その身を燃やして




アスナ達に怒声を浴びせてすぐ、駆け寄ってミルタンクを抱き締めたその女性は少し涙目で目の前にいる2人をキッ!っと睨みつける。
そんな女性の勢いに押されながらも、あわあわとしてしまったアスナは取り敢えず話をしようと一歩前に出て口を開いた。



「えっと、どちら様…?」


「普通に考えなくてもこのミルタンクのトレーナーだろうな。……つか、お前どっかで見たことあるような…?」


「そうや!あたしは正真正銘!この可愛いミルタンクのトレーナーであり、コガネシティのジムリーダーでもあるこのアカネのミルタンクをよくもまぁ砂をかけて虐めてくれたな?!待ってなミルタンク!!今あたしが仇をとったるさかいね!!」


「あー、そうだわ思い出した。こいつコガネシティのジムリーダーか」


「えっ?!そうなの?!うわぁ偶然!!!…って!!いや納得してる場合じゃないでしょ?!まずは説明しないと!!」


「ポケモンバトルや!!いくでー!ピッピ!!」


「残念ながら話を聞かないタイプみたいだな。諦めろ」


「嘘でしょ?!」




まずは取り敢えず、何とか女性の正体が先程までアスナ達がいたコガネシティのジムリーダーであるアカネという事が判明したのは良かったものの。
完全に自分のミルタンクを虐められたと勘違いしてしまっているアカネは、アスナの話をろくに聞かずにミルタンクをボールに戻して、その代わりに今度は可愛らしいピッピを呼び出してポケモンバトルを要求する。
正直、要求も何も既にバトルは始まっていますといったその雰囲気にジンはお手上げといった様子で、その隣にいるアスナは「嘘でしょ?!」と大声を上げてしまう。
しかし…こちらが名乗れなかったにせよ、お互いジムリーダー同士。
持ち掛けられた勝負を断ることはしたくないし、隣に居るジンが少し遠くの方で未だにはしゃいでいるバシャーモを静かにボールに戻した光景を見るからして、どうやら彼はバトルをする気はないようだった。

正直ジンにバトルをお願いして、観戦して勉強させてもらうのも手なのだが、もしそうなったら今こうして怒りの涙を堪えているアカネのその涙は恐怖の涙となって降り注ぐのは目に見えている。それだけは、それだけは絶対に避けなければ。




「…っ、ジン!!審判やって!!」


「はいはい。…んじゃ、面倒くせぇから使用ポケモンは1体1な」


「それでええで!!そこのお兄さんもすぐに泣かせたるさかい!!首を洗って待っとくんやね!!」


「そいつはどうだかな?まずは目の前の相手に集中しといた方がいいんじゃねぇの?…って、まぁいいか。アスナ、ちゃっちゃと始めろ」


「言われなくても!!よし!コータ…」


「言い忘れてた。今回はヤヤコマでやれ」


「え?!…っ、うん!分かった!!」



もう既にこちらから距離をとって、ピッピと共に準備万端の様子のアカネを目の前にし、相棒のコータスをボールから出そうとしたアスナだったのだが、それは審判の位置に立っているジンから止められる。
まだバトルに不慣れなヤヤコマでバトルををしろと言われた時は驚いてしまったが、その後すぐにジンが自分の指導役をしてくれているという事を思い出したアスナは、こんな時でも自分の事を考えてくれてるのだと気づいて素直に首を縦に振ってボールからヤヤコマを繰り出した。
そして…その後に響いたジンの合図と共にジムリーダー同士のバトルが始まった。




「ヤヤコマ!でんこうせっか!」


「ヤッコ!!」


「ピッ…?!!」


「!速いな…!!ほんなら次はこっちからや!!ピッピ!ものまねでお返ししたれ!」


「えっ、ものまね?!あっ、ヤヤコマ!!?」




アスナの指示によって、初手のヤヤコマのでんこうせっかは見事に相手のピッピへと命中するが、尻もちをつきながらもすぐに体勢を立て直したピッピを良しとしたアカネは思わぬ指示でそれをやり返してみせた。

