真っ暗な視界と思考




旅館に泊まってから次の日。
泊まっている部屋が露天風呂付客室なこともあって、起きて直ぐに温泉に浸かれるという贅沢な朝を味わってすっかりご機嫌なアスナはジンを連れてエンジュシティの街中を訪れていた。

しかし、その途中で見掛けた「アチャモ饅頭」という、如何にも自分の親友が大興奮するだろうお土産を発見し、買う前にまずは味見だ!!と行列の一番後ろに並ぼうとしたところ、ジンが代わりに並んでくれると言ってくれたので、今はそのお言葉に甘えて少し離れたベンチに座ってサキからの本をジンに借りて読んでいるところだった。




「…確かにこれ、改めて確認すると情報量も凄いし、何より凄い読み込んでるな…」





ページを丁寧に捲りながら中身を読み…改めてジンがこの本を大切にしてきたか、何より嬉しかったのかが伝わってきたアスナは何だかんだ妹思いなジンが当時この本を何度も何度も読み返していたのだろう姿が浮かび、ついくすりと笑ってしまう。

しかし、同時に浮かんだのはそんなジンを自分と同じく男性として好きになってしまったサキのことだった。
心から好きになった人が自分の「兄」だなんて…想像しようとしても上手く出来ないが、彼女の結末を知っている故にきっと色々な苦悩や葛藤が本人にはあったのだろうことは分かる。
そんな中でも健気にこうして「妹」として接して、プレゼントをしたりもしていたのだ。
そして亡くなってしまってからもずっとジンのことを想い続けて、こんな未熟な自分の背中を押してくれて…同時に彼女は心が強い子でもあったのだろう。





「……あたしだったら……妬んでたかもしれないな…」




そう。妬んでしまっていたかもしれない。
ずっと一緒に過ごしていたのに、妹としてだとしても彼から愛情をもらっていたのに。
ずっとずっと好きだったのに、その想いは兄妹というどうしようもない問題で先に進めなくて、彼からもその見方は変えてもらえなくて。
そんな中で諦めて、彼の幸せを願って命を投げ捨ててしまった後に、急に現れた女性を恨むことも妬むこともせずに、素直に認めて背中を押せるような…後を託せるような純粋な気持ちを、もし自分がその立場だとしたら出来ていたのだろうか、と。

その答えを出すために想像しようとした途中で、何気なく捲ったページに思わず目が止まり、同時に手も思考も一旦止まってしまったアスナは少し間を置いてゆっくりとそのページに載っているポケモンの名前を口に出す。




「ウルガモス…か…」




ウルガモス…太陽ポケモンとも呼ばれ、その姿は以前ジンから聞いたことがある…サキが好んでいた蝶型のポケモンだ。
そしてどんな因果か、ウルガモスは虫と炎タイプ。

まるでそのポケモンが、ジンとサキを象徴しているように感じてしまって…嬉しいのやら悔しいのやら、自分でもよく分からない感情になってしまったのに…




「太陽、なんて…はぁ、嫌味っぽい。…いや、嫌味っぽいのはあたしの方か…」




(あたしが、ずっとシアナちゃんの空をキラキラにしてあげる!太陽みたいに照らしてあげる!)


(アスナは…いつだって…何処に…いたって…私の、大好きな太陽なんだから)


(誰があたしを輝かせてくれんの!空が…空がなかったら太陽は輝けないんだよっ!!!)




太陽だと、そう言った小さな頃の自分の言葉を、まるで魔法の言葉のように受け取って、素直に笑ってくれたシアナの気持ちが嬉しかった。あの笑顔が嬉しかった。
それからもずっとこんな自分を大好きだと言って、いつまでも自分を照らしてくれるのはアスナなんだと、そう言ってくれるシアナの言葉も、気持ちも、何もかもが嬉しくて…そんな大好きな親友の笑顔の切っ掛けになるなら、ずっと眩しく輝いてくれるなら。
そしてそれが自分にしか出来ない彼女への照らし方なら。

言ってる事が少しくすぐったいような…気恥ずかしいような事だと思いながらも、それが誇りだとさえ思っていた。




(まるで…太陽のように眩しく、強いのですね…貴女は)





