森の何処かで


あれから…
結局、アゲハントから素直に「ジンが嫌いだ」と返事をもらったアスナは、完全に心が砕けて失った感情を取り戻すよりも先に何やら森の向こうから聞こえた物音に導かれるかのように去ってしまったアゲハントを引き止められなかった。

唯一褒められるとすれば、それは「また明日ね」と咄嗟に言葉が出て、それにアゲハントがこくりと頷いてくれたことくらいか。

そんな事を考えながら…お世話になっているエンジュシティの旅館へと戻る為にとぼとぼとジンの隣を歩いているアスナに対して、ジンは呆れたようなため息をつく。




「だから言ったろ、誤解も何もねぇと思うけどなって」


「だからって本当にそうだとは思わないじゃん!!炎タイプの子にはあれだけ好かれるのになんでアゲハントには素直に嫌われてるわけ?!」


「いや虫だからじゃね?」


「ちょっと上手いこと言うの辞めてくんない?!」




ため息をついた後にジンがそう言えば、アスナはだってだって!とまるで駄々っ子のような半泣きでジンに食ってかかる。
そんなアスナにジンは「はいはい」といった様子で適当な返しをしたのだが、割かしそれが上手かったのだろう、アスナから褒められているような怒られているような不思議な言葉を返されたジンは軽く笑いながらついついアスナの頭をぽんぽんと優しく叩く。




「ははは、まぁ必死になってくれてんのは嬉しいけどな。嫌われてるもんは仕方ねぇだろ?」


「うぐ、何でそんな他人事なの!」


「あ?あー…他人事っつうか…昔からそうだったしな…」


「…え?そ、そうだったの…?」


「おう。まぁあのアゲハントからしたら大好きな主人を取られたくなかったんだろうよ。俺の顔を見る度に何かと突っかかってきてたくらいだし。そっからのあの出来事だからな…そりゃこうもなんだろ」


「……それ先に言ってよ……」


「言える雰囲気をお前がくれてれば俺だって言ったわ」




ジンに頭をぽんぽんと優しく叩かれたことにより、素直にそれが嬉しかったのだろうアスナは自分で自分の頭に手を置き、先程のジンの温もりを密かに感じて頬を僅かに染める。

そしてそのままジンの話を聞きながら、それなら何故それを先に言ってくれなかったのかと落胆してしまったのだが、その後に返された言葉が身に覚えがあり過ぎて何も言えずに再度肩を落としてしまった。

確かに…確かにそうだったからだ。
そんな筈ない、きっと誤解がある、仲直りして欲しい。
等とあれだけ言って、あれだけ張り切っていたのをアスナが我ながら思い出してみれば…そう、確かにそんな状況で「元々嫌われている」だなんてジンも言えなかったんだろうと納得してしまう。
まぁ…ただでさえあまりよろしくない調子のアスナだったのだ。つまり言ってしまえばそんな張り切っているアスナに対してのジンなりの優しさだったのかもしれない。




「ほら、旅館に着いたぞ」


「え?あ、本当だ…いつの間に…!」




アゲハントがジンを嫌っているということに落胆しながらも。
ジンから頭をぽんぽんとされた事で気持ちが幾らか軽くなった自分を我ながら単純なものだと思ってしまっていたアスナが改めて自分がどれだけジンに惚れているのかということを再確認していれば、いつの間にか到着していたらしい旅館の仲居さんに出迎えられていた。




「おかえりなさいませ。お食事はいつ頃ご用意致しますか?」


「どうも。あぁ、夕飯は…」


ぐぅううぅう…………


「……………」


「……出来次第頼みます」


「ふふ、かしこまりました!」




すると…夕飯はいつ頃がいいのかと聞かれたタイミングを見計らったかのようにアスナの腹の音が鳴り響く。
それを聞いたジンは仲居さんと話している途中で肩に口元を埋め、言葉を変えて直ぐに持ってきてもらうように頼んでくれたのだが、その行動からも分かるようにどう考えても彼は笑っている。ほら見ろ肩が震えている。

それに釣られるように笑いながら仲居さんが優しい笑顔で返事をしてくれたのだが、恥ずかしさのあまり顔から火が出そうになって言葉を失っていたアスナは、何とか仲居さんに会釈をするとそのまま無理矢理ジンの腕を引っ張って部屋へと早歩きで戻っていったのだった。









