当たったら砕けた




「こんにちは、アゲハント。えっと…あたしはアスナっていうんだ」


「……」


「何もしない、何もしないから…まずは少しあたしの話を聞いてくれないかな?」



木々の間からひょこっと顔を出し、警戒した様子でアスナを見ていたアゲハントだったのだが、アスナからの優しく問いかけるような…お願いする姿勢で話しかけられ、尚且つその隣にいたオバナが優しく頷いてくれた事で少し警戒心を解いたのだろう。
オバナがゆっくりとベンチから腰をあげて建物の中へと消えていったタイミングを見計らって、アゲハントはおずおずとながらもアスナの近くへと飛んできてくれた。




「!…ありがとう。えっと…ずっと飛んでるのも疲れるでしょ?あたしが端に寄るから、良かったらベンチにおいで」


「…」


「…うん、ありがとう!…よし…それじゃ、お話をしよう。…まずは貴女に会えてよかった…あたしね、ホウエンからここまで貴女を探しにここまで来たの」


「…トト…?」



飛んできてくれたアゲハントにお礼を言って、その流れで飛んだまま話を聞くのは疲れるだろうからとベンチの真ん中から端に移動したアスナはアゲハントを反対側へと誘導する。
まだ警戒心が残っているだろうアゲハントへの配慮だったのだが、それを察してくれたのか、アゲハントは素直にアスナの提案に頷いて彼女と距離を取りつつベンチへとちょこんと足を着けた。

そして…わざわざホウエンからこんな場所に来てまで自分にしたい話とはどんなものなのかと首を傾げるその様子に素直に可愛いと思ったアスナは微笑みながら話を始める。




「ツツジ色のリボン。…それ、パートナーだったサキさんからのプレゼントなんだよね?……ジンとキンモクさんから聞いたんだ」


「!!ッ、」


「あ!待って!!ごっごめんねいきなり!別に逃げた貴女を責めてるわけじゃないの!ジン達も貴女を連れ戻したいとか言ってたわけじゃない!ただ、あたしが貴女の気持ちを知りたくて…!」


「………」


「…良かったら、ジンのことをどう思ってるのか…あの事についてどう思ってるのか、教えて欲しい。そして出来ることなら…あたしは貴女の為に何かしたい!だから…だからあたしは貴女を探してたの!」


「…トト…………」




首に巻かれたツツジ色のリボンを見つめ、それはサキからもらったものでしょう?と問いかけてきたアスナと、その言葉から出てきた2人の名前に驚いてしまったのか、急いで飛び立ってしまいそうになったアゲハントをアスナは慌てて言葉を続けて止める。

すると、その言葉から本心からのアスナが自分を心配してくれていること、気持ちを知りたいこと、ジン達が自分を探しているわけではないことを理解してくれたらしいアゲハントは、ゆっくりと広げた羽根を再度畳んで大人しくなってくれた。
そんなアゲハントに心底安心しつつ、一つ息を長く吐いたアスナは、アゲハントがなるべく驚かないよう、優しくゆっくり声をかけた。




「…それにね、信じてもらえるかは分からないけど…サキさんが、貴女を心配してるようなの」


「?!ト、トト…?!」


「あ、ごめんね!紛らわしい言い方しちゃった…!えっと、前にね…あたし、サキさんの部屋に泊まらせてもらったことがあるの。その時に夢の中でサキさんに会ったんだ。ツツジ色の…そのリボンと同じ、元気で可愛らしい髪をした、緑色の綺麗な瞳をした女の子」


「ッ…!!!」


「…その夢の中でね、サキさんが話してくれたの。本当はあの時どうしたかったのか、本当に言いたいことはどんな事だったのか、それで…「ジンとキンモクさんを助けて欲しい」って…彼女、そう言ってた。だからね、あたしとジンはそれも切っ掛けで色々と踏み切れて…今は一緒に傍にいる。でもそれは貴女からしたら憎い話なのかもしれない…ごめんね」




サキの名前と、その容姿。
それを伝えた途端にじわじわとアゲハントの大きく丸い瞳から涙が滲んでいくのを見ながら、夢の中でのことを話したアスナは目の前のアゲハントへと体を向け、しっかりと頭を下げて謝罪する。

憎い話なのかもしれないと、そう言ったのは…自分ならきっとそう思ってしまうと思っていたからだった。
大好きなパートナーが「妹」だからと振られてしまい、それでも諦めることは出来なくて…最終的には色々あったにせよ窓から身を投げてしまったのに、その後突然現れた人が今、ジンの傍にいる。

そんなのきっと、パートナーを亡くしたアゲハントからしたら…「憎い」と思うのは当然のこと。
それでもこうしてアスナがそれを伝えたのは、アゲハントに対して何も誤魔化したくなかったからだった。




