笑顔




「これは昔この院でやった運動会の時。そんで、これはかけっこで一位をとったジンくん」


「さも当然かのような顔してますね」


「これは質素だけど、誕生日にケーキを食べてるジンくん」


「仏頂面で食べてますね」


「それからこれは……あぁそうそう!皆で紅葉狩りに行った時の写真だね。ほら、この端にいるのがジンくん」


「紅葉狩りどころか木の上で寝てますね……って!全然子供っぽくない!!」


「あはははは!本当に子供らしからぬ子供だったねぇ!いやぁ見てる私も懐かしいや!」




ジンがすっかり懐いた子供達を連れて院内へと入っていってしまってから暫くして。
オバナとベンチに座り直してパラパラとアルバムのページを捲っていたアスナは、そこにジンがいる度に説明してくれるオバナの言葉を聞きながら…いや、聞く度にこう思っていた。



本当に子供なんだろうかと。



そうなのだ、それくらいオバナの言った通り子供らしからぬ子供なのだ、ジンが。
いや…正直ある程度予想はしていたし、そんなキラキラ笑うような想像だってしていなかった…いやいや寧ろそっちの方が少し想像しにくいとすら思うのだが、それにしたって冷めているにも程があるだろう。

そんな風にアスナが思って思わずツッコミを入れてしまったのだが、そんなツッコミを聞いたオバナは懐かしそうに、面白そうに手を叩いて高らかに笑う。




「いやもう…予想はしてましたけど、本当にジンって冷めた子供だったんですね…これ大人になった今とそんなに変わらないんじゃ…」


「ははは!そうだねぇ、確かに冷めてた!それに、子供の時から顔がもう整ってたからねぇ…それも変わらず成長してまぁ」


「…た、確かに…子供の時からもうカッコイイ顔してる…!」


「あははは!アスナちゃんはジンくんにベタ惚れみたいだねぇ?うんうん、仲良いことは良い事だよ!」


「なっ、!っもう!そうやって茶化さないでください!」




上手く言えないが、冷めた子供にしろ…あどけなさは勿論あるが、やはりその顔は如何にも「ジン」ですと言ったような顔立ちをしていて、それを見ていれば逆にこれがあんなカッコイイ男に成長するのか…と納得してしまうような容姿だった。

それをオバナに言われて改めてジンの容姿の良さを実感したアスナが素直に納得してしまえば、オバナはそんなアスナの少し染まった頬をつんつん、とつつきながら茶化してしまう。
するとアスナは更に顔を赤くして恥ずかしそうに両手をブンブンと振ってみせた。




「もう恥ずかしいなぁ…っ!!っ、でもありがとうございますオバナさん!小さい頃のジンが見れて良かったです!」


「いえいえ!それを言うなら私だって「今」のジンくんが見れて良かったよ!ありがとうねアスナちゃん」


「え?いや、あたしは別にお礼を言われるようなことは何も…!」


「……いいや。アスナちゃんが連れてきてくれたじゃないか、「本当」のジンくんをさ」


「…え…?」




熱くなった頬を冷やすようにパタパタと手で扇いだアスナが小さい頃のジンが見れて良かったとオバナにお礼を言えば、何故かオバナに逆にお礼とよく分からない言い回しを返されたアスナは首を傾げてしまう。

すると、オバナはそんな首を傾げてしまったアスナの頭に手を置いてぽんぽん、と優しく撫でると、嬉しそうに…くすぐったそうに目を細め、その意味について話しだした。




「…ジンくんはさ、隠すのが得意な子だったんだよ。…色々とね」


「……隠、す……」


「そうさ。…普通に考えれば、まだ両親の愛情が沢山必要な時に独りぼっちになるなんて、寂しくない筈がないんだ。…勿論、小さすぎて親の記憶がないからこそ平気でいられたのもあるだろうけどね。…あの子はあんな性格だけど根は優しい子だから……私や当時の子供達に変な心配をかけたくなかったんだと思うんだ」


「!」


「だから、あの子がホウエンで養子になる事が決まった時は…安心もあれど心配だった。あの子は頭も良いから上手くやれるとは思ってたけどね……自分を押しに押し殺すんじゃないかって…それだけがずっと気掛かりでねぇ…だから、数ある子供達の中でもジンくんは特に記憶に残ってたんだよ」


「…オバナさん……」


「連絡も何もなくて…人伝に里親の会社が倒産になったと聞いて、その後は気づいたらホウエンの四天王やっててさ…本当に訳が分からなかったよ。…でも、もっと訳が分からなかったのは、こうやって急に来たあの子が「笑ってた」こと。あぁ、あの顔が「本当」のジンくんなんだなって、20年経ってやっと見れたんだ。…だから、ありがとうアスナちゃん。…あんたのお陰なんだろう?」