「いやー…やっぱ旅館ともなると飯が美味けりゃ酒も美味いな」


「本当だよね!昨日も美味しかったけど、今日の食事も美味しかった!和食って普段食べ慣れてるけど、やっぱり全然違うよ!地酒も後味スッキリで美味しいし…はぁ…やっぱりいいなぁエンジュシティ…!」


「思わず腹の虫が鳴くぐらいだもんな?」


「う、うるさいなぁ!!しょうがないでしょ自分でも気づかない内にお腹が空いてたんだから!もー!ジンの意地悪!」


「良く言われる」


「あたしにね?!…はぁ、もういいお腹いっぱいだし考え事もしたから疲れた!だからちょっと寝る!1時間くらいしたら起こして!」


「はいはい」




急いで部屋へと入り、テーブルの上に置かれたサービスのポケモンフーズをポケモン達に食べさせている間に、本当にすぐに用意してくれたらしい運ばれた豪華な夕食と地酒を楽しんだジンとアスナは満足気な様子だった。
その近くではグラエナやヒノヤコマ達も美味しいポケモンフーズを食べて満足そうに横たわっており、そんな様子をテーブルに突っ伏して眺めていたアスナが癒されていれば、ジンから数十分前のことをからかわれて顔を真っ赤に染めると、不貞腐れたように完全に顔をテーブルへと埋めてしまった。




「…ご苦労さん」


「……ん」




そんなアスナにジンは軽く微笑むと、おもむろに自分のライダースジャケットをアスナの背にかけて労いの言葉を投げる。
そんなジンに対して「誰のせいだ」と心の中で思うアスナだったのだが、自分でも気づかない内に相当疲れていたのだろう…背中にかけてくれた彼のライダースジャケットから香る少しの煙草の匂いと大好きな香りに包まれ…あっという間に睡魔に負け、アスナはゆっくりと目を閉じてしまった。

そんなアスナの呼吸が規則正しいものに変わった事を確認したジンが思わず息を一つ吐くと、そのタイミングを待っていたらしいグラエナが胡座をかいてるジンの膝の上にちょこん、と顎を乗せて上目遣いで見上げてきた。




「…ん?なんだ、どうした?」


「……ガアウ…」


「………お前、心配してんのか?」


「……ワフ」


「!…ははは、心配ねぇよ。別に傷ついてる訳じゃねぇし。つか元々嫌われてたのはお前も知ってんだろ?……いや、嫌われてたっつうか…張り合われてた、か」


「…ワウ……」






(あ!お兄ちゃん!?おかえり〜!!もう!帰ってくるなら連絡してよ!)


(はぁ?連絡した所で何にもなんねぇだろ?)


(っ、女の子には色々準備ってものがあるんですー!!)


(ト!!トォートォ!!)


(?…おーアゲハント。どうした?そんなにサキを取られて悔しいか?すげぇ顔してっけど。ギャグかそれ?)


(トォー!!!!)


(そーやってお兄ちゃんはアゲハントを虐める!!てか!アゲハントも!お兄ちゃんにあっかんべーみたいなことしない!!…っ、あははは!!!)





「……ははは、懐かしいな」


「…クゥーン…」


「……嫌いじゃなかったんだけどな……俺は」




目を閉じれば…映画のように流れて蘇る、懐かしい記憶。
気まぐれに帰ってくる度に出迎えてくるサキと、そんなサキの頭の上に乗ったまま「なんで帰ってきたんだ」と言いたげにあっかんべーとしてくるアゲハント。

ある時はサキとジンの真ん中に割って入るように潜り込んで邪魔をして、ある時はジンの胸ポケットからバイクのキーを盗んで窓から投げてみたり…と。

随分悪戯をされた、随分張り合われた。
でも、それでも。そんな関係を嫌だと思ったことは…一度もない。




「……寂しい思いをさせたとは、思ってる」




だがそれは…自分の話。
アゲハントからしたら、きっと。

どうしてサキを悲しませたのか。
どうしてサキを助けてくれなかったのか。
どうして、どうして




「……トト……ッ」




選んでくれなかったのか、と。
そう…あの森の何処かで、今もそう思っているのだろうから。

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