願いという名のエゴ



孤児院にてサキのアゲハントのことを聞いた次の日の朝。
ジンとアスナは再度この孤児院を訪れ、目的のアゲハントが遊びに来るのを待っている所だった。
しかし…ジン自体はやはりアゲハントの事は放任しているのか、アゲハントを待つと言うよりもアスナに着いてきたと言った方が正しいのかもしれない。
それを証明するかのように彼は、アスナと院長がベンチで話している場所から少し離れた広い庭で子供達と適当なサッカー遊びをしている。




「ジン兄ちゃーん!次僕!僕ね!」


「ほらよ。…はい残念」


「うわぁ何だよそれー!ズルいぞ!そういうのな!お、と、な、げ、な、いって言うんだぞー!」


「お前が下手なだけだろ」


「ちくしょー!!!」




若くてカッコイイ男の人が来ることが余程珍しくて嬉しいのか、孤児院の男子達は集ってジンからサッカーボールを奪おうと走り回って悪戦苦闘するものの…サッカーボールを蹴ろうとしたその足の間からは、ジンによってひょい、と軽々蹴られたサッカーボールがコロコロと間を抜けて通り過ぎ、瞬時にジンの足へと戻ってしまう。

所謂股抜きとでもいうのか…そんな技を軽々とやって見せたジンに文句を言いつつも、心の中では素直にカッコイイ!と尊敬してすっかり懐いている子供達の笑顔は空の上にいる太陽に負けないくらいに眩しいものだ。

そんな子供達と、意外にも満更でもなさそうなジンの様子を院長と共に眺めていたアスナは思わず顔を赤らめてしまう。




「ははは!ジンくんはあぁ見えて小さな頃も面倒見が良かったからね!そこは成長しても変わらなかったわけだ」


「へ?!あっ、そ、そうだったんですか…?」


「そうさ!小さいながらもよくチビ達の面倒を見てくれたもんだよ。歳の割にしっかり者だったからねぇ…両親が亡くなったとは思えないくらいだったよ。…まぁ、それは物心着く前の話だったからだろうし、あの子からしたら記憶がはっきりし始めた頃にはもうここに居たからかもしれないけどね」


「……ジン…」


「……そんなあの子があんなに大きくなって…アスナちゃんみたいな可愛い子を連れてきて………いやぁまさか、そんな彼女の腰を痛めさせるような男になっていたとは!この私も想像してなかったけどねぇ!あっはっはっは!将来子供が出来たら連れてきてくれよ!湿布でも貼るかい?」


「はぁっ?!な、な、な、なななんっ、な!なぁ?!!?!い、いいい、要りません大丈夫ですお気遣いどうも?!っ…もうオバナさんったらぁ…!!」




ジンはもしかして案外子供が好きなのだろうか、ということはその…あれだ。
いつか彼が父親になったら、その時はああやって子供とサッカーをしたりするのを…その、自分は母親として見られる日が来るのがもしれない。
………だなんてことを想像して思わず赤面してしまったアスナだったのだが、そんなアスナの横でしんみりした話をしてくれた院長…オバナの話を聞いたアスナがハッと我に返って過去のジンを想像し始めた矢先。

折角我に返って真剣に考えようとしたというのに、そんなアスナを再度そっち方面へと引き戻した張本人であるオバナはケラケラと悪びれもなくおおきな笑い声を上げる。
…確かに、確かに実は昨日の夜は彼の有言実行とばかりにかなり激しかったのは事実で、正直に言うと湿布は欲しい。でもだからと言ってそんな話を平然としなくてもいいだろう!とアスナは思いつつ、どうにか平常心を取り戻そうと近くに置いてあったお茶を一気飲みした。




