天然タラシ




「確か…っ!そう!確かあっち方面に行った!!」


「…あっち方面っつったってお前…そっち森じゃねぇか…」


「そうだよ森だよ!如何にも居そうじゃん!え、何?!信じてない?!…っ、それともそんなにアゲハントに会いたくない…?」


「あーいや、別に信じてねぇ訳でも会いたくねぇって訳でもねぇんだけど…」


「?じゃぁ何…?」




アゲハントが飛んで行った方向を指で示して説明しながら早く早く!とジンの手をとって走り出しそうになるアスナだったのだが…それはどうも渋るジンの足の進みが悪いことでアスナは一度立ち止まり、不安そうな表情でジンを見る。
すると、そこには何とも複雑そうな…何処かバツが悪そうな表情のジンが居たのだが、アスナが想像している理由とはどうも違う様子。

そんなジンの考えていることが分からずに思わずアスナが首を捻ってしまえば、ジンはその場で淡々と行くことを渋った理由を話してくれた。




「別にな、お前がアゲハントをどうするつもりだとかに文句を言うつもりはねぇよ。まぁ積極的にどうこうしようとも思ってねぇけど……そこは置いといて、さっきそのアチャモ饅頭を買ってる時に後ろにいた爺さんから変な話を聞いたんでな」


「…この分からず屋って今思ったんだけど…まぁいいや、変な話…?」


「うるせぇよ。…まぁどうもな、お前がさっき言った森にすげぇ獰猛なポケモンがいるとか何とか」


「え…?!」


「なんでな、それでお前になんかあったら…まぁあれだし、それに森なんてお前…ポケモンは飛び出してくるわ物音はそこら中から聞こえるわで天然のお化け屋敷みてぇなもんだろ」


「ぐ、!!」




そう、実はジンは別にサキのアゲハントに関してどうこうというよりも…それに対してアスナが向かおうとしていた森に問題があって行くことを渋っていたらしい。
確かにジンの言う通りで、森なんていう野生のポケモンの宝庫である場所に行けば、そんなポケモンがいつ何処で飛び出してくるかも分からないし、尚且つそこに獰猛なポケモンがいるというのであれば確かに危険とも隣り合わせだ。
そんな中で広い森の中に「いるかもしれない」比較的体が大きくもないアゲハントを探すというのは、怖がりなアスナにとって酷な事だろう。

ジンの説明を聞いてそんな風に考えて思わず「ぐっ」とくぐもった声を出してしまったアスナだったのだが、何だかんだつまりは自分の心配をしてくれているのだろうな…と先程のジンのセリフからチラチラと見え隠れしていた自分への気持ちに気づいて、遅れて少し頬を染めてしまった。
まぁアゲハントをどうこうするつもりもないという彼の言葉には「この分からず屋」とも思ったのだが、自分を心配してくれたその気持ちは素直に嬉しいものだった。




「……でもさ、確かにその…怖いことありそうだし、その獰猛なポケモンっていうのも出会ったら危険かもしれないし、アゲハントだって見つかる保証はないけどさ…」


「………」


「ジンが、その…あたしを守ってくれるでしょ…?」


「!」




確かに怖い。
色々考えたら怖いが…それでもそれはジンが守ってくれるだろう。
頬を淡く染めながらそう言ってきた時に身長差も相まって上目遣いになっていることは、彼女の性格からしてアスナ本人が気づいているわけでは無さそうだが、それに内心心臓が一度跳ねてしまったジンにとってその事は幸いだったのかもしれない。

恥ずかしそうに眉を八の字にしてじー…っと見つめてくるアスナのその上目遣いに耐えきれず、思わず視線を逸らして咳払いをしたジンは、その事に首を捻ってしまったアスナに悟られまいと今度は逆にその握られたままの手を引っ張る形で前へと進んだ。




「え、え!ジン、いいの…?」


「…いいからこうして森に向かってんだろ」


「!…へへ…じゃぁ行きながらそのアチャモ饅頭食べよ!」


「はいはい…ったく…どんな時でも食い意地は張っ、いッてぇ?!」




自分の無意識の上目遣いに照れているジンに気づかずに…ジンが自分を守ってくれるという事に対して喜んで照れ笑いしているアスナの嬉しそうなはにかんだ笑みを横目で見ながら。

正直そこら辺は馬鹿で助かった等と心の中で安堵のため息をついたジンが照れ隠しで言った「食い意地」という言葉は、今の今まで可愛らしい恋する乙女のような印象を受けていたアスナをオコリザルのようにするには充分過ぎたようだったが、叩かれて痛む背中に思わず声を上げたものの、お陰で自分が照れてしまった事を上手く隠すことに成功したジンは再度安堵のため息をついたのだった。









の…だが。








「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!目!!!目!!!ジン!ジンジンジンジン!!!何あれ何あれ何あの大きな目ぇ!?!!!」


