温かくなったわけ



運が良かったのか、噂の獰猛なポケモンとやらには遭遇せずに無事に森を抜けられたジンとアスナは、その先にあった、ジンがお世話になっていたらしい孤児院へと顔を出していた。

門を潜った先にある庭では数人の小さな子供達がサッカーボールで遊んでいたのだが、それを離れていた所でそれを見ていた些かふくよかな女性はジンと目が合うと、暫く目を細めて首を傾げた後に…ジンが誰だか分かってくれたのか、徐々にその表情を明るいものに変え、嬉しそうにこちらへと走って来てくれたのだった。


…と、まぁ初めはそんな感じだったわけなのだが…




「そうかいそうかい!!やっぱりジンくんだったか!!あっはっは!テレビで見たことはあったけど、やっぱり生で見るとまた違うねー!!男前になったもんだよ!暫く見ない間にこんなに大きくもなってまぁ!!」


「痛ぇんすけど」


「しかもこんな可愛らしい彼女さんまで連れて来るなんてねぇ!やだよぉもう!!何だか私の方が照れちまうよ!!」


「痛ぇ痛ぇ痛ぇ!!あーー!分かった!分かったからその背中を叩く癖どうにかしろって!!ったく昔から何も変わってねぇな!」




それはこのように。
感動の再会なのかどうかは分からないが、いずれにせよアスナの目の前で会話をしているのだろう2人が20年振りの再会を果たしている事は事実だとしても、そのあまりの温度差にアスナは拍子抜けして上手く会話に入り込めず、まだ挨拶さえもまともに出来ていない状況だった。

そんな中でも取り敢えずアスナが分かることは、あの時嬉しそうに迎えてくれたこの活発で人の良さそうな女性がこの孤児院の院長さんだということと、そんな女性にジンが容赦なく背中をバンバンと叩かれていることだった。




「あはは!あんたこそそんなヤワじゃないだろう?まぁ私は元気が取り柄みたいなもんだからさぁ!でもそれならまだ私も若いってことかい?やだよぉもう世辞まで上手くなって!罪な男になったもんだね!」


「あーはいはいそりゃ良かった良かった」


「あはは!!まぁこんな場所で世間話でもなんだしね!音沙汰も何も無いジンくんが急に来るなんて何かあるとは思ったんだ!今茶菓子を用意するから、ほらほら上がった上がった!!」


「あー…まぁそんなとこっすね。つか埒が明かねぇ。ほらアスナ、とっとと話を聞き出して帰んぞ」


「……え?…あ!あぁうん!えっと、すいませんお邪魔します!」



完全に野次馬のような状態になってしまっているアスナが随分と元気な方だなぁ…と2人分のスリッパを用意してさっさと奥の部屋へと行ってしまった院長さんの背中を眺めていれば、どうやらその間に話が少し進んだようで、ジンに声を掛けられながら軽く背中を押されたアスナはそれでやっと状況に追いついた。

自分の母も活発な方ではあるが、ここの院長さんはそれよりも遥か上な気がするのは気の所為だろうか…と思いつつも、用意してもらったスリッパを履いて奥の部屋へと向かっている間に見えた子供達の描いた絵や水飲み場等を見れば、目の前を歩いているジンもここで暮らしていた時があったんだな等とちょっとした想像をしてしまう。



「ねぇジン、アゲハントの事が何か聞けたら、その後に院長さんにジンはどんな子だったのかとかも聞いていい?」


「はぁ?いや、いくら院長だからって流石に詳しくは覚えてねぇだろうよ。俺が分かったのは偶にテレビや雑誌に出たりしてるからで」


「えー?でも聞いてみなきゃ分かんないじゃん?…あ、てか写真とかないかな?!」


「やめろ小っ恥ずかしい」



ジンもクレヨンで絵を描いたり、先程庭でサッカーをしていた子供達のように走り回ったりなどしていたのだろうか?
今まさにアスナの言葉で心底「やめろ」と言ったような顔をしている大人のジンしか知らないアスナからしたら想像してみても中々にそれは難しいことだったので、もし当時の写真等があったら是非見てみたいし、話だって聞いてみたいのだった。

そんなアスナのうきうきとした感情が表情にそのまま現れているのを見たジンはため息をつくものの…何だかんだジョウトに来る前の彼女よりも明らかに元気になっているその様子を見れば心の隅でホッと胸を撫で下ろすような感覚になってしまうのだから、これがまさに惚れた弱みというものなのかもしれない。




