記憶のない思い出




エンテイ
マグマの情熱を宿したポケモン。
火山の噴火から生まれたポケモンと考えられ、全てを焼き尽くす炎を吹き上げると言われている伝説のポケモン。

そんな名前を彼の口から聞いたアスナはあまりの事に理解が追いつかず、きょとん…とした顔をしてジンを見つめることで精一杯だった。
しかし、アスナのそんな反応等初めから分かっていたという様に軽く笑ったジンは座っていたベンチから立ち上がると舞い落ちてきた紅葉を捕まえてそれを眺めると、まるで一人言かのように淡々と話し出した。





「俺の本当の両親は火事で死んでてな。まぁ簡単に言うと無理心中なんだが…そんな中で俺だけこうして今も生きてんのは、エンテイが俺を助けたかららしい」


「………ごめん待って情報が多すぎて理解が追いつかないんだけど…っ!」


「ははは!まぁそうだろうよ。つか、こんな話誰にもしてねぇしな」


「…え?そ、そう…なの…?」


「言っても誰も信じるわけねぇだろ?現に俺だって覚えてるわけじゃねぇしな…物心つくかつかねぇかのガキの頃の話だし」





なんだか言っていることが物凄く重くて壮大な話なのだろうが、そのことを話している本人があまりにも淡々と…それこそ何処か他人事のように話すので、アスナは思わず拍子抜けしたような気持ちになってしまう。
そんなアスナが面白かったのか、声を出して笑ったジンは眺めていた紅葉を欲しがっていたバシャーモに渡すと、アスナの方を振り返る。

振り返ったジンの表情がいつもと何も変わらない、何処か余裕すら見える表情なのもあって、詳しく聞いてもいいと判断したのだろうアスナはそんなジンに控えめながらも幾つか質問をする事にした。





「…もう一回聞くけど、ジンのご両親って亡くなってたの?」


「まぁな。つか、そうでもなきゃ孤児院に世話になんかなってねぇだろ」


「…あ、そっか…えっと…こんな事聞くのもあれだけど…辛くはないの?」


「あー…辛いも何も…親との記憶がねぇから何ともな。どっちかっつーと孤児院の時の方が記憶は濃いし。知ってることとすれば、俺の親父がバイクレーサーで、レース中に運転ミスって下半身麻痺の大怪我をして引退したらしい。大方、それが辛くて無理心中なんかやらかしたんだろうよ」


「…それで…無理心中……でもそれだけバイクが好きだったってことなのかな…ジンのバイク好きはお父さん譲りなんだね…」


「まぁそうなんじゃねぇの?顔すら覚えてねぇけどな」


「写真とか、そういうのは?」


「見事に全部焼けちまったからなぁ…有名な選手だった訳でもないようだし…何も残ってねぇだろうよ」


「…そっか……」





アスナが質問していく中で分かったのはジンが本当にその件に関して重く捉えていないという事だった。
彼からすれば、本当の家族とは妹であるサキと、元使用人のキンモクだけなのだろう。
血の繋がった両親の事は思い出がないから何とも…だなんて言うのがとても彼らしい。
それでもやっぱり、アスナからすればジンを産んでくれた人達はその人で…偶然なのかもしれないが今のジンにバイクという面影を残しているのもその人達なのは事実。
だからせめて顔だけでもと思ったのだが、生憎それも全部焼けてしまったらしく無理そうだった。





「……その時にエンテイに助けられたって事?」


「どうやらそうらしいな」


「らしい…っていうのは?」


「俺も断片的な所しか覚えてないもんでな。…火の中で熱くて息苦しくて…それが急になくなったかと思えば目の前にすげぇ強そうなポケモンが見えてな。その後は気を失ったらしくて気づいたら病院。そんでそのまま引き取り手もいなくて孤児院に行ったってわけだ。何でそれがエンテイか分かったかっていうと、俺を背中に乗せて家の外に出てきたエンテイを近所のジジイが見たらしい」


「そのお爺さんは今どうしてるの?」


「残念ながら、俺がホウエンに来る前にぽっくり死んだ。まぁそのジジイから聞いた話だと「お前はエンテイの加護を受けたんじゃないか」とか何とか。その話が本当なんだとしたら、それでほのおタイプのポケモンと縁があるのかもな」


「ぽっくりって………それにエンテイの加護………あぁもう…!本当にジンって分かんないことだらけ…!」





自分のことなのにも関わらず、まるで他人事の様に話すジンのお陰で特にこれと言ってしんみりとした空気にはあまりならなかったが、それでもその内容が内容だけに情報が多くて処理しきれないアスナは思わず頭を掻き毟ってしまう。

