好きな赤





「ねぇ間に合う?!これ間に合いそう?!」


「まぁこの調子なら何とかなんだろ。けど、お前…流石にありゃ食べ過ぎだ」


「ごめんってー!!でも美味しくて止まらなかったんだもん!」


「こいつに感謝するこったな」


「その通りです!!あーもうギャロップありがとう!あとジン良かったねおめでとう!」


「そりゃどーも」



そんな会話をしながら林を切り開いて整備された道をリズミカルな音と共に走り抜けているのは、言わずもがなアスナとジンの2人だった。
そしてそんな2人を背中に乗せ、風を切って走ってくれているギャロップはお礼を言ったアスナに答えるように高らかに声を上げる。

どうしてこうなったのかと言えば、それはあの後結局遅くまでアカネと話し込みながらハワード牧場のそれはそれは美味しい料理をアスナが心ゆくまで楽しんでいたからである。
そしてどうしてそれでこんなにも急いでいるのかと言うと、それは元は牧場へと寄らずに真っ直ぐにコガネからエンジュに向かう予定だった為、エンジュにあるそこそこ有名な温泉宿を予約してしまっているからだった。




「チェックインの時間って何時までだっけ?!」


「お前が飯食ってる間に連絡はしといたから、ある程度は待ってくれるだろうよ。ただ、「あまりも遅い場合はキャンセル扱いになってしまいます」って言われたからな。早いに越したことはねぇってこった」


「ごめんありがとう連絡してくれてるの全然気づきませんでした!あまりにも美味しくて楽しくて!」


「とか言いつつ今も楽しそうだけどな?」


「うん実は楽しいっ!!」


「ったくお前って奴は…まぁ別に構わねぇけど」




自分の腹に両手を回しているアスナから聞こえる声が手に取るように「楽しそう」だということが分かっているジンがそう言えば、アスナはすぐ様それを肯定してくる。
そんなアスナに少し呆れつつも、まぁこいつが楽しいなら構わないかと少しだけ微笑んだジンは、目の前に見えたエンジュシティの煌びやかな灯りをその目に映すと、手に握っている手綱でギャロップに合図を出した。
するとその合図を受けたギャロップは軽く頷くと更にスピードを上げてくれ、それに喜んだアスナは楽しそうな歓喜の悲鳴をあげる。

最初は愛車もホウエンに置いてきてしまっているし、こうなったらウォーグルに頼んでどうにか間に合わせようかと思っていたジンだったが、まさかこんな形でエンジュに向かうことになるとは思ってもいなかった。
というのも、それは冒頭の会話から既に察せるかもしないが…




「ねぇねぇジン!今度ギャロップでバトルする時は教えてね!あたし、ジンとギャロップが戦ってるとこ早く見てみたい!勉強にもなるだろうし!」


「はいはい。勉強熱心で何よりだ。まぁこいつもバトルは乗り気みたいだしな。こいつとの戦い方も俺なりに色々考えてはいるけどよ」


「あはは!何だかんだやっぱりジンは炎タイプのエキスパートだしね!楽しみっ!!」




そう。今こうしてアスナとジンを背中に乗せて走ってくれているギャロップのことだ。
実はジン、ハワードの牧場で出会ったギャロップに相当懐かれたようで、そろそろエンジュに向かうからと別れようとした際に物凄く寂しそうな顔をされてしまったのだ。
ハワードが小屋に戻るように言ってもジンの傍からずっと離れず、挙げ句の果てにはジンの服の袖を咥えて離さなかった為、「こんなにも懐いているのなら、ジンさんさえ良ければこの子をお願いしたい」とハワードからお願いされたジンがそれを了承した、という訳だ。

元々、補欠ではあるが「炎タイプ」の使い手として四天王をやっている身であるジンも新しく炎タイプのポケモンは欲しいと思っていたし…相性も良いと思っていたのもあって、ジン本人からしてもそれは願ったり叶ったりなことだった。

そんな事をジンが思い出していれば、少し前までチラチラと林の向こうから見えていたエンジュシティの灯りが目の前に現れた。



「…お。もう目の前だぞ。どうにか野宿は免れたな」


「え?!どれどれ?!うわっ!本当だ!!エンジュシティだ!!うわぁやっぱり綺麗な街だねぇ!!こっからでも紅葉が良く見える!!」


「………つか、当たってんだよなぁ…」


「え?ごめん!今なんか言った?」


「いや?何も」




すると、目の前だとジンから聞いたアスナは嬉しそうにテンションを上げ、身を乗り出すように前のめりになってそれを確認して大喜びする。
もう随分と暗くなった空の下に光る街の灯りが、エンジュシティの見所にもなっている紅葉達を綺麗に照らしている様は、自然と人工物が上手く合わさったイルミネーションと言ったところか。

