。」
「だからって放置はダメだよ!バイ菌入ったら大変だよ!アルベルのとこにお医者さんとかいないの?」
「こんな傷ごときで一々治療させるわけねぇだろうが阿呆。」
「!そっか……うん、分かった。や、やってみる!」
「何をだ。」
「やってみるけど気をつけてね!暴発したらごめん!受け身とってね!………。」
「聞け。…おい、何をするつもりだ。」
「………。」
何故傷を治療しないか問えば、アルベルは一々治療させるわけないと言った。
普通に聞けば医者に診せるのが面倒なのだろうと解釈してしまうだろうが、ロアの解釈は違った。
つまりきっと、戦争真っ只中で医者の数が足りていない、
もしくはもっと診てもらわなければいけない部下や、それこそ重症の部下が沢山いるということなのだろう。
それを察したロアは意を決して立ち上がるとアルベルへと向かって両手を前に出す。
目の前でアルベルが何か言っているが、その言葉は既に彼女の耳に届いていないのだろう、真剣な様子で両手に意識を集中させている。
「っ……お願い、上手くいって…!」
「……っ、」
「ヒーリング。」
「!……お前…治癒術が使えたのか。」
「……へ?…!え、出来た?!私出来た?!」
意識を集中させていたロアの両手からは淡く光が集まり、その光は瞬く間にアルベルの右腕にあった切り傷を綺麗に治ししてみせた。
そのことにこれでもかと驚いて喜んでいるロアを眺め、何故こいつは自分でやったことにこんなに驚いているのかと疑問に思うアルベルだったが、そんな事など明後日の方向に飛んでしまう様な予想外の事が起きた。
「やった!!私出来たよ!!ヒーリング使えたっ!!」
「っ、?!おい!」
「やったー!!やったやった!!良かった!アルベルの傷を治せたよっ!!」
「っ、わか、分かったからっ!っ、離れろこのクソ虫!!」
アルベルが予想外だったこと。
それは嬉しさのあまりその高いテンションで自分へとロアが飛びついて来たからだ。
あまりに突然なことで思わず受け止めてしまったが、直ぐに状況を把握したアルベルはロアを引っペがそうとその両肩に手を置いて少し力を込める。
しかしそれよりも先に目の前のロアがバッ!と顔を上げたことでその力は驚きでゆるゆると強さを無くしてしまった。
それはそうだろう、物凄く顔が近いのだから。
「私もっと練習するよ!そしたらアルベルが忙しいお医者さんに診せられなくても大丈夫でしょ?!」
「っ…夢で治したって意味ねぇだろうが。」
「……あ!!そっか…夢だったこれ…」
夢で治っても意味がないだろうと言われたロアは先程の笑みが嘘かのようにその表情を曇らせてしまった。
そんなロアの表情に、思わず「うっ」となってしまったアルベルは罰が悪そうに視線を逸らす。
そのまま少し経ってチラリと再度ロアを見てみれば、未だに彼女はしょんぼりとして落ち込んでしまっているようだった。
「っ……まぁ、気休めにはなるかもな。」
「…!え!?あ、う、うんっ!!それなら私、もっと頑張って治癒術の練習するから!」
「……好きにしろ。」
「うんっ!ありがとうアルベル!」
「…俺はもう起きるぞ」
「!あ、もうそんな時間?!早いなぁ…また会いに来るからねっ!」
「……。」
もう何も言わん。少し落ち込んだと思えばもうこれだ。
そんな風に、このまま本当にこちらの調子が狂うと静かにため息をついたアルベルはもう夢から覚めるように現実へと意識を集中させる。
意識が現実へと戻る途中。
ぼんやりと浮かんだのは鬱陶しいと思っている筈のロアの嬉しそうに笑う笑顔だったのは、何故だろうか。
「……アルベル様?その傷は…」
「…こんなもの、直ぐに治るだろう。」
「…あ、いえ。いつのものなのかと。」
「あ?昨日だが。」
「…え?そうなんですか?随分治りが早いんですね…?」
夢の後。
城の廊下ですれ違った医者に言われたその一言は、まだ目が覚めきっていないアルベルの目を覚ますのには十分過ぎる言葉だった。
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