大好きな背中



「さぁ、遠慮しないで好きなだけ食べていってください」


「うわぁー!!すっごい!!本当に良いんですか?!ありがとうございますっ!!」


「ハワードじいちゃんがそうゆっとるんやから好きに食べたらええよー!ここの牧場のチーズはホンマに絶品やで?!あたしも食べる!!」



すっかり仲良くなったアカネに色々な場所を案内してもらった後、この牧場の所有者であるらしいハワードという男性から呼び止められたアスナは現在、そんなハワードから用意してもらったチーズやヨーグルトを前にしてキラキラと瞳を輝かせている所だった。
テーブルに並べられたチーズフォンデュや、木の実で作ったらしいソースのかかったヨーグルト等といった…牧場ならではの料理の数々を目の前にしてしまえば、それは瞳だって素直に輝いてしまうというもの。




「あれ?でも…そういえばジンったら何やってるんだろう?」


「そうやんな?小屋に置いてきてしもうたまんまや…」


「あぁ、彼ならすっかり懐いてしまったギャロップの散歩に行ってくれているよ。先程もそのギャロップの世話を手伝ってくれていてね、そのお礼も兼ねて食事をご馳走すると言ったら、「それなら連れに食わせてやってくれ」って…」


「そうやったんか!それでハワードじいちゃんが声をかけてくれたんやね!…へぇー?それにしてもホンマにジンさんは彼女思いの彼氏やなぁ?」


「もう!茶化さなくていいから!!散歩に行ってるならその内帰ってくるだろうし、ほ、ほら!さ、先に食べてよう!!」



美味しそうな食事を前にして、これはジンも喜びそうだなと思ったアスナだったのだが、そんなジンの姿が見当たらないのを疑問に思ってふと口に出してしまえば、どうやら彼は懐かれたギャロップの散歩に出掛けているのだということをハワードから聞かされ、こうして食事を用意してもらったのもジンのお陰だったということが分かった。

その事情を聞いたアカネがニヤニヤと笑いながらアスナを茶化せば、アスナは顔を真っ赤にしながらも冷静を装って咳払いを一つすると、先に座っていたハワードとアカネに向かい合うように座って「いただきます」と手を合わせてみせた。
そんなアスナを見て、お互い顔を見合わせて楽しそうに笑ったハワードとアカネもまた同じように手を合わせてから各々好きな食材を手に取る。




「ほらほらアスナさん!こっち!こっちはあたしのオススメ!ブロッコリーとチーズも美味しいよ!」


「どれ……………ん?!美味しい!!というか全部美味しいっ!!はぁー…ジョウトに来て本当に良かったぁ…!こんなに美味しい物が食べれるなんて…あ〜幸せ…!!」


「あはは!そりゃ良かったなぁ!」




3人で仲良く食事を頬張り、どれを食べてもその度に幸せそうに目を閉じてもぐもぐと食べているアスナの顔を見たアカネが良かったなぁと素直に言えば、そんなアカネと同じく嬉しそうにしているハワードの2人にアスナら元気にお礼を言う。

そしてそのまま、早くジンも帰ってくればいいのにと口に出そうとしたのだが…したら最後、またアカネにニヤニヤと茶化される未来が直ぐに想像出来てしまったので、その言葉は甘酸っぱい木の実のソースに絡めたヨーグルトと共にごくりと飲み込まれてしまった。



…の、だが。



「あっ!アスナさん、ジンさんが帰ってきたで!」


「ん?あ、本当だ!やっと帰っ………て、き…」




飲み込んだヨーグルトのまろやかな味わいを噛み締めようとしたその矢先。
それはアカネからの言葉と同時に指で示された方角を確認した途端にその味が全く分からない物となってしまったアスナは、既に飲み込んで何も口の中に入っていない筈の口の中を、再度何かを飲み込むかのような動作をしてしまう。

そしてその顔はジンがこちらへと近づいて距離を縮めて来る度に徐々に赤く染まり、最終的にはジンが目の前に来た時にはその手に持っていたブロッコリーをチーズの中にドボンと落としてしまった。
そんなアスナの珍行動を「見下ろした」ジンは思わず首を傾げて声をかける。



「…何やってんだお前?」


「…………」


「いやぁ…ジンさん…あんた…随分と様になるなぁ…?」


「ん?あぁ、何か途中から「乗ってくれ」みたいな動作をされたんでな。炎も全然熱くねぇし」


「ははは!本当に随分と懐かれたようですな。ギャロップも得意気な顔をしているように見える」


「まぁ元々炎タイプのポケモンとは相性が良いんでな。…で?そこで惚けてる奴はいつまであの調子なわけ?」


「ジンさんが声掛けんと覚醒せんのとちゃうん?」




ジンがアスナを見下ろしている理由。
それはつまり会話からも分かる通りで、ジンがギャロップの背に乗っているからだった。
性格こそそれとは程遠いものなのだが、やっている事に相まって容姿が整っているそんなジンはまるで王子様さながら。
それを大好きな彼氏がやっているのだから、アスナからしたら変なフィルターなどを通さなくても充分そんな風に見えてしまっているのだろう。
現にジンがアカネやハワードを会話をしている間にもアスナは顔を真っ赤に染めて惚けてしまっている。