そんな突然の事にすぐに反応出来なかったアスナは、真っ直ぐ飛んできたピッピからのタイプ一致となったでんこうせっかを食らってしまったヤヤコマを見て焦ってしまう。
そしてそんな状況をジンは黙って見ているのみで、特にアスナに何かを言う様子は一切見られないが、彼は今は審判であり、アスナを応援する立場ではないのだ。
それを分かっているアスナはその事に何も言わずに一度首を横に振ると、目の前で「決まった!」と喜んでいるアカネとピッピをその目に映してバトルに再度集中する。




「ヤヤコマごめん!大丈夫?!」


「っ、ヤッコ!!」


「よし!それならこっちだって!ヤヤコマ!もう一回でんこうせっか!」


「懲りないなぁあんた!!ピッピ!ほんならこっちもまたものまねや!!」


「同じ手は食わないよ!!ヤヤコマ!そのまま連続でひのこ!!」


「ええ?!うわぁピッピー?!」




性懲りも無くまた、と言った様子で。
再度ピッピに向かってでんこうせっかをしてきたヤヤコマを見たアカネは強気な姿勢でものまねの指示をピッピに出し、それに頷いてものまねの体勢に入ったピッピだったのだが、アスナはそれを待ってましたと言った様子で口角を上げると、指示に指示を重ねてきた。

でんこうせっかのものまねをしようとしていたピッピは、その重ねられたヤヤコマの連続ひのこに瞬時に反応出来ず、どちらのものまねも出来ないまま、でんこうせっかを避けるのが精一杯で見事に連続ひのこを受けてしまった。




「やったー!決まった!!ナイスだよヤヤコマ!!」


「こんの…っ!!そんなん有りなん?!ずるいわ!!」




連続ひのこが見事に命中し、軽くジャンプして喜んでいるアスナとヤヤコマの様子を視界に入れていたジンのその表情は、声には出さないものの明らかに満足気と言った様子だった。
それは何故かと言えば、単にアスナが喜んでいるからというわけではなく、彼女がきちんと自分の事を良く見ている証拠だと言うことが分かっているからだ。

つまり、彼女は今対戦相手となっているアカネのミルタンクを止める時に自分がバシャーモにさせた事を、瞬時に思い出して実戦に組み込んだということ。
元々こういった勢いのあるバトルが持ち味のアスナにとって先程の指示は傍から見ても何とも彼女らしく、心の中で「調子が戻ってきてんじゃねぇか」と呟いたジンは、いつの間にかボールから出てきてアスナの応援を始めたヤミラミを肩の上に乗せる。

しかし…そんなジンとヤミラミの目には次の瞬間、喜んでいるアスナの表情が焦りの物に変わってしまうのをしっかりとその目に映してしまった。




「ほんなら…!ピッピ!ゆびをふる!!」


「ピッピピピー…ピッピッピッ!…ピィー!!」


「っ?!ヤヤコマ!!避け…!」


「きゃー!やどりぎのタネかぁ!ナイスやピッピ!!運が良いで!!そのままおうふくビンタや!!」


「っ、ヤヤコマ!!頑張ってもがいて!!蔦から抜け出して!!」




アスナとヤヤコマが喜んだのもつかの間。
タイプ一致の連続ひのこを食らってふらついていたピッピは、どうにか体勢を立て直して可愛らしく指を振って見せた。
するとその指はキラリと光って技を放ち、そのやどりぎのタネは瞬時に成長してヤヤコマへと向かって真っ直ぐに伸びると、飛んでいるヤヤコマの羽根を蔦で絡めて動きを封じてしまう。

そしてヤヤコマが動けなくなったことを良いことに、連続ひのこのお返しと言わんばかりにピッピにとってタイプ一致のおうふくビンタをアカネが指示すれば、ピッピは動けないヤヤコマに向かってそれこそ何度もおうふくでビンタを繰り返す。




