一件落着
懐かしいようで、それでいてその「懐かしい」という気持ちを感じている事がイラッとくるような感覚を味わってから。
ふと目が覚めたアゲハントは自分がポケモン用のベッドに寝かされていたことに気づいて辺りをキョロキョロと見渡した。
すると、そんなアゲハントの近くの椅子に座っていたらしいアスナが声をかけながら小走りで駆け寄って心配そうにその頭をよしよしと撫でてみせる。
「…………?」
「…あ、気がついた!大丈夫?痛いとこはない?」
「…ト、トト…」
「そっか!なら良かった!」
自分の頭を優しく撫でながら、体の心配をしてくれるアスナに少し照れつつも、その質問に大丈夫だと首を縦に振って答えてくれたアゲハントを見たアスナは心底ホッとした様子で笑顔を見せると、そのままアゲハントにことの事情を説明し始めた。
「…アゲハント、孤児院の男の子からもらった木の実を食べたんでしょ?……あれね、ちょっと…その…毒が塗ってあったみたいなの。…って、それは分かってるか…」
「………」
「あ!ご、誤解しないで欲しいのは、その、あのね!あの子は別にアゲハントを痛みつけたいとかやっつけたいとか、そんな怖い気持ちでやった訳じゃないみたいでさ!…いや、でもまぁやった事には変わりないから、あんまりあたしもフォローは出来ないんだけど…」
「…トト、ト?!!」
「?…あ、バクフーンのこと?バクフーンならもうこのポケモンセンターで治療してもらって、今は外にいるよ。だから大丈夫!……多分、一緒に木の実を食べちゃったんだよね?」
「!……トト」
「そっか…だからバクフーンはあんなに怒ってたんだ…」
「…ッ…?」
「…うん、バクフーンね。君が毒を飲み込んで倒れちゃったから…自分も辛いのに孤児院まで来て……その……」
「?」
アスナはアゲハントに説明をしながら…そしてアゲハントはアスナの話を聞きながら質問に答えるという会話のキャッチボールが数回繰り返された後。
自分に毒入りの木の実を渡してきたあの男の子に対して、アスナも「あまりフォロー出来ない」と言ったことから怒りが溢れだしそうになっていたアゲハントだったのだが、アスナが言い辛そうにしていたその言葉は、そんなアゲハントの怒りを簡単に吹っ飛ばしてしまった。
「…孤児院をね、その…火事にしちゃって…いや、火事っていうか……寧ろもうないっていうか…」
「……!!!ト、トト?!ト、…!」
「え?あ、うん!あたしは大丈夫!ありがと!…それに、オバナさんや他の子も皆無事。…ジンが助けてくれたから」
「………ト」
「…あはは…本当にジンが嫌いなのね…」
バクフーンが怒り、孤児院を焼き払ってしまったと。
そうアスナから聞かされたアゲハントは目を丸くして慌てたように小さな手でアスナの頬をぺたぺたと触って心配をするが、そんなアゲハントの可愛さに癒されたアスナは笑ってお礼を言う。
しかし、そのお礼の後に言った事が悪かったのか…「ジンが助けた」と言った瞬間にアゲハントは丸くしていた目をピタッとジト目に変えると、ぷい!とそっぽを向いてしまった。
そんなアゲハントに乾いた笑みを零してしまったアスナなのだが…ふと息を一つ吐くと、優しく、まるで絵本を読み聞かせるかのようにゆっくりとアゲハントに言葉をかけた。
「…ジンが助けたのは、あたしや孤児院の人達だけじゃないよ」
「……」
「……あの子から、木の実の話を聞いて直ぐにね…ギャロップに乗って、燃えてる森の中に入っていって…」
(え、アゲハント?!)
(早く毒消しとキズぐすりを出せ!!それが終わったらこいつをポケモンセンターに連れて行く!!)
(気持ちは分かるけど!それは他の人に任せて、あんたは駆け付けた警察に事情を説明をしないと…!)
(んなこと俺が知るか適当にやってろ!!俺はこいつのが何倍も大事なんだよ!!)