本当ならこんな時、直ぐにでも理解をして彼のことを心配したり元気づけるなりするべきなのが「彼女」としてするべき事なのだろうが、それはいつの間にか携帯灰皿を取り出して煙草を吸い始めた彼の態度で「心配ご無用」なのだということなのが伝わってくる。





「…まぁなんだ」


「え?何?」


「お前がすっかりいつも通りに戻って何よりだ」


「…あ………」





もう何が何だか…とアスナが考えていれば、いつの間にかポケモン達をボールに戻していたジンは煙を上へと吐き出しながら呟くようにそう口にした。
その言葉を聞いて、ふとさっきまでの自分のことを思い出したアスナは思わず「あ」と声を出してしまう。

言われてみれば、最近の自分は試験で赤点を取ったお陰で落ち込んだり焦ったり、自分を見失っていたり、おまけに自分自身に自信を無くしていたりと散々だった。
おまけにジンに対して劣等感のような事も感じていた始末だったというのに、それが今ではそんなマイナスな気持ちなど何処にも見当たらない。





「………もしかしてジン…それでそんな話をしてくれたの?…あ、あの…その話ってダイゴさん達も知らないんだよ…ね?つまりそれって、あたしだけに話してくれたって事…」


「……………さてと。そろそろポケセン行くぞ。コータスの体力回復させねぇとな」


「…え、あ、ちょ!待ってよ!ねぇちょっと!」





もしかして。
そう気づいたアスナが声を掛ければ、煙草の吸殻を携帯灰皿に仕舞っていたジンの手が一瞬だけぴたりと止まる。
そして数秒間を置くと、何事も無かったかのように閉じた携帯灰皿を仕舞ってアスナに背を向けると、アスナを置いてスタスタと歩き出してしまった。

そんなジンの遠くなっていく後ろ姿を見て、慌てて同じくポケモン達をボールに戻したアスナが追いかけてその腕を掴めば、ジンはその足を止めはしたものの、何故か振り返ってくれない。
ジンのその反応に、何故だろうか?とその腕を掴んだまま首を傾げたアスナだったが、ふと彼の良く見える左耳が赤いことに気づいてつい笑いを零してしまった。





「…ふふ、素直じゃないなー?」


「何が」


「あたしを元気づける為に、今まで誰にも教えてなかったことを教えてくれたわけだ?しかもあたしならその話を信じるとも思ってくれたわけだ?」


「……」


「ふーん?そっかそっか?へーえそっか?ふふ、そっかそっかー?ふふふ」




後ろから聞こえてくる、嬉しそうな…ほくそ笑んだ様なアスナの笑い声に思わず目を閉じてため息をついたジンは咳払いを一つすると、呼吸を落ち着かせてゆっくりと後ろを振り返る。
そのまま目が合ったアスナの余裕そうな顔にぐいっ、と近づくと、仕返しとばかりにニヤリと笑って、容赦なく不意打ちのキスを一つ食らわせてみせた。





「…………な、な…な、なんっ、な…なっ…!!?」


「調子に乗りすぎたな?」


「っ…!!!」


「話してくれてありがとうございます、大好きなジンの事が知れてとても嬉しかったです。はい」


「……」


「言わねぇと今度はさっきよりも濃、」


「話してくれてありがとうございます!!大好きなジンの事が知れてとても嬉しかったです!!!!」


「はいよく出来ましたー。阿呆面してねぇでとっととポケセン行くぞー」




調子に乗りすぎたのか、すっかり油断していたアスナは仕返し以上のことをジンからされ、おまけに「負け」を認めるかのような言葉を無理矢理言わされてしまう。
慌てて大声で言われた通りの事を言ったアスナの声がジムの中に見事に響き渡ったのを満足そうに笑って聞いたジンはその顔と同じくらい真っ赤な髪をぐしゃぐしゃと掻き回すと、アスナを置いて先にジムを出ていってしまった。

どうせ扉の外で待ってくれているのだろうが、そんなジンに取り残されたアスナは真っ赤な顔のまま勢い良くジムをの出入り口から真逆の方向を向くと、悔しそうに大声でこう叫んだ。





「ジンの馬鹿ぁぁぁあーーーーっ!!!!!」


「っ…!ははははは!」





ホウエン地方では有名な温泉街であるフエンタウン。
そこで響くのは、その中心にあるフエンジムに内で火傷しそうな情熱の人という通り名が良く似合う元気のある彼女の声と、その直ぐ近くの扉の前では、そんな彼女が大好きなホウエン四天王のしてやったりと言った笑い声だった。



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