「…まぁ別に、元気なら何でも構わねぇか…」


「え?ごめんなんか言った?」


「何でもねぇよ。…ほら、ここが応接室。…つか普通に案内無しで来たけど案外覚えてるもんだな」


「そういえばジンって記憶力良いもんね。…まぁいいや!入ろ入ろ!アゲハントを見たことがないかまずはそれを聞かないと!…えっと!ご挨拶が遅れました!あたし、フエンタウンのジムリーダーをしているアスナと申します!!」




アスナが元気になってるなら、別に何でもいいか…と思わず小声で言ってしまったジンは、アスナが壁に貼ってある子供達が描いた職員たちの似顔絵に気を取られていた事に密かに安心しつつも、軽くノックをしてからガラガラと応接室への扉を開ける。

するとそこには既に茶菓子をテーブルの上に並べて急須にお湯を注いでくれている院長の姿があり、ジンの横から顔を出したアスナはやっとここで活発で猪突猛進の勢いがある院長さんに頭を下げて挨拶が出来たのだった。



「あれ?挨拶してなかったかい?あはは!そりゃ悪かったね!嬉しかったからつい体が先走ってね!それにあんたが誰だかは既に知ってるから、勝手に挨拶されたような感覚になってたのかも!いやぁごめんねぇ!」


「あ、いえいえそんな!寧ろ突然来ちゃったし…!というか、あたしのことご存知だったんですか…?!」


「そりゃそうさ!雑誌でも見たことあったし、確かあんたのジムって綺麗な紅葉があるだろう?それを雑誌で見た時に何だか他人とは思えなくてね!私はこのエンジュ生まれのエンジュ育ちだからさ!紅葉が好きな人に悪い人はいないって言うだろ?」


「初めて聞いたぞそんな言葉」


「今私が作ったからね!あっはっは!!」


「あははじゃねぇよ…ったく、マジで相変わらずだな…まぁいい。突然来ちまって悪いんだけど、ちっと聞きたいことがあって…」


「あぁはいはい!そうみたいだね!取り敢えず座って!ほらアスナちゃんも遠慮せずに!」



自分の事を知っていたという院長さんの明るい元気な笑顔を見たアスナが嬉しさから頬を染めてきゅっと隣にいたジンの服の裾を握ってしまえば、ジンはそんなアスナに思わず軽く笑ってその背中をぽんぽんと叩いてくれる。

アカネの時もそうだったが、自分が如何に無名ではないのか、ジョウトという離れた地方でも応援してくれている人がいるのか。
初めはこのエンジュに来るのが乗り気ではなかったジンも、こうしてアスナの自信に繋がる出来事が重なった今では「悪くはない」と心の中で思う。

それでも妹のパートナーであったアゲハントの事はやはり乗り気ではないのだが、アスナがそれをどうしても探したいというのだからこれくらいは付き合わないわけにはいかないだろう…と、ジンは院長の誘いに素直に頷いて院長と対面する形でアスナと共にソファへと座る。



「あー、で…その話っていうのがアゲハントのことなんすけど」


「アゲハント?……あ、もしかしてそれってツツジ色のリボンを首につけたアゲハントのことかい?」


「!!そ、そうです!そう!え、知ってるんですか?!」


「あぁ勿論!知ってるも何も、良く見掛けるからねぇ。あんた達もここに来るまでに通って来た森があるだろう?あそこに住んでるのか何なのか、たまにここに来て子供達と遊んでるよ?」


「そうなんですか?!てか!ほら!!ほらぁ!!だからいるって言ったじゃん!!」


「…別に疑ってはなかっただろうが。…つか、はぁ…まさかよりにもよってここら辺をウロウロしてんのな…」



ソファに座って一番にアゲハントを探しているんですと言われた院長から当然かのように返ってきたドンピシャの答えに思わず前のめりになって興奮した様子で目をキラキラとさせるアスナの横で。

よりにもよって…恨んで忌み嫌っている相手が世話になった場所に出入りしているらしいアゲハントの事を考えたジンは呆れたようにため息をついて目を伏せてしまった。

きっと、素直に子供達と遊ぶのが好きでここに留まっているのだろうアゲハントの無邪気な所と、嫌っている相手が世話になった場所なのだということを知らない筈のその少し間抜けな所が…どうにも妹にそっくりな事に、少しだけ胸が温かくなったような感覚を…飲んだお茶の所為にしながら。


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