知っているつもり




「ったく、それにしてもマジで何なんだあのクソジジイ…どんだけ孫馬鹿なんだよ」


「あ…あはは…ご、ごめんね?あれからずっとジンに突っかかってくるしね…」


「…はぁ。まぁ別にいいけどよ」




ジンとアスナの祖父、ムラが出会ってから数日が経った頃。
毎日アスナの特訓を続けていたジンは、「今日はじっちゃんが用事でいないから」と特訓終わりにアスナに誘われ、アスナの家にお邪魔しているところだった。

縁側で出されたお茶を飲みながら、アスナの隣に座っているジンがため息をついてしまったのは、何もお茶を飲んで一息ついたわけではなく、あれから妙に突っかかってくるムラ爺のことだった。

鉢合わせれば何かしら言われ、鉢合わせれば何かしら喧嘩を売られ、鉢合わせれば何かしら張り合ってくるので、ジンもその度に段々と容赦のない言葉を返すようになってしまったのだから今では普通に「クソジジイ」とまで呼ぶようになってしまっていたし、ムラ爺の方も「ジン」と呼び捨てで呼ぶようになっているのだから、それを傍から見ているアスナとしては心の隅でめっちゃ距離縮まってんじゃんと思っているものの、流石にそれを口に出せはしないので黙って見守っている、というのが現状。




「…つか…」


「……うん、それもごめん」




何だかなぁ…と、口にはしないものの、そんな事を思っていたジンとアスナだったが、それはその後少し間を置いてジンが感じた頭部への重みが原因で、今度は遠い目をして青い青い澄み渡った空を見る他なかった。

何故かと言えば、それはジンの頭の上に乗ってきた「何か」が原因。
まぁ乗るというよりもすりすりすりすりと言う方が正しいのかもしれないが、取り敢えずジンの頭にそんな感触を与えた人物を見たアスナはジンに咄嗟に謝ると盛大にため息をついてしまう。





「ねぇ〜お茶菓子持ってきたよ〜!それにしてもジンくんって本当に話に聞いていた通りの人よね!ちょっと口が悪いけどしっかりしてるし、それに趣味がバイクって聞いたんだけどあんなに拘ってるなんて!本当に好きなのね!趣味があるのはいい事だわ〜!うふふ。今度あたしも後ろに乗せてくれる?」


「どうも。…別にいいっすよ」


「えー?!本当?!やだー!ありがとう!!もう今からわくわくしちゃうわねー!将来はどっちがどっちの家に入るのかしら?あたしとしてはジンくんにはお婿に来て欲しいところなんだけどぉ」


「あー…俺家なしなんでどっちでもいいっすよ」


「えー?!?!本当ーーー?!やだ、やだぁ!完璧じゃないもう!!それならお母さん今からジンくんの好きな物とか練習しておこうかしら?!ちょっと気が早いかしらね?!うふふージンくんって朝はパン派?ご飯派?」


「食わない派っすね」


「あらそうなのー!ならコーヒーで目を覚ますタイプね?!やだ、やだもー!!そんな所もカッコイイのねー?!アスナ、ナイスよ!四天王補欠でほのおタイプ使いでこんなイケメンをゲットするなんて!!さっすがあたしの娘ね!!!!絶対離すんじゃないわよ!!?!」


「ねぇお母さん娘の前で男にデレデレすんのやめてくんない?!てか言われなくても分かってるわ!!」




そう。
アスナに謝らせて盛大なため息をつかせたのは、ジンの頭に自分の顔を乗せ、まるでメロメロにかかったようにすりすりすりすりと頬擦りをしながらあれやこれや気の早い事をマシンガンのように言ってきたアスナの母親だった。

アスナの母は相当ジンが気に入った様子で、会う度にこうして何かしらジンと会話しようと奮起し、最終的に毎度のように最後はアスナに「絶対に離すな」と言うのだからもうどうしようもない。
そしてその「離すな」はどちらかと言えば「逃がすな」に近いのだから、やはりどうしようもない。




「ジンくんジンくん、他にも沢山聞きたいことがあるのよ!ねぇねぇ、アスナのどんな所を好きになったの?」


「あー…それは…………ん?」


「?!ちょ、お母さん!!…ってかまずジンから離れてくれる?!」


「えー…」


「「えー…」じゃないしっ!!ほら離れてっ!!ったく!もう…大体お母さんは毎回そうやって…!」





家にお気に入りのジンがいる事が相当嬉しいのか、ずっとジンの頭の上に顎を乗せたまま話を続け、あろう事か「娘のどこが好きなんだ」と聞き始めた母親にとうとうアスナは顔を真っ赤にして半ば無理矢理ジンから引き離すと、その勢いで日頃の事をわーわーと言い出し、いつの間にかそれは軽い親子喧嘩のようになってしまった。

しかしそんな事などどうでもいいとばかりに話の途中でポケットに入れていたポケフォンが規則的なリズムで振動している事に気づいたジンはそんな2人を放って、少し離れたところで通話を始めている。




「だってー!あのアスナがこんなに可愛い乙女になっちゃうくらいの人よ?!そりゃお母さんだって気になるし!実際カッコイイし!お母さんだってもっとジンくんと話したい!」