「っ、そうだ…!!ヤヤコマ!ひのこで蔦を焼き払うんだ!!」


「ヤ、ヤッコ…ッ!!ンンー?!」




まずはヤヤコマの動きを封じている蔦をどうにかしないと、と。
蔦をひのこで焼くように指示をしたアスナだったが、それは一歩遅かったらしい。
成長したやどりぎの蔦はひのこを放とうとしたヤヤコマのクチバシにぐるぐると巻きついて固く塞いでしまった。




「ヤヤコマ?!!っ、くそ…!どうしたら…っ!」


「最高やピッピ!!そのまま倒れるまで続けるんや!!」




ただでさえ身動きの取れない状態で攻撃を受け続けているのに、その動きを封じているものが体力を吸い取るやどりぎのタネ。
つまり…ヤヤコマは体力を吸われながら攻撃を受け続け、逆にピッピは攻撃を仕掛けながら…ゆっくりとだが確実に体力を回復しているという、アスナからしたから最悪の状態。
このままこの状態を打開出来なくては確実にヤヤコマとアスナは負けてしまう。

取り敢えずもがいて蔦から抜け出すように応援するアスナだが、審判のジンは肩の上で心配そうにか細い声を上げるヤミラミの声を間近で聞きながら、ただ黙ってその状態を見つめる。
そしてどうするべきか必死に打開策を練るアスナがこの先どう出るか見守ろうと腕組みをしたジンだったが、それは突然光だしたヤヤコマによってゆるゆると解かれてしまった。




「ヤ…ッ、…コォー…!!」


「え…?!ヤヤコマ…?!」


「…おいおい、マジかよ…」


「…ヒ、ノォ!!!」




眩い光に包まれ、その光にその場全員が息を飲んでしまえば、その光は徐々に光を失ってその眩しさを終息させた。
すると…ヒノヤコマは自身の身体全身を真っ赤な炎で包むと、自分に絡みついていた蔦を意図も簡単に焼き切った瞬間に物凄い勢いでピッピへと向かっていく。
そしてそれは呆気に取られてしまっていたピッピに見事に命中し、一度空の上で身体を旋回してから戻ってきたヒノヤコマを目の前にしたアスナは大きく目を見開くと、段々とその状態を把握して思わず笑みを零す。




「進化…した…?!」


「嘘やん?!ここで?!あんたどんだけずるいん?!」


「やっ、た…やった!!?きゃー!!ヒノヤコマ!カッコイイーッ!今のニトロチャージだよね?!よし!!もう一回ニトロチャージ!!」


「ヤッコ!!…ヒーーー、ノォーー!!!」


「待って?!さっきより速い!!速いって!!ちょ、待ってーなぁー!!!あー?!ピッピー!!?」




ヒノヤコマに進化した事で使えるようになったニトロチャージは、使う度に素早さを上げることが出来る技。
元々勢いのある…全身を真っ赤な炎で包んで真っ直ぐ向かうその姿が…素早さも勢いも増したその姿が。

本来の彼女らしいアスナの姿と重なって見えたジンが満足気に笑えば、その瞬間に気持ち良い締めくくりでバトルの勝敗が決まり、自分の肩から降りてアスナとヒノヤコマの元へと嬉しそうに走っていったヤミラミと共に喜んでいるアスナの笑顔を見たジンは審判としての役目を終わらす為、そして話を聞かなかったアカネに説明をする為に声を上げた。




「…そこまで。勝者アスナ。…ってことで、お前いい加減人の話を聞け」


「っ、ぐす…何なんや…!!もう!!話って何よー!!」




話を聞かなかったのが悪いのだが、大切なミルタンクが虐められていたと思っていた為に仇討ちという事で始めたバトルで、アスナに負けてしまったアカネがすっかり意気消沈して崩れ落ち、ぐずってしまったその腕を掴んで立ち上がらせたジンは、未だに自分の世界から抜け出さずにヒノヤコマとヤミラミを抱き締めて喜んでいるアスナを見て。
困ったように、それでも優しく密かに微笑むのだった。


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