そんな目の前のあまりに綺麗すぎる光景を瞳に映してキラキラとした表情を自分の頭の上でしているだろうアスナに対し、ボヤくように言ったジンのその一言がアスナの耳に届くことはなかったのだが、どうやらそれはギャロップには届いたらしい。
まるで「ご馳走様」とでも言うように、種族は違えど性別は同じのジンに向けて一声鳴いたギャロップの声を聞いたジンは、思わずはぁ、とため息をついてしまうのだった。




自分の首の後ろに当たっている柔らかくも弾力のあるそれを、今も尚静かに感じながら。













「う……わぁっ!!凄いっ!!和室だ和室!!あっ、ねぇ見て見てジン!テラスあるよ!!え、待ってここからエンジュ見渡せるんだけど?!ねぇ見て見て!!ライトアップされてる紅葉も綺麗に見えるよ!あっ、あれって鈴の塔だよね?!」


「分かった、分かったから引っ張んなっつの!はいはいそうだなありゃ鈴の塔だ」


「じゃぁあれは焼けた塔であってるよね?!」


「あってるあってる」


「そっかー!あってるか!シアナと来た時は行かなかったからなぁ!…あっ、あそこに公園あるね!公園にも紅葉があんなに…っ!やだ、凄いっ!本当に綺麗な街だね!!」


「お前すげぇはしゃいでっけど…夜のエンジュは経験ねぇの?」


「うん!ない!前に来た時は夕方には帰っちゃったからさぁ、だから凄い感動してるとこ!」


「ふーん」




あれから無事にエンジュシティで予約していた宿でチェックインを済ませ、仲居さんに案内された部屋に入ったアスナは、入った途端に想像していたよりも豪華な部屋に感動し、すぐ様荷物を部屋の隅へと置くと、興奮状態でジンの手を引っ張ってテラスへと連れ出す。

そこに見えた景色は一面の赤と黄色、オレンジが織り成す紅葉のイルミネーション。
当てられた部屋が高い階だった事もあって上から見下ろす形でそれが見えるその光景はまさに圧巻だった。
ジン自体は幼い頃と言っても記憶に残っている光景だが、アスナにとってはどうやらこれは初めての景色らしい。

エンジュシティを目の前にした時もそうだったが、今はそれよりもさらに瞳をキラキラとさせて楽しそうにしているそんなアスナのことをジンが手摺りに寄りかかって横から黙って眺めていれば、アスナはそんなジンからの視線に気づいたらしく思わず自然にその方向を向いてしまった。

すると…そこにいたのはライトアップされた紅葉の色に照らされている自分の想い人がこちらを見てわりかし優しい表情をしている姿で、おまけに手摺りに寄りかかって頬杖をしているのだから、正直アスナからしたら「カッコイイ」以外の感想が出てこず、急に恥ずかしくなって唇をきゅ、っと結んでしまう。




「っ…………………!!」


「…ん?何だよ」


「っ、何でも!何でもないよ!紅葉って本当に綺麗だねっ?!こ、こういう赤ってあたし好きだなぁー!!」




口は悪いし、普段の態度も宜しくない。
実力はあれど、世間では普通に不良の四天王だ、怖い人だ、なんて言われている。
しかし容姿は女性の大半が頬を染めてしまう程に整っている為、ジンのファンが多いのもまた事実。

でもそれでも…それはこの人の中身を知らない人達から見た、それこそ「見た目」だけの話であって、本当の彼を知っている自分はそれ以上に色々と彼に思うところはあるわけだ。
そう、自分が…アスナが好きになった彼は、何もただの口の悪い不良でも、見た目だけがカッコイイわけでもない。





「俺はお前の「赤」のが好きだけどな」





そう、こうして。
夜の世界で暖かな色の光に照らされた彼が自然な流れで言う言葉をもらえるのは自分だけ。
そんな突然の甘い言葉に素直に顔を真っ赤にして固まってしまう自分に可笑しそうに笑って、ゆっくりと唇を寄せてくる彼のこの行動も、自分にしかしないのだから。


だから。
普段はぶっきらぼうの癖に…こうして突然心臓に悪いことをしてくる彼に対する好きのスピードが加速してしまうのは…こんなところが好きだ、こんなところがカッコイイ、こんなにもところが優しい。
そんな風に脳内でぐるぐると見た目以上の彼の中身に対して沢山のことを考えてしまうのは、彼の彼女として当然のことなのだろう。



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