嫌よ嫌よも好きのうち



あれから。
取り敢えずのプレハブ施設が出来上がるまでの間オバナ達がお世話になることになった公民館へと場所を移したジン達は、ボールから出てきたバクフーンに何度も何度も頭を下げて、ごめんなさいと泣きじゃくりながら謝る少年の様子を見ているところだった。

いくら理由があったにせよ、まだ小さい子供だとしても…やっていい事と悪いことの判別はしないといけない。
自分のやってしまった行いで大切な人が悲しみ、大切な場所がなくなってしまったのを目の当たりにしたことで本人もそれが分かったのだろうということは傍で見守っているジン達ももう分かっている。




「ごめんなさい…ごめんなさい…っ!苦しい思いをさせて…ごめんなさい…!アゲハントが、具合悪くなれば…弱っちゃえば…っ、アスナお姉ちゃんが、説得しやすくなると、思っ…ひっく、思ったんだ…!」


「はぁーー…だとよ。どうするバクフーン」


「……」




しかし…数分そのままの状態でも、バクフーンは一向に少年に対して何のアクションをしないし、アスナの頭の上にいるアゲハントも悲しそうな顔をするのみで何も言わず…このままではずっとこの調子なのではないかと思ったジンはバクフーンの表情を確認して、取り敢えず見る限りは怒りを押さえ込んでいそうな訳ではなさそうだと判断すると、「どうするんだ」と声をかけた。

するとバクフーンはチラリと横に移動してきたジンの顔を見るや否や、申し訳なさそうにビクビクと怯えて目を閉じてしまい、その反応で何かを察したらしいジンは一瞬だけ笑うと、今度はバクフーンに向き合っている少年の隣に移動して、片膝を地につけてバクフーンの顔を覗き込むようにして口を動かした。





「…まぁ、お前に謝んなきゃなんねぇのは俺もだな」


「…?」


「…え、何で…?!ジン兄ちゃんは何も悪くないのに…!」


「元はと言えば、こんな小せぇガキに余計な心配をかけた俺が原因だ。まぁそれでもこいつのやった事は簡単に許されることじゃない」


「っ……」


「…だから、お前の背負うべき責任はこの俺が持つ。このジョウトに居られなくなったのは…まぁそこはお前もやり過ぎちまったからな。悪いがそればかりは俺もフォロー出来ねぇけど…行きたい所があるなら、住みたい場所があるなら、俺が責任持って連れてってやる。勿論、そこのアゲハントも一緒にな」


「!!」




バクフーンが何故ずっと何も言えなかったのか。それが…いくら我を忘れていたとしても、沢山の人達の大切なものも住む場所も…大切な思い出も全て焼き払ってしまったからからだということをジンは察したのだろう。

少年の罪もバクフーンの罪も全部自分が背負うからと、つまりはそう言っているジンに驚いたバクフーンが顔を上げてあげれば、そこには真剣な様子でこちらを見ているジンの瞳が真っ直ぐ…曇りなくこちらを見ている姿で、それを見たバクフーンはゆるゆるとその目から涙を滲ませてしまう。




「バク、バ…!!クゥゥン…!!」


「ははは!お前見た目に反してすげぇ弱気な奴なん、はぁ?!」


「ええぇええ!!ジン大丈夫?!」


「あー…何とか…っ、」





ジンの言葉を聞き、あの時咄嗟にゲットしたのはバクフーンを色々な面から守る為だったのか…とアスナがジンの考えていた事が分かって微笑んだ次の瞬間。
高ぶる気持ちが耐えきれなかったのか、バクフーンがその大きな体でそのままジンにのしかかる形で抱きついてしまう。

そんな突然のことにジンは思わず余裕をなくして「はぁ?!」と声を上げてしまうが、それよりもバクフーンはジンに甘えたくて仕方ないのだろう、全く身動きが取れない状態のジンに容赦なく頬擦りを繰り返している。




「分かった、分かったから…!お前重いんだよ…!ほら、何処に行きたい?ベラ火山とかなんか、あんだろ…!」


「クゥゥンクゥゥン…!!」


「……?…ねぇジン…もしかしてバクフーン、このままジンのところにいたいんじゃない?」


「………やっぱそう見えるか?」


「うん、俺にもそう見えるよ…」


「……お前の頭の上にいるやつがすげぇ顔で睨んでくんだけど」


「どうしよう見えないけどめっちゃ想像つく」




ジンが何処に行きたいと聞いても、ただただ頬擦りを繰り返してぎゅーぎゅーと抱き締めているバクフーンを見たアスナと少年は、一旦お互い目を合わせるとふふ、と笑ってバクフーンはジンの元にいたいのではないかと口に出した。