そして…キンモクさんにも、そう言ってもらえたあの時。
あぁ、自分は、あたしは。
シアナだけでなく、誰かの太陽にもなれているんだ、光になれているんだ、と。
素直に嬉しかった、自分がいることで誰かが笑ってくれるのが、親友関係なしに嬉しくて、そんな存在だと言ってもらえていることに優越感のような物さえ感じた。

優越感だなんて、少し言い方が悪い気もするが…自分が好きだと、笑っていて欲しいと思っている人達が少しでも自分の存在で笑ってくれるなら、元気になってくれるなら、それは優越感だって感じてしまうだろう。



だから、自分は「太陽」だと言ってもらえるのも、そう感じてもらえるのも、大好きだ。
大切な人達のそんな存在になれている自分が大好きだ。



けど…




「……本物の太陽って、どの地方から見ても変わんないなぁ…」




親友を思い出すような青い空を見上げて、それを照らす太陽のあまりに眩しすぎる光に目を細める。

どの地方から見ても変わらないだなんて、当たり前なのは分かっている。
それはそうだ、どこから見てたって太陽は一つしかないのだから。

そんな当たり前なことを一瞬でも考えてしまったのは、今自分の目を細めている真上の太陽が、本当に…あまりにも眩しすぎるから。
強くて、強くて、好きも嫌いも関係なく…どんな物も全て照らす太陽が、少し羨ましくなってしまったから。

自分が本当に、心からこの太陽と同じくらい強いのなら、「妬み」なんて答えは、出なかっただろうから。



そんなことを考えて、自分が情けなく感じるのが嫌で。
細めていた目を完全に閉じてしまおうとした、その時だった。




「…えっ、?」




一瞬、ほんの一瞬だけ。
ゆらゆらと揺れるツツジ色のリボンが自分の視界の端に現れたのは。






「…おいアスナ、ついでに茶も買っ」


「あっ、まっ!!!?!うわぁっ?!」


「あっぶねっ?!!ったく!何やってんだこの馬鹿!」




突然見えたツツジ色に驚いて、思わずその方向を確認しようとベンチに座ったままの体勢で上半身をねじるようにしてしまったのが悪かったのか、バランスを崩して後ろへと倒れそうになるベンチと共に地面にこんにちは!となってしまいそうだったアスナのその体は、咄嗟に戻ってきたジンによって支えられる。

しかし咄嗟にアスナを支えた事で、アチャモ饅頭は無事だったものの、もう片方の手で持っていたらしいお茶が宙を舞って地面へとこんにちはをしてしまい、ベンチも倒れてしっちゃかめっちゃかなことになってしまった。

そんな中でアチャモ饅頭と共にジンに助けられて無事だったアスナがその胸板から顔を上げるものの、その瞳には想い人であるジンの顔は映らなかった。




「えっ、ジンの顔がない?!」


「人を化け物みてぇに言うんじゃねぇよ。よく分かんねぇけど、あんだけ太陽眺めてたらそりゃ目の前だって真っ暗になんだろうが」


「あっ、そっかそりゃそうだ!!って!!違う!そんなのどうでもいい!!えっと、えっと!あの、あのね!!ツツジ色が!!リボンが!!太陽が!!ゆらゆらって!!一瞬!!」


「…お前述語って知ってるか?」


「知ってるよ待って!!!違うんだってぁぁぁあもう!!頭!!回転!!落ち着く、待って!!説明!」




目の前が真っ暗なのは…太陽を眺めていたせいか、それともあまりの出来事に思考回路がショートしてしまっているからか。
結局はどちらもな気がするが、自分を抱き止めているままの状態で冷静なツッコミをするいつものジンのお陰で、チカチカとする視界よりも先に脳の方が早く回復したアスナには…




「太陽を見てたら、ツツジ色のリボンが一瞬だけ横切ったの!サキさんのアゲハントのじゃないの?!ねぇ!やっぱりまだいるんだよ!!この街に!!」




チカチカとする視界の先にいるジンの表情が、その時どんな物だったのかは…見えなかった。


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