「…………」
「そう言ってね、急いで応急処置をして…それで君がここにいる訳。だから今は、外でバクフーンとジュンサーさんと話をしてるとこなんだよ」
アスナからその話を聞いたアゲハントは再度目を丸くして、ゆっくりと視線をアスナへと戻す。
そこでやっと…いつの間にかアスナが寂しそうな表情をしていることに気づいて、申し訳なさから体の力をゆるゆると緩めてしまった。
あのどこかイラッとくるような懐かしい感覚は夢ではなく、現実だったということ。
木の幹の穴から赤い光が見えたのも、怒って我を失ったバクフーンが森を燃やしてしまっていたから。
つまりジンは、そんな炎が燃え盛る森の中から必死に自分を探し出して助けてくれたんだと、それを暫く間を置いてゆっくりと理解したアゲハントは、寂しそうな表情のままのアスナに謝るかのように頬擦りをする。
「わっ、?」
「…ト、トト…」
「ん?……あ、もしかして…ジンのところに行きたい…とか?…もしそうなら一緒に行く?あたしもどんな話をしてるのか心配だしさ…」
「…トォ」
「…!ふふ。よし!それなら行こ!まだ無理しない方がいいから…ほら、頭の上においで!」
「ト!」
ごめんねと言うように頬擦りをしてくれたアゲハントに驚きながらも、その可愛さにまたもや癒されたアスナはすぐに笑顔になると、まだ少しだけ意地を張っているようなアゲハントを自分の頭を上に誘導してから、外にいるだろうジン達の元へと向かったのだった。
アゲハントが素直になっている今なら。
もしかしたら良い方向に事が進んでくれるかもしれない…等と前向きなことを考えながら。
……の、だが。
そんなアスナの期待は外に出た瞬間からスッポーーン!!と清々しい程にどこかへ吹っ飛んで行ってしまった。
「ですから!今回の件は我々に任せて下さいと言っているでしょう?!それなのにわざわざ檻から出すなんて!!」
「もう大人しい奴を檻に入れてる意味が分かんねぇから出してやっただけだろうが」
「っ、そのバクフーンは危険なんです!以前からも被害が出ていたとの報告もあるんですよ?今回のことだって、そのバクフーンが孤児院を焼き払って、近くの森まで被害が及んでいるんですよ?!もう少し遅ければ森を伝ってエンジュシティにも被害があったかもしれません!」
「だからって口枷付けて檻にぶち込むたぁ良いご身分だよな。一体その後どうするつもりだったんだ?まさか、「世間体を気にして」殺処分。または「警察の評判を上げるために」殺処分。…だなんて言わねぇよな?…その鞄の中に入れてるもん出してみろよ」
「っ、それは…!!」
外に出て早々…そんな物騒な話が耳に飛び込んできたアスナとアゲハントは驚いて、急いでジンの元へと駆け寄る。
すると、その話を聞いていた時は後ろ姿しか見えなかった為に分からなかったが、隣に立ってから見えるようになったジンのその雰囲気は無表情ながらも怒りを露わにしていることがよく分かる。
そんなジンの雰囲気と言葉に、すっかり怖気付いた男性のジュンサーさんは悔しそうな表情をするものの…立場上あちらも引くに引けないのだろう。
ゆっくりと鞄から銃を取り出し、それをすっかり落ち込んで大人しくなっているバクフーンへと向ける。
「!!そんっ、!!待って下さい!確かにバクフーンはとんでもないことをしちゃったけど!それだってちゃんと理由が…!!」
「…しかしそれでも…被害が出たことは変わりません…!今回の事で街の人達も完全に怯えていますし…そのバクフーンだって…分かっているのか、抵抗しないじゃないですか…!」
「ッ…!!」
目の前の男性のジュンサーさんも、本音はこんな事をしたい訳ではないのだろう。
ジンに見透かされたその銃を持っている手が震えているのに、それでもやらなければならないと目を細めて、止めてきたアスナに対して反論する。
しかし…それに慌てたアゲハントがアスナの頭の上から降りて、バクフーンの元へと飛んでいこうとした、その時だった。
「…ならこうすりゃいいわけだ」
「「え?」」
怒っていた筈のジンが、突然この場に相応しくない飄々とした声を上げたかと思えば、次の瞬間モンスターボールがやる気無さげに宙を舞い…大人しく震えていたバクフーンを赤い光に変えてその中に呆気なく収めてしまう。
その突然の様子に思わずアスナとジュンサーさんが揃って声を出してジンを見れば、そこにはさも当たり前かのような表情で先程のモンスターボールをくるくると指で回している姿が目に入った。
………訳が分からない。
「まさか。補欠と言えども別地方の四天王のポケモンに手出しは出来ねぇよなぁ?こいつ、もう野生じゃねぇんだし」
「……え?あ、……え?」
「まぁでも?やっちまったことはやっちまった訳だし…そこら辺の落とし前は付けさせてもらう。孤児院の建て直しやら森の再生費用やらはここに請求しとけ。「あのバクフーン怖い」だとかなんとか言ってる奴らもその本人がジョウトから出ていきゃあ文句ねぇだろ。…てことで、はいお勤めご苦労さん」
「……………え?!あ、…え、…は……はい……?…っ、ふふふ…!!!」
そうしてジンに完全にしてやられてしまったジュンサーさんは、呆気に取られたまま笑いながらパトカーに乗って帰っていってしまった。
そのパトカーが完全に見えなくなるまで見送ったアスナは、車に乗り込む時のジュンサーさんの表情が安心からくる笑みだったことを思い出して思わずくすりと笑う。
そしてそのまま、呑気に煙草を吸っているジンの頭をわしゃわしゃと掻き乱すと、嬉しそうに眩しく笑ってこう言った。
「ジン……あんたって本当…!あはは!そういうとこあるよねー?」
「っ…なんだよ…!ったく、惚れ直しでもしたか?」
「はぁ?!っ、ち…ちょっと!ちょっとだけねっ?!………てか、アゲハントは?どう?…ジンのことちょっとは見直し、」
「……ト」
「てないよね、あはは!もー、素直じゃないなぁ」
「マジで昔から可愛くねぇよなおま、…いってぇ?!」
少しは照れるかと思って頭をわしゃわしゃとやったら、倍返しされてこっちが照れてしまったけれど。
素直じゃないアゲハントに頭を突かれた…こっちも素直じゃないジンを見て。
まぁこれはこれでよかったのかもしれないなと思ったアスナは一件落着!とすっかり夜になった空に向かって気持ち良さげに両手を伸ばしたのだった。
「…そういえばさっきの請求書、何処にお願いしたの?」
「デボンの副社長宛」
「わあ」
気持ち良く夜空に手を伸ばした…そのずっと先にある、もうすぐ自分達が変える場所の同じ空の下で。
今頃盛大にクシャミをしているだろう御曹司を想像したアスナは暫くその姿勢のまま動けなかったとか、なんとか。
(はぁーくしゅっ!!!)
(どうしたのダイゴ?風邪?)
(んん…大丈夫だよシアナ…なんかちょっと腹立つ予感がしただけだから…)
(???)
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