「「あの」って何?!てか別にそれはいいけど!内容をもうちょっと考えてよ!恥ずかしいったらありゃしない!!」


「えー…!アスナったら本当に恥ずかしがり屋なんだから…しょうがない子だねぇ…誰に似たんだろうなぁ…」


「うるさいなぁ!!…って、あれ?ジン?」




いつの間にか親子で言い合いをしている中で、やっとその真ん中にいた筈のジンがいなくなっていた事に気づいたアスナがその場から少し離れた所で何やら通話をしているジンをその目に映した。

その様子を見て、誰と話しているんだろう?と初めはそこまで気にしていなかったアスナだったが、そのジンの顔が段々と真剣な物に変わっていくのに気づいて思わず身を強ばらせてしまう。

ジンが真剣な顔をしている時は、どうにも嫌な予感がする気がするからだ。
それは自分の事を考えてバトルの特訓をしてくれる時もそうだが、それ以外のことではどうにも…胸騒ぎがする。





「ジンくんどうしたんだろうね?」


「………っ……」


「?アスナ?どうかした?」





アスナは、ジンのことはそれなりに知っているつもりだ。
でも、知っている「つもり」と言ったのは、まだジンと知り合ってそんなに経っていないし、幼馴染のダイゴやミクリよりもその思い出の数はまだまだ遠く及ばない。
それはこれから埋めて増やしていけばいいと思っているはいるが、どうにもジンのああいった表情を見ればどうしても不安になってしまう。
そしてその不安は、隣で黙ってしまっている娘を気にかけている母親にも何も返せない程。

ジンの過去は、知っているつもり。「つもり」
つもりだと思ってしまうのは、ジンにはまだ教えてくれない秘密があるんじゃないかなとか、もしかしたら昔付き合いのあった女の人かな、とか。
それが恋愛に発展していないのは知っているし、発展してくれたのは自分にだけと分かっているとしても、アスナにとってはそれが怖くてたまらない。

そんな考えがぐるぐると頭の中で目まぐるしく回って、ぐちゃぐちゃになりそうになっていれば、いつの間にか通話が終わっていたらしいジンがポケフォンをポケットにしまっている光景が目に映り、アスナは声を掛けようか迷ってしまっていた。





「ジンくん、相手は誰だったの?」


「……あー…すいません、俺ちっと急用が出来たんで…」


「っ、」


「あらら…残念…でも急用なら仕方ないもんね!ほらアスナ、ジンくん帰るってよ?」





声を掛けるか?でも何を聞く?
そんな事をアスナが考えているより先に、アスナとアスナの母親の前に歩いて来たジンは、アスナの隣に畳んで置いてあった脱いでいたライダースを広げてバサッと羽織ると、「急用が出来た」と帰り支度を始めてしまった。

そんなジンに、急用とは何だ、相手は誰だ…と聞ければどんなに楽なんだろうと思いながらも、それが口からすんなり出せなかったアスナが黙ってしまえば、それに気づいた母親がそんなアスナに声をかける。
しかしそれでもアスナは何も言えず、ただ目の前にいるジンの顔を見つめるのが精一杯だった。




「…アスナ?どうした?」


「…なん、でもない。急用が出来たなら仕方ないし」


「………」


「………」


「……すいません、ちっと2人にしてもらえます?」


「あらら…お邪魔だった?あはは!ごめんね!まぁ帰るみたいだけど、ごゆっくり〜」





アスナのその様子を疑問に思ったジンが声をかけても、アスナは何でもないと答えながらもその不安そうな表情は晴れることはなく、寧ろ苦しそうに見えたジンは一つ息を吐くとアスナの母親にその場を離れてもらい、そっとアスナの目の前にしゃがんで同じ目線になると、もう一度「どうした」と聞いてみる。
すると…その声がジンにしては珍しく優しい音に感じたアスナは少し驚いて目を丸くしてしまった。




「何が不安か言ってみ?まさか俺が帰るのが嫌だって駄々こねてるわけじゃねぇだろ?」


「………」


「アスナ、」


「…………ちょっと、怖かった。それで不安になった」


「…理由は?」


「……ジンが真剣な顔をしてる時は…何か、嫌な予感がするっていうか…胸騒ぎがする、っていうか…誰と話してるんだろう…とか、女の人かな…とか」


「はははっ、酷ぇ言われようだな?」




いつもと少し違う、まるで彼女に対して接する彼氏のような………いや、実際そうなのだが、兎に角そんなジンの優しい雰囲気のお陰で、自分でも驚く程に先程は出て来なかった言葉がすらすらと口から出てきたアスナの言葉を聞いたジンはその言われように軽く笑いながらも、何となくアスナの言いたい事を察したのだろう。

理由は教えても未だに不安そうにしているアスナの頭をわしゃわしゃとその手で掻き回すと、すくっと立ち上がる。
そして掻き回されたことでぐちゃぐちゃになった髪を直すために頭に手をやったアスナの手を掴んでアスナの事も立ち上がらせると、立ち上がらせといてそのままアスナを置いて停めている愛車のバイクの方へと歩いていってしまう。

すると、そんなジンにいきなりなんだ?と首を傾げてしまったアスナの元に急にぽーんとヘルメットが投げられた為にアスナは思わずそれを受け止めてしまった。




「え?」


「そんなに不安なら、一緒に来いよ」


「え、え?…あ、あの…ど、どこに…?」


「クソジジイのとこ」




クソジジイ。
ジンが名前ではなく、わざわざそんな言い方をするのは、2人いる。
そしてそれは、自分の祖父のことではないと直ぐに気づいたアスナは安堵でため息をつきながらも素直にキャッチしたヘルメットを被ったのだった。



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