すると、それが正解だったのだろうバクフーンは顔を上げて期待の眼差しをジンに向けるのだが、そんなキラキラとした眼差しの後ろでこれでもかと嫌そうな視線を感じたジンはどうしたもんかと考えを巡らせ始める。




「俺は構わねぇんだけどよ、お前が俺のところにくると、後ろで可愛くねぇ顔したやつが困るんだとよ」


「バクゥ…?」


「アゲハント…やっぱりどこまでもジン兄ちゃんが嫌いなんだね…」


「あの面見ればガキのお前でも分かんだろ」


「すごい顔してるってことと、可愛くないアゲハントっていたんだって思っちゃうくらい…あの…すごい」




別に、バクフーンが自分の手持ちに入ることは構わない。構わないどころかどっちかと言えば願ったり叶ったりだとも思う。
しかしそうするとアゲハントの友達を奪うことになってしまう。

そう考えながら…やはりいい案が浮かばずに思わず少年に声をかけたジンだったのだが、そんな少年の顔がぴくぴくと引きつっていることからも如何にアゲハントの顔が凄いことになっているのかが伺えるだろう。

それはそうだ、先程まで泣きじゃくって謝り倒していた小さい子が、すっかりと泣き止んで顔を引きつらせてしまうくらいの顔を…なんだ、その…世間一般的に可愛いと言われているアゲハントがしているのだから。





相当嫌なのだろう





「バクゥ……」


「んな顔してもお前のダチの居場所がなぁ…」


「なんだい、それならアスナちゃんがアゲハントをゲットしたら駄目なのかい?私には凄い懐いてるように見えるけど…」


「え?あ、あたしが…?」




どうしたものかとその場にいる人物達で考えていたのだが…すると、それを少し離れたところで聞いていたらしいオバナが近づいてきて唐突にそんな事を言ってきた。

その言葉に驚いたアスナは暫く間を置くと、おどおどとした様子で頭の上にいるアゲハントを見上げてみる。
すると、そこには同じくおどおどとした様子で前のめりになっているアゲハントがアスナを見下ろしており…2人は目が合った瞬間に思わず同時に笑ってしまった。




「あはは!アゲハント、あたしでいいの?ジンの彼女だし、住んでるところも、色々思い出しちゃうかもしれないホウエンだけど」


「トト!」


「あたし炎タイプのジムリーダーだから、にほんばれとかで援護してもらうことがあると思うけど、それでもいい?」


「トトォ!」


「ジンに喧嘩売らない?あっかんべーしない?」


「………………」


「そこは返事しろや」




あたしでいいのか、そう笑顔で聞くアスナに対して。
頭の上から下りて、その目の前に羽ばたいて移動してくれたアゲハントはその問いに笑顔で頷きながら答えてくれた。
最後の質問には再度これでもかと嫌そうな顔をして黙ってジンからツッコミを入れられていたが、それがきっと「嫌よ嫌よも好きのうち」なのはもうアスナも分かっているし、何よりアゲハントが自分に信頼を寄せてくれているのだろうことが伝わったアスナは嬉しそうに目の前で飛んでいるアゲハントに空のモンスターボールを差し出すと、眩しい笑顔でこう言った。




「…アゲハント、あたし達と一緒に…キンモクさんのところに…ホウエンに帰ろう?」


「!……トトォ!!」




瞬間。
差し出されたボールに小さい手でタッチしたアゲハントの体は赤い光となってモンスターボールの中に気持ちの良い音と共に収まり…そのボールを大切そうに胸に抱き締めたアスナは暫く目を閉じて呼吸を整えると、ジンの方を向く。

するとそこにはいつの間にかジンから退いていたバクフーンがキラキラとした目でジンを見ており、そんなバクフーンを呆れたような笑みで「はいはい」と改めてボールに戻したジンの姿が目に入ったアスナは、心の中に熱い何かが込み上げてくる感覚に耐えきれず、勢いよくジンに向かって走り出した。




「ジン!!やったね!!やった!!全部全部…全部が最高だよっ!!」


「っと、!…はいはい、なら後は帰って追試に望むだけだな」


「うんっ!!あたし、絶対大丈夫だからっ!!」




どんな時でも、いつでも絶対に自分を抱きとめてくれる…ぶっきらぼうでも世界一頼りになる大好きな人と、なんの曇りもなくなった、どこまでも晴れ渡るような気持ちの良い自分の心と目標の道に向かって。




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