独り言



あぁ懐かしや、ホウエンの空。
キャモメやスバメが飛び回り、緑豊かな土地が広がり。
比較的暖かな気温の中、そんな木々たちと共に気持ちよさそうに歌を歌うロゼリア。

草陰にはまだ産まれたばかりらしいエネコが数匹伸びた草でじゃれており、その様子は紅葉が広がる古風で伝統のあるエンジュシティとはまた違う懐かしさのような風情がある。




と、思いに耽けることなど目の前の男2人がする筈もなく…







「で?」


「……………」


「………で?!」


「悪い、電波が悪くて何言ってんのか分かんねぇわ」


「あぁそう僕のポケフォンが調子悪……そんなわけないだろう対面してるよね今?!目の前にいるよねお前?!!ねぇ何!どういうことか説明してくれない?!」


「どういうことも何も見れば分かんだろうが」


「そうだねよぉおおおおく分かるよこれ!!見ればよぉおおおおく分かる!!!そう!!!」




そう!!!と大声を出して、それに負けないくらいの力を込めて自身の机にバァァンッ!!と何かを叩きつけて見せたダイゴは、目の前でうるさそうに耳の穴に指を突っ込んでいるジンにほぼ白目を向きながら睨みつけていた。

ダイゴは至っていつも冷静だ。大好きなシアナがいなければ尚のこと「出来る男」だと誰もが言うだろう。
そんなダイゴが…人の目も気にせずに職場でもあるデボンコーポレーションの中で荒々しくしてしまう程のものが何なのか。

それは…




「この請求書のゼロの数!!!ねぇ数えた?!数えたこれ?!お前これ数えた?!もしかして数えられなかった?!じゃぁ僕が数えてあげるよ!1、2、3…うん!7個!!7個だねこれ!!」


「んなの分かってんだようるせぇな!!ったく仕方ねぇだろこっちも色々あったんだよ!!」


「色々なければこんな額になるわけないもんな?!あのね?!いくら僕だからってこの額は流石にないよ?!常識考えてみてよ?!」


「何処の誰かも知らねぇそこら辺のガキにシンオウの別荘を「要らないからあげるよ」って投げつけるお前がそれを言うとはな」


「?別荘くらい別にいいだろう…?」


「俺が悪かったわ」




真剣に話しているのか、喧嘩をしているのかふざけ半分なのか。
どう見ても喧嘩を通り越して最早ふざけ半分な気がしないでもないのだが…金銭感覚が一般人とは予想もつかない程、それこそ下手をしたら思わずジンが謝ってしまうくらいの距離はあるだろう三千里くらいかけ離れているダイゴからして見ても、その請求書の額がえげつないということだった。

その請求書がなんの請求書かと言えば、もうお分かりだとは思うが…数日前にエンジュシティで全焼してしまった孤児院の復興資金のこと。

つまり…孤児院の人達から見送られ、無事にホウエンへと帰ってきたジンはアスナをキンモクの元に置いて1人ダイゴの元へと来ていた、というのが今巻き起こっているこの事の始まりである。




「はぁっ!…まぁ事情は知ってるけどね、お前の破天荒ぶりには慣れてると思ってたけど…まさかここまでされるとは思ってなかったから驚いただけ。あと単純に普通に素直に腹が立ってこいついつか痛い目にあった方がいいとか漁船に送ってやろうかなとか今度クレーム処理させてやろうかなとかポケフォン止めてやろうかなとかバイク禁止令出してやろうかなとかって考えただけで別に払ってやらないとは言ってないけどさ」