「あはは!ごめんね、ついつい!でもそれなら…からかったお詫びにジンくんの写真を見せてあげるよ!昔のアルバムにいくつか残っている筈だから…今持ってくるね!」


「え?!あっ、はい!!やった!ありがとうございます…!」


「いや余計なことすんじゃねぇよ」


「あんたは黙ってチビ達と遊んでやるんだね!」




アスナがゴクゴクと豪快にお茶を飲み干したタイミングで、ごめんごめんと悪びれもない様子で両手を合わせて謝ってきたオバナは、残念ながらお茶を飲み干しても顔が真っ赤なままのアスナに「お詫び」としてジンの小さな頃の写真を見せてくれるらしい。
そんなオバナからの突然のサプライズに思わず素でお礼を言ってしまったアスナだったのだが、それをよく思わなかったジンが突然横から現れた。

…が、それすらもオバナは気にすることなく、ジンの背中をバンッ!と叩いて笑いながら軽くあしらうと、ササッとアルバムを取りに孤児院の中へと入っていってしまった。
そんなオバナのご機嫌な様子の背中を見送ったジンは長いため息を吐く。




「っ…んの野郎…何で写真なんか残ってんだよ……まぁ別に構わねぇけどよ。つか、俺はガキ共と中にいるからな」


「あはは……あ、てか。何で?休憩?」


「…いや、俺がこのまま外にいるとお前が困ると思ってな」


「?それってどういうこと?」




先程まで子供達とサッカーをして遊んでいた筈で、特にこれといって疲れているような様子でもないジンが突然サッカーを止めた事と、そのまま孤児院の中にいるという理由が分からないアスナが首を傾げてしまえば、それを説明してくれたのはジンではなく、ジンを追って駆けてきた数人の男の子達だった。




「アゲハントね、いつもこれくらいの時間に遊びにくるんだよ!」


「あ!そうなの?」


「うん!でもジン兄ちゃん、アゲハントと仲が悪いんでしょ?それならジン兄ちゃんが居たらアゲハントが来てくれないかもしれないからね!」


「……ジン…!そんなの会ってみなきゃ分からな、」


「まぁ、兎に角そういうこった。何度も言うが、俺はその件についてはあまり関与するつもりはねぇからな。勿論邪魔するつもりもねぇよ。お前の好きにやれ。ほら行くぞガキ共」


「「「はーい!!」」」


「あ!ちょっと!だから誤解かもしれな…って、あーもう…行っちゃったよ…」



どうやらジンは、アゲハントが自分を見つけてしまえば、折角アスナが情報を入手してこうやって待ち伏せをしているのに、最悪ここに寄り付かなくなってしまうのではと考えたようだった。
関与するつもりはないが、邪魔をするつもりもないと言ったジンがアスナの説得を聞かずに子供達を連れて孤児院の中へと入ってしまったのを見て、思わず先程のジンがオバナに対してしたようなため息をついてしまったアスナは、ふよふよと吹いてきた風で靡く髪を片手で抑えて思考を巡る。




「……仲直り…出来てくれたらいいんだけどな…」




風に靡く髪を抑えながら。
ふとジンとの会話の中で浮かんできた、「邪魔をするつもりはない」という言葉とその行動。
それが…黙っていることも出来たのに…子供達にアゲハントの情報を聞いてくれていたという彼の優しさと比例して…アゲハントに会うつもりはないのだという硬い意志のようなものも感じてしまって。


ただ…仲直りして欲しいのに。
ただ…元通りにならなかったとしても、少しでも彼の「昔」を取り戻せたらと願っているのに。



「…あたしのエゴだったりするのかな…これって……」



自分のエゴだったりするのだろうか。
ジンとアゲハントにとってはありがた迷惑な事なんだろうか。
…自分が、先走っているだけなのだろうか。

そんなことを考えて、ジンの優しさと自分のしていることが正しいことなのかどうかという不安が入り交じって…1人何処かの知らない世界に取り残されてしまった気持ちになったアスナのその感情をいつも通りに暖かなものにしてくれたのは、ジンと入れ違いになったオバナが持ってきた古いアルバムのページを捲るまで続いたのだった。




(見てみな、これがジンくんだよ)


(…どうしよう…純粋無垢な子供の筈なのに表情がもうこの頃から冷めてる)


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