火山の怒り



今日は生憎の曇り空の下。
今にも雨が降り出しそうな嫌な天気の中…相変わらず持ち前の諦めない精神でアゲハントを待ち続けるアスナに半ば無理矢理引っ張られてきたジンは、子供達とアスナが院内で遊んでいる隙を見計らって孤児院の庭の隅で煙草を吸っている所だった。

すると、そんなジンに言いたいことがあったのか、タイミングを見計らったかのようにオバナがジンのすぐ後ろにある職員室の窓を開けて顔を出す。




「あんたの彼女は本当にめげないねぇ?」


「…諦めはすこぶる悪い奴だからな」


「あっはっは!それは経験済みの話かい?」


「痛いくらいな」




あんたの彼女…つまり、アゲハントに希望を砕かれてもめげない頑張り屋のアスナの事を言っているオバナに対し、ジンはそれは自分が良く知っていると密かに笑って煙草の煙を吐き出しながら言う。

密かに笑ってしまったのは少しの罪悪感とその倍は軽々とある自信から来ているものなのだが、それをアスナ本人に言った途端に照れ隠しの鉄拳が来るのはまず目に見えているので…ジンは余計なことは言わずに一言だけで返事を済ませた。




「そりゃ結構なことだね!…まぁ、諦めが悪いのは良い事なんだけどねぇ…このままいくと、ちょっと心配な事があるんだよ」


「?何だよ」


「ほら、あんたも既に聞いたんじゃないかい?「森に獰猛なポケモンがいる」って話。出てこないならいいんだけど、もし今後もここに通うようなら、いつ鉢合わせてもいいように用心はしときなよ?まぁあんたも補欠?だとしてもホウエンの四天王なわけだし、大丈夫だとは思うんだけど…」


「あー…そういやぁ聞いたわ。一応ここに来る間はグラエナ連れてっけど、今のところ出てくる気配はねぇな。…つか、まずそのポケモンが何なのか知らねぇんだけど?」


「あぁ、それはね…バ、」




アゲハントと話をする為に今後もここに通うなら心配な事がある…と、そう言ったオバナがその次に答えたのは、ジンが以前アチャモ饅頭を買う時にたまたま後ろにいた老人から耳にしたことについてだった。

ジンが補欠の四天王だというのは分かっているが…それでも用心するに越したことはないと話すオバナに、ジンは心の中でそれはそうだと肯定すると、そのポケモンについて詳しく聞いておいた方がいいだろうとオバナにその正体を教えてもらおうとしたのだが、何故かジンはしゃがんでいた体を即座に起こすと、それを彼女が教える前に遮って彼らしくない大声を上げる。




「っ、しゃがめババア!!!!」


「え?!あ、あぁうん?!」




切羽詰まったような突然のジンの大声に驚きながらも、咄嗟にその通りにオバナが言うことを聞いた瞬間。
丁度オバナが顔を出していた窓の真正面にある森の奥から眩しい光が現れ、チュウウウン…ッ!という爆発音を通り越した威力の炎が孤児院の壁を直撃した。

幸い、すぐにしゃがむ事が出来たオバナは咳をしながらも無事なようで、ジンは直ぐに窓からオバナを救い出して自分のジャケットをオバナに被せると、速攻で炎が飛んできた方向に向き直る。




「っ、あれは……」


「!なんてこったい…!ごほっ、あいつだよ…あいつが今さっき言ってた、獰猛なポケモン…!」


「バクフーンじゃねぇか…!!…チッ、おいババア!ガキ共を連れて今すぐここから離れろ!他の職員だっていんだろ?!」


「ごほ、っ、…で、でも!あんたはどうすんだい?!」


「人の心配してる場合じゃねぇだろ!!?いいから行け!!」


「っ、わ…分かった…!!」




ジンが向き直った先に居たのは…何故か怒り狂った、このジョウトでは初心者向けのポケモンに指定されているヒノアラシの最終進化系であるバクフーンだった。
何かに相当怒っているのか…その背中の炎でさえも凄まじい火力で、それだけでも近くにある木々が燃えてしまう程だ。

