多分初対面




「やばいやばいやばい…!!」




空の中心に太陽が登りきった昼下がり。
ドタドタと我が家の廊下を走っていたアスナは何が何でもこの場所から早く去らなければならなかった。

何故かと言えば、それは今も尚「やばいやばいやばい」と口にしながら靴を履いているこの玄関の先で待ってくれているだろう、ジンに原因がある。
いや、原因があると言うのは少し違うかもしれないが、兎に角その本人の知らない所で問題が発生しているというのは確実だった。





「ジンーっ!!」


「おう。…つか、お前何でそんな慌てて…まだ約束してた時間にはなってねぇけど…」


「そうなんだけどそうなんだけど!あっ、迎えに来てくれてありがとうっ!ってぇ!違う違う今はそんな事言ってる場合じゃなくて!!早くこっから離れないといけないの!!」


「はぁ?」


「兎に角!!あーもうバイクで来てくれてて助かった…!!これなら早く逃げられる!!てかまた乗れるのか…うわぁ楽しみっ!!…ってぇ!!だから違うんだってば!なら早くエンジン回してよっ!!」


「何なんだお前…さっきからドタバタと…」





急いで靴を履き、玄関を飛び出したアスナの目の前に現れたのは彼の宝物とも言えるV-MAXに寄りかかって煙草を吸っていたジンの姿だった。
そんな絵になる姿に思わず見惚れそうになってしまったアスナだったが、何とか直ぐに我を取り戻すと足踏みを繰り返しながら兎に角ジンに今すぐここから離れたいのだと必死に伝える。

そんなアスナに面倒くさそうだという顔をしながらも吸いかけの煙草を消したジンがバイクのキーを取り出してくれたのを見たアスナは早く早くと更にジンを急かす。





「早く早く早く早く!!!」


「分かったっつの!ったく何なんださっきから!」


「早くしないとじっちゃんが来ちゃうんだよっ!!!そんな事になったら大変な事になるのが目に見えてるの!!だから早く!早くってば!!」


「はぁ?じっちゃん?それってお前の?…あー…そういやぁ確か元四天王でお前の先代ジムリーダーだっけか?」


「そうそう!じっちゃんは凄いほのおタイプ使いでね!!ってぇ!!だから!!そんなん今はいいから早くバイク出して!!じっちゃんにあんたを会わせるわけにはいかないんだよ!!今は!!特に今だけはっ!!」


「へぇー。それって白髪の丸メガネかけた爺さん?」


「え?うんそうだけど?!あ、まぁそっか…ジンも流石にほのおタイプ使いだし、じっちゃんの顔を知ってても可笑しくはな……あーーーもうだからぁっ!!そんな事言ってる暇ないんだって!!早くしないとじっちゃんが来ちゃうでしょ!!」


「いや、あのよ…」


「いーーいーーーかーーーらーー!!早く鍵を回して!!」





アスナに何度も何度も急かされた事で、本当に何なんだと一度アスナの方を振り返ったジンは何故かバイクに鍵を回し掛けたその手を止めてしまう。
そしてそのままアスナが祖父から逃げているということを知ると、あわあわとしているアスナとは真逆の…それはもう冷静な表情でアスナにいくつかの質問をした。

そんな質問に何故今そんな質問をする必要があるんだと思いながらも律儀に答えてしまったアスナは再度我に返ると、完全に体ごと振り返ってしまっているジンの両肩を掴んでガクガクと揺らす。
そう。それが例え、ジンが物凄く何かを言いたそうにしていたとしても。
それでももうこれ以上時間を無駄にする訳にはいかないのだ。
でないと本当に自分の祖父にこの場面を見られてしまうから。





「…お前の爺さん、そこにいっけど……」


「……………………………………………え?」





そう。
見られてしま………………






「…………アースーナー…?」


「………………………じ………」





った。






「わしが教えてやると言ったじゃろう…っ?」


「じ、じっちゃ………!い、いやぁそんな!き、昨日も言ったじゃん?わざわざじっちゃんの手を煩わせるのは申し訳ないってさぁ…?」


「わしも昨日言ったろう?わしはお前が試験で赤点を取ったと聞いたから帰って来たんじゃ」





ジンが指をさした方向を向き、案の定そこに立っていた我が祖父のわなわなと震えながら笑っている顔を見たアスナはサァーーー…っと血の気を引きながらも何とか笑ってこの場を誤魔化そうと必死だ。

そんな場面を黙って見ていたジンからすれば、まずどうして旅に出ていると聞いていたアスナの祖父がホウエンにいるのかが分からなかったが、それは話の中でアスナがジムリーダー適正テストにて赤点を取った事が原因だったと知る。
しかしそれなら確かに自分に教わるだけでなく、祖父からも教わった方が有りだと思うのだが、どうしてアスナはわざわざ逃げるような真似までして嫌がるのだろうか?と疑問に思ってしまう。