「……」


「…サキさんから話を聞いた後にね、「ありがとう」って笑ってくれたの。その時に夢の中で咲いた花達が凄く綺麗でね。…キンモクさんから貴女の話を聞いた後少しして、それを思い出したんだよ。黄色と青と、赤と黒。…貴女のその綺麗な羽根の色」


「!」


「…その時に思ったんだ。きっとサキさんはアゲハントのことを心配してるんだろうって。…だからね、どうしても貴女に会いたかった。サキさんと同じように、きっとアゲハントも思っていることがあるんだろうって思ったからさ……あたし相手じゃ、駄目、かな?」


「……トト…」


「…!ありがとう、アゲハント…!!」




夢の中でのことを伝え、今一度気持ちを聞かせてもらえないかと、不安そうに首を傾げながらお願いしたアスナに対して。
アゲハントは少し間を置きはしたものの、アスナの裏表のない素直な気持ちを感じ取ってくれたのだろう。
ぺたん、と完全にベンチに座ってコクリと首を縦に振ってくれた。

そのアゲハントの行動を見たアスナはぱぁっと嬉しそうに目を輝かせると、高らかにお礼を言って眩しい太陽を背にアゲハントにはにかんで見せた。
すると…その笑顔に何かを思い出したかのようにアゲハントは一粒の涙を零してしまう。




「?!え、アゲハント?!ど、どうしたの…?!」


「!トト、……トー……トトト」


「えっ、あ…首のリボン……?……が、あたし?」


「…トォ…」


「……もしかして…「似てる」って、言いたいの?」


「…トト」




突然アゲハントか流した涙に驚いたアスナだったのだが、それをアゲハントは心配しないでと首を横に振ってみせると、小さな手で自分の首に巻かれたツツジ色のリボンを示し、その後にアスナを示してみせた。
その行動からもしかして…とキンモクからもジンからも言われたことがあることをアスナが聞いてみれば、やはりそれは正解だったらしい。

兄からも執事からも言われたことから、纏っているオーラというか…雰囲気のようなものが似ているのかもしれないとはアスナ本人も思っていたが、それをパートナーからも言われてしまえば、もう本当に「似ているんだな」と認めてしまう。

そんな事を考えたアスナが思わず少し笑ってしまうと、それに釣られてアゲハントもぎこちなくではあるものの、笑顔を見せてくれたことが嬉しかったアスナは少しだけアゲハントと距離を詰めると、また再度話を続けた。




「…えっとね、それじゃ…ちょっとだけ距離も縮まったことだし…質問をしてもいい?」


「トト」


「…えーっと…あー…あはは、あたしまどろっこしいのとか駆け引きとか、そういうの苦手でさ…単刀直入に聞いちゃうんだけど…アゲハントって、そのー…」


「ト?」


「…ボールから逃げたのって、ホウエンに居たくなかった…から?サキさんとの思い出を思い出しちゃうからとか…?」


「…トートー…」


「…あれ?そういうわけでは、ない?……な、なら…」




少し近づいても逃げることなく、自分の言葉に素直に頷いたりしてくれるアゲハントが、出会った時よりも遥かに警戒心を緩めてくれていることが分かったアスナが質問をしていけば、アゲハントはすんなりと首を使って答えてくれる。

しかし、単刀直入に聞いたその質問に対して「いや?違うよ」といった雰囲気で首を横に振ってみせたアゲハントが予想外だったアスナは、その表情はきょとんとしながらも、「それならもしかして…」と頭の中であまり考えたくなかったそれを嫌な予感と共に聞いてみた。




「…………キンモクさんの顔を見たくなかった?」


「トートォ」


「…わけじゃ、ないのね。………なら、えっと……」


「……」


「……ジンの顔を見たくなかっ…た…?」


「トォ」




………ピシャリ。
キンモクに対しての質問に首を横に振って否定した速さと同じくらいに。
ジンに対しての質問に首を「縦に」振ったアゲハントの答えにアスナは思わず体全身を固め、背中に電撃が走ったかのような感覚に陥ってしまった。

嘘だ、いや、嘘じゃないんだけど、嘘だ。
え待って、本当にジンの言ってたことが正しいということか?自分が「そんな事ない絶対に誤解か何かをしている」等とロマンチックな夢を見すぎていただけだとでもいうのか。
そんな考えは浮かぶのに、目の前のアゲハントはさも当然かのような様子で「それが何?」と言いたげに可愛らしく首を傾げている。

もうそれなら…ここまでさも当然かのように平然としているならば、こちらももっと本音をダダ漏れにして聞いてしまえ、もうここまで来たら砕けてもいい!
…と、そう思ったアスナが勢いよくしたその質問は、その瞬間に口にしたアスナ自身の石化寸前の身を…





「…ジンのことが嫌い?」


「トォ」




スガァァンと本当に砕けさせてしまうものだったとは。
建物の中で欠伸をしているジンは全くもって知らないのであった。

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