一言で言えば、確かに「獰猛」
しかしそれにしたってあの様子と威力は可笑しい…と危機的状況の中で判断したジンは迷いもなしに一番のエースであるバシャーモを繰り出すと、オバナの迅速な指示で孤児院の中から避難していく子供達や職員を確認し、一緒に避難している筈のアスナもきっと子供達の傍にいる事を最優先にする筈だと踏んだジンは、目の前のバクフーンに声をかけた。




「バクフーン!!落ち着け!!何があった?!」


「グルゥウウウアァアァアッ!!!!」


「チッ…!聞く耳持たずかよ…っ!!バシャーモ!取り敢えず大人しくさせんぞ!手加減なしだ!!スカイアッパー!!」


「シャァァ……ッハァ!!」




落ち着け、何があった。
そう声をかけるものの、ジンの言葉を全く耳に入れない様子のバクフーンのその目は完全に怒りそのものを映しており…炎タイプのポケモンから好かれやすい筈のジンに対して殺意までも向けている始末だった。

すぐ後ろではバクフーンが放った炎によってメラメラと待つことを知らない炎が孤児院をいつの間にか覆ってしまっており、全員避難した後だとしてもこれはよろしくないと判断したジンは、容赦なくバシャーモに指示を出してバクフーンに攻撃を仕掛ける。

こうなっているのは理由があるはず。
それならばまずはこのスカイアッパーが抑制になればいい。それか少しでもその衝撃で冷静になってくれれば…と、避けられることを前提で指示を出したジンだったが、それは予想とは反してバクフーンの顎にモロに直撃する。




「?!……待てバシャーモ!!」


「!…シャモ?」


「………そういう事か…可笑しいと思った。…こいつ弱ってやがる…火力が高ぇのは特性の猛火の影響か…!!このまま攻撃させ続けると不味いな…バシャーモ、気絶狙いで後頭部に攻撃を当てることだけを考えろ」


「シャモ!!」




想定外のバクフーンの火力の正体が特性による物だと分かったジンは、それならばこの状況はバクフーンにとっても不味いと判断してバシャーモに先程とは違う指示を出す。

猛火という特性は、そのポケモンが弱っている状態の時に発揮するもの。言わば火事場の馬鹿力と言ったものだ。
つまり…このままバクフーンが怒りで我を忘れた状態でセーブも何も無い全力の炎を吐き出し続ければ、元々弱っている体に鞭を打つようなもの。
そうなれば最悪…瀕死では済まないかもしれない。

それなら気絶させる他ないと、バシャーモも主人のジンに言われた事を理解して首を大きく縦に振って頷いたのだが、その体は実行するよりも先に聞こえた何かの声でジンと共に固まってしまった。




「げほ、げほ…!!助け、…!ジン兄ちゃん…!ジン兄ちゃぁん!!げほっ、げほっ!!」


「……っ…あいつ…!!まだあんな所に…?!」


「助け、…!!アスナお姉ちゃんが…!ごほっ、おれ、おれを庇って…!!足が本棚の下に…っ!!挟まっ、て…!動けないんだぁあ…!げほっ、」


「な……っ、?!」




何かの声が聞こえた先。
それがまさか孤児院の二階の窓からで…そこに居たのは以前庭でサッカーを一緒にした、自分に良く懐いている男の子だとジンが理解すれば、その次に聞こえたその子供からの情報に…ジンとバシャーモは顔を真っ青に染める。

完全に油断していた。
この状況だったとしても、どうして真っ先に安全を確認してやらなかったのか。
一番大切な人なのに、一生持たない決めていた感情を唯一向けようと決めた…生涯にたった1人の女なのに。




それなのに。




−…ズガァァァアン…ッ!!!!−





「っ………は…………?」





何故、走り出そうとしたその足は止まる?

何故、先程まで炎に包まれていたとしても確認出来ていた孤児院の二階が見えなくなる?

何故…何故、



目の前の…まだアスナ達がいるらしいその建物が…勢いを増して燃えている?




「っ……!!アスナァァァァ!!!!!」




パチパチと容赦なく踊り狂うように弾ける炎の音と。
追加のオーバーヒートを放った張本人であるバクフーンの雄叫びと。
ガラガラと無惨に崩れ落ちていく瓦礫の音に混じって。

頼む、頼むから…と、ただその一心で叫んだジンの声は、虚しく響くのか、それとも。


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