「アスナ、いい加減に帰ってこい」


「え、あ、はい!?あ、はい!ただいま!」


「アスナさんおかえり〜」




すると、アカネにも言われた通り…このままではいつになっても帰ってこないと判断したらしいジンは両手をパン!と叩いて音を鳴らすと、それで我に返ったアスナを何故か椅子から立つように指示をした。
ジンの指示によく分からないながらも、それに素直に頷いて立ったアスナがそのままギャロップに乗っているままのジンの近くに寄れば、それを良しとしたジンはアスナへと手を伸ばす。




「?え、何?どういうこと?」


「こいつがまだ走り足んねぇみたいなんでな。飯も食ったみてぇだし、お前も後ろに乗れよ。…ハワードさん、別に構わねぇよな?」


「勿論!ギャロップが楽しそうなのは私も嬉しいのでね。好きなだけ遊んでやって下さい」


「おー!いいなぁアスナさん!楽しんで来てな!」


「じ、じゃぁ…お言葉に甘えて…!!」




どうやらギャロップはまだジンと走り足りないらしく、それを確認したハワードからも了承されたジンはその言葉に甘えて手を乗せてきたアスナの手を掴むと、ギャロップの背に乗るアスナをひょいっと持ち上げてそれをサポートしてくれた。

そのお陰もあって、難無くギャロップの背に乗れたアスナの目の前にあるジンの背中を見ながら…こういう紳士な所もあるっちゃあるんだよなぁ…等と心の中で惚気けてしまったアスナは、そんなことを素で考えてしまう自分が恥ずかしくなって、誤魔化すかのように半ば勢いで目の前のジンに両腕を回してしっかりと掴まる。
すると、それを確認したジンはギャロップに合図をして広い牧場内を初めはゆっくりと歩いてもらい始めた。















「アスナ、そろそろ振動には慣れてきたか?」


「あ、うん!慣れてきた!ギャロップの背中に乗るのなんて初めてだからすっごい楽しい!ジン、ありがとうっ!」


「なら、ギャロップに乗った俺がカッコイイんだか何だか知らねぇが…そっちには慣れたか?」


「っ、?!う、ううう、うるさいよ馬鹿!!そういうとこだよ!!っ…別に顔は見えないしちょっとは慣れたよっ!!!」


「……半分冗談だったんだが…変な時に素直だよなお前……」


「うるさいって言ってんでしょ叩くよ?!」


「いっってぇ?!叩いてから言うんじゃねぇよ!!…ったく!…まぁ慣れたならいいわな。よし、ギャロップ、もう好きに走って構わねぇぞ」





あれから暫く広い牧場内を歩き、アスナがギャロップの歩く振動に慣れた頃を見計らって自分の腹に腕を回しているアスナへと声をかけたジンは、いつも通りの下らない会話を交えながらアスナの緊張を見事に溶かすと、その代償に叩かれた頭の衝撃に耐えつつギャロップにつけられている手綱をしっかりと握る。

それを合図に嬉しそうに一声鳴いたギャロップが広い野原を走り出せば、ジンからの冗談の混じった質問に素直に答えてしまって少しだけ染めた頬を膨らませていたアスナも途端に楽しそうな表情に変わる。





「うわー!!凄いっ!!速い!!気持ちいいーっ!!」


「ははは!そいつは良かったな!」


「うんっ!あはは!ジンも楽しそうだね!」


「まぁこういうのは好きだからな!」


「バイクオタクだもんねー!あはは!ギャロップも、最初は合わせてくれてありがとね!今日は好きなだけ走って一緒に楽しもう!!」


「グルルゥ!!」




広い広い草原を走り、気持ち良く風を切り。
大好きな炎タイプのポケモンであるギャロップの背中に乗れていることと…
大好きな彼氏である…心の中では何度でも言える「カッコイイ」ジンに後ろから抱き着いてそれを堪能出来ている事に幸せを感じたアスナが心から楽しそうに笑う声を聞いて。
同じく気分を良くしたジンが手綱を引っ張って合図をすれば、それに応えるようにギャロップは更に楽しそうに加速する。

どこまでもどこまでも続いていそうな広い広い草原を、大好きな人の後ろで走り続けるその感覚が…
まるで自分の今の状況なんて…悩みなんて、ちっぽけな物なのかもしれないと思えるくらいに頭の中を良い意味で吹き飛ばしてもらえたアスナは、そんな事を思ってから恥ずかしさも忘れて思わずジンの背中に頬を寄せて目を閉じるのだった。




一瞬。本当に一瞬だけ…駆け抜けた草原の片隅にツツジ色の何かが見え隠れしていた事に気付かぬまま。



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