「一言二言どころか百言ぐらい多いよなお前」


「うるさいよ。元はと言えばお前がはちゃめちゃな事をやらかしたからだろう?」


「俺じゃねぇよ。…まぁ根本的な原因は俺かもしんねぇけど。…つか、その請求書の件で、ちっとお前に頼みがあってな。こうやってアスナを置いて来た本題はそれなんだよ」


「?え、何…どういう…?」





グチグチとほぼ意味の無い言い合いをした後。
数秒だけ、しん…と静まった空気が漂ったかと思えば、ゆっくりとジンが目の前のダイゴに向かって口を開く。

そしてその言葉は、態度は。
呆れて疲れきっていた筈のダイゴの表情をきょとん…とさせてしまうには充分過ぎる物だった。












そんな事があってから、また数日後。
かなり遠回りをしてしまったが、本来の目的であるジムリーダー試験の追試を明日に控えたアスナは最後の仕上げとばかりにバトルフィールドの向こう側に立っているジンとバクフーンに対してヒノヤコマと共にバトルをしていた。




「ヒノヤコマ!もっと翼を大きく広げてバランスを取って!!そのまま真っ直ぐニトロチャージ!!」


「まだ甘い!そんなフラフラでちんたらした飛行じゃ軽く叩き落とされんぞ!!」


「っ、まだまだ!!!」




進化をしてそんなに日が経っていないヒノヤコマは、体が大きくなった故に自分の変わってしまったその感覚をまだ掴めていない。
それを今日中にマスターさせるのだとやる気充分の2人に容赦なく指摘をするジンと、それに合わせるバクフーン。

そんな光景をベンチに座って見ているのは、キンモクと、その頭に乗ってでれでれのアゲハントと、シアナとダイゴの面々だった。
すると…「頑張れ頑張れ」とまるで一緒にバトルをしているのかと言いたくなるほどに夢中になってアスナとヒノヤコマを応援しているシアナを微笑ましく見たダイゴは、小声で隣にいるキンモクに話しかける。




「…口止めされているので、これは僕の独り言なんですけど…」


「…?ダイゴ様…?」


「この間、僕は誰かさんのせいで多額の費用を払わされることになりまして」


「!そ、それは…!ジン様が!!も、申し訳ありませ…!!お金ならこの老いぼれが死に物狂いで…!」




独り言。
そう目を伏せて…呟く内容に反して何故かとても優しく満足気にそれを話したダイゴの言葉を聞いたキンモクは、最初はビクゥ!!!と肩を跳ねさせてあわあわと慌ててしまうのだが、どうやらダイゴのその「独り言」というものは続きがあったらしい。

それを察して、内心ビクビクと怯えながらも聞かねば、き、聞かねば…!と黙ってどうにか暴れるのか止まりそうなのかよく分からない自分の心臓と戦っていたキンモクは、今度は段々とその目をゆるゆると緩ませる。




「…それはどうやら彼の周りに対する「借金」だそうでね」


「……え……?」


「自分が今まで生きてきた過去、思い出、世話になったこと…支えてもらったこと。自分が逃げてきたこと…「家族」と「彼女」を傷つけてしまったこと。それを全部、今回の件を利用して…色々な意味で背負って返したい。だからその返せる環境を俺に貸してくれ。それを返しきれたその時は、全力で「あいつら」に恩返し出来る気がするから」


「………っ、」


「…そう、言われたんですよ。…あはは!何処かの誰かさんにね?…あいつなりに、自分の出生とか諸々ケジメをつけたかったんだろうし、孤児院に恩返しもしたかったんでしょう。始めから僕に払わせるわけではなく、あくまでも借りるつもりだったようですよ」





何処かの誰かさん。
それが誰かなんて、そんな事。
頬を染め、じわじわと瞳に涙を溜めて…くしゃくしゃになってしまった顔を必死に元に戻そうと、震えた手で顔を覆ったキンモクは…その「誰かさん」がアスナとこちらへ戻ってくる足音が近くなる度に、今度こそ心臓をバクバクと暴れさせてしまうのだった。




(…お前アゲハント顔面に貼り付けて何してんだよ)


(……アゲハントの羽根があまりに綺麗でしたので、お面にしてみようかと)


(トト………)


(…キ…キンモクさん頭打った……?)


(アゲハントのお面?!うわぁ…!コンテストに使えるかな?!)


(今日も世界一可愛いね僕のシアナは)


(おい誰かツッコミ寄越せ追いつかねぇ)


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