心配ご無用



ジムリーダー試験でまさかの赤点を取り、アゲハントを探しにジョウトへ行き、同じジムリーダーの知り合いが出来たと思えばとんでもない火事に巻き込まれたり死にかけたり、新しい仲間が出来たりと…この数日の間に物凄い数のことを経験したアスナは、ついに追試の日を迎えてしまった。




「ど、どどど、どっ!」


「どうしようもクソもねぇだろうが」


「でで、!!だだ、だっ、!」


「でももだってもねぇよ」


「っ、じか、と、」


「残念ながら時間は止まらねぇな」


「ううう、う…!」


「うーわ可愛くねぇ顔…いってぇ?!?」




一昔前は祖父のムラの物。
そして今は自分の物であるこのフエンジムのど真ん中で。
試験官との約束の時間まで刻一刻と迫る度に緊張感が増しに増すアスナは声をどもらせ、目の前のジンに言いたいことが上手く言えない状態なのだが…何となく言いたいことが分かるのだろうジンはそれを通訳しながら言葉を返し、そしてその度に呆れた表情を強めていく。

そして最後には力を入れ過ぎているのか、ぐしゃぁ…!と眉間に皺を寄せて歯を食いしばったアスナを素直に「可愛くねぇ顔」とジンが言えば、当然かのようにその脳天にはポケモンもビックリなアスナの鋭いチョップが落下する。




「彼女に「可愛くない」は酷くない?!馬鹿なの?!ねぇ馬鹿なの?!そこはもっとこう、違うじゃん違う!!励ますとこ!!応援するとこ!!!貶す馬鹿がどこにいんのよ?!いたわここに!!」


「ッー…!!もうポケモンじゃなくてお前が戦えばよくねぇ…?」


「あんたどう見ても悪タイプだもんね!!空手チョップはそりゃ痛いだろうね効果抜群だね!!…って誰がカイリキーよ?!!!」


「だぁぁあッ!!?おまっ、今のは完全に俺何も悪くねぇっつの!!…ったく…!はぁ…まぁなんだ、あれだ」


「何よ?!!!」




完全なるとばっちりのようなもので何故か一度ではなく二度までも可愛いはずの彼女から空手チョップを脳天に受けたジンは痛む頭を片手で抑えて暫く耐えると、ガンガンと鳴る頭を数回横に振って持ち直し、「あれだ」と言いながらまだ怒っているアスナへと距離を縮める。

そしてそのままゆっくりとその手をアスナの頭の上に置くと、乱暴ながらも優しく…わしゃわしゃと掻き乱してニヤリと笑って声を掛けた。




「思いっきり暴れてやれ」


「…!」




ジンからそう言われたと同時に。
アスナはまるで体の中心にスッ…!と真っ直ぐに棒が刺さったかのような感覚に襲われ、自分でも驚く程に足が…いや、体全体がしっかりと軸を持って立てていることに気がついた。

そんなアスナのきょとん…とした顔に更に笑ったジンは直ぐに背中を向けて出口へと歩いていってしまい、アスナが自分に向けられた彼のひらひらと振られたその手を見つめていれば、紅葉が舞うフエンジムの扉はジンが開けるよりも先に外側から開かれる。




「……見ていかれないのですか?貴方はアスナさんの指導役だと報告を受けていますが」


「その必要はないんでな」


「…そうですか。それなら…お手並み拝見させてもらいます。情けなくも「赤点」をとったジムリーダーが何処までマシになったのかと、指導役のホウエンリーグ四天王「補欠」の…貴方のこともね」


「…お勤めご苦労さん」




ひらひらと舞う、紅葉の中で。
ひらひらと舞う、情熱の赤の中で。

すれ違いざまに嫌味を含んだ物言いをする試験官に苛つく様子も見せず、冷静に言葉を返したジンは試験官の横を通り過ぎて呆気なくジムの外へと出て行ってしまう。

すると試験官は目を細め、ゆっくりと閉まっていく扉からジンの背中が見えなくなるまで見つめると、ジム内に流れる温泉の水音を掻き消すようにヒールの音を大きく響かせながらアスナの待つバトルフィールドまで来る。




