一目瞭然



あれから。
結局…余程悔しかったのだろう、あれから暫くしても何度も鼻をすすって一向に泣き止まなかったアカネは、ジンのヤミラミが「元気を出して!」と可愛らしいダンスを見せてくれた事で漸く泣き止んでくれ、やっとジン達がミルタンクに砂をかけていた理由を聞いてくれたのだった。

そしてどうしてミルタンクがあんな事になっていたか話してくれたのだが、なんとアカネのミルタンク。
最近は特に絶好調で、挑戦しにくるありとあらゆる挑戦者のポケモン達を得意の「ころがる」で無双状態だったらしく、もっとその制度を上げようと自ら特訓をしていたようだった。
大方、それでつい夢中になって自分でも止められない程にスピードを上げてしまったのだろう。
そんな話をしながら…今は近くにあった牧場で場所を借りて、砂で汚れてしまったミルタンクを洗っている最中だった。




「それにしても…なんやぁ〜そうやったんか…でも、そういう事なら早う言ってくれればええやんか!泣いて損したわぁ〜」


「それは初っ端から俺らの話をお前が全く聞かなかったからだろうが」


「あれ?そうやったっけ?」


「あ、あはは…」




可愛い自分のポケモンが勘違いだとしても「虐められている」となれば冷静さを失ってしまうのも無理はない…と、アカネの気持ちが痛いほど分かったアスナがそんなアカネに苦笑いをしてしまえば、アカネは少し恥ずかしそうに片手を縦にブンブンと振ってケラケラと笑う。

そしてそのまま、すっかり綺麗になったミルタンクを3人でブラッシングしていれば、その毛艶の良さが特に目に映ったのだろうジンは素直にその事を口にする。




「…にしても、ジムリーダーとして調子が良いのは何よりだな。見る限り、ミルタンクの毛艶も良さそうだし」


「ん!そうや!最近特に絶好調やから人間でいう「お肌の調子が良い」ってやつなんかもな!えへへ!可愛いやろ〜?…あっ、てか!そうやった!お兄さん、どっかで見たことあるなぁて思ってたんやけど、もしかしてホウエン四天王のジンさんやない?!」


「ん?あー…まぁな。つか補欠だけどな」


「補欠でも凄いことやん!このジョウトでもわりと有名な話やで!…っと、そこのお姉さんも、さっき思い出したんやけど、フエンの新人ジムリーダーさんやろ?あたし、前に雑誌で見たことあるもん!名前は…確か…そうや!アスナさんやんな?!」


「え?!あ…あたしのこと、知ってるんですか?!」


「あはは!そりゃそうや〜!同じジムリーダーで、歳も近そうな女の子なら尚更注目はするやろ?」




ミルタンクを最優先にしていたのもあるのだが…アカネのゴーイングマイウェイな性格のお陰で、実は自己紹介をしていなかったジンとアスナだったのだが、どうやらそれは必要のなかったことだったらしい。
テレビや雑誌で見たことがあるから覚えているとアカネから明るい笑顔で言われたジンは特に嬉しそうにしているわけでもないが、一方のアスナはその事実が嬉しかったのだろう…控えめに頬を染めてキュッと唇を結んでしまっている。




「ん?なんや?あたし、何か不味いこと言った?」


「照れてるだけだから気にすんな。こいつ今絶不調で自信損失中なんだわ」


「ちょっ、!!」


「え、そうなん?!あれだけ勢いのある熱いバトルしておいて?!はー…まぁそういうのって本人にしか分からんもんやしなぁ…あれだけ強いんやし、もっと自信持ってええと思うけど…」


「うぐ…っ、!」


「ほらな、だから言っただろ。「俺は別に実力不足だとは思ってねぇ」って」


「んん…っ!!」




話している間にミルタンクのブラッシングが終わり、すっかり綺麗になったミルタンクとアカネとジン…その3つの視線が真っ直ぐに自分へと向かい、尚且つ素直に褒められたアスナはすっかり言葉をなくして、とうとう控えめではなく顔全体を真っ赤に染めて「ぐぬぬ…」と唸ってしまった。

すると、そんなアスナの反応が面白かったのだろう、ジンはアスナから顔を逸らしてしまうが、その肩はどう見ても震えているので笑いを堪えきれていないようだった。
そんなジンの姿に更に照れてしまったアスナは、ミルタンクをボールに戻したアカネの手を半ば勢いで取ると、「牧場を案内して欲しい!」とジンを置いて小屋から出ていってしまった。