すると、そんなジンに気づいたのだろうアスナが説明をしようと口を開き掛けたが、それはその後ろにいたアスナの祖父によって遮られてしまった。





「君がジンくんかね?」


「あー…まぁ、はい。そうっすけど…?」


「知っているかと思うが、わしはアスナの祖父のムラという。元四天王で、後にこのフエンのジムリーダーもしておった」


「あぁ、はい。そうみたいっすね」


「ふむ。なら自己紹介も終わったし…単刀直入に言おう」


「っ?!ちょ、じっちゃん!待っ」


「わしはお前なんぞ認めんからな!!!!!!」





……………………………。





「は?」


「だからっ!!わしはお前みたいなガラの悪い男は認めんと言っているんじゃ!大体何じゃこのバイクは!?こんな無駄に大きなゴテゴテしたよく分からんバイクにアスナを乗せて事故にでもあったらどうしてくれる?!それにその刺青!!隠すならまだしもそんな鎖骨まで出した服なんて着よって!!!ピアスは開いておるわ煙草は吸うわ!!不良じゃ!不良!!どう見たって不良じゃろう!!無駄に顔の良い不良じゃ!!!」






笑顔で話し掛けて来たと思いきや、いきなり単刀直入に「認めない」とそれはもう大きな声で怒鳴られたジンは思わず「は?」と疑問符を口にしてしまう。
そんな様子を見て、あちゃー…と頭を抱えてしまったアスナを他所に、その祖父であるムラはふふん!と勝ち誇ったかのような表情で腰に手を添えてふんぞり返っている。

まずジンからしたら初対面の相手にあーだこーだ言われてまるで意味が分からないだろうし、もしかしたら怒ってしまっているのかもしれない…とアスナがチラリ…とジンの様子を伺えば、そこにはジト目のジンがいた為に思わずズッコケてしまった。





「な…!何じゃその目は?!貴様!!アスナの彼氏なら少しは反論したらどうじゃ?!」


「反論も何も事実っすからね。まぁバイクの事に関してはちっと心外っすけど…運転に関しては色々と心得てるんで。後これは無駄にデカいんじゃなくて、そういう型なんすよ。しかもこいつはもう生産終了してるやつ。ゴテゴテしてんのは俺がそこにカスタムしてるからであって、よく分かんねぇ代物なわけじゃねぇし。つかまずゴテゴテしてねぇし…これ、このまんま売ったら相当な値がつくレアもんだからな」


「え?!そんな凄いバイクだったのこれ…?!どうりで恋人並に大事にしてるわけだ…」


「あ?当たり前だろうが。この俺がカスタムしてんだから、好きな奴が見たら大枚をはたいてでも「このまま売ってくれ」ってせがむだろうよ。まぁ死んでも売らねぇけどな」


「へぇー…!凄いね…?!」


「関心しとる場合かっ!!否定するのはそこじゃないだろう?!オタクか貴様!!!」


「いやうん、その通りなんだよじっちゃん…」


「はぁ…それに俺、初対面の相手にあーだこーだ文句言ってくるジジイに腹立てる程安いプライド持ってねぇんだわ」


「な…っ!!」





自分の容姿についての事はまるで気にしていない様子のジンだったが、バイクの事に関してだけはどうも我慢出来なかったのだろう。
ぺらぺらと反論してきた事に思わず鋭いツッコミを入れてしまったムラがわなわなと拳を震わせるが、そんなムラを知ってか知らずか、はたまたわざとなのか。
しれっとムラに対して挑発するような事を言ってのけたジンは付き合ってられないと言った様子で手に持っていたままのバイクの鍵をくるくると指で回している。

そんなジンを見て、怒りでその挑発に見事に乗ってしまったムラはジン本人が聞いてもいないのに事の発端をマシンガンのように早口で話し出した。



それは何故今日こうしてアスナが祖父のムラから逃げていたのか。
そして何故ムラがジンに対して初めから否定的なのかが分かる内容だった。



時は昨日の夕方。
アスナがジンとの特訓を終え、ポケモンセンターでコータスを回復させてから家に帰った後のこと………






「アスナ!!お前…!試験で赤点を取ったというのは本当なのか!」


「じ…じっちゃん!?え?!何で家にいるの?!ポケモン川柳の旅に出てたんじゃ…?!」


「お前がジムリーダー適正テストで赤点を取ったとゲンジさんから聞いたから慌てて帰って来たんじゃ!」


「あ、そ、そうだったのか…!し、心配掛けてごめんなさい…!ちょ、ちょっとスランプで…!あ、あはは〜…あ…あぁでも!じっちゃんの手を煩わせる事はないから!ちゃ、ちゃんと特訓に付き合ってくれる人もいるし…!明日もその予定だし!」


「何処のポニータの骨とも分からぬ奴よりも、お前はわしの孫なんじゃからわしがまた一から鍛え直してやる!」


「何処のポニータの骨って…!いやあの!その人腕は確かだから!そこは保証するからっ!だ、だから大丈夫だよ…!」


「腕は確かじゃとぉ?……ならわしも知ってるかもしれん…ふむ…誰じゃそいつは?」


「え、えっとぉ…じっちゃんは知らない人かもしれないから…!」




どうやらゲンジから連絡を受けていたらしいムラが慌ててポケモン川柳の旅を一時止めて家に帰ってきていたらしく、そんな祖父から玄関で待ち伏せを受けたアスナは驚きながらも何とか返事を返していた。

