乱暴で暖かい手



何がどうなってそうなっているのか、全くもって分からなかった。
まるで道を示しているかのように…案内するかのように院内の炎が自分を避けてくれる…どこか「懐かしさ」を覚えるその道をひたすらに走った。

そうすれば一つの部屋に辿り着いて、ドアを蹴破ったと同時に炎ではない「赤」を視界に入れて…本能のままに強く抱き締めれば、途端にカタカタと腕の中で震えて泣きじゃくるアスナに心底安心して、思わず涙が一粒流れたが、それは運良く床に零れ、熱ですぐに消えてくれた。




「話は後だ。……しっかり掴まってろよ」


「っ、うん…!」




アスナの元に来るまでのことを思い出しながら。
抱きついて離れず、ずっと名前を呼んでくるアスナのその声に全て返事をして…落ち着かせるために優しく一度だけキスをしたジンは急いで窓から飛び降りて下に敷いてくれていたマットに倒れ込む。
そして泣きながら駆け寄ってきたオバナにアスナを預けたジンはすぐさまバシャーモ達の方へと視線を向けた。

そこにはバシャーモとグラエナが必死にもがくバクフーンを押さえつけ、ウォーグルとヤミラミ、そしてギャロップがバクフーンが四方八方に放つ火炎放射を各々の技で相殺してこれ以上被害がでないようにしてくれている様子が目に入ったジンは、速攻で自身の首にかかったメガネックレスを握りしめると、高らかに叫んだ。




「よくやったお前ら!!…いくぞバシャーモ!メガシンカァ!!!」


「シャァッハーーッ!!!」




ジンの叫びの後に、同じく高らかに声を張り上げたバシャーモはジンのネックレスの煌めきを全身に浴びて光り輝く。

その光は辺りを焼き尽くす真っ赤な炎すらも霞んで見える程に強く、それを離れた場所で見守っていたアスナ達はあまりの強さに後退りをしてしまったのだが、それはその光が強く輝いていたから…というだけではなかった。




「理由はどうあれ、ここまでされたら落とし前はきっちりつけさせてもらわなきゃ気が済まないんでなぁ!!…バシャーモ!!」


「シャァ!!」


「俺の「指示」は分かってるな?!容赦も何もいらねぇ!!思いっっきり…叩き潰せぇ!!!」


「!…シャァァァァーッ!!!」




アスナ達が後退りをしてしまったのは…その訳は。
背中しか見えないはずなのに、表情が見えないはずなのに…唯一分かるジンのその声と、パートナーのバシャーモから伝わる「覇気」が凄まじいものだったから。




「ギャロップは奥に全力で走れ!!ウォーグルは上空で待機!!グラエナとヤミラミは俺のタイミングにあわせてシャドーボール!!」




そしてもっと凄いと思ったのは、そんなジンが出す的確な指示だった。
バシャーモをメガシンカさせた状態のまま、集中力を持続させつつ手持ち全匹を視界に入れて各々に指示を出すその後ろ姿は、まさに…




「…おら今だ!!ヤミラミは右腕!グラエナは腹!!」


「ガアウ!!」


「ミィー!!」


「……す、…凄…い…!」




まさに、炎使い。
まさに、四天王。
怒り狂い、目を血走らせ…ぜぇぜぇと呼吸を乱しながらがむしゃらに近くの木々をなぎ倒そうと振り被ったそのタイミングで右腕にヤミラミのシャドーボールが直撃し、苛立ちで火炎放射を口から吐き出そうと空気を吸ったそのタイミングで膨らんだ腹にグラエナのシャドーボールが命中する。

手持ちの全部が純粋な炎タイプではなくとも、例え正規の四天王でないにしても。
そんなジンの圧倒的な実力と洞察力をも目の当たりにして、素直に唾を飲み込んで「凄い」と声を発したアスナは、オバナから頭にかけてもらったジンのライダースをキュッと握る。

すると、そのタイミングをまるで測っていたかのようなジンの声が耳に入ったアスナは、意識をハッとさせて目の前にいるジンの背中と、ずっと走っていたギャロップとバシャーモの姿を捉える。




「そこだギャロップ!!バシャーモを蹴り飛ばせ!!ウォーグルは熱風でバシャーモにブーストかけろ!!」


「「グッルゥァァァー!!」」


「さぁ終いだ!!…バシャーモ!ブレイズキックッ!」


「シャァァァ…ハァッ!!!」



アスナがバシャーモとギャロップの姿を捉えた瞬間。
ジンの指示通りに動いたギャロップは、いつの間にかバクフーンの後ろへと回っており、その後ろを走っていたバシャーモの足裏を思いっきり蹴り飛ばす。
そしてそれにあわせてウォーグルが上空から放った熱風の勢いもプラスされたバシャーモは、その足に込めた炎の温度を何倍にも上げて、スピードをつけて…