「オドシシの角」


「あ、なぁんだオドシ…ああぁぁぁあ今木が動いたなんかいる!なんかいるあそこぉ!!!!おば、お化けぇ?!!!!」


「昼間に出るわけねぇだろ。風かなんかで揺れ、」


「いやぁぁぁあ!!!!!風じゃない風じゃない葉っぱの間からなんか見え、見えてるって見えてるってぇ!!!!」


「オタチの尻尾じゃねぇか」


「なななな、なぁんだオタチかぁー!!あ、あはは!あはははは!か、かわ、可愛いねぇオタチってーー!!は、ははは!あはははは!」


「……はぁー………」




先程の初な雰囲気は何処へ行ったのやら。
もう何度目になるのかすら忘れたアスナのけたたましい叫び声に冷静に対応しながら森の中を進んでいるジンは、今度は安堵のため息ではなく呆れのため息を今は長く長く吐いているところだった。

確かに森なだけあって怖がるだろうなとは思っていたが、だからと言ってこんな真昼からでもそれこそお化け屋敷の如く泣き叫んだり強がりの笑い声を上げるとまでは想像していなかった。
これでは獰猛なポケモンと出くわしたらとか、それこそアゲハント捜索だなんて夢のまた夢なのかもしれない。
まぁ前者はどうあれ、ジンにとって後者に関しては未だにどうこうするつもりはないのだが。




「そ、そんな長いため息つかなくても良くない?!」


「いや、まさか真昼の森でもこんなに怖がるとは思ってなかったんでな」


「こ、怖がってないし!!ただそのっ心臓に悪いだけだから!!」


「ならお前…前にシアナとハッサムを探しに森に入った時とかあったんだろ?そん時はどうしてたんだよ…」


「あ、あの時はほら!シアナを守らなきゃと思って気を張ってたから!!い、今はあの、その…」


「?今は何だよ?」


「………ジンがいるから安心しきってるっていうか、な、なんて言うか…!」


「………お前そんなに俺に襲われたいわけ?」


「何の話?!何これ壁ドン?!じゃないねこれあれ?!壁ドンならぬ幹ドンですか何ですか急に?!」





この女はもしかしなくても天然タラシか何かか。
昼間の森の中を進みながらした会話の中でそんな事を思ったジンが今度こそ耐えきれずに近くにあった大きな幹にアスナの背を預けさせて思わずドン!と手をアスナの横につけば、アスナは顔を真っ赤に染めて「壁ドンならぬ幹ドン」等というよく分からない事を口走る。

…が、そんなアスナの必死の照れ隠しこそジンにはもうどうでも良かったのだろう。
容赦なくそのよく分からない言葉を吐く唇を自分の唇で塞ぐのだが、緊張からか突然の事に驚いているからなのか…アスナが固く唇を結んでしまっている為に、キスというよりもただ単に唇を押し当てていると表現した方が正しいことになってしまっている。




「……っ、」


「………」


「……は、っ………んん?!」




しかし、それなら長くやってやればいい事だと踏んだジンが一向に唇を離さなかったことで、ずっと呼吸を止めていたアスナが苦しくなって空気を求めて唇を僅かに開けたその隙を見逃さなかったジンは容赦なくその隙間から自分の舌をねじ込んでしまう。

その事に驚いたアスナがビクッと体を跳ねさせて声を漏らしてしまうが、それが余計にジンに火をつけてしまったらしい。
そのキスは何処か荒々しいながらも…まるで舌だけで全身を撫でられているかのような感覚を覚えてしまったアスナがすっかり強ばっていた体の力をゆるゆると解いてしまえば、しめたとばかりにジンは口角を上げて…そのまま手はアスナのクビレをゆっくりと指でなぞり、一度唇をアスナから離して…今度はその唇で彼女の首筋を下から上へと触れるか触れないか分からない絶妙な距離を保ちながら這うようにキスをする。




「ひゃ、あ…っ!…は、ジン…!」


「………と、こんな場所でこれ以上はなんだな。…取り敢えず一通り奥に進んできたし…このまま孤児院の方まで行ってみっか」


「…………へ、?…あ、あ……!はい…っ!」




このままいくと、確実にそういったことになるのではないか。
いや、しかしいくらジンでも外でそんな事はしないだろう…!と初めは考えていたアスナだったのだが、ジンのあまりの上手いキスによってその思考は完全に何処かへと消え去り、完全に受け身状態となって表情をとろん…とさせてしまったその時。

その顔を薄目で確認したジンは弾かれたように我に返ると、すこし名残惜しそうにゆっくりとアスナから距離を取って、いつの間にそこまで進んできたのか…茂みの向こうに見えている白い建物を指で示して見せた。
それを未だにとろんとした力のない表情のままで確認したアスナが肩で息をしながら何とか返事をすれば、ジンはそんなアスナに少し笑って背を向け、彼女が瞬時に我に返っていつも通りに戻るだろう言葉を一言だけ発した。




「続きは夜にな?」


「?!!?!ばっ、!!ジンの…!!バカァァァ!!!」




確かにその言葉で直ぐにいつも通りの彼女に戻りはしたが、その後ザワザワと風で揺れる木々の音を掻き消す程のバチィン!!という大きな音がよく響いたのは…言うまでもないだろう。


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