「……ったく……ま。良い刺激にはなったみてぇだし…暫くは好きにさせてやるか」


「ブルル…?」


「……可愛い顔も見れたしな」





小屋にいたギャロップと目が合って…それに優しい眼差しを返しながらため息混じりにそう言ったのを知らぬまま。







「うわぁ凄い!!ジョウトのポケモンが沢山いる!!」


「あはは!そらそうや!牧場やもん!」


「沢山のミルタンクにギャロップに…!うわぁ…!!やっぱりギャロップってカッコイイなー!!ホウエンじゃ滅多に見れないし!」


「ジンさんが乗ったらカッコイイやろうなー?」


「うん!絶対カッコイイ!!そんな事になったらもっと惚れ…………………え?」


「彼氏なんやろ?」




一方、ジンがそんな事を呟いていた事など予想する事もないままに牧場で伸び伸びと暮らしているミルタンクやポニータ、ギャロップ達をキラキラとした瞳に映してはしゃいでいたアスナは、その隣にいたアカネに突然爆弾を投げられて再度固まってしまった所だった。




「っ……そ、そう…ですけ、ど…!っ…もう…ジンったらいつの間に公言してたんだろ…恥ずかしいなぁもう…!」


「え?公言?何の話や?」


「え?」




多分、そう、きっと多分。
アカネからそんな言葉が出たということはテレビか雑誌で公言でもしていたのだろうと予想がつくのだが、心の準備も無しに急にそんな事を言われたのだから、アスナからすれば驚いて照れてしまうのも仕方がないこと。

そしてそれは隠せる程柔らかいものではなく、世間に自分との事を公言してくれていたジンのその行動が嬉しくて、とてつもない程に感情が爆発してしまったせいで弱々しくなってしまったのだが、そんな弱々しくも何とか肯定したアスナの耳に入ってきたのは、肯定したアスナとは真逆のアカネの否定だった。




「単にあたしが2人を見ててそう思ったから言ったんやけど…?」


「…え、え?…雑誌とかに載ってた、とかじゃなく…て?」


「いんやぁ?少なくともあたしが読んでた雑誌とか見てたテレビにはそんな話はなかったけど…?」


「え、え、え…?じゃ、じゃぁなんで…?」


「さっきも言ったやん?「見ててそう思った」って。ジンさん、アスナさんを見てる時の瞳すんごい優しいで?アスナさん自分で分からんの?」


「あ、う………あ…?ふえ……」


「ぶはっ!?!あはは!!何やその顔ー!!あははは!自分ほんまに可愛ええなぁ!!そりゃテレビでは色々あかん顔してたあのジンさんもあんな顔するわけやー!!」




ただでさえ照れてしまっているのに、ほぼ言葉を失ってしまっているのに。
ジンが自分との事を世間に公言していたわけではないという事実が「残念」だと思うよりも何倍も何倍も嬉しい、自分とジンを第三者視点で見られた時の話を聞いたアスナはそれが嬉しすぎてとうとう頭をショートさせ、ぷしゅー…と湯気を出してしまう。

そんなアスナが面白かったのだろう、盛大に吹き出して大声で笑い、じわりと出てきてしまった涙を自分で拭いながら言ってきた、そんなアカネの言葉が更にアスナには効果抜群だったらしい。
最終的に両手で顔を覆って、「もうやめて…!」と小さな声で言うのがやっとだった。

そして、アスナがすっかり仲良くなったアカネに弄られている間にジンが何をしていたのかと言うと…







「…っ、!!……あー…何の話してんだあいつら…」


「どうかしたのかい?鼻に藁でも入ってしまったかな?」


「ブルル…?」


「…いや、そういう訳じゃないんで。……と、こんなもんでいいっすかね?」


「あぁ!ありがとう!お陰で助かったよ。手伝ってもらってすまなかったね。お礼にうちの牧場で作ったチーズで少し早い夕食でもご馳走させてくれるかな?」


「お。そいつは有難い」




鉢合わせになったこの牧場のオーナーである男性の手伝いをしながらクシャミをして。
アスナが自分の話でもしているのだろうかとそんなことに少し照れつつも…こちらもすっかり懐かれたらしいギャロップに頬擦りをされながらアスナの好物になったモーモーミルクのチーズをご馳走になるという約束を取り付けていた所だったのだった。



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