(………そういう事か…可笑しいと思った。…こいつ弱ってやがる…火力が高ぇのは特性の猛火の影響か…!!このまま攻撃させ続けると不味いな…バシャーモ、気絶狙いで後頭部に攻撃を当てることだけを考えろ)




渾身の一撃をバクフーンの首裏に見事に命中させた。
そしてそれを受けたバクフーンは電池が抜け落ちてしまったかのように…まるで操り糸が解けたかのようにカクン!と両膝を地に付けると、そのまま全身も地へとついてすっかり気を失ってしまう。



「上出来だ」


「シャモ!!」



それを見届けたバシャーモはメガシンカを解き、歩いてきたジンと拳を合わせてみせた。
その光景を見て、一件落着…かと思ったアスナとオバナがホッと胸を撫で下ろしかけたのだが、それは後ろから小さく…本当に小さく聞こえてきた声によって中断されてしまう。




「ごめ…な、さい…!ごめ、」


「…?君は……どうしたの?何がごめんなさいなの?」


「……ほら。落ち着いて話してご覧」


「おれ、が!おれが、わるかっ、たんだ…!おれ、おれのせいで、バクフーンは怒って、孤児院も、燃えちゃっ…!う、うう…ごめ、ごめんなさい…ごめんなさい…っ!!」




急に泣きながら…すす汚れた顔をその涙で流しながら嗚咽と共に何かを伝えようとしてきたその少年は、火事の中で倒れた本棚からアスナが庇った少年であり、サッカーで遊んでくれたジンによく懐いている少年でもあった。

その少年が言いたいことはなんなのか。何に対して謝っているのか…それを詳しく聞きたくても、少年の小さな声はいつの間にか到着した消防隊やゼニガメ達が消火活動をしてくれている音でかき消されて上手く聞こえない。



「…何がごめんなさいなんだか、言わねぇと分かんねぇだろうが。ほら、いいから落ち着いて話してみろ」


「っ、う、ん、…!お、おれ…!ジン兄ちゃん、の役に立ちたく、て…っ!ひっく、それ、それで…!昨日、森に、行って…」




この距離では聞こえるものも聞こえないと、手持ちのポケモンをボールに戻したジンが少年の前にしゃがんでその頭にぽん、と手を置くと、少年は少しだけ安心したのか、嗚咽混じりでゆっくりと…どうしてごめんなさいなのか、何がどう自分のせいなのかと言うことを話してくれた。

それを聞いたアスナとオバナは最初こそあまりのその内容に理解が追いつかなかったものの…ゆっくりと顔面蒼白になって立ち尽くしてしまい、ジンが弾かれたようにギャロップをボールから出して森の奥へと入っていった事にすぐ気づけなかったのだった。

















「…ト……トォ……」



あぁ、苦しい…息が出来ない。
バクフーンはどこに行ったのか、どうして外から入ってくる光がぼんやりと赤いのか。

森の何処かにある、木の幹に開いている穴の中で…丁寧に敷かれた葉っぱの上に寝転がっているアゲハントはそんな事を考える。
いや、考えるというよりも…そんな事しか考えられなくなっていたといった方が正しいのだろう。

いつも遊びに行く孤児院にいる小さな子が森に遊びに来てくれて…持ってきてくれたらしい木の実が嬉しくて、折角だから友達のバクフーンにもあげようって、考えて…



「トォ…………ッ、」



苦しい、苦しい…熱い…
あぁ、なんであげてしまったんだろう、なんで1人で食べなかったんだろう。
なんで、どうして、あの子は毒なんて塗ったんだろう。

小さな子を見ると、サキを思い出す。
小さな子の笑顔を見ると、サキを思い出す。

大きくなった時よりも…成長した時よりも…
小さな頃の方が楽しそうだった、幸せそうだった。




「……トト………」




あぁ、目が霞む、ゆらりとぼんやりと…赤いものが目の前にあることしか…もう分からない。
このまま目を閉じてしまえば、会えるのかもしれない。
大好きなサキに、また会えるなら…それならもう…このまま…



「………」



小さな頃のサキは…純粋無垢で、ただただ…大好きな…大好きだった……あいつの手を、握って……あいつの手で、抱っこをしてもらって………




「っ、アゲハント!!」




そう…確かその手は…こんな風に…
少し乱暴で、でもしっかりとしてて…それで、それで……………



暖かい、手だったような気がする…


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