「…さて。それでは今から貴女の追試試験をはじめます。よろしいですね?」


「……っ、よろしくお願いしますっ!!」


























「何を考えとるんじゃお前はっ?!!!」


「ぴーぴーぴーぴーうるせぇなクソジジイ…必要がねぇから出てきたっつってんだろ」


「その「必要がない」という考えがなぁ!!お前はアスナに対して冷た過ぎるんじゃ!!「応援」という気持ちはお前に無いのかこのバイクオタクが!!」


「いやバイクオタクは何の関係もねぇだろ川柳オタクが!!!」


「川柳オタクで結構じゃわしは川柳オタクだからなぁ!!大体お前はアスナの指導役じゃないのか?!仕事放棄か!!この炎タイプ使いの不真面目恥晒しが!!バイクオタクが!!!」


「バイクオタクって言葉を悪口にすんじゃねぇよつか二度言ってくんなよボケてんのかてめぇ!!」


「まぁまぁお二人共…!!その辺に…!飲み物と少しばかりの軽食を持って参りましたので!!」


「何故この場でピクニックシートを広げるのじゃキンモクさん?!!」




…一方。
今頃はアスナが厳しいと有名な試験官によって追試を受けているというのに、こちらはいつの間にか来ていたらしいムラ爺とキンモクと鉢合わせたジンは、まるで「何も無い」かのようにムラ爺といつもの口喧嘩を繰り広げていた。

その様子を目の当たりにし…正直漫才のようだと心の中で思ったキンモクはあたふたとしながらも慣れた手つきでピクニックシートをあっという間に広げ、そしてあっという間にその上をちょっとした豪華な朝食会場のように仕上げてしまった。どこが少しばかりの軽食だと言うのか。

そんなキンモクに心の底から疑問とツッコミをしてしまったムラ爺だったのだが、それよりも先にジンが座ってキンモクのコーヒーを飲んでいるのだからもうため息しか出ない。




「ガウ!」


「ん?ははは、これはお前にゃ飲めねぇよ。お前はこっち。木の実ジュースな」


「わふん!」




緊張でガチガチのムラ爺がため息をつく中で、いつの間にかボールから出てきていたグラエナからの興味津々な視線を浴びたジンはかなりリラックスした様子でそれこそ本当にいつも通りのもの。
おまけにグラエナも主人から渡された…いや、正確にはキンモクが作っておいてくれたらしい木の実ジュースを飲んでペロリと満足そうに舌を出している。

そんな穏やかな様子を見たムラ爺は拍子抜けしてしまったようで、がっくりと肩を落として呟くように言葉を吐いて項垂れてしまう。




「っ…はぁーーー、全く…どうしてこうも緊張感がないんじゃ…」


「ほほほ。まぁそう言わずに。ムラ様もこちらにお座りになってください。緊張にはカモミールがよろしいので、今お淹れしますね。これはその中でもジャーマンカモミールというハーブから作られているもので、ほのかに漂う甘い香りが更に緊張感を解して下さいます。今朝方アスナ様にも差し入れさせてもらいました!これでバッチリな筈です!」


「そ、そうだったのですか…!それはありがとうございますキンモクさん…!アスナもそれでリラックス出来、」


「へー。今朝方飲んだとは思えねぇ見事などもりっぷりだったけどな」


「そんな馬鹿な」


「貴様ァ!!!!!」




項垂れたムラ爺の背中に軽く手を添え、優しく促すように座らせたキンモクはハーブティーについて軽い説明をすると共に、実は今朝方アスナに差し入れしてくれていたらしいそれをムラ爺にも用意してくれる。

そんなキンモクお手製のハーブティーをお礼を言ってから飲んだムラ爺だったのだが、そのタイミングを見計らったのか偶然なのか、はたまたわざとなのか。…いやどう考えてもわざとなのだろうが、ジンから数分前のアスナの様子を聞かされたキンモクは「そんな馬鹿な」とお茶目に言い放ち、ムラ爺に至っては天高く大声を張り上げてしまうのだった。




「心配する必要がねぇからしてねぇんだよ。ったく」


「ガウ!」




小さい声で、落ち着いた声で。
そう言っていたジンの言葉をかき消してしまうくらいに、大きな声で。





(だから貴様はバイクオタクなんじゃこのバイクオタクが!!)


(だからバイクオタクは悪口じゃねぇっつってんだよこの川柳オタクが!!)


(まぁまぁ…これを飲んで落ち着いて下さ、)


(貴方もですぞお茶オタクのキンモクさん!!)


(何故そうなるのです?!)


BACK
- ナノ -