オバナから聞いた、当時のジンの話。
事細かに聞いたわけじゃない、その映像がある訳じゃない。見たわけじゃない。
でも、それでもその話はアスナに当時のジンを想像させるには充分過ぎるものだった。

昔からそうだったんだ、ジンは自分を押し殺して…他人を優先する。
簡単に言ってしまえば、それ程自分に興味がないとも言えるのかもしれない。

そんなジンがホウエンに行って、その後どうなったのかはアスナからオバナに教えることは出来ないが、きっと教えなくても彼女は何となく察しているのだろう。
悲しそうな、寂しそうな…悔しそうな…それでも優しく笑ってアスナの頭を撫で続けるその手は母親という言葉が似合うくらいに優しくて暖かい。




「アスナちゃんを見てるジンくんも、アスナちゃんと話してるジンくんも、…正直私の記憶にはないジンくんだ。まぁ数年しか一緒に居なかったし、子供の頃だしで、当然って言えば当然なんだけどね!」


「…っで、でも!い、いや確かに…その…!付き合ったのだって気持ち無理矢理あたしからアプローチしたからだし!笑うっていうのも、えっと…それはきっと、あたしのお陰ってよりも…ジンの幼馴染…えっと、というか親友?2人の力の方が大きいんだと思いますし…!」


「ごめんねアスナちゃん」


「だからもう心ぱ………?はい…?」




アスナと接しているジンが、自分の知らないジンなのだと言うオバナの言葉に、嬉しくはあれどそれよりも恥ずかしさの方が勝ったアスナは、つい話題を彼の友達…つまりダイゴやミクリの話に持っていってしまった。
勿論、持っていったというよりも、その話の流れではいつかは絶対に出ていた話題なのだろう。
きっと、今のジンがあぁなのは幼馴染で親友のあの2人が居たからこそなのだから。

それを伝えたアスナが「だからもう心配しないで」とオバナに言おうとしたその時。
何故かオバナの顔はきょとん…としていた顔からこれでもかと神妙な様子に変化する。
そしてそんな彼女と彼女の言葉が気になったアスナが聞く体勢を整えれば、オバナは真剣な声色で言葉を発した。




「…………あの子に友達がいるのかい」


「そこ突っ込むんですね」





ジンに友達なんかいたのかと。





「ぶふ、っ、い…いますよ…!!物好きの理解者が2人程!チャンピオンのダイゴさんと、ミクリさんです。ふ、…あとはあたしと、あたしの親友と…あ、カゲツさんっていう正規の四天王の人とか…っ!ふふ、」


「ありゃ…!!そんな有名な人達と仲が良いのかい?!あのジンくんが…?!そう、そうなの…はぁー…世の中何があるか分かんないもんだね…」


「オバナさん驚きすぎ…っ!あははは!雰囲気ぶち壊し…っ!あはははは!」


「ご、ごめんねぇ!はははっ、いや、素直に驚いちまってねぇ!でもそれなら良かった…それなら安心したよ」


「はい!あはは、あー笑った!…はぁ、でもそうですね…あとは………うん、ちゃんと家族もいますよ」


「え?」




あまりにも神妙ね様子でそんな事を聞き、それが本当だと名前も出して主な彼の友人達を紹介したアスナに更に驚いた様子のオバナを見たアスナはとうとう吹き出して笑ってしまった。
余程子供の頃のジンがそういったものに無縁だったからこそなのだろうが、それにしたってお陰で先程までのしんみりとした空気がいつの間にか和やかなムードになったことが、アスナには…何ともそういった空気が好きではないジンの仕業のような気さえしてくる。

そんな空気にすっかり頭と心がリラックスして、ふと見た庭の向こうに見えた…沢山の緑の中で一際目立つ色をその瞳に映したアスナは、一つ呼吸を整えてからゆっくりと立ち上がった。




「……キンモクさんっていう元執事さんと………今は空の上だけど…大切な妹さんがいます。…そして…」


「…あ……」


「………トト……?」


「あたしがあの子を探してたのは、そんな妹さんのパートナーだったからなんですよ」


「………ふふ。そうだったのかい…それは、連れ戻さないとね?」


「…はい!」





世の中何があるか分からない。
先程自分で言ったその言葉が、目に見える光景として実現するだなんて…と心の中で思いながら。
立ち上がったアスナが示した方向を確認したオバナが見たのは、庭のすぐ後ろにある木々の間からひょこっと顔を出した…ツツジ色のリボンを風に揺らすアゲハントの姿だった。


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