確かにジンよりも自分の祖父であるムラの方がアスナの戦闘スタイルを昔から間近で見ているのもあって、その分為になることも多いかもしれないが、何故か頭の隅で嫌な予感がしたアスナはムラから聞かれた問いに素直に口を開かない。

そんなアスナにムラも何かを察したのだろう、ずいっ!と明後日の方向を向いているアスナに顔を近づけ、言うまで逃がさないと言わんばかりの視線を向ければ、アスナは参った…と項垂れて小さな声で今は自分の先生であり、彼氏でもあるその名前を口にする。





「………ジンって人……」


「…………すまん、もう一度言ってくれるか」


「…っ………ジンって人……あ、あの…最近ホウエンの四天王になった………あの、補欠…だけど……」


「…………………………………それはあのゲスい顔でバトルする男のことか」


「…………シ………シッテルンダネェ…!ソ、ソウダヨネェ〜…テレビニモデテルモンネェ…」


「「……………………」」





長い長い沈黙。
その中で、確実に脳内で「これはヤバイ」と判断したアスナがだらだらと冷や汗をかく量を増やしていく一方、ムラは段々と口元をぴくぴくと痙攣させていく。

そのまままた暫くの沈黙が続き、チラリ…と様子を伺うようにアスナが目の前のムラを見れば、そこには案の定青筋を浮かべたムラの顔が驚く程に間近にあり、思わず「ひっ」と小さな悲鳴を上げてしまう。





「あんな炎使いの恥晒しのような男を許すわけがないじゃろう!!?」


「恥晒…っ?!そ、そこまで言うことなくない?!確かにちょ、ちょっと過激だけど!腕は確かだよ?!ジンは何だかんだバトルに関しては真面目だし!」


「何処がじゃ!どう見たってあの映像は恐喝か何かだったぞ?!あんな人を馬鹿にするような!面倒事を起こすような!不幸を呼び寄せるような!!年寄りをいたわらないような!!トラブルメーカーのような奴がホウエンの四天王だなんてわしは認めんからな!無論お前の特訓相手というのも認めんっ!!」


「……え、えっとぉ……?じ、じっちゃん…?もしかしてジンと知り合い………?」




アスナの嫌な予感は見事に的中し、やはりジンの事を良く思っていなかったらしいムラの反応を見て、正直自分の彼氏ながらも「そりゃそうだよな」と思ってしまったアスナだったが、それよりも気になったのはムラがやけにジンに対して文句が多いことだった。
まるで知り合いかのように話すその言い方に疑問を持ったアスナが問いかければ、その瞬間にムラは怒鳴る事を止め、片眉をぴくぴくとしながら苦い思い出を語り始めたのだった。





それがなんと……………








「貴様はわしがベンチに置いていたお汁粉の缶をゴミ入れに捨てたんじゃ!人が野生のピカチュウを茂みで見つけてちょっと川柳に夢中になっている間に!!わしが気づいた時には貴様は足で缶を蹴ってゴミ入れに入れてさっさとその場からいなくなった!!」


「…お汁粉……?…あー…確かに昨日グラエナの散歩中に捨てたな………つかそんなん普通ゴミだと思うだろ…」


「その後もじゃ!!わしが道端でマリルを見つけてポケモン川柳に夢中になっている横を物凄い早さでバイクで通り過ぎて!!お陰で書いていた川柳が風で飛んで水の中に落ちてしまった!!」


「いや覚えてねぇし…あぁ…でも散歩の後ウォーグルとスピード勝負してたんだっけか…」


「おまけにわしが大切に旅の中で書いてきた川柳の入った巾着がぐしゃぐしゃに握り潰された!!」


「は?やってねぇよそんな事…」


「アスナが付き合っている人がいるらしいと家族に聞かされた時になぁっ!!!動揺して思わず握り潰してしまったんじゃ!!その後アスナから聞いてみればそれがお前だと言うじゃないかっ!!何処までもわしを傷つけるんじゃ貴様はっ!!」


「いやそれ俺関係ねぇだろ自分のせいだろうが!!つかどんだけ川柳好きなんだよオタクかてめぇ!!」


「貴様に言われたくないわこのバイクオタクがっ!!!」





そんな思い出話を、アスナに言った通りに今いるジンにも聞かせたムラはいつの間にかアスナの事を忘れて目の前のジンに食って掛かっているが、その理由があまりにも下らないと、一応ギリギリであるが敬語を使っていたジンはとうとうそれを崩していつも通りの口調でツッコミを入れてしまっている。

はっきり言って、ジンからしたら言いがかりもいい所だ。
しかしそんな事などムラには関係ないのだろう、最終的には認めない認めないと連呼を始め、それに対してうるせぇ黙れクソジジイとまるっきり本性を剥き出しにしてしまったジンの言い合いは数十分続き、それは全てを諦めたアスナが勝手にボールから出てきたヤミラミと遊び終わるまで続いたのだった。



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